千恋*万花~Another Tale~   作:もう何も辛くない

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第七話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういう事だ、これは…」

 

 一旦駒川の家に戻り、自室にて両腕を組んで俺は頭を悩ませていた。

 俺の目の前にあるのは一つの透明な欠片。見た感じ恐らく水晶の欠片と思われるそれをじーっと見つめて思考を働かせる。

 

「三つあった筈の欠片が一つに減った。しかも、その欠片のサイズが大きくなっている所を見ると─────」

 

 これらの要素から導かれる予測は、俺が拾った三つの欠片が一つに合わさったというものである。

 

「面白いな…。本家の専門家に見せたら飛び付いてくるだろうな、これは」

 

 何らかの妖力に影響された欠片が一つになった。そういった系統を専門としていない俺でも研究心が擽られるのだから、研究専門の者からすればさぞ調べ甲斐のある代物だろう。

 

 だが─────

 

「呪詛と祟り神に関係ない…訳ないよな」

 

 大体この欠片を見つけた切っ掛けがポチがこの欠片から呪詛の気配を感じた事だからな。祟り神に関係ない筈がない。

 しかし、この欠片が呪詛と、祟り神とどういった関係があるのかまではこの段階ではさっぱりである。

 

 とりあえず色々と試してみたい。他に同じような欠片があったとして、また一つになり大きくなるのか。

 この大きくなった欠片をまた割ってみたらどうなるのか。

 

 そして、この欠片の形状からすると割られる前は小さな球体の形をしていた筈。元の形に戻した時、こいつはどうなるのか。

 

「…とりあえず」

 

 とりあえず、何から調べるにしてもこの場所は止めたほうがいいだろう。仮に何か起こった時、俺はともかくこの家が、駒川が巻き込まれる可能性がある。

 それなら俺以外誰もいない場所─────やはり、建実神社の裏山が丁度いいかもしれない。

 

「なんだって俺はここに戻ってきたのやら…」

 

 ほぼとんぼ返りする形になった事に溜息を吐きながら、テーブルの上に載せていた欠片を掴んでポケットの中に。

 再び仕事着に身を包んで立ち上がり、外へと出て山へと向かう。

 

 今日、芳乃と茉子が祟り神は本当に消えているのかの調査に山へ入る予定だが、恐らく二人が山へ入るのは夜になる。

 昼過ぎである今なら二人と鉢合わせになる可能性は少ないだろう。善は急げだ、とっとと山へと急ぐ。

 

「という事で山に来てみたが…」

 

 建実神社のすぐ傍の道を誰にも見つからないよう注意しながら通り抜けて山へと入る。

 山に入った途端、確かな呪詛の気配が身を襲うが躊躇う事なく森の奥へと足を踏み入れる。

 

 その際に、懐から出したあの欠片を掌に載せて何か変化はないかと注視するが特に何事も起きない。

 集めた欠片がまだ三つで、力が弱いからだろうか。欠片が散らばっている山の中に入れば何か起こると思っていたのだが─────

 

 いや、何も起きないのなら仕方ない。それならそれで、元々今日に山でやろうとしていた予定を実行するまで。

 

『何用でございますか、主』

 

 そうして懐から一枚の札を取り出し、召喚したのは犬型の式神ポチである。

 俺はポチにあの欠片を集めたいとの旨を伝えてから、欠片の気配を探るよう命じる。

 

 昨日と同じ要領で欠片を探す。昨日と一つだけ違うのは、昨日は見つけた欠片を呪詛の気配を通さない札に包んで保管していたのだが、今日は拾った欠片を元々持っていた欠片に近付けてみた。

 その結果どうなったかというと─────二つの欠片は光を発し、一つになった。

 

「まあ、見ての通りだ」

 

『こんな事が…』

 

 今起きた現象を目の当たりにして驚愕するポチ。

 

『…主はこのまま欠片を集めるおつもりでしょうか?』

 

「まあ、今のところはな」

 

 そしてこれからの方針について問いかけてきたポチに頷きながら肯定の答えを返すと、ポチは僅かに逡巡の表情を浮かべてから再び口を開いた。

 

『主。欠片を集めるという事はつまり、呪詛の力を強める事になってしまうのではないですか?』

 

「…だろうな」

 

『現に、その欠片から感じられる力の気配は大きくなっております。このまま欠片を集め、元の形に復元できたとして─────何が起こるか、分かりません』

 

 ポチの言う通り、欠片を集めるのに際してそういった懸念はある。

 

 まだこの欠片の正体は分からないが、祟り神と呪詛と何らかの関係があるのは間違いない。ポチと同じく、欠片を集め、一つにしていく毎に欠片から発せられる気配が大きくなっているのを俺も感じる。

 

 しかし、祟りを解く方法に見当がついていない現状でようやく見つけた手掛かりなのだ。多少のリスクも冒さなければ、この手掛かりを手放す訳にはいかない。

 

「…さっきも言ったが、しばらくは欠片を集める方針でいく。その中でもし何らかの危険を感じれば、方針を変えるのも視野に入れる」

 

『…申し訳ありません。出過ぎた事を申しました』

 

「気にするな。お前の言っている事は正しい」

 

 ポチの言っている事は正しい。俺も、以前までなら慎重を期していたかもしれない。

 

 だが…()()()()()()()からまだ時間に多少余裕は残されていると思うが、いつ何が起こるかは分からない。何かが起こってからでは遅いのだ。

 もし、芳乃とのもう一つの約束まで破る事になってしまえば俺は─────

 

 …違う。そんな事を考えるな。そうしないために俺は五年間、何をしてきたのだ。

 あの地獄のような場所で力を蓄えてきたんじゃないのか。大丈夫だ、間に合う。いや…間に合わせてみせる。

 

「…そうだ」

 

 胸の中に湧いたマイナス志向の考えを振り払い、ふと思う。

 頭の中に浮かんだのは、自室にて考えていたこの欠片について調べるための様々な手段だ。

 

 今実行している欠片の収集や、この欠片を再び割る、俺の妖力で欠片を刺激してみる等、自室では周囲を巻き込む危険を考えて出来なかった事もここでなら出来る。

 

「よし、早速だ。まず、欠片を割ってみるか」

 

 欠片の収集は論外、妖力による刺激もいつ反応が出るか分からない。すぐに反応が出てきてくれれば良いが、なかなか反応が出てきてくれなかった場合はそれなりの時間を要するかもしれない。

 それならば手っ取り早く実行できる、欠片を割るという手段を選ぶ。

 

「そーい─────」

 

 間抜けた掛け声とともに、ちょうど近くにあった手頃な岩に欠片を叩き付けようとする。

 

「─────っ!」

 

 その時だった。欠片が急に熱くなった。堪らず欠片を投げようとした腕の動きを止め、掌に掴んでいた欠片を地面に落としてしまう。

 

『主!』

 

「分かってる。どうやら、この方法はとるべきじゃなかったみたいだな」

 

 ポチが警告の声に、地面に落とした欠片から視線を外さないまま答える。

 

 地面に落ちた欠片は赤く明滅していた。しかも次第に、明滅の間隔は短く、輝きは増していく。

 それだけじゃない。欠片から感じていた気配が急激に大きくなり、それに伴い欠片から巨大な呪詛の気配を感じるようになる。

 

「…マジか」

 

 目の前で起こる現象に思わず声を漏らす。

 

 赤く明滅する欠片から突如、黒い泥が漏れ出した。

 漏れ出した泥は周囲に広がり、次第に俺とポチがいる足元へと迫ってくる。

 即座に俺とポチはその場から後方へ跳躍して距離をとる。

 

 距離をとってからも漏れ出した泥の様子を窺う。広がり続けていた泥の勢いはやがて収まりを見せ、少しの間静寂が辺りを包む。

 そんな中でも、時折泥はごぽり、と泡立ち、まだこの何らかの現象は終わっていないと予感させられる。

 

 そして、その予感は間違いではなかった。

 

 不意に泥が浮き上がり、空中にて球体の形をとる。

 手っ取り早くここで泥を払っておけば良かったのだが、もしかしたらあの欠片の正体が分かる、或いは手掛かりが掴めるかもしれないという小さな欲が俺の動きを留めていた。

 

 だがその行動は正解だった。何故なら、空中で球体を形取っていた泥はやがて変形し、祟り神となって地面に降り立ったのだから。

 

「…祟り神と関係あるだろうとは思っていたが」

 

 まさか、欠片が祟り神を産み出すとは。

 つまりあの欠片は祟り神の母体、という事なのだろうか?だがそれにしては祟り神が発生する()()()()()に違和感を覚える。

 欠片が祟り神を産み出せるのなら、もっと早く、それこそ俺が欠片を拾ったあの時点で祟り神を産むべきではなかったのか。

 

 いや─────それこそ今この瞬間、山に散らばっているであろう全ての欠片が祟り神を産み出せば、望み通り朝武を滅ぼすのは容易い筈。

 

 それに今祟り神が発生したこのタイミング。まるで、俺が()()()()()のを止めさせようとしている様─────

 

『主っ!』

 

「うおっと…」

 

 ポチの大声が耳に入ったと同時、思考に沈んでいた意識が引き戻される。

 それと同時に目の前の視界がクリアになり、すぐ眼前まで泥の触手が迫っているのにようやく気付く。

 

 ポチの警告に感謝をしながら、首を傾けて触手を回避してその場から飛び退く。

 危ない、考えるのはこいつを消してからにしなければ。

 

 さて、それでは武器は何を選択するか。周りは木が生い茂り、言うなれば障害物だらけである。

 こんな環境で御手杵は使えない。いや、全力で御手杵を開放すれば周囲の木を薙ぎ倒しながら戦う事も出来るが─────後始末が面倒くさい。多分、後で森に入るであろう芳乃と茉子に見つかってまたもや第三者の存在を疑われる。

 

 じゃあ残る武器は()()しかないのだが…、正直あれは考えるまでもない。論外である。使えば間違いなく御手杵を全開放した時以上の被害が出る。

 あれ、そう考えたら俺の武器って周囲の環境に優しくないものばかりじゃん。もっと小回りの利く武器を作っとけば良かった。

 

 後悔は先に立たず、今それを悔いても仕方がない。武器が使えないのなら仕方ない。

 懐から一枚のお札を取り出す。武器が使えないのなら、久しぶりに徒手空拳で戦うとしよう(大嘘)。

 

「ふっ─────」

 

 再び迫る触手を身を翻して躱す。

 躱しながら、手に持っていた札を体のすぐ横を通り過ぎていく触手に張り付ける。

 

『─────っ─────!!?』

 

 今、俺が祟り神の触手に張り付けた札は封印の札。そこらの妖であれば、体のどこかに張り付けただけでたちまち札の中に肉体を封印される、それ程の代物である。

 

 だが、祟り神は札の中に封印はされない。ただ、札を張られた直後からぴたりと動きを止める。

 札の中に込められた妖力に今、祟り神は抗っているのだ。この札に込めた妖力は祟り神を中に封じ込めようとし、それに対して祟り神は封じられまいと抗っている。

 動けないのは抵抗するのに精一杯だからだ。少しでも抵抗する力を弱めれば封印されかねない。

 

 だからこそ今、祟り神はその場から身動きが取れない。

 

「動かない的を相手に、振り回す必要はないからな」

 

 相手が動けないのなら、振り回す必要はない。俺は御手杵を呼び出し、穂先を祟り神に向け、その体に突き入れる。

 

 泥のような体は崩れて消えていく。それと同時に、先程まで祟り神がいた場所にコロッ、とあの欠片が転がる。

 地面に落ちた欠片を拾い上げ、じっと見つめる。

 

 気配はある。だが、あのおぞましいまでの呪詛の気配は消えていた。

 

『お疲れ様でした、主』

 

 戦闘中、待機をしていたポチが労いの言葉を発しながら歩み寄ってくる。

 ポチは戦闘タイプの式神ではない。全く戦闘が出来ないという訳ではないが─────祟り神が相手だと流石に危険だろう。

 というより、俺が持っている式神に戦闘タイプのものはない。ポチのような感知タイプかサポートタイプの式神しか持ち合わせていない。俺は武闘派の陰陽師なのだ。

 

「…結局、何だったのやら」

 

 拾い上げた欠片を見つめながら呟く。

 

 本当に今の現象は何だったのだろうか。…いや、仮説はある。仮説はあるのだが、飽くまで仮説だ。誰か…駒川かムラサメ様の意見が欲しい。

 駒川は今診療中で忙しいだろうし…、ムラサメ様はまだ有地と部屋にいるだろうか?いや流石にそれはないか。あいつ結構律儀そうだったし、多分境内の掃除とか手伝ってそう。

 

 それなら、駒川が家に帰ってきてから話をしてみるとしよう─────

 

 そう考えた直後、背後から足音が鳴った。

 

「誰だ!」

 

 俺と同じく背後で鳴った足音に反応したポチと一緒に振り返る。

 

 だが、視界には誰も映らない。神経を集中させて辺りの気配を探ってみるが、俺の感知には山中に広がる呪詛の気配しか引っ掛からない。

 

「…ポチ」

 

『申し訳ありません。私の感知にも、何も掛かりませぬ』

 

「お前もか…」

 

 ポチの感知制度は俺よりも数倍高い。そのポチが足音が聞こえる程度の距離にいる筈の気配を掴めないという事実に戦慄する。

 少なくとも、俺ではポチの感知を潜り抜ける事は出来ない。という事は、目の前にいる筈の何者かは俺よりも隠匿の技術は高いという事になる。

 

「…」

 

 相手からは何も仕掛けてこない。静寂の中、油断なく御手杵を構えて周囲の気配を探り続ける。

 

 どれだけ隠匿の技術が高くとも、何らかの攻撃術を行使すればその際には必ず空気の揺らぎが発生する。

 それさえ捉え損なわなければ相手の攻撃は捌く事が出来る。

 

「ポチ。巻き込んで悪いが、警戒を続けろ」

 

『承知』

 

 先程言ったがポチは戦闘タイプではない。だが、感知能力は俺以上のものを持っている。

 ならば、この状況でポチを戻す訳にはいかない。申し訳ないが、この戦闘には付き合ってもらう事にする。

 

 だが、俺とポチの警戒はこの後すぐ無駄になる事となる。何故なら、この後戦闘になる事はなかったからだ。

 

「…っ」

 

 再び聞こえてくる足音。足音はゆっくりとこちらに近付いてくる。

 

 そして、それだけではなかった。目の前で空間が僅かに揺らいだ。この現象を俺は知っている。

 これは、隠匿の術が解かれる際に起こる特有の現象だ。つまり、目の前の何者かは隠匿の術を解いたという事になる。

 

 何故、何故術を解く。何故、絶対的なアドバンテージを捨てるような真似をする。

 隠匿の術のみに特化した術師で、このまま戦闘に入っても敵わないと判断したのか、それとも俺に敵ではないというアピールをするためか。

 

 結論から言えば、俺が頭の中で考えた可能性のどれでもなかった。強いて言うなら後者が近いのだろうか。

 

「…なんで、お前がここにいる」

 

「…山の入り口で見張っていれば、祟り神を祓った誰かが通るかもしれないって思ったから」

 

 隠匿の術が解かれ、その術者の姿が露になる。

 露になった術者の姿を前にして、俺は呆然とするしかなかった。

 

「そしたら貴方が─────陽くんが現れて…山の中に入って行って…」

 

「それで、ついてきたって訳か…。だが、俺もポチも気配を掴めなかったのは─────」

 

 目の前の人物がここにいる理由は把握した。だが、素人の尾行に俺もポチも気が付かない筈がない。

 俺もポチも、背後から足音が聞こえてくるまで尾行されている事にも気が付かなかったのだ。

 

 あの隠匿の術は見事だった。だが、目の前の人物がそれを使ったとはどうしても考えられなかった。

 だからそれについて問い掛けようとして、その人物が手に握っていた札を見て、俺は理由を察した。

 

 その札は親父が作り、渡したもの。『もしいつか、君も祟り神を祓いに山へ入るようになったら役立ててくれ』と言葉を掛けながら、親父がその人物に渡したもの。

 

「あぁ…、それか」

 

 なるほど、その札の力を使ったのなら俺もポチも気配を掴めなかった事に納得ができる。

 

 しかし、まさか町に戻ってきてたかだか二日でバレてしまうとは。鞍馬のじいさんにも手回しをしておいてこの様か。

 我ながら笑えてくる。

 

「…色々言いたい事はあるけど、でも最初に言うね?」

 

「…なんだ」

 

「お帰り、陽くん」

 

 目の前のその人は、花が咲いたような笑顔を浮かべながらそう口にした。

 その笑顔は俺がずっと胸の内に抱いていた不安を一時忘れさせてくれるほど綺麗で、美しくて、可愛くて、魅力的だった。

 

「あぁ。ただいま、芳乃」

 

 俺もつられて微笑んでしまう。

 

 思わぬタイミングで、予定よりもかなり早いものとなってしまったが、まあこの人を欺こうとした罰と思って受け入れよう。

 

 ただいま、芳乃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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