千恋*万花~Another Tale~   作:もう何も辛くない

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仕事が忙しいのが悪い。
あとゼノブレイドが面白すぎるのが悪い。


第十六話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じ、集中させた意識と式神の視界をリンクさせる。

 脳内に式神から送り込まれる映像には、学院の教室の中が映されている。

 その教室では一人の金髪の少女が教壇に立ち、生徒達の前で自己紹介しているのが見て取れた。

 

 何を話しているのかまでは分からない。俺が送った式神は今、教室の窓を隔てた外にいる。そのため、音までは捉えられない。

 

 ─────あの子が、レナ・リヒテナウアー。

 

 週が明けた月曜日、有地が言っていた通り学院には外国人の女子転校生がやって来た。

 西洋人と思われる、金色の綺麗な髪に彫が深い両目に白い肌。そして、日本人離れした胸部装甲。

 

 最後だけおかしいだと?そんな事くらい分かってるわ。でもな、最初式神を通して彼女の姿を見た時、俺の目は真っ先にあの巨大な胸部に吸い寄せられた。

 何じゃありゃ、あんなの見た事ねぇ。師匠だってあそこまででかくはなかったぞ。あんなもん男なら誰だって一瞥するわ。何ならガン見する奴だって結構いるね、間違いなく。

 っていうか現に教室にいる男子生徒の半分くらいは思いっきりガン見してるし。んで、あの外国人─────ここではレナさんと呼ばせてもらおう─────は全く気付いてないし。

 

 レナさんが席に座っている有地と茉子の姿を見つけ、嬉しそうに笑う。

 異国の地に来た年端もいかない少女だ。来て間もなく知り合えた同年代の二人が同じ教室にいるというのは大きな安心を齎すのだろう。

 

 ─────気配は感じない、か。…まあ、距離が遠すぎるのもあるんだろうが。

 

 意識を更に集中させ、式神との感覚の共有を深くして周囲の気配を探る。が、特に俺の勘に触れる邪な気配は感じられない。

 

 先日、有地と茉子から感じた呪詛の気配。ほんの微かなものだったが、確かに感じたその気配はこの少女によるものだと俺は疑っている。

 何しろ、最も有力な原因候補だった山へ入ったという行為は二人から否定されている。ならば突如現れたこのレナ・リヒテナウアーという少女を疑うのは至極当然な流れと言えるだろう。

 

 …ただ、俺はこのレナ・リヒテナウアーという少女が悪意を持ってこの町にやって来たとまでは思っていない。

 いや、その可能性を完全に捨て去ってはいないのだが、とりあえずそこまでは疑いの目を向けている訳ではない。

 もし何かこの町に危害を加えるために来たというのなら、呪詛の気配を悟られるなんて間抜けな真似はしないだろう。

 それに、感じた気配が祟り神の呪詛のものだというのが引っ掛かる。何故外国からやって来た奴が呪詛の気配なんて纏っている?…その前にまず、有地と茉子に呪詛の気配を纏わせたのがこの少女だと断定できてもいないのだが。

 

 もっと近付かなければ気配は感じ取れない。かといって、今使用している式神は鳥型だ。まさか学院の中に突っ込ませる訳にもいかない。

 …こうなると知っていたら、虫型の式神を手に入れておくんだった。鳥型の方が素早く移動できるし、虫型の式神ってたまに何も知らない人間に叩かれたり潰されたりするんだよな。

 ちくしょう、あらゆる状況を想定すべきだったか。いやこんな状況想定できる奴そういないだろうけどさ。

 

 ─────体育で外に出てくれると楽なんだが…放課後を狙うのが現実的か?

 

 今日の学院の授業スケジュールなんて知らない。だから、もしかしたら今日が体育の授業がない日かもしれない。

 そうなれば、体育で外に出るのを待つ事にすればその間俺は式神を維持し続けなければならなくなる。その場合、結構な妖力が持っていかれるし、何よりその間マルチタスクを続けなければならないのが物凄く面倒臭い。

 

 ─────戻すか。

 

 そうと決まればこれ以上妖力の無駄に垂れ流す必要はない。とっとと式神をこちらに戻し、それからまた山に散策にでも行くと─────

 

「─────っ!?」

 

 敵意、或いは殺意か。全身が凍り付くような冷たい感覚。式神を通してでも感じる、身を射貫くような冷たく鋭い視線。

 すぐに俺の所へ戻そうとした式神を動かし、視線を感じた方へと飛ばしつつ周囲の気配を探る。

 

 呪詛の気配はない、どころか邪な気配も一切感じない。感じた視線もほんの一瞬で、今では先程の感覚が嘘のように何も感じない。

 しかし気のせいではない。確かに感じたあの冷たい感覚は、俺に向けられたものだった。

 

「…くそ」

 

 視線を感じた方へ式神を飛ばしたものの、一瞬のあの内に位置を特定するまでには至らなかった。

 式神を通して地上の景色、道を歩く人達を見下ろしながら気配を探るが可笑しな所は見当たらない。

 

「何だったんだ…」

 

 これ以上探しても無駄だと諦め、再び式神をこちらに呼び戻しながら先程の感覚を思い返す。

 

 強烈な感覚だった。式神を通してでも身が震える程強く、冷たい感覚。久しく感じていなかった、()の感覚。

 

「…行ってみるか」

 

 開いた窓から部屋に入ってくる式神を腕に乗せ、指でそっと触れて妖力を回収して札に戻す。

 戻した札を懐に仕舞ってから立ち上がり、俺は山に散策に行くという予定を変更する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木造の建物から続々と同じ制服を身に着けた、男女問わず多くの生徒達が現れる。

 複数の友人達と帰る者。一人早足で帰る者。異性同士で手を繋ぎながら帰る者と様々だ。

 放課後になり、それぞれの帰路につく学院の生徒達を、周囲の気配を探りながら眺める。

 

 式神を戻してから俺が向かったのはここ、鵜茅学院だ。式神を通して感じたあの感覚の正体を探るべく、そしてあの外国人の少女、レナ・リヒテナウアーに接触するべくここまで来たのだ。

 

 昼前に家を出て途中、コンビニに寄って飲み物と軽い昼食を買って学院の前まで行き、そこで自分の姿と気配を隠匿する術を使いそこでじっと放課後を待った。

 それと同時に周囲の気配を探り、先程の殺気が再度向けられた時に備えて構えておく。が、その構えは結局無駄に終わった。あの殺気は感じられないまま今、放課後を迎えて帰路に着く学院の生徒達を眺めながら芳乃達の姿を探す。

 

 レナ・リヒテナウアーは転校してきたばかりだ。式神を通して見た感じかなり社交的ですぐに友達が出来そうな性格に思えるが、転校初日は日本に来て最初に知り合った現地人である茉子と有地は勿論、恐らく芳乃とも一緒に四人で下校する筈だ。

 

「っ…」

 

 来た。予想通り、彼女は芳乃、茉子、有地と一緒に学院を出てきた。

 表情は柔らかく、転校初日とは思えない、緊張を微塵も感じさせない顔で歩いていく彼女を視線で追う。

 

 ─────やっぱり、感じるな。僅かだが…。

 

 式神を通してでは感じられなかった呪詛の気配は今、至近距離に立つこの場所では確かに、小さいながらも感じられた。

 

 ─────だが何故だ?外国に住んでいたのなら穂織の呪詛とは無縁の筈だが…。外国に住んでいたというのが嘘だとしたら話は別だけど…。気になるのはそれだけじゃない。

 

 芳乃達と歩く背中を見つめながら思考に沈む。

 呪詛の気配は感じる。つまり、彼女は祟り神と何らかの関りがあるのは間違いない。

 しかし、その関わりというのが何なのかが分からない以上、対応のしようがない。

 

 ─────…接触しないと始まらないか。

 

 こうして遠目から見ていてもどうにもならない。

 とりあえずこちらの事情が漏れないよう気を付けつつ彼女から話を引き出し、判断するしかない。

 

 レナ・リヒテナウアーはこちらに仇なす者か否かを。

 

 という事で、校門を通り抜けてそのまま俺の目の前を通り過ぎていこうとする芳乃達集団のすぐ背後に位置をつけ、彼女らに悟られないよう足音を殺しつつ付いていく。

 そして、内心ちょっとした悪戯心を抱きながら芳乃の右肩をちょいちょい、と人差し指で叩く。

 

「?」

 

 芳乃の動きが止まり、振り返る。

 が、芳乃が振り返った先には誰もいない。正確にはすぐ後ろに俺がいるのだが、今の俺は隠匿の術の効果で第三者からは姿が見えなくなっている。

 

「芳乃様、どうかされましたか?」

 

「…茉子。今、私の肩を触った?」

 

「?いえ?」

 

 質問に否定で返された芳乃は一瞬怪訝そうに眉を顰めるが、すぐに表情を戻して前を向く。

 そして歩き出した芳乃の肩を俺は再び叩くのだ。

 

「─────」

 

「…芳乃様?」

 

 再度立ち止まって振り返る芳乃。

 ここまでは先程と同じ光景だが、違うのは芳乃がそのままじっと振り返った先を見つめたまま動かなくなった。

 

「朝武さん?」

 

「芳乃、どうかしたのでありますか?」

 

 茉子だけでなく有地が、レナさんが立ち止まったままの芳乃を不思議そうに眺める。

 

「…悪戯好きな所は変わっていないんですね」

 

 不意に芳乃が柔らかく微笑みながらそんな事を言い出した。

 誰もいない筈の場所に体を向けて─────芳乃からは見えていない筈の俺の方を見て、まるでそこに俺がいるのが分かっているかのように。

 

「芳乃様…?一体何を─────「残念芳乃、俺はこっちだ」ひぃあっ!!?」

 

 首を傾げながら口を開いた茉子の背後で俺は術を解き、声を発する。直後、茉子の体が面白いくらいに飛び上がり、弾かれるように俺から距離を取りながらこちらに振り向く。

 惜しい、今の動画で撮っておくべきだった。しばらく茉子を弄れるいいネタになってただろうに、勿体ない。

 

「わ、若狭!?」

 

「おう!?い、一体どこから現れたのですか!?」

 

 有地が目を見開いて俺の名を呼べば、レナさんは驚きながらも何故か目を輝かせて俺を見ていた。

 

「何が残念、ですか。茉子の後ろに移動しただけでしょう?」

 

「…」

 

 そして芳乃はぐうの音も返せない程に俺の行動を言い当てるのだった。

 

 芳乃には陰陽師としての才能はないし、術で消された俺の気配を掴める筈がないのだが…。

 

「な、何が起きてるのでありますか?全く気付きませんでした」

 

「あー…。レナさん、こちらは─────「もしや、Japanese ninjaでありますか!?」─────は?」

 

 俺の出現に皆が驚く中、特に置いてけぼりな状態になっていたレナさんに茉子が俺の紹介をしようとした。

 しかし、突然瞳を輝かせながら言い放たれたレナさんの台詞に茉子だけでなく、俺達も固まった。

 

「何もない所から現れたのは、確か…しゅんしんのじゅつ?なんですよね?」

 

「…」

 

 しゅんしん?…もしかして瞬身、か?よく知ってるなそんな言葉。この人の出身国ではあのSHINOBI漫画が流行ってたんだろうか?

 

「…そうだぞ、俺は忍者だ。瞬身の術とは違うが、忍術で誰にも気付かれず君達に近付いたんだ」

 

「おおぉ~!Ninjutu!」

 

「適当な嘘を吐かないでください」

 

 陰陽師とか説明するの面倒だし、そのまま忍者だと勘違いしてもらおうと嘘を吐いたのだが芳乃の呆れた冷めた声がぴしゃりと叩きつけられる。

 

「?Ninjutuではないのですか?」

 

「まあ、似たようなものですけどね。ある意味では」

 

 首を傾げながらレナさんから投げ掛けられた質問に答えたのは茉子。

 

 茉子はレナさんの質問に答えた後、こちらを向く。

 

「レナさん。こちらは若狭陽明くんです。学園には通っていませんが私達と同い年で、友達です」

 

「どうも、レナ・リヒテナウアーさん。君の事は茉子と有地から聞いていて、会ってみたいと思ってたんだ」

 

 そういえばまだ自己紹介をしていなかったなと思いつつ、名前は茉子がもう言ってしまったためとりあえず挨拶だけはちゃんとしておく。

 

「おぉっ、芳乃達の友達でしたか。レナ・リヒテナウアーです。気軽にレナと呼んでください」

 

「そうさせてもらうよ。レナさんも、陽明と呼んで構わないから」

 

「はい、陽明」

 

 レナさんと言葉を交わしながら、改めて意識をレナさんに向けて集中させる。

 

 ─────やはり、感じる。ほんの微かではあるが、間違いなく祟りの気配だ。ただの祟りではなく、この穂織の地に渦巻く、憎しみの呪詛。

 

 ならば昨日、茉子と有地から感じた呪詛の気配はレナさんが擦り付けた、或いは意図せず二人にこびりついたこの二つの可能性が残るが、今はこの二つの可能性のどちらが正しいのか、というのは重要ではない。

 いや、勿論この二つのどちらが正しいのかは絞らなければいけないのだが、それをするために確かめなくてはならない事がある。

 

 何故、レナさんが呪詛の気配を纏っているのか。

 という事で、芳乃達の下校に俺もついていってるのだが─────

 

(…いい子だな、この子)

 

 芳乃達と言葉を交わすレナさんの楽しそうな笑顔からは全く嘘や誤魔化しといった気配は全く感じられない。心の底から芳乃達を友と思い、会話するレナさんの姿を見れば見る程、この子が芳乃を貶めようとするなんて考えられなくなっていく。

 

(…だとすると、ますます分からなくなるんだよな)

 

 レナさんに芳乃に危害を加える意思がないと仮定しよう。

 それが辺りだった場合、レナさんから呪詛の気配が漂う理由がますます分からなくなる。繰り返すが、レナさんは外国で暮らしていた以上穂織の祟り神と関わった事があるなんてあり得ない。

 

(祟り神に直接関わりがなくても、祟り神と何らかの繋がりがある代物に触れていたら話は別だが…それも正直…ないわな)

 

 祟り神と何らかの繋がりがある物─────例えば、今俺達が集めている()()を持っていたりすれば呪詛の気配が感じられるのも頷けるのだが。まあ、あり得ないと断じて良いだろう。

 

(…まあ、レナさんに関しては急がなくてもいいかもな)

 

 芳乃達と仲睦まじい友人関係を築いているように見えるレナさん。勿論、呪詛の気配を感じさせる以上警戒は必要だが少なくともレナさん自身に芳乃達を貶める気はないと判断して良いだろう。

 ならば、急を要する事もあるまい。多少レナさんに注意を向けつつ、欠片の収集を続けるという行動方針で間違いはない筈だ。

 

「陽明っ」

 

「?」

 

 ふと、名前を呼ばれて顔を上げる。上げた視線の先ではこちらに振り返り、笑顔で手を振るレナさんの姿があった。彼女の傍では同じように俺の方を見ている芳乃達が。考え事をしている間に少し置いて行かれていたらしい。その事に最初に気付いたレナさんが俺を呼んだのだろう。

 

「…くくっ」

 

 いつの間にか姿が見えなくなった俺を心配したのだろう、レナさんを見てつい笑みが零れる。

 それは、こんな純粋な女の子に疑念を向ける自分の汚さへの皮肉の笑みだった。そして、それを仕方ないと割り切れる自分が()()()()()()()嫌になる。

 

()()()()()()()しか嫌になれねぇんだもんな、俺は)

 

 胸の内に差す影を覆い隠しながら、顔には笑顔を貼り付け、「悪い」と謝罪の一言を告げながら早足で芳乃達を追い掛ける。

 

 心の中でレナさんへの罪悪感を()()()()()()()抱きつつ、芳乃達と一緒に帰路へ着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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