千恋*万花~Another Tale~ 作:もう何も辛くない
【祝】千恋万花、switch移植。そしてゆずソフト完全新作!
千恋万花も新作も楽しみ過ぎる。という事で投稿です。
~Another View~
「有地、まあ…あれだ。頑張れ」
疲労困憊の体は重く、節々が僅かに痛む。徹底的に負荷をかけられた体は限界に近い…いや最早限界といっても良い状態だ。
そんな状態で私、有地将臣は剣道の防具を全身に着込み、木刀を持って同じく槍に見立てた木の棒という得物を手に握る若狭陽明と対峙していた。
「それでは始めるぞ。両者構えろ」
対峙する若狭は苦笑いを浮かべ、そして向かい合う俺と若狭の中央では澄ました顔でじいちゃんが立っている。
俺の体を追い込んだのはじいちゃんの癖に、なのにこの人は全く疲労を感じさせない表情でぴんぴんとしていた。
いや、事実疲労なんて感じていないのだろう。そして俺と同じメニューを熟した若狭もじいちゃんと同じようにケロッとしていて─────この二人は化け物か。
「始めぃっ!」
じいちゃんが俺達からやや離れてから、大声で合図を上げる。
こうなったらヤケだ。俺だってたった数日ではあるけれど、じいちゃんの扱きに耐えてきた。少しくらい…喰い下がって見せる。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
大声で自身を奮い立たせながら若狭に向かっていく。
若狭も浮かべていた苦笑を収め、駆け出した俺の動きを捉え木の槍を構える。
一体何故、こんな状況になったのか。
説明するには数日前まで話を遡る必要がある。
その日の俺はいつも通りの時間に目を覚まし、ムラサメちゃんと一緒に軽く外の散歩をしてから身支度を済ませ、常陸さんが作ってくれた朝食を食べて登校した。
その日の前日が祟り神を祓った日で、体に残った僅かな疲労が授業中眠気となって襲い掛かるも何とか耐え切り学校での一日を乗り切った。
授業が終わってからは今週俺に割り振られた場所の掃除を同じ場所に割り振られたクラスメイトと一緒に済ませて帰る─────前に、俺は校舎を出てから姿を現したムラサメちゃんと共に志那都荘へと向かった。
昨日─────祟り神との戦いで俺は皆の足を引っ張った。何かできればと思って家を飛び出して、ムラサメちゃんと一緒に戦おうとして、そして若狭達の足を引っ張った。
結果的には俺が祟り神に止めを刺す形にはなった。でも、今日になって、朝の散歩中に思い返して分かるのだ。
俺がいなければもっと上手く、三人は祟り神を祓えていただろう、と。
朝武さんは俺が現れた事で動揺していつもと同じ動きが出来なくなり、常陸さんも祟り神との打ち合う中で俺という考慮すべき点を増やしてしまった。
そして、若狭。
若狭は俺達から引き離されて祟り神と一対一での戦闘となった。目の前の事に注視しなければと思いつつ、視界に入った若狭の動き。
祟り神の攻撃を躱し、いなし、そして一撃で祟り神を撃ち消した一連の流れ。
繰り返しになるが、祟り神に止めを刺したのは俺だ。でも、それだけだ。ただおいしい所を運よくとれただけ。
あの時、きっとやろうと思えば若狭だって止めは刺せただろうし、近くにいた朝武さんも追撃でもっと深く鉾鈴を突き立てられた筈だ。
俺だけ。
俺だけ、何も出来なかった。
常陸さんは祟り神と互角に打ち合って、朝武さんも俺が来る前の一体目の祟り神との戦闘では止めを刺して、若狭は祟り神を一人で祓った。
悔しくて、情けなくて。
『ご主人が叢雨丸に選ばれた理由が必ずある。ご主人にしか出来ない事がある筈だ』
ムラサメちゃんは俺にそう言ってくれた。
俺にしか出来ない事。ムラサメちゃんの言う通り本当にそれがあったとしても、今の俺のままではそれを成し遂げられない。
そう考えた俺は、仕事を抜けて俺と話す時間を作ってくれたじいちゃんに頭を下げたのだ。
『じいちゃん!俺を男にしてください!』
『…お前。儂が相手で良いというのか?』
いや、さ?確かにさ?俺の言葉のチョイスも拙かったとは思うけどさ?その間違いはどうかと思うよじいちゃん。
てかじいちゃん、随分俗世に染まってたな。BLとか知ってたし…。
まあ関係ない話はそこまでにして、俺が口にした台詞の真意はそこではなく、じいちゃんに俺を鍛えてほしかったのだ。
先日での戦いで皆の足を引っ張ってしまった事。ムラサメちゃんが俺へ言ってくれた言葉と、このままじゃムラサメちゃんが言う俺にしか出来ない事なんて成し遂げられないと思った事。
じいちゃんに打ち明ける言葉が続くごとに込み上げてくる悔しさを抑えながら、時折自分でも何を言ってるのか分からないくらい拙い言葉でじいちゃんへ説明する。
『…そうか』
じいちゃんは最後まで俺の言葉を聞いてから、一言口にするだけだった。
正直、俺の説明をどこまでじいちゃんが理解してくれたか分からない。ムラサメちゃんとのやり取りは特に、じいちゃんにはムラサメちゃんの姿は見えない訳だし、それに俺の説明だって拙くて。
『決して投げ出さないと誓うか』
『はい』
『たかが一日…数日、一週間程度で劇的に変わりはせん。そんな都合の良い話はない。それでも─────』
『それでも、何もしないよりはマシだと思う。…そう思いたいんだ』
じいちゃんの言う通り、数日鍛えるだけで劇的に強くなる。そんな都合の良い話なんてない。そんなものが存在するのは物語の中にだけだ。
何も変わらないかもしれない。それでも、さっきじいちゃんに言った通り─────何もしないよりはマシだと俺は思いたいんだ。
『…良いだろう』
『っ!』
『だが、途中で投げ出さぬとたった今、お前は誓った。どれだけ辛くとも、誓った事を曲げるな。…それが条件だ』
『はいっ!ありがとうございます!』
後悔なんてしない。投げ出したりなんてしない。
そう胸に刻みながら、次の日の早朝から早速じいちゃんとの訓練に励んだ。
正直、俺の想像以上の厳しさだった。
俺は小さい頃に剣道をやっていたから、なんて驕りはあっという間に消え失せた。つい先日、叩き折られた鼻っ柱を今度は粉々に砕かれた気分だった。
ここまで鈍っているとは、とため息を吐いたじいちゃんは俺に訓練の方針を語る。
本来は徹底的に基礎体力をつけさせたい所だが、いつ祟り神が出現するか分からない以上基礎体力だけに集中する訳にもいかない。
そのため、午前中は基礎体力トレーニングだけに絞り、放課後にもじいちゃんとの訓練を行い、そちらでは実戦を見据えた訓練を行う事となった。
そうして訓練を始めてから数日、訓練に慣れるどころか疲労は溜まる一方。何なら今日なんて朝、起きようとしたら筋肉痛で足が震えて少しの間起き上がれなかった。
そんな状態でもじいちゃんは容赦なく俺にトレーニングを課す。ペースのアップダウンを加えた長距離走に筋トレ、素振り。変わらぬ朝のメニューを熟してからくたくたの体を引きずって朝武家へと帰り、朝食を食べて学園へ。
そして、授業を終えた放課後。今度は午後の訓練を行うためにじいちゃんの所へと向かった俺を待っていたのは─────
『有地?』
『え?若狭?』
じいちゃんと何やら話をしていた若狭だった。
んで、今に至る。若狭はじいちゃんと話をしていたというよりも話をしようとしていたという方が正しかったらしい。
何でもじいちゃんから若狭のスマホに呼び出しの連絡が掛かってきて、じいちゃんの所に来た若狭が呼び出された理由を聞こうとした、という時に俺がやって来たのだ。
そして、じいちゃんが若狭を呼び出した理由というのがまさにこれ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
両手に木刀を握り、若狭に向かって突き進む。
そう。訓練を初めて四日目、じいちゃんは俺と戦わせるために若狭を呼び出した。
始まりは昨日、『祟り神とはどんな攻撃をしてくるのだ』というじいちゃんからの質問だった。
それに対して長い触手を振り回して攻撃してくる、と答えるとじいちゃんはそうか、と一言答えると何やら考える所作を見せていたけど…まさか
「っ!?」
走る俺に対し若狭はその場から足を動かさず、しかし両手に握る木の槍をこちらに突き出してきた。
顔面目掛けて突き出された木の槍は、まさに俺を射殺そうと伸びてくる祟り神の触手と酷似していた。
その場で足を止め、上半身を横に傾けて突き出される木の槍を躱す。が、視界の端で一瞬槍が止まる、その直後槍がこちらにスライドしてくる。
「なっ、がっ…!」
急停止からの急加速。まるで俺が動く先を見抜いていたかのように素早く俺が動いた先へと振りぬかれた槍は俺の顔面、まあ防具だけど─────を叩く。
「足を止めるなっ!今のお前の動体視力と反射速度で反応勝負に持ち込むなど自殺も同然!まずは動き、相手に狙いを定めさせるなっ!」
「くっ…は、はいっ!」
よろけた体勢を立て直し、じいちゃんの大声に答えてから足を動かし走り出す。
今度は無暗に若狭に近付きはせず周囲を回る。のだが、全身の防具を着けているから如何せん動きづらい。
それに若狭は動き回る俺をしっかり目で追ってくる。攻め込む隙が全く見当たらない。
これ、本当に意味はあるんだろうか─────そう思った時だった。
「確かにお前の速さでは攪乱にもならん。だが、それはお前が一人だった場合だ。お前の周りに味方がいた場合は話が変わってくる。注視しなければならない対象が複数なら、その内の一人が動き回るというのはかなり鬱陶しいものだ」
走り続ける俺の耳にじいちゃんの声が入ってくる。
確かに─────例えば、祟り神が常陸さんと打ち合っている時、俺が祟り神の周りを動き回ってたらそれは割と気が散るかもしれない。
そうなれば隙が出来て常陸さんも戦いやすいかも─────或いは俺が飛び込む隙だって出来るかもしれない。
「っ─────」
若狭が再び木の槍を俺の顔面目掛けて突き出してくる。
今度は足を止めずに加速し、突き出される木の槍を置き去りにして躱す。
その直後、先程と同じように木の槍は急停止、こちらに向かってスライドしてくる方へと振り向き、手に握る木刀で弾く。
─────今ならっ!
得物を弾かれ、若狭に隙が出来た。と、この時の俺は判断した。
動かし続けた足を若狭へと向けて方向転換、進路を変えて若狭へと突っ込む。
視界を広く、弾かれた木の槍を捉えながら若狭に近付く。
その思考の片隅で、俺は自分と違って防具を着けていない若狭に対してちょっとした配慮の気持ちを持ってたりした。
狙いは胴、されど防具を着けていない若狭に木刀は当てずに寸止めで、なんて考えてたり。
若狭陽明という男がこの程度で追い詰められたなんて、愚かしさ極まる勘違いをしたまま。
─────あれ?
目の前の若狭に向かって、
─────なんで?
目の前で
─────なんで、槍を構えてるんだ?
咄嗟に足を止める事も出来ず、有地将臣という近付く便利な的は腹に一突き入れられ後方へと体勢を崩し、尻もちをつくのだった。
「─────」
全くもって状況が呑み込めない。だって、ついさっきまで俺の視界の端に木の槍はあったのだ。大きく弾かれ、手から離れこそしていないもののそこから出来る攻撃は横薙ぎくらいの筈だった。それなのにいつの間にか木の槍は引き戻され、穂先は俺へと向けられていた。
「あの程度で隙が出来たなんて思われちゃ心外だぞ」
尻もちをついたまま動けない俺を見下ろす若狭の表情は、清々しいまでのどや顔で、ふふんなんて鼻で笑う声が聞こえてくるようで。
けれど、そんな若狭に怒りが湧く事もなく、ただただ俺の胸中には若狭への憧憬の気持ちが募っていた。
ここまで強くなるまでどれほど時間を掛けてきたのだろう。いや、俺程度に若狭が本気になる筈がない。第一、俺はもっと本気になった若狭を数日前に見ているのだ。
…いや、その時ですら若狭は全力ではなかったかもしれない。だとしたら、この人の底は一体どこまで─────
「今日はここまでだな」
「玄十郎さん」
「陽明、付き合わせて悪かったな。…将臣」
俺を呼び掛けるじいちゃんの声に、呆然自失だった思考が我に返る。
頭に着けていた面を外して、若狭の隣に立つじいちゃんの方へと視線を向ける。
「落ち込んでは…いないようだな」
面を外して露になった俺の顔を見て、じいちゃんは意外そうな表情を浮かべながらそう言った。若狭もじいちゃんみたく声には出さないが目を丸くして、同じく意外そうな顔をしている。
もしかして、若狭に負けた事に落ち込んでいると思われていたんだろうか?
というか確かに、全く落ち込むという感情が胸に湧いてこないな。まあ─────
「俺が若狭に勝てる訳ないし。それでも少しは追い詰めてやる、って思って臨んだけど…正直、落ち込めないくらいに差を見せつけられたし」
あそこまで完膚なきまでに叩きのめされたら落ち込む事すら出来ない。むしろ、あれで全力じゃない若狭に対して憧れすら抱いてしまった。
そんな事、本人には言えないけど。
「そうか。…だが、これまでの訓練の成果は出ていたぞ。及第点はくれてやってもいい」
「っ、本当に!?」
口角を上げて笑みを浮かべ、そう言ったじいちゃんに思わず聞き返す。するとじいちゃんは笑みを浮かべたまま頷いた。
でも確かに、訓練を始める前の俺だったら一合打ち合う事すら出来ずノックアウトされていただろう。
それを考えれば、あまり自覚はなかったがたった数日でも少しは訓練の成果が出ていたのかもしれない。
しかし─────
「若狭に追いつくのはまだ無理、だよな」
「「…」」
この訓練を始めた理由は、祟り神との戦いで少しでも役に立ちたいがためだった。
しかし、先程の試合を終え、若狭への憧憬の気持ちが湧いてから今、ふと思ったのだ。
若狭くらいに強くなってみたい。
「有地」
「ん?」
「そりゃ無理だ」
その気持ちがつい漏れてしまったのを聞いた若狭が苦笑いしながら、一刀両断した。
俺の心が少し傷ついた。
「そりゃ…、本気でなれるとは思ってなかったけどそんな容赦なく言わなくてもいいじゃん…」
「いや、武術だけなら時間を掛ければ俺に追いつく事くらい出来ると思うぞ?ただ強さで俺に追いつくのは…人間止めるレベルの覚悟がないと無理だと思う」
「人間止める!?」
「そうだな…。とりあえず、ムラサメ様の神力を宿してもらって、それを使いこなせるようになればそこら辺の陰陽師で遊べるようにはなるか?」
「ムラサメちゃん?神力?それ「そんな事は絶対にせんからな!!!」む、ムラサメちゃん?」
若狭の口からよく分からない単語が出てきて、それについて聞こうと口を開いた直後にどこからともなく俺の前に立ちはだかる様にムラサメちゃんが現れ、若狭に食って掛かる。
「お主も分かっておろう!常人が神力を宿せばどうなるかくらい!ご主人に無謀な事を吹き込むな!」
「いやでも、神力を宿して邪神と戦ったっていう人間だっているし…」
「我輩は常人と言ったのだ!人間を止めた者の話をしているのではない!」
「ひでぇ」
正直ムラサメちゃんと有地の会話の内容は分からない。ムラサメちゃんが怒っている理由も分かりかねる。
ただ一つだけ、若狭の言った事が何かしらの危険を孕んでいる事だけは察しがついた。
「陽明…っ」
「いや、ムラサメ様、別に本気で言った訳じゃありませんから。冗談ですから」
「冗談でも言って良い事と悪い事があるわぁっ!」
「ムラサメちゃん、落ち着いて…」
「なんじゃ?ムラサメ様がいるのか?将臣、陽明、説明せんか」
怒り心頭のムラサメちゃんに詰め寄られる若狭と一緒にムラサメちゃんを宥める。
その一方で、ムラサメちゃんの姿を見る事が出来ないじいちゃんは何が起きているのかさっぱり分からず、俺の苦労も知らず呑気に今の状況の説明を求めてきた。
「じいちゃん、ちょっと待って…。ムラサメちゃん、どうどうどう」
「ご主人!我輩は馬ではないぞ!馬鹿にしておるのか!?」
「うわぁぁぁぁ!ムラサメちゃん、頼むから落ち着いてくれぇっ!」
何とかムラサメちゃんを落ち着かせようとしたのだが方法がまずかった。
馬鹿にされたと勘違いしたムラサメちゃんの怒りの矛先がこちらに向き、今度は俺に詰め寄ってくる。
キシャアアアアアアアアア、と肉食獣の威嚇のような声を上げるムラサメちゃんを必死に宥める。
そんな俺を首を傾げながら眺めるじいちゃんと、ムラサメちゃんの怒りから解放され素知らぬ顔で帰ろうとする若狭。
「む、ムラサメちゃん!若狭が帰ろうとしてる!いいのか!?」
「それよりも今はご主人だ!我輩をどう思っているのか、しかと聞かせてもらわねば納得できん!」
「それじゃあ玄十郎さん、俺は帰りますね」
「よく分からんが、帰って大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。多分」
「若狭、待て!俺を置いていくな!若狭!若狭ぁぁぁぁあああああああああああ!!!」
そして、若狭は俺達を残して帰っていった。それから数分後、じいちゃんもいつの間にかいなくなっていた。
怒り狂うムラサメちゃんが落ち着いたのは二人が帰ってから更に十数分後の事だった。
………今日は本当に疲れる一日だった。明日、俺は起きられるんだろうか?