千恋*万花~Another Tale~ 作:もう何も辛くない
という事で帰って参りました。
原作は、はい。タイトルにある通り千恋*万花です。大体想像ついてたんじゃないですかね?
とりあえず今回はプロローグという事で、主人公の名前とか能力とか、性格…はまだ流石にこの話だけじゃ無理ですかね。
そういうとこ覚えてやってください。
それではまた、この駄作者をよろしくお願いします。
『大丈夫!僕が何とかするよ!』
小さな子供が、呆けた表情を浮かべる綺麗な女性に向かって胸を張り、力強く宣言する。
『もっと強くなって、おばさんも芳乃も守る!』
それは、現実を知らない純粋無垢な子供の戯れ言。厳しい言い方だが、少なくとも今の俺はそう思っている。
『だから、全部解決したらおばさんは芳乃と仲直りすること!』
子供故に分不相応な事を宣い、他人の触れるべきでない所にとことん触れる。
本当に、当時の俺を殴り倒してやりたい。どうしてあんな事を言ってしまったのか。あんな約束をしてしまったのか。
『…仲直り、できるかな?』
あの時の、あの人の悲しげな表情は今でも鮮明に思い出せる。
当時の俺は、度々あの人が浮かべる悲しげな表情の理由が分からなかった。
あの時もそうだった。どうしてそんな悲しい顔をするのか分からなくて、それでもその今にも泣きそうな顔を止めさせたくて、俺は言ってしまうのだ。
『できるよ!だって芳乃もおばさんと仲直りしたがってたもん!だから大丈夫!』
そんな簡単な問題じゃないのに。それを知らず、無遠慮に他人の心に土足で踏み込もうとする当時の俺を許せない。
『待ってて。すぐに帰ってくるから』
『絶対にここに戻ってくる。そして、芳乃の呪いを解いてみせる。だから待ってて』
結局交わした約束を叶える事は出来ず、あの人は亡くなってしまった。
そしてその出来事は俺に町を離れる決意を固めさせた。
ここでは足りない。親父とお袋からの手解きだけでは足りない。もっと、もっと力が欲しい。
二人からは大反対を受けたが、二人を押し切る形で俺は
芳乃は泣きじゃくっていた。必死に茉子が宥めようと試みていたが、全く泣き止む気配はなかった。
それでも涙を流す芳乃と、今度こそ守ってみせるという固い決意のもと約束を交わして、俺は町を出た。
結局、その約束も一部、守る事はできなかったのだが。
「…きゃ……ん」
芳乃が離れていく。
茉子とおじさんが離れていく。
「おきゃ…さ…」
いや、芳乃達だけじゃない。景色が、俺の周囲から離れていく。
俺を独り残して、どこかへ行ってしまう。
「……てくだ…い」
そうか、ようやく理解した。何か可笑しいと思ってたんだ。
「お客さん!そろそろ着きますから起きてください!」
これ、夢だ。
そう理解した直後、意識が覚醒し、目が覚める。
軽く目の端を指で擦り、体を右、左と捻る。
「おはようございます、お客さん。そろそろ穂織に着きますよ」
俺が起きて動き出した所をルームミラーで見たのだろう。前からタクシーの運転手が声を掛けてくる。
「ありがとうございます」
起こしてくれた事にお礼を言ってから、車外の景色に目を向ける。
最寄りの駅─────といってもそこから目的地である穂織の町までは一時間程掛かるのだが─────でタクシーに乗った時はまだ明るさがあった周囲はすっかり日も落ち暗くなり、時折視界を横切る照明灯の明かりが届く範囲のみハッキリと外の景色が見える。
ドア内の張りに肘を立て、頬杖を突いて流れる景色をぼんやりと眺める。
もう少しで着く、と言われても穂織を出てから五年。穂織に住んでいた時も殆ど町から出た事はなく、恐らくこの道も殆ど通った事はないと思われる。
そのせいか、全く周囲の景色に見覚えがない。見覚えがないから、現在地と町との距離が分からない。
まあ、運転手がもう少しと言っているのだからもう少しで着くのだろうが─────
「うわああああああああっ!!?」
「うおっ」
突然運転手が悲鳴を上げる。かと思うと、甲高い音と共に車体に急制動が掛けられた。
慣性に従って前に投げ出されようとする体をシートベルトが支える。
運転手の声かけに素直に従ったタクシーに乗った時の俺、まじナイス。
やがて車の動きは止まり、体に掛かる慣性が消えたと同時にぽすりと背中が背凭れとぶつかる。
「…運転手さーん?」
車が止まったは良いのだが、再び動き出す気配が─────いや待て。ゆっくり動いてないか?これ。
そして、運転手に呼び掛けても返事がない。というか、運転手のおっちゃんぐったりして気を失ってる様に見えるんだが?
「待て待て待て待て」
慌ててシートベルトを外し、車がまだ動いているのにも構わず外に出て、運転席へと回り込む。
思った通り、運転手の足がブレーキペダルから外れていた。すぐにブレーキペダルを踏んで、セレクトレバーをパーキングに、そしてサイドブレーキを引く。
車は止まり、とりあえずこれで一安心。
した所で、まずは周囲を見回す。
いきなり運転手が悲鳴を上げたのは何故か。その原因が何なのかを確かめようとして、俺はすぐに
黒い甲冑姿の、恐らく男と思われるそいつは、右手に刀を握ってじっとこちらを見つめていた。
─────仕事着で来るべきだったか。いやでもあの服で出歩くと浮くんだよなぁ。穂織でなら大丈夫なんだろうけど。
一目見て、あの男がこの世あらざるものだと分かる。そして、運転手はあれを見て恐怖し気を失ってしまったのだろう。
まあ、気持ちは理解できる。普通の人は落武者なんて見たらこうなるよな。
普通の人は落武者を
とにかく、どうやら仕事の時間らしい。
念のために上着の裏を確認する。武器と結界術を込めた札が十二枚。
普段、依頼や見回りの際に持ち歩く装備はタクシー内のトランクの中、キャリーバッグの中にある。今日はそういうつもりではなかったから手元に殆ど装備はない。
というより、いくら
妖を結界周辺に呼び寄せるまでに呪詛が強くなっているのか、それともこの妖自身にそこまで悪意が渦巻いていないのか。
もし後者ならば、俺としては見逃すのも吝かではないのだが。
ないのだが、少し離れていても全身に伝わってくるこの闘気はそんな俺の情けを否定している様。
「…」
とりあえずまずは近付いてみる事にする。
相手はこちらをじっと見つめたまま動かない。どうやら、誰彼構わず人間と見るや襲い掛かる、という類いではないらしい。
それならば、もしかしたらコミュニケーションが可能かもしれない。
「止まれ」
「─────」
前方から発せられた言葉に従い素直に足を止める。
その声から確かな威圧こそ感じられたものの、悪意や敵意は感じなかった。
だから無暗に敵対心を与えないよう、危害が及ばない限りは変に反抗はしないでおく。
「…分かる、分かるぞ。こうして対峙しているだけで某には分かる。貴様の佇まい、威圧感。貴様は相当腕の立つ武士と見受けた」
「…はい?」
敵意がないからと、もしかしたらコミュニケーションがとれるかもと様子見をした結果、突然訳の分からない事を言い並べられた。
「やっと、やっと…。某の望む真剣勝負が叶う」
「いや、勝手に話を進めないで貰えませんかね」
その手の刀を一振り、やる気満々な所悪いが全くもって意味が分からない。
いやなにやる気出してるの。俺は戦う気なんてさらさらないんだが。
だって会話が成立…今はしてないが、多分向こうが冷静になれば成立しそうじゃん。
こういう妖はあまり滅したくないんだよな。こういうタイプって大抵何か本人に望むものがあり、それを叶えればわざわざ滅しなくても浄化されたりするから。
…いや、待てよ。さっきのこいつの台詞からすると、もしかしてこいつの願いって─────
「そうだな…、すまない。ようやく待望の者が現れたと思うと嬉しくてな。まず、某の名は鞍馬信孝と申す」
「鞍馬…」
覚えのあるその姓は、脳裏のとある記憶を呼び起こす。
鞍馬─────なるほど、そういう
先程口にした真剣勝負。朧気ではあるが、予測は立てられる。
「鞍馬の家系は先祖代々、朝武家に仕えてきた由緒ある家柄。某もまた鞍馬の当主として朝武家に尽くした。だが─────」
そう、
昔から朝武を守ってきた家臣の家柄が現代まで残っている事を俺は知っている。鞍馬はその家臣の家柄の内の一つだ。
あの鞍馬信孝と名乗った男の格好、恐らく戦国時代のもの。そして、鞍馬の当主ともあろう者が現世に留まってしまう程に無念を覚えさせる出来事。
俺の頭の中に浮かんだのは、たった一つの可能性だった。
「だが某は…忌々しいあの男の騙し討ちに遇い、殺された…。最後まで殿を守り通す事が出来なかった…!」
忌々しいあの男、そして騙し討ち。戦国時代、朝武は当然敵国との戦争の歴史もあったが、朝武の国周辺にまで敵の手が及んだという歴史はない。
だが、この亡者は穂織の町周辺に縛られている。それはつまり、この男はこの場所で、或いは周辺で殺されたという事。
それが意味するのはただ一つ。
この男が死んだ理由は、かつて起こった朝武の家督争いに巻き込まれた故だ。
「…当時の朝武の当主よりも先に命を落とした。それがアンタの無念か」
「…それもある。現世に留まり、某は朝武を見守り続けた。あの男の愚行によって呪われた朝武を─────!」
「…」
無念というのはそっちか。
だとすれば、どうするべきか。
朝武の呪いを解かなければこいつの無念は晴れない。だが、あの呪いはそんな簡単な問題じゃない。間違いなく時間が掛かる。
その間にこいつが怨霊化する事だってあり得る。
─────
俺は情よりも、そちらを優先する事にした。
「無念が溢れている所悪いが、今のアンタを放っておく訳にはいかない」
堕ちてはいない様だが、この感じ、それも時間の問題だ。
その前にこいつの邪気を払う。一人の陰陽師として、人間の敵と戦う。
「…そうだ。それが某のもう一つの願い」
落武者から発せられる声に僅かな喜悦が込められる。
「臣下として失格かもしれぬが─────お仕えする主より先に死んだ無念よりも、騙し討たれて殺された無念の方が某には大きかった。故に最期にもう一度…死力を尽くした決闘がしたかった」
そんな落武者の台詞を聞いてふと思い出す。
────あの爺さんも、こういう熱血タイプというか、戦闘狂だったな。よく親父と木刀使って試合してたけど、血は争えないってやつか。
一歩ずつ、落武者がこちらに歩み近付いてくる。
その姿から目を逸らさないまま、俺は懐から一枚のお札を取り出す。
人差し指と中指で札の端を挟み、右腕を高く掲げて札に妖力を込めてから頭上へ放る。
直後、頭上から降ってくる札─────ではなく、降ってきたのは一本の槍。
柄の中央を右手で掴み、軽く振るってから柄の先でコンクリートの道路を突く。
「─────なんと」
感嘆の声を漏らし、呆然とする落武者の視線は俺の握る槍に注がれている。
それも当然だろう。この槍は戦国時代に生きた武士で、知らない者の方が珍しいと言われる名槍なのだから。
「その槍、御手杵か…!」
御手杵。
現代にも伝わる天下三槍に数えられる内の一振り。
何百年にも渡る時の中でこの槍はとある妖の手に流れ、そしてその妖から俺が分取ったという訳である。
俺の武器にする際に少々、対妖仕様に改造している。先程、札がこの槍に変化したのもその一貫だ。
流石に三メートル以上の長物を持ち歩くのは面倒臭すぎる。第一、銃刀法違反で捕まる。
もしそうなったら陰陽師始まって以来初だろうな。警察に捕まる陰陽師って。
その他にも槍に妖力を込めたりなど色々と改造を施したが、まあそこは割愛する。
「
「おぉ…。感謝するぞ、少年」
生憎得物が槍故に、
「其方の名を、聞かせては貰えぬか」
「…
「…その名を胸に刻もう。陽明よ!」
俺の名前を高らかに告げ、落武者─────いや、鞍馬信孝が刀を両手に握り構える。
「鞍馬信孝!いざ参る!いやぁああああああああああああああああっ!!!」
口上の後、雄叫びと共に信孝がこちらに駆けてくる。
重い甲冑に身を包んでいるとは思えない程に駆ける速度は素早く、そしてその足取りは軽い。
それに対して俺は右足を前に踏み込む。踏み込みと共に槍を突き出し、信孝の首を狙う。
「ぬんっ!」
刀を切り払い突きを受け流され、なおも信孝の足は止まらない。
すぐさま槍を引き戻す。その間にも信孝は俺の首を射程圏内に捉え、袈裟気味に刀を振るう。
刃が首元に迫る。その軌道上に太刀打ちを割り込ませ、刃を受け止める。
金属音が山の中に甲高く鳴り響く。次に鳴るのは金属が擦れる、鍔迫り合いの音。
妖力で身体能力を底上げし、妖の膂力に対抗する。
「く…ぐぅ…っはは。今の某は妖。故に、人間離れした怪力を持っていると自負していたのだがな…」
「生憎、生まれ持った膂力じゃない。けどまあ、このくらいは一人前の陰陽師なら朝飯前だ!」
「つっ!?」
言いながら、信孝の鳩尾を蹴りつける。
強化の術で底上げされた力で放たれた蹴りは両足で踏ん張る信孝を数メートル後退させる。
「…次はこっちから行かせて貰うぞ」
「…ふはっ、来いっ!」
「っ─────」
本当に楽しそうに、刀を構える信孝に向かって一歩踏み込み、全力で穂先を突き出す。
先程の牽制の突きとは訳が違う。本気で、信孝を射殺すための一撃。
その一撃を、信孝は受け流す。が─────それで終わらせるつもりはない。
間髪入れずにもう一突き、手応えが肉体を突き刺したものではないと感じ取った直後にもう一突き。
微妙に突く場所を変え、時に首や心臓等の急所を狙いながら、確実に信孝を追い込んでいく。
信孝も流石というべきだろう。次第に防御の手が追い付かなくなりながらも、急所への一撃だけは確実に防いでいる。
だが、今頃信孝は自身に訪れている異変に気づいている筈だ。
「がはっ!?」
遂に信孝の胸に刃が突き刺さる。
人間とは違う、緑色の血液を吐き出しながらたたらを踏む。
「…なるほど。この槍、某の妖力を─────」
「あぁ。吸っている。そういう風に改造した」
「道理で…体が上手く動かなかった…」
そう、この槍は傷をつけた妖の妖力を吸う性質を持っている。
といっても、元々この槍にそんな性質はなく、俺がこの槍を手に入れてからその性質を付け加えたのだが。
そして信孝自身に訪れている異変というのは、御手杵の力による急激な妖力減衰。
それによって信孝の体は本人の意志通りに動かなくなり、そして今この結末に至る。
「…まだだぞ、陽明」
もう勝負はついた。信孝の体からいよいよ、槍の性質によるものじゃない、妖力の漏れが発生し始めた。
これは妖の消滅が始まった合図。この症状が発せられた妖にはもう助かる術はない。
だがそれでも、信孝の戦意までは消えていなかった。
信孝は刀を握っていない左手でがしりと御手杵の柄を掴み、そのまま自身の体から穂を抜くと顔を上げて俺を睨み付け駆け出す。
「相手が勝ったと思い込んだその瞬間、それこそ我が好機!」
確かにその言葉通りだ。勝負において勝ったと思い込む、それこそ最大の油断であり、敵にとっては最大の勝機。
だが、信孝は一つ勘違いをしている。俺は勝ったと
「それでも、」
柄を引き戻し、右足を引く。そしてすぐに右足を踏み出し、穂先を信孝の首目掛けて突き入れた。
その一連の動作が信孝が俺の懐に入り、俺の首をとるよりも早く。
「アンタは間に合わない」
穂先が信孝の首を貫通し、そこで信孝の動きも止まる。
妖力の漏れは止まらない。本人もこれが最期の攻撃になると分かっていた筈だ。
その最期の攻撃も、俺には届かなかった。それなのに、それでも─────信孝は笑っていた。
最期の言葉はなく、信孝は笑ったまま消滅した。
「…鞍馬、か」
本当に、あの爺さんに似た人だった。
姿は落武者だったから、顔が似ていたとかそういう訳じゃなく、こう、雰囲気というか。血は争えないと今改めて感じさせられる。
「さて、と」
思わぬ足止めにはなったがとりあえず一件落着。槍を札に、懐に戻しつつ振り返ってタクシーの様子を見る。
運転席に座る運転手はまだ気を失ったまま。もし意識を取り戻し、今までの様子を見ていたら暗示の術をかけて記憶を消さなければならなかったから、その手間は必要なさそうで一先ず安堵。
ただ、タクシーの監視カメラの映像には細工が必要だろう。突然タクシーが止まり、それだけならまだしも乗客が席を降り、運転手を起こそうともしないまま数分戻らないなんて怪しさ満載過ぎる。
「運転手を起こすのはその後だな。…はぁ、めんど」
軽く後頭部を掻きながらタクシーへと戻る。
その道中、どうやって不自然さがない辻褄の合う映像にしようか、細工の方法を頭の中で考えを回すのだった。