千恋*万花~Another Tale~ 作:もう何も辛くない
実はもうすぐ誕生日なんですよ私。
プレゼントには残業がない人生が欲しいなぁ…。
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
夜の帳が辺りを包む時間帯の穂織の街は昼の賑やかさとは打って変わって静まり返る。
これが中央の街道ともなれば話は変わってくるが、住宅街─────ましてや外れの山に近い所ともなればその静けさに不気味さすら感じる程にまでなる。
そんな、夜はまず人が寄り付かない山付近、朝武家の前で俺は芳乃と茉子が準備を終えて来るのを待っていた。
事の始まりは数時間前、学校帰りの芳乃達と歩いていた時。
突如芳乃の頭に獣耳が生え、山中のどこかで祟り神が発生した事を知った。
その後、山で例の欠片を集める予定を中止。芳乃はそれから夜、祟り神を祓うその時まで奉納の舞いを行い、俺も一旦駒川の家に戻って対祟り神の準備を進めた。
まあ俺の方は準備といってもする事なんて殆どなく、武器と式神が揃っている事の確認くらいしか行わなかったが。
街に戻ってきてから、祟り神とは二度交戦している。
芳乃達に協力をお願いした手前、芳乃と茉子についてきてもらう事にはなったが、正直に言ってしまえば祟り神を祓うのは俺一人で充分だというのが内心の本音だ。
むしろ、俺のスタイル上周囲に人がいると戦いにくい。
それは俺の基本的な得物が長槍という所から察してもらえると思う。
なら、どうして芳乃と茉子も連れていく事にしたのか。
上から目線な言い方になってしまうが、二人の力を確かめたいと考えたからだ。
秋穂おばさんが亡くなってから、祟り神を祓う役目は芳乃と茉子に引き継がれた。数年の間、芳乃と茉子は二人の力で祟り神を退け続けてきたのだ。
その力をこの目で見たい、と思った。
勿論、危ないと感じたその時にはすぐにフォローに入れるよう準備はしておく。
─────あまり気にしない様にしたいのだがぶっちゃけると、どうも嫌な予感がしてならないのだ。
別に山の中から特別強い力、邪気を感じたとかそういう事ではない。ただ何というか…言い知れない寒気が背筋を奔るというか。
こういった事はこれまで何度かあった。そして、この感覚を味わった時は大抵─────というより全て、碌でもない事に襲われてきた。
「…やっぱり、一人で行くべきか?」
これまでの経験を思い出す。
ある時は一緒に戦線を共にした奴が大怪我をして、ある時は長い時間を掛け、苦労して作り上げた式神を妖に殺され、ある時は色々とテンションが可笑しくなって妖を滅する際に周囲を焼け野原にしてしまった。
…いや、最後のは可笑しいな。ただの俺の自業自得じゃないか。
とにかく、やはり芳乃と茉子を連れていくべきではないかもしれない。そう思った時だった。
「お待たせしました」
そう声がしたと同時、二人の少女が姿を現す。
一人はやや露出が激しい黒い忍装束に身を包んだ─────いや、待て。忍装束、なのか?これが?
「どうかされましたか?」
「…茉子。お前、その格好でお祓いに行く気か?」
「はい、勿論。代々常陸家にて受け継がれてきた正装ですから」
俺がやや戸惑っている事に気付いていないのか、茉子はぐっと張った胸を拳で軽く叩きながら俺の問い掛けに答えた。
ただでさえ茉子の今の格好は露出が激しいというのに、その状態で胸を張ればどうなるか。茉子の立派に育った胸が強調され、更にそこに拳が押し付けられる事で胸の形がそれは柔らかそうに変形する。
正直、茉子と出会ってから今までこいつを女として意識した事は一度もなかった。が、こんな光景を見せられれば男なら誰でも目が釘付けになってしまう。
俺も男だ、例には漏れず茉子の格好に、茉子の胸辺りにどうしても視線が吸い寄せられて─────
「陽くん。どこを見てるんですか?」
「いや別にどこも?それよりも芳乃、痛いんだが」
茉子のとある体の一部分に吸い寄せられた視線が、左の二の腕に奔った痛みで外される。
そして、茉子から外れた視線は俺の
そこには俺を白けた目を向けて俺の腕を抓る芳乃がいた。
芳乃の問い掛けに対して何でもない風を装って答えた後、俺の腕を抓る芳乃の白い手を軽くぺちぺちと叩きながら痛いと告げると、芳乃はぷいっとソッポを向きながら俺の腕から手を離した。
そんな少々不機嫌そうな顔をしている芳乃の格好は赤を基調とした巫女服姿だ。
普段舞いをする時も芳乃はこの服を着ているのだが、その時は桜の花が描かれた羽織を身に着けている。
今は動きやすさを求めたのか、その羽織を着ていない。そのためやや腕の辺りが露出しているが、まあ茉子と比べればその程度の露出無いも同じだ。
が、羽織を身に着けていないため、芳乃の巫女服姿が全身見える。これが俺にとって問題だった。
芳乃の細いウエストには赤い帯が巻かれている。そのせいで、茉子に負けず劣らず育った、その…あれが強調された形になっているのだ。
茉子のように露出が激しい訳ではないのだが、これはこれで視線が吸い寄せられてしまう。
「あは~」
「…なんだよ」
「いえいえ。陽明くんも立派に男をやってるんだなぁ~と思いまして」
「…」
芳乃のとある一部分に一瞬目が釘付けになってしまった事に気付いた茉子が悪戯気な笑顔を浮かべる。
こいつ。マジで良い性格してやがる。いや今回は俺が自爆しただけだから耐えてやるが、次同じように揶揄ってみろ。
軽く呪いをかけてやる。女として地味に困る感じの呪いをな。
何がいいかね…。やっぱ痔になる呪いか?
「陽くん、茉子。話はそこまでにして、早く山へ行きましょう」
和やかな空気が芳乃の声に引き戻されるようにして引き締まる。
そう、ここに集まっているのは三人で話をするためじゃない。
これから俺達は命を賭ける戦いをしに行くのだ。
茉子が芳乃の言葉に頷き、俺も何も言わないまま山の方へと足を向ける事で応える。
俺を先頭にして、俺達は朝武家の門から離れ、山へと足を踏み入れていく。
静寂に包まれた夜の山には俺達三人の足音と風に揺れる木の葉の音しかしない。しかし、山の中に漂う祟りの気配を俺は確かに感知していた。
もし山に入っても祟りの気配が感じられなければポチに頼ろうと思っていたのだが、その必要はないらしい。
「二人とも、こっちだ」
顔だけを後ろに歩く二人に向けて言うと、二人は初め驚いた様に目を丸くしたが突如歩く方向を変えた俺の後をついてきてくれた。
「陽明くん。祟り神のいる場所が分かるんですか?」
「あぁ。熟練の陰陽師ともなれば、感知専門の式神には及ばないがそれなりに気配には敏感になるんだよ」
茉子の問い掛けに答えてから軽く陰陽師としての俺の力について説明する。
軽くといっても本当にほんの少し、力の一端とすらも言えない程度にだが。
意識を集中させ、感知に引っかかる祟り神の気配を逃がさないようにしながら歩を進める。
その際に、後ろを歩く二人が祟り神と出会う前に疲れないよう歩く場所を気にする事も忘れない。
ここにいるのが俺だけだったらどれだけ木や草が生い茂ってようと、目標への最短距離を一直線に駆け抜けるのだが。
二人も何度もこうして山の中に入っているだろうしそれなりに体力もついているとは思うが─────流石に陰陽師基準で考えちゃダメだろう。そこには流石に気を配る。
「…ん?」
そうこうしている内に、祟り神との距離も少しずつ近づいてきて、そろそろ向こうも俺達の存在に気付くのではないかという所まで来た時だった。
俺の感知範囲内に祟り神とは別の、もう一つの
一旦足を止め、祟り神から集中を外してそちらの気配に意識を集中させる。
「陽くん。どうかしましたか?」
「…いや、何でもない。行こう」
直後、その気配の正体を悟り、
─────どういうつもりかは知らないが、覚悟があるのなら構わない。ただ、そうでないのなら。
一度だけ、先程気配が感じた方へと視線を向ける。
─────覚悟もなく踏み込むつもりでいるのなら…、どうなっても知らないぞ。
山中を歩く俺達の体を冷たい風が撫でる。柔らかく暖かい春の風ではなく、冷たく刺すようなまるで冬に吹き荒ぶ風。
近付いてくる俺達に気付いたのか、
「こっちに来る」
「「っ…!」」
たったその一言で状況を察した芳乃と茉子に緊張が奔ったのが、背後から聞こえてきた二つの息を呑む声で分かった。
足を止める。
向こうから来てくれるのならこれ以上歩く必要もない。あちらが接近を止めるようならまた対応を変えるべきかもしれないが、そうでないのならここで準備をし、迎え撃つ方が効率的だ。
懐から妖力を込めた札を三枚取り出す。
芳乃が鉾鈴を両手で握りしめ、茉子が二本の苦無を両手に構える。
俺達が足を止めた事で、周りで響く音は風が流れる音と草木が揺れる音だけになる。
足を止めてから数十秒、どこからか何者かが草木を踏んだような音がした。
その音が鳴った方へと、芳乃と茉子が弾かれたように視線を向ける。
音は断続的に鳴り続ける。そして、その音は次第にこちらに近付いてきていた。
「─────?」
ゆらり、と草陰から現れた黒い影。
長い尾を揺らしながら、黒い泥に形成された祟り神が姿を現した。
「っ、芳乃様!」
かと思うと、祟り神は揺らしていた長い尾を芳乃に向かって振り下ろす。
その直後、振り下ろされる尾の軌道上に茉子が割り込み、苦無で尾を打ち払う。
「芳乃様、陽明くん!下がって!」
茉子と祟り神は互いに位置を入れ替えながら苦無と尾を打ち合う。
迫る尾による一撃を茉子が打ち払い、打ち払われても祟り神は次なる一撃を茉子に向け続ける。
俺と芳乃は茉子の言葉通り一度下がり、少し離れた所で茉子と祟り神の交錯を見守る。
恐らく、これがいつものお祓いの流れなのだろう。
茉子が前線で祟り神と打ち合い隙を作り、その隙を突いて芳乃が霊力が込められた鉾鈴を突き立て祟り神を祓う。
芳乃は祟り神と打ち合う茉子を心配そうな眼差しで見つめているが、その中に祟り神の隙を見逃さない冷静さが見て取れた。
「…」
さて、いつまでも二人の観察に精を出し続ける訳にもいかない。
俺も祟り神へと視線を向け、いつでも妖の動きを封じる札を投じられるよう準備をして茉子の戦闘を見守る。
「くっ…!」
茉子の表情が僅かに苦悶に歪む。同時に、食いしばる白い歯の間から声が漏れた。
まさに忍、と言える素早い動きで祟り神の攻撃をいなし続ける茉子だが、次第に均衡は崩れていく。
いくら分散されたとはいえ、相手は強力な妖。陰陽術を使えない人間がここまで戦える方が異常なのだ。
「茉子っ!」
迫る尾を苦無で防ぐ茉子。だが、衝撃を受け流しきれず体勢が僅かに崩れる。
「っ、はるく─────」
茉子を助けに行くために飛び出そうとする芳乃を手で制しながら、もう一方の手で一枚の札を祟り神に向けて投じる。
この札が祟り神の体に触れた時、祟り神は札の力によって縛られ、動きを封じられる。
祟り神は尾を向ける先、茉子に意識を向けている。憎しみの塊である祟り神は思考能力を持たない。
故に、意識外からの攻撃はまず間違いなく命中する筈だった。
しかし直後、俺の目に驚くべき光景が飛び込んでくる。
「なっ─────」
思わず驚きに声を漏らす。
俺が札を投じた瞬間、祟り神は動きを止めると、こちらを見て迫る札を察しその場から跳んで避けたのだ。
「芳乃様!陽明くん!」
あり得ない─────そう叫びそうになるのを抑えながら、祟り神が次なるターゲットである俺に向けて尾を突き出してくる。
溢れ出るおぞましい殺意は明確に俺へと向けられているが、自然と奴の視界には俺の傍にいる芳乃も捉えられている。
「俺の後ろに」
「っ…」
芳乃を制すために伸ばしていた腕を芳乃の腰回りに巻き付け、自身の体を芳乃の前へと出す。
そしてもう一方の腕で先程祟り神に投じたものと同じ札を取り出し、今度はすぐに手放さず迫る尾の先を見つめる。
「きゃっ」
芳乃の細い腰を抱えたまま体を翻し、迫る尾を躱す。
その際、通り過ぎていく尾に向かって手を伸ばし、その手にある札を貼り付けてやる。
それは以前、祟り神と戦闘した時に使用した封印の札、の劣化版である。恐らく数秒の間祟り神の動きを封じられる。
たった数秒、されど数秒。忍である茉子にとっては体勢を整え、そして祟り神の隙を作るには充分すぎる時間である。
「はぁ─────っ!」
黒い疾風の如く、くノ一が駆け抜けその手に握る苦無で祟り神を切り裂く。
「─────っっっ!!!?」
それと同時、俺が貼り付けた札の効力から逃れた祟り神は声にならない叫びを上げながらふらりとよろける。
「今です、芳乃様!」
「行け、芳乃!」
その姿を見た芳乃は、俺と茉子が声を上げる前にすでに走り出していた。
流石に茉子ほどではないが、それでも一般的な女子高生とは一線を画する速さで祟り神にまで迫ると、芳乃は大きく鉾鈴を掲げ、振り下ろす。
「これでっ!」
「─────」
振り下ろされた鉾鈴は祟り神の脳天から突き刺さり、顎の辺りまで貫通。
先程茉子の苦無で切り裂かれた時のような悲鳴を上げる事無く、鉾鈴を突き立てられた祟り神はどろりと体を崩し、そして煙となって消えていった。
祟り神が消えてからも少しの間、芳乃と茉子は警戒を続けていた。
しかし、これ以上何事も起こらず、祟り神も再び姿を現す気配はなく、やがて二人は警戒を解いてから大きく息を吐いた。
「お疲れさまでした、芳乃様。陽明くんも」
「うん。茉子も…陽くんもお疲れ様」
「…あぁ」
労いの言葉を二人で掛け合ってから、芳乃と茉子は俺にもその言葉を向ける。
それに返事を返しながら、俺はある方向へと視線を向けていた。祟り神と戦闘に入る前、こちらに近付いてくる人の気配を感じた方。
その時はこちらからやや遠かったのが、今ではすぐそこにまで近付いてきていた。
「「─────っ!?」」
直後、がさりと俺が視線を向けていた方の藪が揺れた。
芳乃と茉子が緊張を奔らせながら音が鳴った方へと警戒とそれぞれの得物を向ける。
一方、残る俺は特に何もしない。何も持たない。何故なら、そこにいるのは─────
「若狭。朝武さんに、常陸さんも」
「む?なんじゃ、もう祓い終えてしまったのか?」
こちらに近付いてきていた気配の主である、
「有地さん!?」
「来てしまわれたんですか…」
驚いた顔を浮かべる芳乃と茉子。
「どうして来たんですか!山に入ってはいけないとあれほど…」
「まあまあ、芳乃様。言いたい事があるのは分かりますが、祟り神はもう祓ったんですし。今は一度お家へ帰りましょう」
有地に詰め寄ろうとする芳乃を宥める茉子。そして、もう祟り神を祓い終えたと聞いてやや拍子抜けた表情を浮かべる有地。
有地としては俺達と一緒に祟り神と一戦構えるつもりだったのだろうが、残念ながら今日の所はそれは叶わない─────
「っ、伏せろ有地!」
「へ?」
不意に、視界の端で小さく光る何かを捉えた。その何かは宙を舞い、放物線を描きながら地面に落下していく。
その光る何かの正体と、
だが言葉の矛先である有地はきょとん、と訳の分からない表情を浮かべて戸惑っている。
有地の反応の遅さに苛立つ暇もない。すぐさま地面を蹴り、有地に向かって飛び掛かり、地面に押し倒す。
直後、後頭部に感じる風圧と数本の髪の毛が持っていかれた感覚。
どしゃりと有地と二人で地面に倒れこんですぐ、体を起こし、視線を回して事態の把握を急ぐ。
「…そんな」
「どうして…」
「こんな、ことが…」
芳乃、茉子、ムラサメ様が同じ方向を見て驚愕している。そして、俺もまた彼女達と同じ方向へ視線を向けていた。
「…あれは」
地面から湧き上がる黒い泥。泥は急激に量を増やしていき、意思を持っているかの如くゆっくりと形を形成していく。
その光景を見ながら立ち上がる俺の背後で、有地が震える声を漏らした。
この光景を俺は前に見た事がある。
山の中で拾った欠片について調査するために、一度欠片を割ってみようと思い立ち、それを実践しようとした時の事だ。
あの時は欠片を実際に割る前に欠片が発熱し、思わず手から落としてしまった欠片から泥が発生。発生した泥はやがて、祟り神を形成した。
今目の前に広がる光景はまさにそれと同じだった。
先程俺達が祟り神を祓った、
「祟り神─────」
祟り神は再び、俺達の目の前に姿を現したのだった。