魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第七話

古場は、血だまりの中で暫くの間、佇んでいた。

今まで麻痺していた感覚が機能し始めたのだ。

ようやく、この自らの手で命を奪ったのだという実感がわいてくる。

古場は今までの自分が一体何をしたのか思い返して身震いした。

 

(戦っている最中の僕はいったいどうしたんだ……? 

なんで今まで殺し殺されあいなんて一度も経験したことのない奴が、あんなに冷静、いや感情が消えたように振舞えたんだ………?)

 

まるで戦っていた自分が別人のようだった。

 

(この体に引っ張られてそうなったのか、それともほかの誰かがこの体を乗っ取ったのか………………?)

 

「おい! 意識はあるか? しっかりしろ!」

 

古場の意識を悲痛そうな叫び声がより戻した。

後ろを振り返ると、村人たちが、狼の死体に未だ咥えられたままの人を引きずり出したり、放り投げられた人の手当てをしようとしていたりしていた。

しかし、その人の多くは重傷を負っていた。

苦痛のうめき声や悲しみの泣き声が辺りに響いている。

 

(そうだ! こんなことで悩んでいる場合じゃない!)

 

古場は怪我人たちのもとへ駆け寄った。

近くで見るにつれ、古場は深刻さを肌で感じ取った。

手足がちぎれている人。

喉笛から血を噴き出している人。

一刻も早く対処しないと、今にも死んでしまいそうな人が沢山いた。

 

「フィルバー様!」

 

古場は呼び止められ、振り返った。

ヘンリがすがるような顔で言ってきた。

 

「フィルバー様、かれらをさっき狼を退治したような不思議な力で治せますか!」

 

「はい、多分…………。」

 

古場はそう返した。

 

(確か、回復の呪文は山ほど習得してたはずだし………………。)

 

その次の瞬間、ヘンリはその場で崩れ落ちて古場の足にすがってきた。

 

「頼みます! 後でどんなことでもしますから、かれらを治してやってください!」

 

その声の気迫に古場は気圧されてしまった。

それに、ヘンリがいつの間にか敬語を使っているのも何やら重みを感じさせてくる。

ふと、古場は周りに村人たちが集まっているのに気が付いた。

全員が凄まじいまでの期待の視線を寄せてくる。

古場は期待の重圧を感じた。

 

「わ、わかりましたから! ヘンリさん! 立ち上がってください!」

 

古場はたまらずヘンリにそう促した。

 

「頼みます、頼みます………………。」

 

それでもヘンリは立ち上がろうとしなかった。

 

(ええい、魔法を使ってみんなを治したほうが早いや!)

 

古場は自らの意識を集中させて、魔法をかけた。

 

すると、あたりの草木から、無数の緑の光の粒子が湧き上がってくる。

それは、あちこちに倒れている怪我人たちのもとに集まり、体の中に入り込んでいく。

すると怪我人たちの傷は次々と治り、顔色もよくなっていく。

それとは反対に周囲の草木はどんどん枯れていった。

 

『肩代わりの呪文』

誰かの負った傷を他の物に転嫁できるという呪文だ。

ゲームでは嫌がらせ兼ちょっとした回復に使う呪文だった。

 

やがて、怪我人たちは少しずつ意識を取り戻してきた。

その中に古場はソフィとラルフを見つけた。

ソフィが自分の傷が治っているのを見て信じられないといった顔をしているのが見える。

と、ラルフがソフィに抱き着いて、大泣きし始めた。

そんなラルフをいつものようにソフィが邪険に扱う。

 

 

そのいつもの光景が繰り広げられるのに古場は何か胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。

 

(本当に魔法が使えて良かった。)

 

そのおかげで、この心温まる村の日常を取り戻すことが出来た。

古場は自分がこのような力を授かったことを今一番感謝していた。

 

と、ソフィが自分のことに気が付いたようだった。

古場は少し気恥ずかしそうに手を振った。

いつものように元気に手を振り返してくれると思っていた古場は驚いた。

ソフィは慌てて立ち上がると、こちらへ向けてお辞儀をしてきたのだ。

ふと、周りを見ると村人たち全員が同じように古場に向けて頭を下げていた。

なんと、あのラルフですら頭を下げている。

 

ヘンリが畏まって前に出てきた。

 

「すみません、フィルバー様。まさか魔法使い様が身をやつされていらっしゃったとは思いも寄らず、今まで無礼な態度をとってしまいました。」

 

どうやら、この世界には魔法のようなものがあって、それを使うことのできる人はそれなりの社会的地位を得ているようだった。

つまり、もう古場は魔女狩りやら異端審問やらを心配しなくていいわけだ。

しかし、古場にとってはその敬意は居心地が悪いものだった。

 

「その、ヘンリさん。いいですよ、今まで通り接してくださって。」

 

「お言葉ですが、魔法使い様に礼節を尽くすは当然のこと。それをしないなどと、礼儀知らずのそしりを免れられません。」

 

古場が村人全員に普通にいつものように接してくれるよう説得するのには丸一日かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、これで良しっと!」

 

古場は畑の石垣に何やら刻むのをやめて立ち上がった。

脇からソフィがひょっこりと覗き込んでくる。

 

「ふ~~ん。こんな小さな紋章で魔よけになるものなのねぇ~~。」

 

ソフィが不思議そうに言った。

 

「うん、これでもう村と近くの畑の近くには害ある者は近づくことすらできないはずだよ。」

 

『魔よけの紋章』

ゲームでは本拠地や野宿するところなどに設置するものだった。

同時に設置できる回数に制限があったり、そもそも設置できる場所や時間も限られている紋章だが、その分効果は絶大だ。

 

「随分、時間がかかっちゃったなあ。」

 

古場はこれを村全体を覆うように設置して回っていた。

もう太陽は山際に差し掛かり、あたりは赤く染まっていた。

 

「いろいろとありがとうね、フィルバーさん。」

 

ソフィはしみじみといった。

あの狼の一件の後、この世界にも魔法があると知った古場はもう隠す必要がなくなったとばかりに魔法をたくさんこの村にかけていた。

疫病避けの加護。

村と森を隔てる石垣。

豊穣を招く刻印。

古場は見ず知らずの自分を受け入れてこの世界について色々と教えてくれたこの村にできる限り恩返しをするつもりだった。

 

「これぐらい、当然だよ。まだまだ返しきれないほどの恩が村にはあるからね。」

 

ソフィは遠くに聳え立つ雪をかぶった山々のほうを見た。

 

「ううん。フィルバーさんは私の命を救ってくれたもの。こっちのほうが恩返ししなきゃいけないのに。

 

………………本当にフィルバーさんは行ってしまうの?」

 

少し、寂しそうな声だった。

丁度、古場からは逆光となってソフィの顔が見えなかった。

それでも、古場にはソフィがどう思っているのか手に取るように分かった。

この村にはソフィと同世代の子供はいない。

その頃は大飢饉でほとんどの子供が亡くなってしまったそうだ。

だからかもしれないが、ソフィは同じぐらいの歳の古場とここ最近はずっと一緒にいた。

恐らく、ソフィにとっての初めての同世代の友達だったに違いない。

 

しばらくの沈黙が漂った。

 

「うん、どうしても見つけなくちゃいけないものがあるんだ。」

 

古場はそう返した。

古場はヘンリや村人達にこの村を出ていく旨を伝えていた。

もうすぐ冬がやってくる。

流石に冬の間もこの村にいて貴重な食糧を食いつぶすわけにはいかなかった。

それに、古場は決心したのだ。

必ず元の世界に戻る方法を見つけると。

 

この世界に本来古場はいてはいけないし、元の世界こそが古場にとってのいるべき場所だ。

 

そのために、この世界をめぐって旅し、なぜ自分がこの世界に迷い込んだのか、どうすれば帰れるのかを探し出す。

そう心に決めていた。

 

「そう、寂しくなっちゃうわね。」

 

ソフィがまるで独り言かのように呟いた。

 

辺りの畑のライ麦は全て刈り取られ、冷たい風が駆け抜けていた。

太陽が二人の長い影を刈られた麦穂の上に落とす。

 

「帰ってくるよ。」

 

思わず、古場の口から言葉が漏れ出した。

 

「いつになるかはまだわからないけど。やるべきことが終わったら必ず。」

 

ソフィは少し笑った。

 

「ほんとに?」

 

「うん、絶対。」

 

「じゃ、約束しようよ。」

 

古場とソフィの小指が絡まる。

 

「指切りげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーまっす!」

 

二人の影が一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

「達者でな。」

 

ヘンリにポンと背中を叩かれる。

 

「ヘンリさんも、お元気で。」

 

古場もヘンリの背中を目一杯叩いた。

ヘンリは驚いた顔をした後、ニヤッと笑った。

 

「向こうでも元気にやるんだよ!」

 

ミランダが笑いながら言う。

 

「今までありがとうございました、ミランダおばさん!」

 

ラルフが身を乗り出した。

 

「フィルバーちゃん、また一緒にパン食べような!」

 

ミランダがラルフの耳を引っ張る。

 

「いでででっ!」

 

「あんたは節操っていうのをまず覚えな!」

 

いつもの光景に古場はヘンリと目を見合わせてクスリと笑った。

 

「それにしてもソフィが遅いねぇ。」

 

ミランダが訝しげに言う。

古場は少し寂しく思った。

 

「そろそろ出ないと、領主様のいるボードウィングに行って帰るのが間に合わん。出発だな。」

 

古場は、年貢をボードウィングに納めに行く村人達に同行することになっていた。

なんでも、ボードウィングには魔法学院があって、そこの学院長であるバルバロッサという人がこの村の領主だそうだ。

ボードウィングで冬の間ヘンリさんの紹介してくれた銀細工師のもとで働いて、路銀を稼ぐつもりだ。

 

ついに馬が荷車を引っ張り始めた。

古場はその脇をついていく。

 

「皆さん、お元気で~~~!」

 

古場は村の皆が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

村が見えなくなってしばらくしたとき、古場は誰かが自分の名前を呼ぶのを聞いた気がした。

目を凝らすと村のほうから誰かが走ってくる。

古場は心が躍った。

ソフィだった。

 

「すみません、少し止まってもらっていいですか!」

 

古場は馬を御する村人に声をかけた。

馬がその歩みを止める。

 

走り寄ってきたソフィは立ち止まり、息を整えると何かを差し出してきた。

 

「フィルバーさん、これ。」

 

見ると、それは質素な木製の指輪だった。

 

「これは………………。」

 

「お守り。私のおばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんの時代から伝わってきたの。

フィルバーさんが無事に旅から帰ってこれるようにって………………。」

 

ソフィの手を見ると無数の切り傷で一杯だ。

古場は暖かい気持ちで胸がいっぱいになった。

 

「ありがとう、ソフィさん。大事にするよ。」

 

古場はぎゅっと指輪を手のひらで握りしめた。

 

 

 

 

「さよなら~~! また会う日まで~~~!」

 

古場はソフィにぶんぶんと手を振る。

 

ソフィも負けじと元気よく目一杯に手を振った。

 

 

 

 

古場は晴れやかな気持ちで、世界に足を踏み出した。

 

いつかはこの村に帰ってくると心に秘めて。

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