千恋*万花~Another Tale~ 作:もう何も辛くない
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいずずずずずずずまままままままま─────
何がまずいって、この状況に対して全く対処しようがないのがまずい。
だってこれ、俺が何か行動を起こせばどうあがいても俺の存在がバレる。そうならない様にするために有地とムラサメ様、玄十郎のじいさんにも口止めをお願いしたというのに。
いやホント、これどうすりゃいいんだ。あの時有地を助けたのがまずかったのか?
馬鹿か、んな訳ないだろ。祟り神に襲われてる有地を見捨てる方がまずいに決まってるだろ。
ただあそこで助けに入り、祟り神を消したからこうなってる訳で─────あ、消したのがまずかったのか!消さずに弱らせて逃がせば良かったのか!
んな殺生な!あの場面でそこまで頭を回せるか馬鹿野郎!
「芳乃の耳が消えているって…どういう事だい?」
「有地様の右肩…呪詛に触れた部分に触った事を切っ掛けに先程、芳乃様の頭に耳が生えました。ですが今、その耳は消えているんです」
「将臣くんを襲った祟り神が原因…いや、今、茉子くんは芳乃の耳は消えたって…。つまり、祟り神はもういない…?」
「もしそうだとすれば、一体誰が祟り神を払ったのでしょう…」
ああああああああああああああああああああああああ!
何やってんだよ馬鹿、阿呆、茉子!スルーしてくれよ!そこで鋭さを発揮するなよ!
「有地様は祟り神に襲われて気を失ったのですから除外して…、ムラサメ様?」
「い、いや…。吾輩だけでは祟り神は祓えん。それは茉子と芳乃が一番分かっている筈だ」
「そう、ですよね…」
ちょっと、そこで吾輩がやった!とか言ってくれれば良かったのに!
い、いや落ち着け。ムラサメ様が単体で祟り神を払えるならわざわざ芳乃やおばさん達、巫女姫達が祟り神を祓いに行く必要は皆無。
流石にムラサメ様がやった理論は無理がありすぎる。簡単に破綻する。
あー、どうすればいいんだ!?もういっそ、ここで謎の男陰陽師として登場すればいいか?
初め、ムラサメ様も俺の顔見ても気付かなかったし、案外いけるんじゃないか?
「…もしかしたら、発生した祟り神の力が弱かったのかもしれん」
思考が混乱の極みに達しようとしたその時、ムラサメ様が口を開いた。
皆の視線が一斉にムラサメ様に集まり、俺もまた例に漏れずムラサメ様へ視線を向ける。
「祟り神が出現した。そこまではいつも通りだが…、その祟り神を形成する呪詛が何らかの理由で足りず、永続的に祟り神の形を保てなかった」
「それは…」
「以前にも同じ事が?」
「いや、こんな事はこれまで一度もなかった。だが…祟り神を払う前に芳乃に生えた耳が消えた。つまり、何らかの理由で祟り神が消えたという事は間違いない。予想…というよりこじつけにも近いが、今この場で考えられる理由としてはこれくらいだ」
無理がある。無理があるが…事情を知らない芳乃と茉子、安晴おじさんからすればどう聞こえるか。
ムラサメ様がでっち上げた理由も、正しく聞こえているに違いない。
「それに、一つだけ確かな事がある」
「…それは、一体」
「今、この周辺で祟り神を祓えるのは芳乃と茉子、そしてご主人だけだ」
「え?俺も?」
「叢雨丸を使えばご主人にも祟り神を祓う事はできる。…話がずれたが、とにかくこの三人の誰も祟り神を祓ってないというのなら、祟り神は自然消滅したと考えるしかない」
おー…、口から出まかせを吐いているというのにこの説得力。流石はムラサメ様。
「そう、なんでしょうか…」
「吾輩が言ったのは単なる予測だ。念のために、今夜は山に探索に行った方が良いであろうな」
「…そうですね。お父さん。今夜、私と茉子で本当に祟り神が消えたのか確かめに行ってきます」
「そうか…。うん、その方が良いだろうね。頼むよ芳乃、茉子くん」
まだ納得しきった様子ではないが、とりあえずの所、この場を誤魔化す事は出来た様で一安心だ。
話は一区切りして、それぞれがそれぞれのやる事を始める。
芳乃は今夜の探索に、祟り神がまだ消えていない場合の事を考えて本殿にて舞を。
茉子は使用人として任されているこの家の家事を。安晴おじさんは神社の掃除を。
そして、有地は一度自室に戻る事にしたらしく俺はその後を追う。
「祟り神に呪詛、か…」
「信じられぬか?」
「いや。…昨日の事がなかったり、朝武さんの耳を見ていなかったら多分信じられなかったんだろうけど」
部屋に戻り、一息吐きながら呟く有地にムラサメ様が問い掛けると、有地は少し間を置いてから一度頭を振ってそう答える。
「信じてない…訳じゃないんだけど、ちょっと色々ありすぎて。もしかしたら今までの事は全部夢で、目が覚めたら俺の家のベッドの上…なんて事もあるんじゃないかって考えてた」
「まあ、気持ちは分かる。有地は最近まで何も知らない一般人だったのにな。お前の言う通り、色々ありすぎた」
「ホントにな…。この町に来る前の俺に教えても絶対信じないだろうな…ん?」
しみじみと言う有地に同意を示す。すると有地は俺の台詞にこれまたしみじみと返事を返し、そして明らかにこの会話の中でおかしな点に気付いて固まった。
有地だけではない。ムラサメ様も目を丸くして固まり、そして二人は同時に勢いよく声がした方、つまり俺の方へと振り返った。
「わ…わか─────」
「おっと、驚くのは仕方ないが大声を上げるのだけはやめてくれ。誰かがここに来る」
「─────」
驚きつつ辛うじて冷静さは残っていたらしく、俺がそう言うと有地は大声を上げかけた口を閉じてこくこくと頷いた。
「陽明…。お主、さっきの話を聞いておったな?」
「祟り神と呪詛の説明だけじゃありませんよ。有地が目を覚ましてからの会話を全部、最初から聞いていました」
「え…」
俺の最初から話を聞いてた宣言を前に呆然とする有地を他所に、俺はムラサメ様に視線を向ける。
「困りますよ、ムラサメ様。俺の事は誰にも言わないよう口止めした筈です」
「お主が帰ってきた事を芳乃達に知らせないよう口止めは受けたが、お主についてご主人に話すなという口止めを受けた覚えはないのう」
「…」
ムラサメ様に何も言い返せない。というより、よく考えれば明確に俺の事は誰にも話すなと口止めはしていない気がする。
「まあ、有地には少し自己紹介も兼ねて、俺の事を話そうと思ってたんですけどね」
「む?」
意外なものを見る顔になるムラサメ様。きっと、意地でも俺が自分について語らないと思っていたのだろう。
だがまあ、何も知らないで口止めをするというのも少々フェアじゃない気がする。
それに、少しでも事情を知って貰った上で口止めをした方が確実性が上がるかもしれない。
「若狭の事って…」
「まあ、あれだな。俺がこの町に戻ってきた理由とか…何で芳乃と会いたくないのか、とかかな」
「─────」
「さて、と。何から話したもんかな…。俺が昔、穂織に住んでた事はもう知ってるよな」
「あ、あぁ」
有地を横目で見ながら確認すると、有地はおずおずといった様子で頷く。
それなら─────
「俺が穂織を出たのは五年前なんだが…、それまで穂織に住んでいた。その時、まあ…よく世話になってた人達がいてな」
「…それって」
「ん。…芳乃のお父さんとお母さんだよ。芳乃とも…茉子とも、よく一緒に遊んでた」
当時の芳乃は今と違ってかなりお転婆で、口調も今みたいな丁寧なものではなかった。
茉子は…正直あまり変わっていないな。芳乃の事が大好きで、何よりも芳乃を優先して、でもたまに悪戯好きな性格が暴れて俺と芳乃を揶揄ったりして。
そう、あの頃は本当に楽しかった。毎日のように俺の家か芳乃の家で遊んで、たまにどちらかの家で泊まったりもして。
本当に─────毎日が楽しかった。
「だが俺は、穂織を出る事に決めた」
「決めた…って」
そう、穂織を出たのは俺の意思。よくある親の仕事の都合で引っ越しする、という理由で穂織を出たのではない。
「俺は、朝武にかけられた呪いを解きたかった。そのための力を手に入れるために、俺は京都にある本家で修業をする事にした」
「本家…?」
「あぁ…。若狭が陰陽師の家系っていうのは話したよな。その家系の本流の屋敷が京都にあって、若狭家ってのは分家で…って、話が長くなるからこの話はいつかだな」
若狭家とその周辺の話だったり、そういった話をしだすと本当に長くなるのでそこは割愛する。
「とにかく、一通り修行を終えてここに戻ってきたのはさっきも言った通り朝武にかけられた呪いを解くためだ」
「…でも、それで何で朝武さんに会いたくないって話になるんだ?ていうか…若狭ってもしかしなくても…」
「ん?なんだよ」
不意に有地の表情が気まずそうなものへと変わる。いきなりどうしたのか、不思議に思っているとおずおずと有地は口を開いた。
「朝武さんの事…好きだったりするのか…?」
「─────」
そして有地の口からは、そんな質問が飛び出してきた。
思わず目を瞠って呆気に取られてしまう。
でも、そうか。そう思うのも当然か。それに、間違いでもないしな。
「…そうだ」
「─────」
一言、そう肯定すると今度は有地が目を瞠る。
そして何事か、さぁーっと有地の顔色が青くなりわなわなと震え始めた。
「な、なんだ。どうした?」
「お、おれ…。別に本気でそうなってる訳じゃないから!」
「はぁ?」
かと思うと、いきなり訳の分からない言い訳を始めた。ついつい語尾を上げて声を上げてしまう。
「こ、婚約者の件はあれだから!押し付けられたというか…あぁいや!別に朝武さんが不満って訳じゃあないんだが!」
「あー、分かった。分かったから落ち着け、大声を出すな」
続けられた有地の言い訳(?)を聞いて、有地が俺に伝えたい事を察する。
要するに、俺の恋敵になるつもりはないと言いたいのだろう。
「別に構わんぞ。お前が芳乃を本気で好きになっても」
「へ?」
「それで芳乃もお前の事を好きになって…、それでお前らが本当に結婚したとしても俺は構わん。芳乃が本当に幸せになるんならな」
「…」
有地の目が丸くなる。何を驚いているのかは知らんが、俺はそんな驚く様な事を言っただろうか?
「…若狭、お前─────いや、それは今はいいや。さっきの話の続きだけど、お前がどうして朝武さんに会いたくないのかまだ分からない。朝武さんの事が好きなら会いに行けばいいじゃないか。それに朝武さんだって、昔の友達が帰って来たって知ったらきっと喜ぶぞ」
「…どうだろうな。俺は芳乃との約束を破ったから」
「約束?」
有地が言うような光景を、俺を見つけて笑う芳乃の顔を想像した事は何度もある。その度にもしかしたら、と思い続けてきた。
もしかしたら本当に、俺が帰ってきた事を芳乃は喜んでくれるかもしれない、と。
だがその度に脳裏を過るのだ。『お前は芳乃との約束を破ったんだぞ』という、俺を戒める声が。
「芳乃と別れる時にな。
「…ん?」
「すぐに帰ってこれるって甘い考え持ってた当時の俺を殴ってやりたい…。マジで黒歴史ばっかだよ、子供の頃の俺は…」
「…えっと?」
ホント、どうしてあんな軽はずみな約束をしてしまったのだろう。
芳乃がどれくらいその約束について重きを置いていたかは分からないけど…少なくとも、約束をしてすぐの頃は俺がすぐに帰ってくると信じて待っていた筈だ。…多分。
俺が怖いのは、芳乃に約束を破った事を詰られる事。でもそれ以上に怖いのは─────約束自体を忘れられているかもしれない事。
後者については口に出さない。有地に教える必要もないし…まあ、ムラサメ様には何となく悟られている感はあるが。
「別に気にする程じゃないんじゃないかなーって…思ったり思わなかったり…」
「は?」
「言ってやるな、ご主人。…こ奴は少々約束というものを絶対視しすぎているようじゃ」
何だよこの二人。まるで俺がおかしいみたいな口振りで話しやがって。
「五年って、すぐの分類でいいと思うんじゃがの」
「それはムラサメ様が長生きだからそう感じるんですよ」
「おい陽明。誰がBBAじゃ」
「言ってない、そんな事は誰も言ってないですよムラサメ様」
いや確かに少し失礼な事を言ってしまったが、流石にBBAは曲解しすぎですよムラサメ様。
そこまでは言ってないです、そこまでは。
「…とにかくご主人。こ奴の頑固さは芳乃と良い勝負だから何を言っても恐らく無駄に終わるぞ」
「え、そこまで?」
いや、流石に芳乃程じゃないんじゃないか?芳乃は昔からかなり頑固で、その頑固さに困らされた事もあった。
出会ったばかりの有地ですら芳乃の頑固さを実感している様子。俺もまあ…頑固な方だとは思うが、芳乃程じゃないと思う。
「いや、陽明もなかなかじゃぞ」
「ムラサメ様、心を読まないでください」
ムラサメ様に釘を刺された。ていうか、そこまでか。
芳乃の頑固さを知っているからこそ、他人の評価を聞いて少し驚く。
「そこまでじゃないと思うんですがね」
「それなら、約束の事に拘らず芳乃に会ってきたらどうだ」
「駄目です」
「ほらの」
何がほら、なんだ。全くもって意味が分からない。
「うぉっほん。とにかくだ有地、俺が芳乃と会いたくない理由は分かったな?」
「いや、分かんねぇよ。まあ、俺が変に出しゃばってややこしい事になるのは嫌だからお前の事は言わないよ」
とりあえず、有地が口止めを受け入れてくれたのは良かった。
ただその前の一言が解せない。何故分からない。約束を破った俺には(以下略
「…とにかく、有地が俺の事を誰かに漏らさないならそれでいい。頼むぞ」
「…なあ、さっきお前の事を言わないって言っておいてあれだけど、朝武さん達とお前が協力したら、楽に祟り神を払えるんじゃないか?」
「…祟り神は芳乃と茉子がいれば大丈夫だ。叢雨丸もあるしな」
有地の問い掛けに答えながら俺は部屋の出口、障子の前まで歩き、そこで立ち止まってから振り返る。
「呪詛の方は俺が調べる。祟り神についても…出来る範囲でサポートするさ」
そう有地に言い残してから、俺は札を取り出して姿と気配を隠匿する術を行使して部屋を出る。
左右を見つつ、周囲の気配を探って近くに有地とムラサメ様以外の人物がいない事を確認してから、音を立てないよう静かに障子を閉める。
家の中で家事をしている茉子に気を付けながら、玄関に隠しておいた靴を履いて、静かに家を出る。
外に出てから足早に朝武家の敷地を抜けて住宅街へと出る。
そこから更に数分、朝武家から離れてからもう一度周囲に人がいない事を確かめてから隠匿の術を解く。
「…とりあえず、俺の存在がバレる事はなさそうだな」
あまり俺の話に納得した様子はなかったが、俺の事を周囲に話さないと約束はしてくれたからそこはスルーする。
それじゃあ、朝武家にて目的は達した訳だから今度は俺の仕事をするとしよう。
有地にも言った呪詛の調査。それを行う事とする。
「…ん?」
呪詛の調査。昨日、山にて拾った謎の透明な、呪詛の気配を感じさせる欠片についてこれから調べる。
懐から呪詛の気配を抑える丸めた札を取り出し、開く。そこに包んであるのは昨日、山で拾った三つの欠片。
その筈だったのだが─────
「…あれ、二つ落とした?いやそんな筈は…それに、これは─────」
昨日、確かに俺は三つの欠片をこの札で包んで仕事着の懐に入れておいた筈だ。
それなのに何故か、札の上にあった欠片は一つだけ。しかも、その欠片は昨日見た時よりも─────
「大きくなってる?」
明らかに昨日よりも大きくなっていた。