あたりは、すっかり日の光が落ちて暗くなっていた。
古場は、ふと吹いた北風に身を震わせた。
どうもこの風は北の山脈から吹いてくるようであった。
のぞき窓の男が村のみんなと話をするといってから随分と経っていた。
古場は少しばかり苛立ちを覚え始めていた。
いったい、自分が何をしたのだというのだろう。
聖人君子だったとまではいかないにしても、お天道様に顔向けできないようなことはしてこなかったはずだ。
それが、よくわからない森にいきなり放り出され。
人里についたと思ったら邪険に扱われ。
挙句の果てにはふきっさらしの野外で凍えさせられる。
あんまりではないか。
そう古場が自分の運命を呪っていた時だった。
ギィッと音がして木戸が開いた。
ようやくかと古場が伸びをしたとき、中からにゅっと手が出てきて古場のマントを掴んだ。
あっという間に古場は村の中に引きずり込まれ、すぐさま大きな音を立てて木戸は閉じられた。
後には、日が暮れてすっかりと輝きを失ったライ麦の穂がだらりと一面垂れているだけであった。
古場は目をショボショボと瞬かせた。
今まで暗い月の青白い色しか見ていなかったからか、松明やランタンのオレンジの暖かな光に目が少しの間慣れなかったのだ。
目が慣れてくると古場は自分が取り囲まれていることに気が付いた。
あまり十分に食べれてはいなそうな体つきの男たちが、めいめいすきやくわを構えている。
その輪の外側に遠巻きに女や子供がこちらを見てはしきりと何かをこそこそ話している。
全員に共通していることは顔に不安や恐れの色を浮かべていることだった。
ふと、古場は自身の隣に大きな男が立っていることに気が付いた。
黒髪で大きな鷲鼻、そして顔に大きな傷跡があった。
どこか、ぶっきらぼうなのに優しさを感じる顔つきであった。
その男がそっと小さな声で話しかけてきた。
「すまないな、お前。俺としてはどうしてもお前が悪い奴には思えない。
だが、つい最近ここいらで野盗の襲撃で開拓村がひとつつぶされてしまったばっかりで、村のみんなも気が立ってる。
村のまとめ役として、不信を募らせるわけにはいかん。
お前が大丈夫だってわかったならすぐに俺の馬小屋の屋根ぐらいなら貸してやるからな、ここはひとつ堪忍してくれ。」
ぽんっと男の大きな手でたたかれ、古場は自分でも知らず知らずたまっていた緊張がようやくほぐれていくのを感じた。
「おい、もういいのか。」
と若いくすんだ赤毛の男が尋ねてきた。
赤毛の男の眼には不安の奥底に少しばかりの好奇心が光っていた。
「ああ!」
隣のまとめ役の男は大きな声で赤毛の男に答えてからこちらに向き直り、小さな声で言った。
「二、三個質問に答えるだけだからな。」
そう言ってまとめ役の男が離れていく。
その代わりに赤毛の男が前に出てきた。
「おい、そこの。まずは顔を見せてもらおうか。そう帽子を深くかぶってたんじゃよくわからねえや。」
赤毛の男が顔の近くにランタンを近づけた。
古場は少し躊躇したが、赤毛の男にせかされると勢いよく思い切って三角帽子を脱いだ。
次の瞬間、あたりが水を打ったかのように静まり返った。
古場は自分の顔に視線が集中するのをありありと感じた。
古場は不安に駆られた。自分は何かまずいことをしたのではないか。
自分はこの村、ひいてはこの付近の風習や社会通念など何も知らない。
この地元ではいたって普通の顔立ちがもしかすると、この村では何か特殊な意味合いを帯びるとしたなら………………。
あたりに喧騒が戻るまで、古場は何百年もたった気がした。
「こりゃ………………。」
赤毛の男がふと口から零れ落ちたかのように呟いた。
「おったまげた。確かに野党の連中の仲間じゃねえな………………。
ソッチの類の店にうっぱらったほうが一儲けできるぜ。」
そう言った途端、赤毛の男に女達の鋭い視線が突き刺さった。
赤毛の男はすごすごと何かごまかすかのように輪の中に戻っていった。
ソッチのお店? 古場にはいったい何のことかわからなかった。
その様子を見て取って、まとめ役の男はぼそっと呟いた。
「気にすんな。あいつは後で俺がシメとく。」
赤毛の男は途端に顔が青白くなった。
が、気を取り直したのか続けた。
「ま、まあ! 俺の言ったことはあながち間違ってやいないんだし、この人は野盗の仲間じゃねえってことでいいんじゃねえか!」
赤毛の男の言葉に、さっきまでとは何か違った形で古場に恐れを抱いているらしい村人たちは不安は残りつつも納得したようだった。
「そういうことだ!
明日は早朝から馬で切り株を引っこ抜く。忙しいんだから早く寝ろ!」
まとめ役の男がこの場を収めにかかり、村人たちはゆっくりとそれぞれの家に帰っていった。
あたりの家々にぽつぽつと明かりが灯り、日常の気配が戻っていく。
人数はどんどん小さくなり、最後に赤毛の男とまとめ役の男が残った。
赤毛の男が妙になれなれしく肩をたたいてきた。
「村のみんなを責めんといたっいてな。ああ見えても普段はいい奴らなんや。
………………なあ、ヘンリ。シメるとかいっとったのは噓やろ、な。」
ヘンリと呼ばれたまとめ役の男は落ち着き払ってこう返した。
「村の皆をまとめてくれたのは礼を言う。だがそれはそれ、これはこれだ。お前はもうそろそろ節度という言葉を覚えるべきだ。明日はこき使ってやるからな。」
「かぁ~~~! まじかあ………………。」
赤毛の男は肩を落とし、村の中心のほうへととぼとぼと歩いて行った。
ついに、その場はヘンリと古場だけとなった。
さっきまでの賑やかさが嘘かのようにあたりは静まり返り、家々からの暖かな明かりがどこか遠いものに感じられた。
「あいつのことは気にするな。ああいう浮いたやつなんだ。」
ふと、ヘンリがごちた。
「は、はい。」
慌てて古賀も返事を返す。
「俺の家はこっちだ。ついてこい。」
やがて二人の姿もまた家々の明かりの間の闇の中に消えていった。