千恋*万花~Another Tale~ 作:もう何も辛くない
妖退治を終えた俺はタクシーへと戻り、すぐに監視カメラの映像の細工を始めた。
まあ細工といってもほんの少し、俺が車内を出てからの十数分を切り取った、ただそれだけ。
妖退治に掛けた、カメラ内での空白の時間を切り取って、車内を出た後の映像に妖退治から戻ってから運転手を起こそうとする俺の音声が入った映像を繋げた。
まあ、もしかしたら違和感を持たれるかもしれないがあのタクシーから金を盗んだ訳じゃないし大丈夫だろう。
大丈夫じゃなく、後で追求されたら…その時は暗示の術に頼ろう。暗示の術マジ万能、最高。
そして今、俺は夜の帳が包む和の町、穂織を歩いている。石畳の道をスーツケースを引きながらゆっくりと。
町並みは五年前と殆ど変わっていない。薄れていた記憶が、町を歩くごとに呼び覚まされていく。
街灯は少なく、夜空を彩る星々がよく見える。本家があった京都の街中では絶対に見られない、綺麗な星空だ。
道脇に並ぶ家々はその全てが木造建築で、こちらは本家の周囲の町並みとよく似た景色だがあちらと違いどこかのどかな印象を受ける。
まあ、陰陽師の総本山なんて妖からすれば敵の本拠地だ。あっちの周辺では本家に居着く陰陽師達をどうやって殺そうかと画策する妖に溢れてたからな。
ぶっちゃけ民間人に被害が出ないのが不思議なくらいだった。そこら辺はあいつらの妖絶滅主義が幸いしてるのかもしれんが。
「っと…。ここを右、だったか?」
住宅街の中に現れたT字路を真っ直ぐ通りすぎそうになった所で足を止め、周囲の景色を見回してから右へ曲がる。
確か、診療所はこっちだった気がする。多分、めいびー。
今、俺が向かっているのはしばらくの間住まわせて貰う人の家だ。俺が今日こっちに帰ってくる事はお袋から連絡がいっているので、今頃空き部屋を用意して待っている筈だ。
そうして歩くことそこから数分。見覚えのある建物が見えてきた。
一目見て真っ先に湧いてくる印象は、古い。相変わらずのボロ診療所だな。いい加減建て替えればいいものを。
金がないのかな?何なら利子なしで貸してやろうかな。本人が望むなら、だが。
診療所の隣に建つのは一見の平屋。ここが診療所の院長をしている人の家だ。
扉の前に立ち、チャイムを鳴らす。
家の中から足音が近づいてきたのはチャイムを鳴らしてから数秒ほど経った後の事。
やがて、玄関の明かりが着き、そしてすぐに扉が開かれた。
現れたのは眼鏡を掛けた一人の女性。白衣を身につけている所を見ると、もしかしてまだ何か作業でもしていたのだろうか。
「やあ。久し振りだね、陽明」
「しばらく世話になる。よろしく頼むよ、駒川」
駒川みづは。
それがこの女性、この家の家主であり隣の診療所の院長、兼この町にある唯一の学院、鵜茅学院の保険医。
そして今日からしばらく俺を居候させてくれる恩人様の名前だ。
「しかし、大きくなったね。180くらいかな?それに口も悪くなっちゃって」
「中三の時から計ってないけど、その時で170あったから今はもう少しあるだろうな。中学三年間で一気に伸びた。それと口調は放っとけ。あんなとこにいたら人格の一つや二つねじ曲がるわ」
駒川の身長が大体160後半くらい。穂織を出る時の俺はその駒川より顔一つ分くらい小さかったから、多分三年間で三十センチくらい伸びた。
が、そこで突如成長が止まり、一応まだ少しずつ伸びてはいるものの、そろそろ完全に止まると思われる。
俺の口調に関しては、まあ穂織にいた時は一人称
まあ、お陰で目的は達せられたが。だからこそ、ここに戻ってきたのだから。
適当に談話をしながら玄関で靴を脱いで家へ上がる。
「部屋は?」
「こっちだよ。ついてきて」
先を歩き始める駒川の後に俺も続く。
スーツケースを持ち上げて、駒川の後ろを歩く。
「なあ。もしかして、まだ仕事だったか?」
「ん?あー…。まあ、一応仕事なのかな?あれは…」
「?」
駒川の白衣姿を見てからずっと引っ掛かっていた疑問を歩いている途中で口に出す。
だがどうも返答の歯切れが悪い。そこに首を傾げた所で駒川が廊下の奥の部屋で足を止めた。
「どうぞ。部屋の中は掃除しておいたから」
「それは助かる」
駒川が扉を開けて、俺に部屋の中へ入るよう促す。
駒川の言う通り、部屋の中は埃等もなくちゃんと掃除されていた。
部屋の角には四つ足のテーブルと、その上に照明が置かれている。掃除してくれただけでも有り難かったのに、こんな物まで用意してくれていたとは。
「布団はそこの押し入れの中に入れてある」
「分かった。何から何まで、悪いな」
「うぅん。大した手間でもなかったし、気にしなくていい」
スーツケースを部屋の壁際に置いて、大きく上体を伸ばす。
最寄り駅から約一時間車に座りっぱなし、降りてからこの家まで十数分歩き、その上道中で思わぬ妖退治。
正直、少々疲労感を覚える。この後、どこかコンビニでも行って夕飯を─────いや、待て。流石に大丈夫とは思うが、あるよな?コンビニ。
「なあ、この近くにコンビニはあるか?」
「ん?ここからなら歩いて十分くらいの所にフレンドマートがあるけど」
「よかった」
流石に町からコンビニが消えたというのはなかったらしい。いや、流石にないとは思っていたが。
「今からちょっと適当に飯買ってくる」
「ん、そうかい?それなら私も、談合に戻ろうかな」
「あ?談合?」
駒川に今から出掛ける旨を伝えてからスーツケースから財布を取り出していると、駒川の口から気になる一言が聞こえてきた。
駒川家は代々朝武家に仕えてきた、陰陽師の家系だ。といっても、現代では陰陽師としての力は殆ど失われ、医療に力を注いでいる。
立場としては穂織の町医者ではあるが、朝武お抱えの医師といっても間違いではない。
少し話が逸れたが、駒川が口にした談合というのは駒川家を含めた先祖代々朝武家に仕えてきた家元が集まり、話し合う場だ。
現代では穂織にて行われるイベント事、例えば、この時期だと次のイベントは…花火大会とか?そういうイベント事について話し合う場と捉えてもいい。
だが、花火大会ってまだ先じゃなかったか?この時期でのイベント事─────あ、一番大事なイベントの事を忘れてるじゃないか。
「
「それなら今日、終わったよ。そして今後しばらく、行われる事はなくなった」
「あぁそうか。それなら…ん?行われる事はなくなった…?」
叢雨丸とは、この町にある神社、建実神社にて奉納されている御神刀。
その昔、妖に誑かされた隣国の襲撃を退けた刀として現代まで伝説に残っている。
今は先程言った建見神社にて、何故か岩に刺さったまま御殿に奉納されているのだが─────何をしようと、どれだけ手を施そうと叢雨丸は決して抜ける事はなかった。
一部に伝わる伝承として、その岩から刀を抜けるのは刀に選ばれし者、という話が伝わっている。
ちなみに子供の頃の俺も挑戦した事がある。勿論、抜く事は叶わなかった。
実はこっそり、今ならどうだろう?と野望を持ってたりもしていたのだが─────
「今日、現れたんだよ。叢雨丸に選ばれた人が」
「─────マジで!?」
野望、叶わず。見も知らぬあん畜生にすでに刀は抜かれてしまったらしい。
ちくしょう…、なんてこったい…。あ、待てよ?談合ってもしかして─────
「今日の談合はその事についての話でね。いや、もう皆蜂の巣つついた様な騒ぎで…。かく言う私もその一人なんだが」
苦笑しながら言う駒川。
しかし、そうか。叢雨丸が抜かれたか…。ふむ。
「…陽明」
「ん?」
「今キミ、物凄く悪い顔してるけど、変な事を企んでないよね?」
「企んでない。これっぽっちも、その抜いた奴の顔を拝んでやろうなんて考えてないよ」
「考えているんじゃないか!はぁ…本当、どうしてこんな風に成長しちゃったんだい。君は…」
「誉めんなよ」
「誉めてない!」
駒川のツッコミを受け流しながら、取り出した財布をぽんぽん掌で弄びながら部屋を出ようとする。
「陽明、本当に今は神社に行っては駄目だからね。取り込み中なんだから」
「おう、分かってる分かってる」
「本当に!本当に駄目だからね!?」
なーんて駄目駄目言われてしまうとその駄目な事をしたくなってしまうのが人の性。
だから、コンビニで焼きそばパン二つとお茶を買った俺が建実神社に足を向けてしまうのは人の性が悪いのであって俺が悪い訳ではない。だから仕方ないのだ。
とはいえ、道中談合の場に戻るであろう駒川と鉢合わせする可能性がゼロではないので、もし鉢合えば面倒この上ないので、鳥の式神を使って周囲を探らせつつ建実神社へと急ぐ。
「建実神社、か」
建実神社。神刀、叢雨丸が奉納されている神社だが、それだけではない。建実神社は建立以来、代々朝武家が管理している。
「…芳乃」
彼女との約束を破ってしまった俺にはそんな事を思う資格はないと分かっている。
だがそれでも、思ってしまう。彼女は元気にしているだろうか。巫女姫としての役割を果たすあまり、無理はしていないだろうか、と。
やがて建実神社の鳥居の前に着き、同時に放っていた式神を戻してから境内へと入る。
ここに入るのも五年ぶりだ。町並みは所々変化が見られたが、ここは全く変わっていない。
境内の奥に御殿はあり、中からは光が漏れていた。それだけではない。少し離れたこの場所に居ても聞こえてくる、これは…男女の話し声、だろうか。
男はやや低く、年齢を特定しづらいが女の声からは幼い印象を受ける。
こんな夜更けに子供連れで神社を訪れるものだろうか。…もしや、空き巣か?いや、空き巣が子供連れの訳がないか。それに何か盗むつもりならこんなに騒ぐ筈がないし。
ともあれ、御殿の前まで来た俺は、扉に背中を預け、こっそりと中を覗く。
「うら若き乙女の胸を触っておきながら、かかかかかかか硬いなどと!表にでろぉ、ご主人!」
「お、落ち着いて。頼むから落ち着いて、ムラサメちゃん…」
「─────」
御殿の中では今風の、恐らく穂織の外から来たと思われる俺と同年代くらいの男子と少々露出が激しい和服を着たロリっ娘が言い争いをしていた。
いや、言い争いというより男子の方がロリっ娘に詰め寄られている、と表現した方が正しいか。
というか胸を触るとか、硬いとか、こいつあのロリっ娘にセクハラでもしたんだろうか。
もしかして、事案か?お巡りさん呼んだ方がいいか?
「…」
さて、内心でボケ倒すのはここらで止めておく。確かに御殿の中で繰り広げられてるやり取りはこちらとしては目が点になるほど衝撃的なものではあったが、あの男子の手にある刀。
そして、その刀と全く同じ気配を感じるあのロリっ娘。
更にはそのロリっ娘と刀から伝わってくる強烈な神力。
間違いない。あの男子が叢雨丸に担い手として選ばれた者。
そして、あのロリっ娘が叢雨丸の管理者であるムラサメ様だ。
五年前、ムラサメ様の姿を視認する事は出来ず、逆にムラサメ様と話ができる芳乃と茉子に疎外感を感じていたが、五年の修行の末に今の俺はムラサメ様の姿を見る事が出来るようになっていた。
いや、しかしあれがムラサメ様か。芳乃と茉子から子供の姿をしていると聞いてはいたが、もっとこう…お淑やかな雰囲気の方を想像していたのだが─────
「っ、ご主人!誰かおる」
「へ?」
考え事をしている内に気配の隠匿が甘くなってしまった。俺の気配をムラサメ様に悟られ、警戒されてしまう。
さらにムラサメ様の警告を受けた男子も、俺がいる方へ視線を向ける。
すぐに扉の影に隠れたから顔は見られていないだろうが…、駄目だ。未だにムラサメ様は鋭い視線を向けてこのまま姿を見せず帰っても良いが、もう気配は覚えられただろうし、警戒心を持たれたまま明日以降どこかで再会してしまう方が多分面倒臭い。
それならいっそ、ここは素直に姿を見せて敵意がない事をアピールした方が良いだろう。
そう考えた俺は、一つ溜息を吐いてから扉の影から離れてムラサメ様と男子に姿を見せる。
「…ご主人、気をつけろ。此奴─────」
「も、もしかしてお迎えの方でしょうか!?」
「ご、ご主人?」
警戒を露にして俺を視線に捉えるムラサメ様。これは敵意がないと分かってもらうのに苦労しそうだ、と思ったその時だった。
突然、叢雨丸の担い手が大声を上げる。
主人の突然の発狂に戸惑うムラサメ様。勿論俺も戸惑う。
なにこいつ、いきなりどうした。
「み、見てください!見ての通り叢雨丸は直りました!なのでどうか!どうか地下労働施設行きだけはご勘弁を!ペリカは嫌だ!チンチロは嫌だぁああああああああああああああああ!!!」
「…お前、何言ってんの?頭おかしいんじゃねぇの?」
ずっと熱望していたムラサメ様との初邂逅。そしてその担い手との初邂逅は、こんな締まらない感じで始まったのだった。
てか地下労働施設って、こいつ俺を何と勘違いしてんだ。
という事で、将臣君、ムラサメちゃんとの初対面でした。
次回はこの二人との会話、そしてやっとあの子の出番がやって来ます。