魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第三話

古場とヘンリは細く入り組んだ村の中を進んでいた。

古場はランタンを手に持ったヘンリの後をついていく。

古場は自分に視線が刺さっているのをひしひしと感じていた。

通り過ぎた家々の窓から、村人達が顔を出して古場の様子をちらちらと伺うのだ。

好奇心と恐れが五分五分といったところであった。

 

気まずくなった古場はその視線から逃れるように、いつの間にか随分と先に進んでいたヘンリに追いつこうと駆け出した。

ヘンリと横に並んだ古場の間に沈黙が漂う。

耐えきれなくなった古場はヘンリに何か話しかけることにした。

 

「その、随分と細い道ですね。」

 

ヘンリはこちらを見ずにランタンで先の道を照らしながら答えた。

 

「この村は開墾村で、防備を固めるために石造りの壁を村の周りに張り巡らせなければならんからな。自然と村は狭くなってしまう。」

 

古場は随分物騒な話だと感じた。

 

「その、村を何から守るんですか。」

 

「いろいろ、だな。この辺りは野盗も多く出る。近くに開拓されていない深い森があるからな、隠れ潜むのが容易なんだ。ほかには、獣の類だな。オオカミに熊。」

 

ウオォォオン………………。

まるで時を見計らったかのように遠吠えがあたりに響き渡った。

古場は、森の中にあのまま留まらずにいてよかったと心の底からしみじみと感じた。

 

「ほら、ついたぞ。」

 

ふと、ヘンリは立ち止まり、ランタンでその先の家を照らした。

そこにはこじんまりとした、しかし、周りと比べると少しだけ大きな家があった。

慣れた様子で戸を開け、中に入るヘンリの後を古場はおっかなびっくりついていった。

 

中は思ったよりも広く、恐らくは食事をとるのであろう粗末だががっしりとしていそうな机と椅子が、火の入っていない暖炉のそばにあった。

 

「先に奥のほうに入っておいてくれ、戸締りをせねばならん。」

 

古場はヘンリに促されて奥のほうに足を踏み入れた。

後ろでガチャガチャとヘンリが金具をいじる音がする中、古場はあたりをそっと見渡した。

室内は暗かったが、だんだん目が慣れてきた。

藁のマットレスと枕、麻製のシーツ、そしてその上に一枚のごわごわとした上掛け布団だけのベット。

その脇には鍵が付いた箪笥が一つ鎮座している。

台所と思しき所には木製の食器や真鍮製のフライパン、五徳などがきちんとまとめておかれていた。

 

古場はだんだん自分の置かれた状況を把握し始めていた。

もはや、ここまで来たら疑いようもなかった。

ここは、今古場がいるここは、古場の住む世界とかけ離れたところだ。

それが時間的にであろうが、空間的にであろうが、だ。

古場は交番でちょっと道を聞いて、少し歩いて、心底心配しているであろう両親の待つ家に帰る………………そんな楽観的な考えを捨てなければならなかった。

そして、それは古場にとってかなり心に来ることだ。

誰だって、平凡な日常は失うまでそのありがたみに気が付かないものだ。

学校では、同級生とたわいもない話をして、先生の授業を半ば眠りながら受けて、部活に打ち込んでいたわけではないけれどまあまあ楽しんで時を過ごし、家に帰れば両親と暖かな食事が待っている。

その幸せは、もうすでにかけ離れたものになっている。

古場は自分の眼が少しうるんでいるのを感じた。

 

ヘンリに声を掛けられるまで、古場はその場に立ち尽くしていた。

 

「俺はこの村で村長をしてるヘンリだ。」

 

ヘンリは暖炉に薪をくべ、火を起こして室内を明るく灯した。

パチパチと炎のはぜる音が聞こえてくる。

 

「お前、フィルバーとかいったか、経緯を聞かせてもらいたいんだが………………。」

 

グゥゥゥウウウ。

古場の顔が真っ赤になった。

確かに、森で遭難してから何も食べていない。

 

「…………どうやらお前の腹は食事をご所望のようだな。」

 

ヘンリが少し意地悪な顔をしながら聞いてくる。

古場は真っ赤な顔をうつ向かせることしかできなかった。

 

 

 

 

ポン、と古場の座る机の前にパンが置かれる。

 

「………すみません。何から何にまで。家を間借りするだけじゃなくてご飯もたかるなんて。」

 

「気にするな。俺たち開拓村の村人たちも故郷でひもじい思いをしたからここまで来たんだ。腹が減るっていうことはよくわかる。」

 

「………………本当にありがとうございます。」

 

古場は目の前のパンを手でわしづかみにしてかじりついた。

普段食べるのとは違って固く、かみ切るのにもやっとだったが、空腹がスパイスとなって、今まで食べたパンの中で一番美味しいように感じられた。

少し塩辛く感じたことは古場の心の中に留めておくこととした。

 

ことこと、と台所の五徳の上の鍋から音が聞こえる。

そばでヘンリがパンを口にくわえながら様子をうかがっていた。

一方の古場は、危険を脱し、腹も満たしたせいか、眠気を感じていた。

頭が下がってうとうとしては、ハッと目を覚ます。それを何度も繰り返している。

 

「できたぞ、スープだ。」

 

ヘンリが木製の深皿にスープを盛って古場に渡してくれる。

古場は、やはり少し眠気と闘いながら、スープを受け取った。

ちょっとした野菜と肉の切れ端が入っただけの、実に簡素なものであった。

 

そして、古場が、深皿の中のスープを覗き込んだ時。

何かおかしいことに気が付いた。

おかしい。暖炉の光で明るいスープの表面には、自分の顔ではなく、誰か知らない女の人の顔が映っていた。

見間違いかと古場はスープをいったんテーブルの上に置き、目をこすってもう一度スープの表面に映り込む顔を眺めた。

 

それは、実に明るい、まるで春の日光をギュッッと詰め込んだかのような金髪であった。

ふっくらとして血色のいい唇。小さく形の整った耳。

そして、儚げな碧眼がこちらをじっと見つめ返していた。

 

知らず知らず、古場は自らの顔のほっぺたを引っ張った。

すると、深皿の中のどこか可憐な雰囲気の美しい女の人も同じように自分の顔のほっぺたを引っ張った。

しかめっ面をすると、深皿の中の女の人も可愛らしく怒った顔をする。

 

ガタンと古場は椅子から立ち上がり、後ろずさった。

 

「おい、どうした。」

 

ヘンリが古場のおかしい様子に気が付き、いぶかしげに声をかけた。

 

「ぼ、僕が………………女になってる。」

 

「はあ? なったも何も最初から女だったぞ。」

 

いつからだ、いつから女になった。古場はそう自問自答する。

_____そういえば、森でやけに目線が高くなかっただろうか。

_____そういえば、村に入れるようヘンリに懇願したとき、妙に声が高くなかっただろうか。

 

ああ、最初からそうだ、女になっていたんだ。

古場は衝撃に打たれた。

見知らぬ土地に迷い込んだと気が付いた時よりもはるかに大きな衝撃であった。

誰だって自分の体が全く知らない、赤の他人になっていると気がついて恐怖を抱かぬものなどいない。

 

………………赤の他人?

本当に自分はこの人を知らないのだろうか。

どこかで見覚えがあるような気がする。

古場は必死に記憶を手繰り寄せた。

そう、自分は確かにこの顔をどこかで見た。

………………画面越しに?

 

その次の瞬間、古場の頭に激痛が走った。

 

「~~~~~~~~~~~ッ!」

 

たまらずその場に崩れ落ちる。

脳に大量の何かが流れ込んでくる。

痛い、イタイイタイイタイイタイッ!

脳が、脳が焼き切れそうだ………………。

 

「おい! 大丈夫かお前!」

 

ヘンリが慌ててこちらに駆け寄ってくる。

それを最後に視界の端にとらえ。

体を冷たい地面に横たえた古場の意識は闇の中に落ちていった。

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