第一話
「目が覚めたら森の中って………………。これどうなってるんだ。すごいチクチクするし。」
古場は気が付くと光がさしこむ明るい森の中に自分がいることに気が付いた。
周りは一面の落ち葉。どうやら季節は秋らしい。
古場は反射的に立ち上がろうとして、ふと違和感を覚える。
皮膚に伝わってくる感触____こんなに古場はゴワゴワした服を着ていただろうか。
目線の高さ__________こんなにも古場の視界は高かっただろうか。
ふと、古場は全身を見渡す。
なんだこれ…。
古場は驚きあきれて声も出なかった。
若草色のマントを羽織り、頭の上には魔女のような三角帽子。
背中には自分の体に比して大き過ぎるバックパック。
体には小説の中のエルフが着るような民族衣装風の深緑のズボンと茶色の上着。
こんな服生まれてこのかた着たことない。
でも、どこか記憶に引っかかるような………………。
それよりもここはどこなんだ?
家の近所でこんなところを見たことがない。一番近そうなのは学校裏の雑木林だけれども………………。
古場はなんだかだんだん怖くなってきた。
早く人里に行こう。明るいとはいえこんな森の中にはいたくない。
ブルッ…。寒気がしてきた。
だんだん日も傾いてきた。まずい、このままだと夜になってしまう。
しかし、どちらに行けばいいのだろうか。
この森は光が地面まで届いてきていることを鑑みると、定期的に間伐して手入れしているんだろう。
ということは、人が近くに住んでいるのかもしれない。
しかし歩く方向を間違えると本当に深い森の中に入って行ってしまう。
この森について全く何も知らない古場があてもなく森の中をさまようなどとはほとんど自殺行為のようなものである。
やはり、ここに留まるべきだろうか。
おそらく、父さんかお母さんが心配して行方不明届けは出してくれていると思う。
そうでなくても一晩さえしのげれば翌日近くに住む人に出くわすことがないとも言えない。
そうして余計なエネルギーを消耗せずにいれば…。
古場は森で一晩過ごすことを考え始めた。
その時、ふと古場は南のほうに煙が立ち上っているのを見つけた。
「神さま…。」
天の助けだ、こんな森で自然発生的に火がおこるなんてことはあり得ない。
そうだとするならば、これは人為的なもの。
古場は煙が立ち消えてしまっても方向を見失わないよう近くの山の形を覚えておいた。
歩きながら、古場はどうしてこんなことになってしまったのかを考えていた。
今日も、代り映えのしない毎日を送っていた。
古場はあと一年後には大学受験をしなければいけない高校二年生だったけれど、田舎だったので、そんなにみんな熱を上げていたわけではない。
古場の親友の村川は頭が賢くて国立大を目指していたけれども、古場自身は自分は適当にそこら辺の地元の大学を受けて地元で就職して………と考えていた。
今日だって、古場は美術部の部活が終わると、そそくさと家に帰ってゲームをするつもりだった。
村川は、放課後は教室で勉強して、一緒に帰るのが常だった。
実は家も近かったのだ。
村川はもう部活をやめ、ゲームもせず、休み時間も勉強していたので、その時間だけが友達らしく一緒に過ごした時間に思える。
そうして、あたり一面田んぼの中にポツンとある交差点で別れようとしたときで記憶が止まっていた。
おそらく、そこで何かが古場に起きたのだろう。
歩きすぎて古場の足が棒のようになってしまった頃、森を抜けた。
開墾している最中なのだろうか、あたり一面に切り株が広がっていた。
この後、根っこを引っこ抜いて畑にでもするつもりなのだろうか。
しかし、もう夕方になり始めていて人影一つなかった。
夕日が長い影をあちこちに作っていた。
そして、その向こう側に、一面のライ麦畑、その中に包まれるようにして小さな村があった。
石造りの家々の煙突から煙が立ち上っている。
夕日がライ麦をオレンジに染め上げる。
その中を古場は駆け足で小道を抜けていく。
未だかつて、古場はこんな村になど来たこともなければ見たこともなかった。しかしそんなことは全く気にならなかった。
人里だ、人と会える。そう思うだけで自然と涙がこぼれてきそうで、古場はどれだけ孤独に参らされていたかをひしひしと実感した。
村の周りには、簡素ながら石の壁が築かれていて、その入り口は小さな木の扉で守られていた。
コンコンと戸を叩く。
しかし、うんともすんとも言わない。
もう少し強く、ゴンゴンと戸を叩く。
しかし、うんともすんとも言わない。
ふざけるな、ここまで来て野宿とか絶対に嫌だぞ。
必死になって、ガンッガンッと戸を叩く。
「誰だッ!」
野太い声が答えた。
ようやく気付いてもらえたようだ。
しかし、古場の心の中に少しだけの不安が首をもたげる。
本当にこれでよかったのだろうか。
こんなに古臭い暮らしをしているのは後ろめたいことがあって世間から隠れ住んでいるのではないのだろうか。
口封じに殺されてしまわないだろうか。
しばらく待つと、じろじろと古場の全身を見渡したのち、いぶかしげに尋ねてきた。
「何者だ。どこから来た。」
「古場 一郎って言います。」
あれっ、自分の声ってこんなに高かったっけ。古場は疑問に思ったが、そのまま続けた。
「河野町に住んでいて…。それでその、ここは…。」
「黙れッ! こっちの質問だけに答えろ、無駄口をたたくな! そこで待ってろ。」
随分と乱暴な言い草だった。
ガコンと音がして、隙間を木戸がふさいだ。
中で何か話しているのが聞こえる。
随分と警戒されている。
心の中で不安が雲のように広がっていった。
風が吹いて古場は身をすくませた。
秋なので、夜は寒くなりそうだった。
また、ガコンと音がして細長い隙間が空いて覗き込まれた。
「フィルバー=イチェロ…。
苗字があるってことは貴族崩れか、やんごとなき方がそんなみずほらしい格好なさるわけないからな。
しかし、カワノーチャなんてけったいな町聞いたことねえぞ。
嘘ついてんじゃねえだろうな。
おい、てめえ野盗の類か。
手みせろ。」
古場は言われた通りに掌を見せる。
どういうことだかよく意味が分からない。
言葉は通じているのに名前はなまって聞き取られているし、貴族? 野盗?
「こりゃまたきれいな手だな。盗賊ならもっと剣だことかあるからな。
お前は野盗じゃなさそうだな。
商人か貴族の出か、お前。」
よくわからないがとりあえず頷いた。
しかし、現代社会において盗賊などという言葉が出てくるとは古賀にはどうも考えられなかった。
嫌な予感がしてきた。
古場はただ迷ったのではなく、何かしら摩訶不思議なことに巻き込まれているのだろうか。
「で、お前は何でこんな夕暮れ時にこんな鄙びた村に来たんだ。」
ただ、古場がそういった類の者でないとわかると声の主も少しは態度を緩めてくれた。
ここしかない。野宿だけは絶対に嫌だ。
古場は自分がどこから来たかは言葉を濁し、その後、自分が森に迷ったこと、いかに自分が先の見通しが立っていないのか、などと出来るだけ相手の同情を誘うように自分の境遇を伝えた。
ここで村に入れてもらわなければ何も始まらない。
もうすでに太陽は山際に差し掛かり、あたりは薄暗くなっていた。
「わかった、わかった。お前は、身寄りがねえ、無一文だと。で、村で一晩でもいいから屋根を借りたいと。村の連中と話をつけてきてやるから少し待っとけ。」