魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第六話 後半

古場は狼の群れに突貫していく。

不思議と、自分が無謀なことをしているという自覚は無かった。

むしろ、今までもずっとこうして殺し殺されあう場に足を踏み入れてきたかのように感じていた。

 

後ろでヘンリが何か言っているのももはや気にならなかった。

 

手を宙に伸ばす。

 

「来いッ!」

 

どこか遠いところで何かが自分の呼び声に答えるように震えたのを感じた。

その次の瞬間、村の方向から音を立てて飛んでくる槍を古場は難なく捉えた。

刃先から柄まで、鈍い灰色の金属で統一された槍だ。

その表面に薄く青白い光が駆け巡っている。

古場の身の丈ほどもある長い槍だ。

古場はその槍を強く握りしめた。

画面越しでしか見たことのない槍、グルガニル。

それなのに、手に握ると体に馴染むのを感じた。

その冷たさが妙に手にしっくりくる。

 

心なしか、狼たちの動きが遅く見える。

一挙手一投足がまるで止まって見え始めた。

 

こうして近づいてみると、狼たちはやはり巨大だった。

恐らく、古場がテレビ越しにドキュメンタリーで見た狼どころか、熊すら凌駕するほどの体躯だ。

すさまじい圧迫感はまるでその周辺だけ重力が二倍、三倍にもなっているかのように感じられる。

それにもかかわらず、古場に全く恐怖の念は無かった。

この世界に来てから初めて迎えたあの夜、脳内にすさまじい情報が送り込まれたあの時、同時に何か入り込んできたのだろうか?

古場は少し疑問に感じたが、すぐに今は関係のないことだとかぶりを振った。

 

(そう、今の最重要課題は目の前のあれらを処理することだけ………………。

それ以外は考慮する必要もない。)

 

古場は妙に自分の頭が冴えわたるのを感じていた。

いや、冴えるというよりは、冷静になるといったほうが正しいか。

 

 

その狼たちはようやく近づく古場の存在に気付き始めたばかりだった。

だが、さして気にはしていなかった。

別に鋭い牙も、致死の毒も、すさまじい怪力も持ち合わせないこの小さな生き物に狼たちはもはや何の脅威も感じていなかった。

森の強靭な獣たちと比べると、この生き物の何とか弱く、儚いことか!

彼らが少し一撫でしただけで血を噴き出して倒れ込むこのような生き物に、最早彼らは憤りすら感じていた。

今まで自分達が死の恐怖に怯えながら、多くの仲間を失いながら、森で必死に生きてきたのは何なのか!

彼らはもう森で狩りをするつもりはなかった。

こんな近くにあまり肉付きはよくないが、たくさんの弱い獲物がいるのだ。

森で危険を冒す必要はもうない、そう彼らは信じていた。

 

群れでまだ獲物を口にくわえていない一番若い狼がのそりと無謀にも一匹で近づいてきたか弱いものに狩りの狙いを定めた。

群れの他の狼たちは黙認した。

そろそろ若い者にも餌をやっていい頃合いだ。

 

若い狼は狂喜していた。

今まで群れの年長の狼にすべての獲物を取られていった彼は退屈と空腹を覚えていた。

か弱い生き物たちの中でも一段と華奢なのが気に食わないが、腹を満たせばそれで十分だ。

 

大口を開けて飛び掛かろうとしたとき。

 

何か、何かが体の中にはちきれんばかりに入り混んでくるのを感じた。

狼の全身がまるで風船であるかのように膨らむ。

 

まだ、何かが入り込んでくる。

限界までピンッと張られた皮膚は当然自然と限界に達する。

 

まだ、何かが入り込んでくる。

地獄のような苦しみの中、はじける音がした。

 

もう、何も入り込んでこない。

若い狼の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

狼たちの中に動揺が走った。

今にもその牙にか弱き生き物を捉えんと飛び掛かった若い狼が唐突に全身が張り裂けて死んだのだ。

狼たちがその長い狩りの経験の中でも一度たりとも遭遇したことのない摩訶不思議な出来事であった。

それ故、次の行動に移れなかった。

その瞬間、森に向けて逃げ出していれば、あるいは救いはあっただろう。

しかし、その少しの硬直が命取りとなった。

 

 

哀れな、今や逆に自らが獲物と化した狼たちを俯瞰する。

古場は最初の標的を葬り去った後、次の目標を定めた。

 

再び、古場は魔法を使った。

 

『体裂きの呪文』

 

ゲーム内では、開幕と同時に使用され、雑魚敵の処理に絶大な効果を発揮した呪文である。

この呪文は、行使者の魔法の実力に比して対象者の魔法の耐性がある程度高ければ問題はない。

危険なのは、相手に魔法に対する耐性がなかった時である。

発動すると、即死が避けられない。

その点において、ゲーム中においても屈指の使用率を誇った呪文である。

 

次に、複数の狼達がまとめてその頑強な身体をはじけ飛ばした。

群れ全体が恐慌状態となる。

 

その次の瞬間、咆哮が轟いた。

 

発したのは、先程までソフィを咥え込み、ラルフを弄んでいたひときわ体格の大きい老狼だった。

一瞬にして複数匹の同胞が葬り去られたという事実。

老狼は自らの警戒を最大級まで引き上げた。

老狼はすぐにこの目の前のか弱き生き物を何としてでも排除しなければいけないと決断した。

群れの長として、幾多もの狩りの経験を積んできた老狼はすぐさま群れの統率を取り戻した。

狼達は連携して攻撃を仕掛ける手はずを整える。

その間にも多くの仲間が爆ぜていくが、最早動揺などなかった。

 

狼達が今まで危険な森の中で捕食者としてやっていけていたのは、別にその鋭い牙によるのではない。

群れの一糸乱れぬ統率と、狡猾な戦略。

高度な社会性でもって狼たちは他の獣たちと一線を画していた。

 

古場の周囲を狼たちが取り囲む。

無論、そのうちの幾匹かは死ぬであろう。

しかし、死角から取りついた一匹がその喉笛を嚙み千切ればそれでよい。

群れは保存されるのだ。

長年にわたって狼達が血脈を継いでこれた知恵である。

 

 

絶体絶命の渦中にあっても古場の心は波一つない水面のように冷静であった。

古場はもはや自らの視点で物事を見ていなかった。

 

『遠見の呪文』

 

ゲームにおいて、魔法を嗜むものに必須とされた呪文である。

単に一人称の視点ではなく、上空から俯瞰したかのような画面になるだけの呪文であるが、魔法を戦略立てて使用するためには欠かせないものであった。

 

古場には自分をどの方向から、何匹の狼が狙っているかが手に取るように把握できた。

そして、それは一つの帰結を意味した。

 

 

老狼は自らの目を疑った。

か弱き生き物には見えるはずもない位置からの奇襲。

それらすべてが先読みでもされていたかのように潰された。

しかも、襲った狼達の絶命という形を持って。

ここに至って老狼は自らの失策を悟った。

目の前のか弱い、いやそれは見せかけに過ぎない。

この悪魔のごとき存在は排除するとかいった話ではない。

出くわしたと同時にわき目もしない必死の逃亡が必要な存在であった、と。

 

その一瞬の後悔の間にも次々と先程まで生きた仲間であった肉塊が飛び散る。

まるで悪夢のようであった。

 

そして、ここにきて老狼は自らの犠牲を決意した。

再び、咆哮が轟く。

しかし、それは勇猛なものではない。

深い悲哀を含んだものであった。

 

狼達はその声に、一瞬ためらった。

しかし、まるで念を押すかのように二回目の咆哮が響き渡ると、なにか吹っ切れたかのように森に向けての全力疾走を始めた。

 

その後を古場は視線で追う。

と、大きな影が古場を覆った。

 

老狼であった。

 

自ら刺し違えてでも群れを守る。

そのために老狼は自らの群れの逃亡に気をひかれた古場の一瞬の隙を狙い、肉薄したのだ。

長年の経験がなせる、相手の心理を読み解く目があってのことだ。

 

古場は、今までのように魔法を使った。

しかし、手ごたえに違和感を感じた。

 

(もしかして、こいつ、魔法耐性を………………!)

 

それが老狼の切り札であった。

かつて魔法使いと遭遇した時、自らのみが生きながらえた経験が元である。

 

魔法使いというのはえてして近接に弱い。

近づいてさえしまえば、刺し違えることなど容易。

 

そう考える老狼の視界を深青の軌跡がよぎった。

老狼が最後に見たのは、崩れ落ちる首のない自らの肉体と。

 

 

槍を構え、冷酷な碧眼をきらめかせる古場であった。

 

 

 

 

古場は、森に向かう狼達に目を向けた。

そして、それが彼らの最後であった。

数瞬後、最後の一匹が痙攣をやめ、血をあたりにまき散らした。

 

最早、あたりに動く獣はいなかった。

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