毎週土曜日———それは『福音派』にあって最も重要と言っても過言ではない一日……!
「ふふふふーんふふふふふーんふーんふふーふーんふふふーふふーんふんふふふふーん」
「あの……何をしてらっしゃるんですか……?」
毛布から半身を起こした状態でクリスティーナがフリーズしている。おい、そんなラリった麻薬中毒患者を見るような目で私を見るな。これでも新興宗教の教祖だぞ。
まぁ聞かれたからには答えてやろうではないか。
「当然、ライトアップの準備だ……!」
「???」
首を傾げて困惑を露わにするクリスティーナ。
なんだ、まだわからないのか? この色とりどりのガラスを用いたランプをこんなにあちこち設置して回っているというのに。全く察しの悪いことだ。これだから娯楽に満ちた生活を日々送っているボンボンはダメなんだっての。
「わかったわかった。では一から説明するぞ、心して拝聴するが良い!」
「ははーっ」
「『福音派』では毎週金曜日に断食を行う。それが昨日のことだ。そしてその次の日……毎週土曜日にはささやかな祝祭を開くのさ。楽しく飲んで、食って、騒ぐ! まぁ簡単に言えば宴会ってことだな」
「なる、ほど」
む、どこか納得がいっていない様子だ。パーリーピーポーになるのに何の不満がある? 自由に飲み食いしていいんだぞーホレホレ〜。楽しそうだろ!
「あの、先日の断食では我々の誠実さと清貧さを神に示すのが目的と聞きました。ですがその、翌日に宴会を開いては意味が無いないというか……神への示しがつかないのではないか、と思いまして……」
めんどくせーな、マジメちゃんかよ。
教祖が楽しめっつってんだから素直に楽しんどくのが教徒の仕事だろーが!
という荒ぶる波動はおくびにも出さず私は説教を行う。
「フ、まだまだ神への理解が足りていないね。
いいかい、クリスティーナ。神は我々の行動を縛りつける枷ではない。神の教えは人間の自由の象徴なのさ。
断食とは私たちの目的を忘れないようにする為のもの。もちろん断食をすることによって功徳は非常に高まるが、それ自体が目的なのではない。私たちが真に目指す世界の浄化……これを心に刻むことに意義がある」
「なるほど……」
「それに、此処にいる者はみんな貧しい。こんな日の光も当たらないような地下に閉じ込められていたら心がどうにかなってしまう。それでは本末転倒だ。
だから毎週の土曜日、断食という修行を乗り越えたささやかな褒美として与えられた安息こそがこの宴なのさ」
「確かに、わたしももうおなかペコペコです。我慢の効かない子どもたちなら
少し曇っていたクリスティーナの表情が晴れる。
さっき私の口から出た言葉は10割出まかせに過ぎないが誤魔化せたなら充分だ。都合が悪くなったらなんでも神の御意志とでも言っときゃいいのは宗教の利点だな。
「あれ、でも安息日であるなら何か準備をすることは禁止されているのでは……?」
「ハハハ、我らが神はそこまで狭量ではないよ。人の幸福を何より尊ぶ神が日頃の辛苦を労う宴の準備を禁止されるわけがない!
クリスティーナは少し真面目が過ぎるよ。それも君の美点ではあるが、たまにはもっと肩の力を抜くといい」
「はっ、はい!」
ま、こんなもんで納得してくれただろ。
だいたい祭りなんてどこの国でもやってんだし、そのほとんどが起源を遡れば神事や祈祷、宗教に行き着くもんだ。切り詰めて切り詰めて悟りを開こうとする宗教にすらバカ騒ぎの祭事があんのにウチだけやらないのは不公平だろう。
「だから今日はめいいっぱい楽しませるぞ、君も手伝い給えクリスティーナ。祭事の前の準備もまた、それはそれで趣があるもんだよ」
「はい! 精一杯がんばらせていただきます!」
ククク、ならさっさと準備を終わらしちまおうか。今からテンション上がってきたぜ!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
それから数時間経過し、全てのセットが完了した。
寂れた広場はあちこちが色とりどりのランプに照らされて幻想的な雰囲気に。倉庫に積んであった大量の木製の机とシーツでステージを作る。
そして私自身も特注の黒地の衣装に身を包み、かなり値が張ったマイクっぽい拡声用の魔法具と弦楽器を携えて準備万端。ステージには他にも私謹製の打楽器にスタンバイしたヨハンもいる。彼はクリスティーナが来るまで私の右腕ポジションであったためこの行事でも重宝させてもらっている。
信徒たちもステージの前に整列しており、今か今かと開始の宣言を待っている。
ボルテージも最高潮! さぁ、今日もやってくかァ!
「てことでぇ! 楽しい宴の始まりじゃあぁぁああぁい!!!」
『うぉおおおぉぉお!!!』
「う、うぉー!」
ハハハハハ! オラ、もっとノってけやヤローどもォ!! テンションぶち上げてけぇー!
「今日は週に一度の祭りの日! みな存分に歌い! 踊り! 日頃の鬱憤を晴らすがいい、神は全てをお許しくださる!
じゃあいくぞ、ファーストナンバー! 『 Hear! The Herald Apostle sing 』!!!」
『おぉおおおぉおおお!!!』
弦楽器をド派手に掻き鳴らし、耳が張り裂けそうなほどの大声で熱唱する。リズムはパンクに、ロックよりさらにハードコアに! 振り乱す銀の髪とたなびく黒衣がさらに激しさを増していく。
こんな湿った地下にずっといちゃあ気分が悪くなる。こういう時はパンクに弾けるのが最高のリフレッシュだろ!
だから
「すごい……!」
教徒たちも一緒になって肩を組み、あるいは手を振り、地を踏み鳴らして各々が自由にリズムに乗って仮初の自由を謳歌する。それがただの現実を忘れる為の逃避でしかないと、心の内から目を逸らして。
周囲の熱気に当てられたらしいクリスティーナの口からは思わず感嘆の声が漏れ出ていた。私はどれだけ盛り上がっていようが決して何も聴き逃しはしない。
私が今歌っている曲は『聖教教会』の讃美歌だ。まぁ歌詞だけなんだけど。それをハードコア・パンク風にリズムをガラッと変えている。
元々パンクというのは「反社会的」というニュアンスの言葉だ。実に良い響きじゃないか、私好みだ。
そして宗教歌を身振り手振りを交えて歌うというスタイルは「ゴスペル」を参考にした。宗教勧誘の誘い文句の定番であるこの「ゴスペル」、私のいた世界では奴隷たちが先の見えない現実に抗い、明日に希望を見出すためのストレスの捌け口として発展していった音楽だ。
私は「パンク」と「ゴスペル」を一緒くたにしたこの世界にはない音楽を『福音教』の特徴的習慣として取り上げた。出発点がスラムからであったため、これらの明日を生きる希望となる音楽……謂わば『娯楽』こそ彼らにとって最大の救いになると考えたからだ。
さらには大きな音を奏でて楽しむ姿を見せることで集客能力も期待できるし、何よりおおっぴらに私がこよなく愛するパンクを浸透させることができるのだ。
正に良いこと尽くめというもの! ハハハハハハ!!
「さぁ、まだまだいくぞ! 今日は私が手ずから作った菓子や果実水も用意してある! 諸君、これで今のうちに英気を養い給え!
近いうちに予定している大仕事に備えてなァ!!」
『ウオォオオオオオオォオオオオ!!!!』
光の差さない地下空間に壮大な雄叫びが響き渡る。
それはまるで地獄で唸りを上げる悪魔の宴の