魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第一話 裏

くすんだ金の髪をした一人の少年が、重厚な造りの白の尖塔の小窓のわきに腰かけていた。

少年は緑で縁取りをしたねずみ色のローブを羽織っていた。

あまりぱっとしない見た目の少年であったが、その碧眼だけは物憂げながら年相応の生命力を感じさせる光を放っていた。

どこにでもいそうな、自らの将来に悩む少年の名はカール。

半人前の魔法使いだ。

 

カールは窓の外からぼんやりと、燦燦と照っている太陽の下、城の下に広がる街並みを眺めていた。

秋になり、収穫物が次々とあたりの村から送られてくる季節。

同時にそれは冬ごもりの準備をする時期でもあって多くの人が往来にたむろしていた。

毎年秋になるとみられる景色。

それがここしばらく続いている。

町を行きかう人々はいつ見たって代わり映えせず、永遠にこの日常を繰り返していくように思えた。

実際、この町は何百年もの間こうして変わらず、魔法使いを育て上げ、世界に送り出してきたのだ。

 

魔法都市ボードウィング。

そしてその中心、ボルドウィンド城に居を構える学院。

 

のちに歴史に名を遺す魔法使いたちは誰しもがここで魔法の基本を学び、生涯にわたって追い求める魔術を心に定めた。

この学院で基本の魔法を修め、バチュラーの称号を得た卒業生達は、この学院に留まるか、それとも師を見つけ修行の旅に出るかのどちらかを選ぶこととなる。

留まる者は今までの日常を、今度は教える立場として過ごすこととなるが、その数は限られていて、ほとんどの者は辛く、長い旅に身を投げ出す。

長年をかけて師から魔法の習得を認可され、再びこの町に戻ってきた者は、晴れてマスターの称号を名乗ることが出来るようになるのだ。

 

そしてカールはそんな由緒ある学院の修了認可を受け、まさに世界に羽ばたこうとしている魔法使いである。

カールの友人たちは既に己の学ぶべき魔法を心に定めていた。

しかし、カールは自らの道を決めかねていた。

多くの者は立身出世とか、その後の人生について打算的に自らの修める魔法を決める。

しかし、カールはそんな風に決めるのは嫌だった。

カールは今まで心の底から学びたいと思ったものは無かった。

騎士の家の三男坊に生まれ、家業を継げないカールにとって魔法使いの道は半ば絶対的なものであった。

それならば。

せめて自らの修める魔法だけは本当に自分の意志だけで選び取りたかったのだ。

 

「ねえ…………。ねえってば!」

 

隣の声にカールは深い思索から引き戻された。

隣を見ると、ひとりの少女が目を怒らせながらこちらを見ていた。

燃えるような赤毛と、艶やかな黒い瞳に、大きく吊り上がった眉毛。

カールと同じく黒で縁取りをしたねずみ色のローブを身にまとっていた。

この少女の名はメディシー。

今代の学院が誇る才女である。

 

メディシーはこの町を含む王国の北方を治めるカトリーヌ辺境伯家の四女だ。

末っ子ということもあって、父と母に溺愛されていて、一族からマスターの魔法使いを輩出するためという打算はあれ、自身の魔法使いになりたいという願いを叶えられた。

今まで、やりたいと思ったことは一度たりともかなえられなかったことはない、カールとは真逆の人間だ。

 

正反対の境遇にあって、性格もカールは控えめでメディシーは勝気と正反対。

それなのにこの二人は会った時からなぜか馬が合った。

結果、学院在学中の4年間、妙な腐れ縁を保ち続けてきた。

 

「早くしないと集会に遅れるわ! なんでこんなところで油を売ってるのよ。」

 

メディシーはカールの服の裾をつかむと引っ張り始めた。

 

「分かったってば、ちょっと待ってよ!」

 

慌ててカールはメディシーの後をついていった。

 

「今日、集会なんかあったっけ。」

 

メディシーは石畳の廊下をずんずんと歩きながら答えた。

 

「馬鹿なの、カール。一番大切な集会よ、私たちの御師様達がその腕前を披露なさってくれるのと一緒に私たちを品定めしにやってくるのよ! 少しでも印象よくしとかないと、弟子入りを断られるかもしれないわ。」

 

そういえば、とカールは思い出した。

 

「一週間前ぐらいの講義で四元素魔法学のバルバロッサ先生がそんなこと言っていた気がする。それのこと?」

 

「そうよそれよ! いったいどうしてあんな大切なこと忘れられるのカール、信じられないわ!」

 

ああ、もうとメディシーは叫んだ。

 

「このままじゃ間に合わないわ! つかまって!」

 

「えっ、またこの前のやるの! バルバロッサ先生にまた絞られちゃうよ………………。」

 

「つべこべ言わない!」

 

そうしてメディシーはカールの袖をつかむと古びた窓から外に放り投げ、自分も身を空中に投げ出した。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ、僕これ苦手だって何度言ったらわかるの!」

 

「黙りなさい、それでもあなたバチュラーの端くれなんでしょう!」

 

メディシーは空中で懐から取り出した杖を構え、呪文を唱え始めた。 

 

「早く、早く! メディ! このままだと僕地面に激突してぺちゃんこになっちゃうよ!」

 

「うっさいわねえ! わかったわよ! 『風よ わが意に従いたまえ』!」

 

すると、すさまじい突風とともにカールとメディシーの体は空中にふわりと浮かんだ。

真下では中庭で休日を楽しんでいた下級生たちが突然の突風に一体何事かとあたりを見渡しているのが見える。

 

「とばすわよ!」

 

一気にカールとメディシーの体は急上昇していき、やがてボードウィングの全景が眼前に広がった。

 

確かにカールはこのメディシーの乱暴な操作の風に乗るのが嫌いだった。

しかし、ボードウィングを見渡せる程の高さに届いたとき。

カールはこの瞬間が何とも言えず好きだった。

カール一人ではどんなに頑張ってもこんな高みまでたどり着けない。

 

ボードウィングは北方山脈のふもとにある町で、山脈の向こう側にある高原を水源とするボルグ川に沿って広がっている交通の要衝だ。

きらびやかに輝き、この先の平原を潤すこととなる母なるボルグ川。

そこに沿うようにして広がるがっしりとした造りの重々しく濃灰色に沈む街並みとボルドウィンド城。

そしてあたりに広がる黄金色のライ麦畑と点在する集落。

それらが北方山脈や周囲を取り囲む森との境にまで広がっている。

その雄大な景色はいつ見ても見飽きないものであった。

 

と、カールが感傷に浸っていると。

二人は急激に降下し始め、カールは再び情けない叫び声を上げ始めた。

 

「そのまま大広間の前のポーチに着陸するわよ。」

 

ビュオッ!

 

その時だった。突然風が下向きに吹き始めた。

 

「メディ………………。もういいって! これ以上早くするとつぶれたハエみたいになっちゃう!」

 

カールはいつものようにメディシーが短気を起こしているのだと考えた。

そういう時は、カールがメディシーに懇願して速度を緩めてもらうのが常であった。

 

「………………。」

 

しかし、しばらくたってもいつもの快活なメディシーの声が聞こえてこない。

カールが不思議に思った時、メディシーは険しい表情で口を開いた。

 

「…………ない。制御がきかない。」

 

カールは驚いてメディシーのほうを向いた。

メディシーは確かに無茶なことをするが、こと魔法に関しては失敗したことがない。

いつもメディの暴走に手を焼き、毛嫌いしている厳格なバルバロッサ先生もメディシーが魔法の天才ということはしぶしぶ認めていた。

四元素魔法、特に風に至ってはマスタークラスに到達しているといわれるほどである。

 

メディシーは必死の形相で魔法を制御していた。

汗がメディシーのほほを伝う。

そのおかげか、二人は何とか空中に制止することが出来た。

しかし、少しずつ不安定さが増していた。

上、下、右、左、前、後ろ。

あちらこちらに揺れ始める。

 

「て、手を貸そうか!」

 

「黙ってて…。ごめん…。すこっ! …少し集中したいの。」

 

それは拮抗の結果というよりも圧倒的に優位な相手に弄ばれているようであった。

徐々に風の制御を奪っていく様はどこか陰湿な悪意を感じさせる。

相手側の風は冷たく、ボードウィングの冬に吹く無慈悲な北風を連想させた。

そして、何もできずはたから見ているだけのカールにでさえ、そろそろ限界が訪れようとしているのが感じられた。

まるで猫がネズミを少しずつ過度に追い詰めていくように。

メディシーはもうすでに涙目であった。

 

ひときわ強い突風が吹き、遂にその時が訪れた。

完全にメディシーのもとを離れた風は今にも二人を地面に叩きつけんとする。

カールは覚悟を決め、せめて最後にメディシーに何か一言告げようとメディシーのほうに手を伸ばした。

その瞬間。

 

カールは、メディシーの肩越しに何か陽炎のようなものが空中を駆け抜けていくのを見た気がした。

 

「か、風の制御が戻ったわ!」

 

喜びに満ち溢れたメディシーの声があたりに響いた。

気が付くと、あたりはさっきまでとは一変して、メディシーの乱暴だが温かみのある風で満ち溢れていた。

 

「やった! ありがとう、メディシー、命拾いしたよ!」

 

カールとメディシーは目を合わせて喜び合った。

 

それもつかの間。

メディシーは、どこか申し訳なさそうに、告げてきた。

 

「それでね、その、カール。問題がまだ一つ残ってて。

 

………………進路変更間に合わなさそう。」

 

カールは目をしばたかせた。

そしてゆっくりと下を見た。

 

「えっ、ここって大広間の天窓の上じゃ………………。」

 

もうすでに二人は落下運動を開始していた。

 

「怪我とかはしないはずよ。その、減速は間に合うし、幸運にも天窓は開いているから。」

 

「でも、バルバロッサ先生に絞られるのは確定じゃないかあぁぁあ!」

 

カールの叫びが尾を引くように空中にこだました。

 

 

 

ふわっと、赤いじゅうたんの上に二人が着地したのは。

集会の前口上を述べる白髪で黒縁眼鏡、厳格な雰囲気を漂わせた白いローブの老人、バルバロッサの前で。

 

バルバロッサの表情はすぐに鬼の形相に変わった。

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