魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第九話 裏 3

あれから、一週間が経った。

 

学院では、いつもの日常を取り戻していた。

少なくとも、表向きはそう見えた。

辺りには賑やかな喧騒が満ちていた。

 

渡り廊下を学生達がせわしそうに走っていく。

講義に遅れそうなのだろうか。

彼らは慌ただしく、しかし楽し気に会話を交わしながら石畳を駆けていく。

 

と、ふと立ち止まる。

彼らの顔から表情が抜け落ちた。

無機質なからくり細工であるかのように、辺りを見渡す。

 

何かを探しているのだろうか。

全身に生気が宿っていない中、その複数の目だけがやけにらんらんと光っている。

まるで、獲物を執拗に探す狼のような餓えた視線。

人一人を容易に殺せそうなその鋭い視線は、しばらくの間何かを血眼になって追い求めていた。

 

永遠にも思える時が立った。

諦めたのだろうか、彼ら学生は何かを探ることを止めた。

 

すると、みるみるうちに彼らは先程までの不気味な狩人ではなく、どこにでもいそうな学生の雰囲気を身にまとい始めた。

はたから見ていて、その擬態の自然さは、先程までのおぞましい気配と比して、一層うすら寒いものを感じさせるものだった。

 

彼らは、まるで自分達が講義に遅れまいと先を急ぐただの学生であるかのように、歓談を再開し、城の中へと消えていった。

 

 

しばらくたつと、その後ろで、空気が揺れた。

波紋が大気に広がっていく。

まるでヴェールが剥がれ落ちるかのように一人の少年の姿が露になる。

カールだ。

その姿はすっかりみすぼらしくなっていた。

灰色のローブはすっかり土や泥、ほこりで汚れている。

何日間水浴びをしていないのだろうか、体からはすえたにおいが漂ってきていた。

 

彼はそっと周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、懐からやけに黒ずんだパンを取り出しかじりついた。

 

(危ないところだった………………。)

 

カールは久しぶりにありつけた食事に感謝しながら、先程の出来事を思い返した。

 

(東の尖塔はもうずいぶん長いこと使われていなかったから、いい隠れ場だったんだけどなぁ。もうこんなところまで監視の目が届くようになってきているのか………………。)

 

カールはここ数日空腹に耐えかね危険を冒してパンを盗みに食堂に入っていた。

それがどこかで見られていたのだろうか、城中に学生がカールを探して徘徊するようになった。

 

カールはあの日、何かが決定的に変わってしまったあの日から、死に物狂いで決死の逃避行を繰り返していた。

城の中に最早当てになる人間は誰一人としていなかった。

皆、カールを捕まえ、どこかに連れて行こうとするのだ。

その後、どんな目に合うのか、カールは想像もつかなかった。

殺されるのか、もしくはメディシーやボッカチオのように洗脳されるのか…………。

 

城の外は相変わらず嵐が吹き荒れている。

雨が窓を覆う木戸に打ち付ける音がやけに響いていた。

 

カールの視界がぼやける。

こっくりと、頭が落ちる。

カールはほほをつねって目を無理やり覚まそうとした。

しかし、もうあまり効かなくなっていた。

もうまともな睡眠をとらなくなって何日が過ぎたのだろうか。

 

カールはだんだん自分の気力が奪われていくのを感じていた。

 

(もう諦めちゃっていいかな。疲れたよ、僕………………。)

 

どうして、こんなことになったのだろうか。

どうしたら、元通りの日常が手に入るのだろうか。

 

カールはかつての日々を思い起こした。

 

毎日必死で勉強をして、試験で名前が張り出されて大喜びしたこと。

メディシーとボッカチオの喧嘩を何とか止めた後、三人でご飯を一緒に食べたこと。

 

 

とりとめのない、何気なく過ごした、しかしもう二度と戻ることはない日々。

大切なものは失って初めて気が付くものなのだ。

 

目から涙があふれる。

 

「くそぅ、返せよっ……。なんでなんだよぅ……どうして…………。」

 

口からふと零れ落ちた言葉。

 

暫くの間、鼻水をすする音が聞こえた。

 

 

 

 

 

(どうして、僕だけ正気なんだ………………?)

 

もういっそ僕も皆と同じように操り人形になったほうが幸せだったんじゃないだろうか。

 

カールは自問自答した。

なぜか、生気を失った人々のことがうらやましくなってきた。

 

(そうだ、最初に様子がおかしかったのはメディシーだけだった。)

 

あの日、怪しげな取引を目にしたあの日。

 

(皆の様子がおかしくなったのはその日の後だ。)

 

つまり、あの日に。

僕以外の皆が何かおかしなことをされたのだろうか。

それとも………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(僕だけが正気を取り戻させるような何かに出会った………………!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………カールさんの傷を治したのは『肩代わりの呪文』、あのお婆さんに使ったのは『漂白の呪文』です。』

 

ふと、頭の中に思い出された記憶があった。

あの日、カールの命を救ってくれた素性の分からない魔女。

その魔女が自らの魔法を明かした時の言葉だ。

 

(あの日、あの老婆の強力な呪い、それを打ち破った彼女の白い光……! あれを僕は嫌というほど浴びていた!!)

 

もしも、もしもあの光が僕にかけられた呪いをついでに破っていたのだとしたら。

そして、そのおかげで翌日、呪いの発動に巻き込まれずにすんでいたのだとしたら。

 

カールの全身に雷が走った。

 

(フィルバーさんならこの事態を解決できるかもしれない!)

 

まともな精神状態なら、たった一度話をしただけの、謎の魔女に自らの希望を預けるなんてことはしなかっただろう。

しかし、カールに残された希望はこれだけだった。

 

(どうする、どうしたらフィルバーさんに会える?)

 

カールの頭はこれまでにないほど冴えていた。

 

『そうですか? それじゃあ、道案内お願いしてもよろしいですか?』

 

そうして、カールは銀細工職人のモーリスの工房までの道案内を頼まれた。

 

(あの日、フィルバーさんは旅人の格好をしていた。

そして、これから冬がやってくる中で、普通は旅を続けるなんてしない!

なら、恐らくフィルバーさんはモーリスの工房で冬の間過ごさせてもらうつもりだったに違いない!)

 

間違いない、フィルバーさんはモーリスの工房に今もいる。

カールはそう推測して、覚悟を決めた。

 

(このまま、城の中で逃げまどっていても、どんどん体力が奪われるだけだ。

明日、この城を抜け出して、フィルバーさんに会いに行く!)

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