千恋*万花~Another Tale~ 作:もう何も辛くない
主人公の名前ですが、
感想欄にて質問があったのでここに載せておきます。プロローグの方に初めて主人公の名前が出てきた所に描写もしておきます。
説明不足で、申し訳ありませんでした。
遠くの方で音が鳴っているのが微かに聴こえてくる。
聞き覚えのある、というより毎日聞いている馴染みのある音。その音は合図であり、俺の日常に欠かせない音。
それは最早習性にも近い。音が聴こえた途端、即座に意識が覚醒し、俺は目を閉じたまま腕を伸ばす。
伸ばした腕を振り下ろすと、掌に感じる手応え。それと同時に音が止む。
「ん、んん─────っ」
布団の中で体を伸ばし、脱力してから体を起こす。
先程俺が叩いた目覚まし時計の画面には、六時丁度と時刻を映していた。
「わ…ぁ」
一度欠伸をしてからもう一度体を伸ばし、左右に捻る。
全身を解してから立ち上がり、部屋のカーテンを開けて窓の外を見る。
目の前には隣の家の敷地とこちらを仕切る石造りの塀と、その上に止まる二匹の雀。
二匹の雀は少しの間そこに留まっていたが、不意に二匹同時に飛び立っていった。
俺が見てる事に気付いたのか?いやまあ、そこはどうでもいいや。
日射しを浴びてすっきりと目が覚めた。とっとと顔でも洗ってくるとしよう。
布団をたたみ、押し入れに片付けてから部屋を出る。
確か、洗面所は玄関横のあそこの扉、だったか。廊下を歩きつつ、昨日も寝る前歯を磨く際に使った洗面所の場所を思い出す。
「…駒川はもう起きてるのか」
居間の方からはテレビの音声と何やら動き回る俺のではない足音が聴こえてくる。駒川は俺よりも早く起きて活動を始めているらしい。
洗面所に入る前に居間に顔を出す。そこには二人分の朝食を準備している駒川の姿があった。
「おや、おはよう。陽明」
「おはよう。悪いな、朝食準備して貰って」
自分の分のついでだから、と手を振る駒川。
彼女を横目に、顔を洗うべく洗面所へと入る。昨日教えてもらった場所からフェイスタオルをとって顔を洗う。
「陽明。目玉焼きには何をかける?」
「ソース」
「了解」
濡れた顔をタオルで拭いていると、駒川が洗面所に顔を出してそんな事を聞いてきた。
目玉焼きに何をかけるって、まあソースだろ。醤油も好きだけど、目玉焼きにかけるならどちらかというとソース派だ。
俺の返答を聞いた駒川はすぐに居間へと戻っていく。
というかあの人、料理できたんだな。確か俺がまだ穂織にいた時は飯マズだった。
…いや、まさかな。まさか下手のまま俺に料理を出す訳がないだろう。
は?今のはフラグじゃないのかだと?やめろ。俺も考えてから一瞬思ったんだ。やめてくれ。
使用済みのフェイスタオルを洗濯籠に入れてから、洗面所から再び居間へ。改めて、テーブルに載った料理を見る。
良い焼き加減のトーストに、先程駒川が言っていた目玉焼き。ドレッシングがかかったサラダと、パリッと焼けたウインナー。
うん、変な所は見受けられない。というより、まあこれなら俺でも作れるラインナップだし心配はないだろう。
ない、よな?
「ん?何を突っ立っているんだい。もう座って食べていいよ?」
「…そうか」
自分でも、今声が震えた事を自覚した。
駒川が先に席に座り、俺も駒川の対面の席を引いて腰を下ろす。
いや、まさかこの献立で失敗する筈がないだろう。多分、恐らく、めいびー。
だから神よ、どうか俺に…じゃなくて駒川に力を貸してやってください。
「南無三」
「おい、その掛け声はおかしいだろう」
駒川のツッコミを無視してまずはウインナーを一本齧る。
「…うまい」
「そうかい。それは良かった。あ、コーヒーは飲む?」
「飲む」
どうやら身構えすぎていたらしい。ウインナーだけでなく、他の目玉焼きや勿論サラダも、まずいという事はなかった。
いや、サラダに関しては不味くする方が難しいとは思うが─────。
駒川が淹れてくれたコーヒーもうまかったし、この朝食に関しては満足のいくものだった。
「それじゃあ私は診療所に行くよ。昼食は─────」
「それは自分で何とかする。夜も無理に俺の分まで用意しなくていいぞ」
「そういう訳にはいかない。私も一応陰陽師の家系の末裔なんだ。君をそんな粗末に扱えるものか」
本当にそこまで気にしなくて良いのだが。とはいえ、駒川の気持ちも分からないでもない。
こういう時、
気心知れた人と、気の置けない関係になれない事が少し寂しかったりする。
「ただ…、流石に昼食まで準備するのは難しいから、それだけは自分で何とかしてくれないかな」
「おう、そのつもりだ。それと、夜も本当に準備しなくていい。多分、ご飯時までにここに戻ってくる事は少ないだろうから」
「…そうか。分かった」
少しの間俺を見つめてから、駒川は頷いた。
このやり取りの後、駒川は俺と一言挨拶を交わしてから診療所の方へと向かった。
まだ診療所を開くまで時間はある筈だが、こんな小さな町でも医者というのは忙しいらしい。
人の命を扱う仕事なのだから、当たり前なんだろうが。
さて、俺はどうしよう。まだ朝は早い。この時間帯ではまだ
「行ってみるか」
時間を前倒しする事になったが、今から出掛ける準備を始める。
駒川から借りた自室に戻り、スーツケースの中から仕事着を取り出して着替える。
黒の和服と同じく黒の法被。この二枚はただの衣服ではなく、衝撃を緩和する術式─────簡単にいえば防御の術式が刻まれている。
見回りや妖退治に出掛ける時は必ず身につけて行く。故に仕事着。
装備も確認して、勿論昨日使った御手杵も忘れず、それと財布も懐に入れて家を出る。
駒川から受け取った鍵で錠をかけ、きちんと閉まっているか確認をしてから家を後にする。
向かう先は目的地─────ではなく、その前に行く場所がある。
あまり俺が帰ってきた事を知られたくはない。何なら、誰にも知られずここに来た目的を果たせたのならそれがベストだと考えている。
しかしそうもいかない。長期戦になる事も考えて、手を打っておかなくてはならない。
駒川は町医者であると同時に、朝武家お抱えでもある。つまり、駒川の診療所に…芳乃が来る事だって珍しくはない。
そうなれば、俺と鉢合わせする可能性だってある。
その可能性を低くするための手。それは、拠点を増やす事。
駒川の家だけでなく、他にも寝泊まりできる拠点を増やせれば芳乃と鉢合う可能性はグッと減る。
その拠点の候補として俺が考えてる場所にこれから向かうのだ。
住宅街を抜けて大きな通りを真っ直ぐ歩き、周囲に家屋が少なくなる道を更に奥へと進む。
町の中心部から少し離れた場所、そこに俺が拠点の候補として考えている施設があった。
「─────」
その施設の近くまで来て、視線に建物が捉えられる様になった時。
建物の前で掃除をする壮年の女性ともう一人、その女性と話す老年の男性の二人が立っていた。
二人共に見覚えのある、特に男性の方は昨日も顔を見ている。
「む?」
「あら…」
二人が俺に気付く。
何やら話していたようだがぴたりと動きを止めてこちらを見る。
少年が一人、荷物も持たずここまで来るというのは珍しいのだろう。
二人は驚いたように目を丸くして俺を見ている。
二人の視線を受けながら二人の前で立ち止まり、俺は口を開く。
「お久し振りです。玄十郎さん、猪谷さん」
「…えぇっと、どこかでお会いした事がありましたか?」
建物の前にいた男性の名前は鞍馬玄十郎。女性の名前は猪谷心子。
そして、俺が拠点の候補として考えていた施設とは何なのか、もう分かるだろう。
その施設は旅館、名前は志那都荘。
「おぬし、もしや…。陽明か?」
猪谷さんとはあまり話した事がないから、俺の事を全く思い出した様子はなかったが玄十郎さんは違った。
俺の顔を見て一瞬、何か引っ掛かったように表情を歪ませてから、驚きに目を見開き、声を震わせながら俺の名前を呼んだ。
玄十郎さんが俺の名前を口にしたのを聞いてきた、猪谷さんもはっ、と目を見開く。
「陽明さん…。え、陽明さんですか?」
「はい。…五年ぶりです」
猪谷さんの問い掛けにそう答えると、二人は嬉しそうに笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
「大きくなったな、陽明。見違えたぞ」
「いやいや。まだ玄十郎さんに追いつけてないし、もう少し背を伸ばしたいんですよ。ちょっと止まっちゃったみたいなんですけど」
「弱音を吐くな。ワシの背なぞとっとと越えろ」
「いや、努力はしますけどね?でも成長期の限界は努力じゃどうしようもないんですよ」
さっきも玄十郎さんに言ったがもう少し背を伸ばしたい。欲を言うなら180越えは達成したいところ。
とはいえ、これまたさっきも言ったが成長期の限界は気合いや努力じゃどうしようもないのである。なので、ぶっちゃけ半分これ以上の成長は諦めていたりする。
第三次成長期とか来ないかなー。来てほしいなー。
「それで、陽明さんがここにいらしたのは挨拶のためでしょうか?」
「あぁ…。ここに来たのは玄十郎さんに一つ、お願いがあったんです」
「む?儂にか」
おっと、ここに来たのは世間話のためじゃなかった。
猪谷さんに言われて思い出す。
「玄十郎さん。費用は勿論払います。なので、しばらくの間部屋を一室、お借りできないでしょうか」
「─────」
自分でも滅茶苦茶言っているのは自覚している。旅館のオーナーとして俺のお願いは受け難い事も分かっている。
「…何故、そんなお願いをする」
「俺の願いを叶えるために複数の拠点が必要なんです。…それだけで納得、してはくれませんよね」
「立場上、容易くはいどうぞと頷く訳にはいかん」
その答えが返ってくるのは分かっていた。かといって、こちらもすぐに引き下がる訳にもいかない。
「複数の拠点、といったな。今、他にもお前が拠点としている場所があるのか」
「…昨日は駒川の家に泊まらせて貰いました」
「何故拠点を複数必要とする。それに、ここでなくても良いだろう。…あまり儂から薦めたくはないが、安晴様ならば心よく受け入れてくれるだろう」
「…」
玄十郎さんの台詞に押し黙ってしまう。
まさに玄十郎さんの言う通りだ。きっと、安晴おじさんならば俺のお願いを受け入れてくれる。
「巫女姫様もきっと、お喜びになるのではないか?」
「う…」
玄十郎さんが続けて口にした台詞に今度は縮こまってしまう。
そんな俺の様子を見て玄十郎さんと猪谷さんは首を傾げて、直後玄十郎さんは何かを察した表情になり、かと思うと呆れたようにじと目になる。
「…心子さん。すまぬが、席を外してくれぬか」
「はぁ…?それでは、客室のお掃除をしてきますね」
「頼む」
猪谷さんが俺に一礼してから離れていく。そして猪谷さんの姿が見えなくなってから、玄十郎さんは俺の方を向いて─────
「このヘタレが」
「うぐっ」
「男なら堂々と惚れた女性の前に立ってこんか」
「そ、そんな事言われても!俺は芳乃との約束を破っちゃってますし…。大体、その惚れた相手に婚約者がいるっていうのに、尚更顔を合わせづらいじゃないですか!」
「約束はともかく…、確かに婚約者に関してはおぬしの事が引っかかってはいたが…待て。何故巫女姫様に婚約者が出来た事を知っている?」
「あ、やべ」
つい口を滑らせてしまった。
呆れたようなジト目に鋭さが込められる。
あー、これは駄目だ。逃げられない。いや、逃げようと思えば逃げられるが、そうすれば二度と顔を合わせられなくなる。
「…実は」
観念して、全て吐く。
駒川から叢雨丸を抜いた者が現れたと聞いた事。
叢雨丸を抜いたその人の顔を見てみたくなり、建実神社に行って有地とムラサメ様に会った事。
そして術で姿を隠し、玄十郎さん達の会話を聞いていた事。
「…お前という奴は」
「すみません」
「五年前のお前はもっと純粋で、そんな事をする奴ではなかったのだが…」
「あの頃の純粋無垢な俺は死にました」
「寂しい事を胸を張って言うな。口も悪くなって…嘆かわしい」
嘆かわしいって。
失礼だぞ、と思いつつ口には出さず、玄十郎さんの次の言葉を待つ。
「…従業員用の部屋が空いている。必要であればそこを使え」
「え…、いいんですか?」
「いい訳なかろう。惚れた女と顔を合わせづらいから逃げ場所が欲しいなどという下らん理由で部屋を借りたいなんて…嘆かわしいっ」
また嘆かわしいって言われた。しかもさっきよりも強い口調で。
「だが…おぬしの両親には借りがある。その息子であるお前の願いを無下にはできん」
「…ありがとうございます。それで、部屋代の方は─────」
「いらんいらん。どれ程の頻度で来るかは分からんが、子供のお前には簡単に払えないだろう」
「いや、貯金なら陰陽師の仕事で結構貯まってるんで。大丈夫ですよ?」
「…そうなのか?」
「向こう二十年くらい遊んで生きてけるくらいには」
本家から俺に充てられた陰陽師としての依頼、そして俺個人に向けられた依頼等でかなり報酬を貰っている。
俺自身、物欲はなく金を多く使うのは装備を整えるためくらいで、それ以外の殆どは貯金に回している。
その結果、十代としては膨大な額の貯金が出来上がっている。
「…この五年間、苦労してきたのだな」
「分かります?」
「少なくとも、性格が捻じ曲がるほどには苦労したのだと分かるわい」
そんな察せられ方はされたくなかった。性格については放っておいてほしい。自覚はある。
というか、駒川にも同じような事を言われたがそこまで俺の性格は酷いだろうか?確かに五年前に比べて
「とにかく。お前のお願いは分かった。必要であれば部屋を貸そう。金は要らん、タダでいい」
「いや、そういう訳には…」
「いらんと言っている。ただし…巫女姫様の呪いを必ず解け。それが条件だ」
「─────」
部屋を使う代金はいらない。その代わりに出された条件に、玄十郎さんの鋭い視線に息を呑む。
「そのために帰ってきたのだろう?ならば、己の誓いを果たせ。儂が求めるのはそれだけだ」
厳しい言葉だが、それはきっと玄十郎さんなりの俺へのエール。
それに対して、俺が出来る事はたった一つだけ。
「はい」
玄十郎さんに向けて頷く。頷きながら、決意を更に固く、この地に纏わる因縁を必ず終わらせてみせると固く誓うのだった。
本当はもう少し話を進めるつもりでしたが五千文字を超えたのでここで一区切り。
次回は、