千恋*万花~Another Tale~   作:もう何も辛くない

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第九話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茉子と有地が帰ってきたのはムキになった芳乃を必死に宥め、ようやく機嫌を直す事に成功した頃だった。

 大きな荷物を両手一杯に持って帰ってきた二人は居間で芳乃と話す俺を見て大きく目を見開いた。

 そんな二人の背後ではムラサメ様が何やらしたり顔で笑っていた。まるでこうなる事が分かっていたみたいに。

 

「ムラサメ様、ありがとうございました」

 

「うむ。吾輩の言った通り、良い事があったようで良かったな。芳乃」

 

「─────」

 

 芳乃とムラサメ様が交わした一言を耳にして息を呑む。

 そうか、違う。分かっていたみたい、じゃなくこうなる事をムラサメ様は分かっていたのだ。

 何故なら、こうなる様にムラサメ様が仕組んだのだから。

 

 恐らく俺が家から離れた後、ムラサメ様は芳乃に何かしらの入れ知恵をしたのだろう。その入れ知恵が何なのかまでは分からないが─────とにかく、俺の予定を思いっきりぶち壊した犯人は明らかになった。

 

「む?どうしたのだ、陽明」

 

「いえ。諸悪の根源に灸を据えてやろうと思いまして」

 

「ふははは!諸悪とは言ってくれるのぉ。吾輩は善行を積んだと思っておるのだがな?まあ、お主が何をしようとしても吾輩に触れる事は出来ん。お主には何もできいだだだだだだだだだ!!?痛い!!?」

 

 胸を張って高笑いしながら高圧的にあれやこれや言うムラサメ様の背後に回り込み、ムラサメ様の蟀谷に両拳で触れる。

 そして、情け容赦なく拳をぐりぐりぐりぐり─────。

 

 ムラサメ様は両手をぶんぶん振って暴れながら悲鳴を上げる。

 ふふ、確かに常人ならムラサメ様に触れる事は出来ない。芳乃や茉子がムラサメ様を見る事は出来ても触れられない様に。

 叢雨丸に選ばれた有地という例外はいるが─────いや、むしろ例外は俺の方か。

 

「触れてる…、ムラサメちゃんに…」

 

 呆然としながら声を漏らす有地。有地だけでなく、ムラサメ様の両側頭部をぐりぐりし続ける俺を芳乃と茉子もまた呆然として眺めていた。

 

「ムラサメ様?」

 

「な、なんじゃいたたたた!お、おい!そろそろやめんか!」

 

「反省しました?」

 

「した!したから放してください!」

 

 うむ、ここまでやられれば流石に反省するらしい。

 俺としても畏れ多いムラサメ様相手にこれ以上粗相はしたくないため素直にムラサメ様を解放する。

 

「おぉ~…いたい…、こんな経験は初めてじゃぞ…。おのれ陽明…覚えておれ…」

 

「反省が足りないようで」

 

「ひぃ~!もうぐりぐりは嫌じゃ!嫌じゃぁっ!!」

 

 ぐりぐりされた側頭部を両手で押さえながらぷるぷる震え、俺への恨み節を口にするムラサメ様に握った両拳を見せながらそう言うと、勢いよく俺に背中を見せてしゃがみ込み、震えを大きくするムラサメ様。

 

「何か…上下関係が逆転しているような…」

 

「気のせい気のせい」

 

「いえ、絶対に気のせいじゃないと思います」

 

 苦笑しながら茉子が呟き、それを否定した俺に芳乃がツッコむ。

 

「うぅ…ご主人~…」

 

「ムラサメちゃん、よしよし」

 

 涙目のムラサメ様が有地の胸に顔をう埋めると、有地はムラサメ様の頭を優しく撫でる。

 何か、兄妹みたいだな。年上なのは妹に見える方だけど。何なら年の差は数百年、四捨五入すれば千にも至るけど。

 

「っ─────」

 

「おっと、何も考えてないですよ」

 

 ムラサメ様に睨まれてしまった。この人…人?は、読心術でも会得しているんだろうか。

 まあ、現世に留まっている年数を考えれば会得していても不思議じゃ─────

 

「っ!っ!っっっ!!!」

 

「はいはい、やめます。もうやめますから」

 

 また睨まれた。唇が開いた中から嚙み締められた白い歯が覗く。

 うわ、キレてる。キレてるけど…さっきのぐりぐりが効いたのか、噛みついては来ない。

 

「…何考えてたんですか?」

 

「…あの二人、兄妹みたいだなって。妹の方が年上で年の差数百年あるけどって思ってたら睨まれた」

 

「…」

 

 芳乃にジト目で睨まれた。呆れられてる気がする。

 

 もういいだろう。これ以上この話題を続けても誰も得しないし、多分今度こそムラサメ様が噛みついてくる。

 また頭ぐりぐりで躱す自信はあるけど、無益な暴力は嫌いだ。

 どの口が言うのかって声が聞こえてくる気がするけど嫌いだ。

 

「しかし茉子、随分買ってきたな」

 

「はい。有地さんもいたので、つい…」

 

「怪我人を荷物持ちにさせるとか、お前変わっちまったな」

 

「あ、いえ、そのっ!…ごめんなさい」

 

 茉子と有地が持ってきた大量の食材、調味料が入った四つの袋を見て言うと、小さな声で茉子が返事を返す。

 その返事に対して揶揄いを込めて返してやると茉子は律儀に受け取ってしまったらしく、有地の方へと頭を下げながら謝罪した。

 

「いや!荷物を持とうって言ったのは俺だし、肩を上げさえしなければ痛みはなかったから大丈夫だって」

 

 茉子の謝罪に対して慌てた様子で両手を振りながら返事を返す。

 なお、ムラサメ様はまだ有地の胸に顔をう埋めたままだ。実はこの方、甘えん坊だったりするんかね。

 

 …多分、見た目通りの年齢の時にだもんな。仕方ないのかもしれない。これからはあまり畏まりすぎない方が良いのかもしれない。

 

「とりあえず、夕飯の準備をしちゃおうよ。俺も手伝うからさ」

 

「い、いえ!それは私がしますから、有地さんは休んでいてください」

 

「いやいや、さっきも言ったけど肩を上げさえしなきゃ痛まないし、他に痛む箇所もないし、料理の手伝いくらいなら」

 

「いやいやいや」

 

「いやいやいやいや」

 

「お互いに譲り合うとここまで面白い光景になるのだな」

 

「…お前ら、漫才したいんならここじゃなくて外でやって来い。夕飯は俺と芳乃で準備するから」

 

「え…。私も一緒に料理をしていいんですか!?」

 

「は?いや、そりゃいいだろ」

 

 ムラサメ様と二人で茉子と有地にツッコミを入れてから、その次の台詞に対する芳乃の反応がおかしい。別に料理くらいしていいに決まっているだろう。何でそんな驚くのか、何でそんな目をキラキラさせるのか。

 

 …あぁ、お前か茉子。昔からそうだったけど、未だに過保護なのは変わっていないらしい。

 

「…なんですか?」

 

「お前さぁ。過保護もいい加減にしないと、芳乃のためにならないぞ」

 

「刃物を持たせるなんて危険な事、芳乃様にさせられません!」

 

「いや、お前が一緒に台所に立って見てやればいいじゃん」

 

「…あっ」

 

 阿呆か。茉子は五年の間に阿呆になったのか。芳乃の事を思いすぎてどこか抜けるのは昔からだが、今はもっと酷くなってる気がする。

 

 というかもしかしてこいつ、芳乃に家事の一つもやらせていないのか?流石にそれはないとは思うが…、追々確かめていくか。まずは今、芳乃と一緒に料理を、と…。

 

「しかし、マジで買いすぎだろこれ…。いや、一日でこれ全部使う訳じゃないんだろうが」

 

「陽明くんの好きなものを揃えてますよ。天ぷらにお刺身、一昨々日に作った沢庵も出しちゃいましょう」

 

「…」

 

 改めて茉子と有地が持ってきた袋の中を見る。茉子が言った通り、天ぷらの材料になりそうな食材も刺身として使える海鮮物もある。

 それに沢庵って、全部食っちゃうぞ。沢庵は俺の超がつく程の好物だからな。

 

「沢庵は芳乃様が手伝ってくれたんですよ」

 

「あ?料理は手伝わせてないんじゃなかったのか?」

 

「刃物は持たせていないだけです」

 

 こいつ…何か、芳乃を主人ではなく自分の子供みたいに思ってないか?扱い方がこう、可愛い子には旅をさせよみたいな、そういう感じなんだが。

 

「とにかくお前は過保護すぎる。高校生にもなって包丁を握った事がないとかあり得ないぞ。刺身は芳乃に切らせる」

 

「そんなっ!?」

 

「そこまで嫌か、茉子よ…」

 

 刺身を芳乃に切らせると言うと、茉子が悲痛な声を上げる。見ろ、ムラサメ様が呆れ切った顔をしているぞ。

 ていうかマジか、そこまで嫌か。どんだけだよこいつ。

 

「俺が見てるから。お前は揚げ物を頼む」

 

「いや、それは…」

 

「このまま芳乃が料理もできない女になってもいいのか?」

 

「うぅ…、頼みますよ。芳乃様の手に傷一つでもついたら許しませんからね」

 

「二人とも…私を子供扱いしすぎです」

 

 茉子を説得できたのはいいが、最後にほんの少し芳乃の機嫌を損ねてしまった。しかし料理に参加できる嬉しさが勝ったのか、芳乃は素直に台所についてくる。

 

「俺も手伝うよ」

 

「あの…、いえ。ありがとうございます。それでは有地さんは私のお手伝いを」

 

 有地も加わって台所に四人とムラサメ様が入る。

 普通の家ならば台所に四人も入れば身動きをとる事すら難しくなるんだろうが、一般家庭とは一線を画する家庭の朝武家の台所では違う。四人で立っても余裕がある程の広さの中で、夕飯の準備を始める。

 ムラサメ様は物に触れられないため残念ながら見学だ。それでも、その表情はどこか楽しげだが。

 

 さっきも言った通り、俺と芳乃で刺身、或いは食材を切って茉子と有地が揚げ物を担当。この割り振りで準備を進めていく。

 料理に慣れている茉子は勿論、有地も意外にもそれなりに料理経験があるようで茉子の動きについていっている。

 芳乃はやや手付きが危なっかしくも怪我することなく俺と一緒に食材を切り進めていく。

 

「あれ、随分賑やかだね」

 

 先に揚げ物の食材を切り終えた所で、俺達の背後から優しい男性の声が聞こえてきた。

 四人で同時に振り返った先に、俺達が思うその人がこれまた優し気な笑顔を浮かべて立っていた。

 

「これは天ぷらと、刺身か。沢庵もまだ残ってたし、今日の夕飯は陽明くんの好物ばかりだね」

 

 別に安晴おじさんの好物が並んでいる訳でもないのに、何故か嬉しそうに言う。

 

 そして、笑顔のまま安晴おじさんは俺の方を見て続けた。

 

「陽明くんがいた頃よりも茉子くんの料理の腕は上がっているし、楽しみにしているといいよ」

 

「あは。安晴様、プレッシャーを掛けないでくださいよ。それに、料理をしているのは私だけではありませんから、安晴様が知っているよりももっと美味しくなる筈です」

 

 茉子の奴、さらっと俺達にプレッシャーを掛けてきやがった。さっきまで包丁を持つ芳乃を見ながらあたふたしていたってのに。

 

「陽くん、この海老はどうやって切ればいいんですか…?」

 

「あぁ、これはこうやって─────」

 

 芳乃に海老のさばき方聞かれ、実際にやって見せる。そしてその後、今度は芳乃が包丁を持って海老をさばこうとするのだが─────

 

「難しい…」

 

「ほら、ちゃんと包丁握れ。ここをな、こうやって…」

 

 上手く海老をさばけない芳乃の背後に立って、背後から腕を回して芳乃の手を俺の手で覆う。

 

「え…っ、陽くん…!?」

 

「ちゃんと手元を見ろ。怪我するぞ」

 

 俺の両腕に抱えられるような体勢になり、しかも互いの距離が急激に接近したせいか芳乃の顔色が羞恥に染まる。

 正直、俺も少し恥ずかしい。何とか平静を装っているつもりではいるが、結構ドキドキしてたりもする。

 好きな人とこんなに近くにいるんだから仕方ないと、自分に言い聞かせて高鳴る気持ちを抑えながら芳乃にさばき方を教える。

 

「頭をしっかり押さえて、胴体との隙間に包丁を入れるんだ。そう、そうやって殻を切り離して─────」

 

 芳乃はまだ僅かな羞恥の色を残しながらも真剣な顔つきで俺の説明に耳を傾け、その通りに手を動かしていく。

 

「…ふふ」

 

「安晴様?どうかされましたか?」

 

「いや。…なんだか、懐かしい光景が戻って来たなって思ってね」

 

「…そうですね」

 

 そんな俺達の姿を見て安晴おじさんと茉子が言葉を交わす。

 その顔に微笑みを浮かべながら、どことなく慈しみの気持ちを感じさせる表情で。

 

「…」

 

 芳乃は気付いていない。すっかり顔からは羞恥の色は消えて俺の説明と目の前の海老に完全に意識を向けている。

 こうして、目の前の事に没頭すると周りが見えなくなるのは変わらないな。芳乃の集中を阻害するのは気が引けるし、ツッコミは止めておいてやろう。ただ─────

 

「おい茉子。有地を手伝わなくていいのか?」

 

「え?あっ、有地さんすみません!私がお取りしますから!」

 

 怪我した右肩の痛みを我慢して上の棚から鍋を取ろうとする有地を放ってこっちを眺め続けるのはどうかと思うので、指摘だけはさせてもらう。こっちは芳乃のフォローで手が埋まっているので、有地の方は最初に決めた通り茉子に任せるとしよう。

 

「安晴おじさんも、そこで見てないで手伝いませんか?」

 

「いやいや、若い子達の邪魔になるといけないし、僕はおとなしく居間で待ってるとするよ。頑張ってね」

 

 ニコニコと浮かべた笑顔は変わらず、俺の誘いを躱して居間へと戻っていった。

 別に邪魔になるなんてそんな事はないが、安晴おじさんに無理強いするつもりなんてないし、それにいくら広いとはいえこの台所でも五人目は流石にきつそうだし、安晴おじさんの言う通り四人で頑張るとしよう。

 

「陽くん。次は私一人でやってみたいですっ」

 

「ん───そうだな。やり方が分からなくなったら聞くんだぞ」

 

「はいっ」

 

 夕飯の準備は賑やかに進み、台所の話し声は準備が終わるまで─────いや、居間へと完成した料理を運び込むまで途切れる事はなかった。

 そして、台所での賑やかさは居間へと移り、今度は安晴おじさんも加わって賑やかさは更に増す。

 

 途中、駒川に外で、芳乃の家で夕飯を頂く事になった報告をしていなかったのを思い出すというちょっとしたトラブルはあったが、特に俺が穂織に住んでいた頃の昔話で盛り上がりながら料理に舌鼓を打った。

 昔話で盛り上がったといっても、有地が仲間外れになるなんて事もなく、それどころか俺、芳乃、茉子の昔の話に興味津々で耳を傾けながら、特に俺の昔の性格の話になるとかなり大袈裟に驚いていた。

 

 そこまで大袈裟に驚かなくて良いだろう、と。確かに少し口が悪くなったとは思うが、そこまで変わらないぞ。

 と、有地に言うと芳乃と茉子、更にはムラサメ様にまで口を揃えて少しじゃない、とツッコまれ更にはこの一連の会話を聞いた安晴おじさんに爆笑された。解せぬ。

 

 そんな感じでテーブル一杯に揃えられた料理もやがて沢庵以外は食べ終えてなくなり、今は台所から食器を洗う音が居間まで聞こえている。

 台所で食器を洗っているのは茉子と有地の二人で、ムラサメ様も有地について行って台所にいらっしゃる。残る俺と芳乃、安晴おじさんは居間で食後の余韻に浸っていた。

 

「パリパリパリパリパリパリパリパリ」

 

「陽くん…本当に沢庵好きですね」

 

「いや、この沢庵が美味すぎる」

 

 食後のデザート代わりに沢庵を一心不乱に食べまくる。てか美味い、犯罪的に美味すぎる。やばいぞこれ、一生食っていられる自信がある。

 

「沢庵の食べっぷりに磨きがかかってる気がするよ…」

 

 安晴おじさんが何故か俺を見ながら引いた表情を浮かべているが、気にしない事にする。それよりも沢庵だ…って、あれ?

 

「ぜ、全部食べた…。あれだけの沢庵を…」

 

「え?あれで全部ですか…。残念だ」

 

 どうやらさっき食べたのが最後だったらしい。茉子達の言い方から数日前から沢庵を出していたらしいし、今日の時点でもう量はだいぶ減っていたんだろう。

 茉子にリクエストしたらまた作ってくれるだろうか。今度会ったら頼んでみよう。

 

「さて、と。俺はそろそろ帰るよ」

 

 座布団から立ち上がりながら言う。夕飯もご馳走になったし、そのお礼を台所にいる茉子と有地に伝えてから…そうだ。その時に茉子に沢庵を頼んでみよう。

 

「え?帰っちゃうんですか…?」

 

 なんて事を考えていると、足元からしょんぼりとした声が聞こえてくる。

 見下ろしてみれば、悲しげな表情でこちらを見上げる芳乃が。いや、何故に?

 

「帰るって…。そういえば陽明くんは、どこに住んでいるんだい?」

 

「駒川の家に寝泊まりさせてもらってます」

 

「みづはさんの家に?」

 

 安晴おじさんの質問に答えると、足元から芳乃に聞き返されてそちらにも頷いて答える。

 

「それなら僕が彼女に電話して伝えるから、今日は泊まっていくといいよ」

 

「え?いや、そういう訳には─────」

 

「なんなら、これからは家に住むかい?」

 

「いやいやいやいや」

 

 この家に泊まるのすら躊躇われるのに住むなんてあり得ない、というか話が飛躍しすぎだ。

 

「流石にこれ以上男を住まわせる訳にもいかないでしょう。有地を住まわせるのだって、まだ納得しきれてない人がいるんでしょう?」

 

「それは…っ、陽明くん。君はまさか─────」

 

 安晴おじさんが驚愕しながら表情を僅かに引き攣らせた。

 

「…知ってますよ、全部。すみません、盗み聞きさせてもらいました。芳乃と有地の事も」

 

「え─────」

 

 あんな言い方をすれば安晴おじさんなら察せるだろう。有地がこの家に住む事に決まった理由、そしてそのために行った安晴おじさんの工作も。

 

 そう直接言うと芳乃の表情が固まると同時、安晴おじさんの表情もまた更に固くなる。

 

「陽明くん、その件は僕が勝手に…」

 

「安晴おじさん、こんな話は止めましょうよ。有地だっているんですし」

 

 こんな所でする話ではないだろう。台所で流れる水の音のお陰でここでの話は届いていないだろうが、それでも有地がいる傍でする話ではない。

 

 それにまず、俺自身がこの話をしたくない。こんな話、したくない。

 

「…そうだね。この話はこれでお終いにしよう。それに、駒川先生の所に電話を入れなきゃいけないね」

 

「あ、いや。俺は─────」

 

「陽くん?」

 

「…はい。今日はお言葉に甘えて泊まらせて頂きます」

 

 おかしいな。泊まらないって思ってた筈なのにな。芳乃のドスの効いた声を聴くと意思に反した返事が勝手に口から出ちゃうな。

 というか芳乃の奴、いつどうやって、これだけの威圧感を操れる様になったんだ?

 そういえば、秋穂おばさんもたまに有無を言わさない迫力を感じさせる笑顔を浮かべてたな。…そういう所は親子なんだな。そんな所まで似なくて良いのに。

 

「ただいま戻りましたー。有地さんのお陰で、早くお片付けが終わりました」

 

「あー、茉子くん。今日は陽明くんも泊まる事になったから、寝床の準備を手伝ってくれないかい?」

 

「え?…あっ、はい!今すぐ準備してきます!」

 

「あ…。手伝ってほしいって言ったんだけどなー…」

 

 たかだか俺が泊まるだけだってのに、嬉しそうにしてまあ。

 

「それなら、私は何か遊ぶものを持ってきますね。陽くんと有地さんも一緒に来てください」

 

「ん」

 

「分かった」

 

 安晴おじさんの微笑まし気な視線を受けながら、俺は芳乃、有地と一緒に居間を出て芳乃の後に続く。

 

「…さて、と。僕も駒川先生の所に電話を入れなきゃね」

 

 五年ぶりにこの家に、芳乃達と一緒に、有地も加えて過ごす夜。

 思わぬ形で始まりはしたが、気分は決して憂鬱ではなくむしろ楽しみで仕方ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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