魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第五話 裏

「………………ねぇ、ねぇってば!」

 

カールはメディシーの声で意識が戻った。

 

(あ、あれ………………?)

 

カールは混乱していた。

自分の記憶が混濁している。

自分はいったい何を見て、聞いて、したのだろうか。

そんなカールの様子には気が付かず、メディシーは文句を続けた。

 

「困っちゃうわ、ガイウス先生のお披露目が終わったと同時にパタリと眠っちゃったんだから。それからは、呼びかけても全く目を覚まさないし………………。」

 

(そうだ。僕はガイウス先生のお披露目を見たんだ。)

 

そう、カールは非常に感銘を受けたという記憶が残っていた。

 

(確か、そう、でも、あれ? 

 

………………どんなのだっけ?)

 

カールは自らの記憶を手繰り寄せようとした。

しかし、その記憶はどんどん薄れていくばかりだ。

ゾッと、カールの背筋に冷たい悪寒が走った。

 

 

いったい、僕に、何が起きた?

 

 

カールは自らに何かおかしいことが起きているとはっきりと悟った。

魔法か、呪いか? かけられたとしたらいつだ?

そんなカールの足掻きを、カールの中にいる何かが、そっと手折っていく。

 

(あれ、

 

………………そもそも僕は何に悩んでいたんだっけ?)

 

 

もうすでにカールの頭の中から自らが抱いた違和感の中身すら失われようとしていた。

そして、カールが何か感じたということでさえ。

 

(あれ、

 

………………なんで僕は)

 

「ねぇ、カール! 聞いてるの!」

 

メディシーがもう辛抱たまらないといった風に叫んだ。

 

「わっ! ………………あれ、そういえばほかの皆は?」

 

カールは自分のあたりを見渡した。

周囲にいたはずの同級生たちの姿はとっくに消えていた。

 

「もう出ていったわよ。御師様達も、バルバロッサ先生も、ボッカチオも。残ってるのはおねむになっていたお馬鹿さんと、それに健気にも付き合ってあげたありがたい友人だけよ。」

 

「ごめん、それとありがとう。メディシー。」

 

カールはメディシーに対して申し訳なくなった。

こんなとりとめもない無駄な違和感?なんかのせいでメディシーを待たせてしまった。

 

(でも、それは本当に気のせいなのかなあ?)

 

カールはそれが何か大切なことのように思えた。

メディシーはカールが反省していると見て取り、満足気だった。

 

「わかったならよろしいのよ。さ、バルバロッサ先生の所に行きましょ、一応乱入したことは謝っとかないと。」

 

メディシーはさっさと大広間を出ていく。

カールはその後を慌ててついていった。

どうやら、カールはさっきまでの違和感のことをすっぽりと忘れてしまったようだった。

 

 

_________________二人が出ていった大広間。

 

そこに、風が吹いた。

邪な、気味の悪い、風だ。

 

 

 

カールとメディシーは大広間を出て、バルバロッサ先生の個室のほうへ向かっていた。

 

「ねぇ、ちょっと寄り道しない?」

 

メディシーがふと話しかけてきた。

 

「え、どこに?」

 

カールは意外に思った。

メディシーは一度こうと目標を決めたらそれに一直線なタイプなのだ。

 

「私の家の者がいるはずなの。」

 

「なんでカトリーヌ辺境伯家の人がここに来るの?」

 

メディシーはこちらをあきれた目で見た。

なんだかカールは既視感を覚えた。

 

「いい? 初代学院長を叙勲して、この学院に周りの所領を寄進したのはカトリーヌ家の13代前の当主よ。それが魔法都市ボードウィングの起源、始まり。今も名目上は学院長は私のお父さんの臣下ってことになるの。だから、折に触れてカトリーヌ家の者が式典に参加してきたわ。」

 

「………………その、どこかで言われたっけ?」

 

「去年、上の学年を見送るときにどうしてカトリーヌの家紋を付けた人が来賓にいるか聞いてきたの、あなたよ。」

 

カールは縮こまるしかなかった。

よりにもよって、自分から聞いておいて、忘れてしまうなんて!

穴があったら入りたい気持ちだった。

 

「いいわ、行くわよ。」

 

カールはずんずんと先を行くメディシーの後ろをすごすごとついていった。

 

 

 

 

 

「メディシー?」

 

二人がちょうど階段の下の廊下に差し掛かった時だった。

消え入りそうな声が上から降ってきた。

カールがすぐに上を見ると、メディシーにそっくりな燃えるような赤毛の少年が階段の踊り場から身を乗り出してこちらを見ていた。

カールはすぐにメディシーの親族だとわかった。

顔立ちが非常にメディシーと似ているのだ。

ただ、漂う雰囲気は大きく異なっていた。

活発なメディシーとは対照的にその少年は陰鬱で儚げな様子だった。

特に目に常に不安の色が浮かんでいて、引っ込み思案で控えめなカールは少しばかり親近感を覚えた。

もしかすると、カールとメディシーの馬が合うのは、メディシーがカールと似た性格のこの少年と親しかったからなのかもしれない。

カールはそうひそかに思った。

 

その少年はゆっくりと階段を下りてきて、二人の前に来た。

 

「ハインリヒ! どうして、あなたがここにいるの? 私てっきりお父さんが無理やり乗り込んでくるかと思ったのに!」

 

さもありなん、とカールは思った。

メディシーを通して、メディシーの父親のことはよく聞いていた。

どうやら、メディシーのことを目に入れても痛くないほど可愛がっているようなのだ。

 

「そ、その、お父さんは………………………………。」

 

ハインリヒというらしい少年は少し口ごもった。

 

「なに? どうしたの?」

 

メディシーが詰め寄る。

すると、ハインリヒの後ろから手が伸びてきて、ハインリヒの肩をポンと叩いた。

 

「君のお父上は少しばかり寝込んでおられるのじゃ。なんでも、腰をやってしまったとかのう。」

 

ハインリヒの後ろには茶目っ気のありそうな、一人の老人がたたずんでいた。

カールも、メディシーも気が付かなかったが、ずっと後ろにいたようだった。

 

「う、うん、そうなんだ!」

 

ハインリヒが肯定した。

 

「もう、父さんったら、自分の年を考えてほしいわね。どうせまた槍でも振り回したんでしょ?………………あっ、カール。ハインリヒは私の弟よ。ハインリヒ、この人はカールって言って私の一応の友人よ。」

 

カールは一応目礼をしておいた。

メディシーはその後にハインリヒの後ろを覗き込んだ。

どうやらメディシーの位置からはよく老人が見えないようだ。

 

「で、ハインリヒ。この人だれ…な………………。 ガイウス様!」

 

カールは驚いた。

カールは一応ガイウスの魔法のお披露目は見たはずだが、何故か覚えていない。なのでこれがガイウスをじかに見る初めての瞬間だった。

 

(こんな、そこら中にいそうな気のよさそうなお爺さんが………………!)

 

ガイウスはどう見てもただの好々爺だった。

カールが想像していた、身の丈がカールの三倍はある偉大な魔法使いガイウスとはかけ離れていた。

どこかカールは現実味がなかった。

 

しかし、メディシーは非常にかしこまっていた。

 

「さてと、先ほど大広間で紹介に与ったように、わしの名前はガイウスじゃ。ただのしがないおいぼれじゃよ。メディシー君、君のことはお父上からよく聞いておる。優秀なそうじゃな。なんでも、特に四元素魔法の風の操作に長けておるとか。」

 

「こ、光栄です。」

 

メディシーは感無量といった感じであった。

ガイウスは次にこちらに向き直った。

 

「そして、カール君かな? 初めましてじゃな。」

 

差し出された手とカールはおじおじと握手した。

その温かさがやけにカールの掌に感じられた。

 

「それで、メディシー君とカール君はどこに行くつもりだったのかな?」

 

「バ、バルバロッサ先生に用事があって………。」

 

カールは少しおかしくなった。

いつもは唯我独尊のメディシーがまるで借りてきた猫のようにおとなしいのだ。

 

「バルバロッサか、あ奴は少し体調を崩しての。風邪でも捕まえたかのう。じゃから、用事はほかの先生に頼むとよかろう。」

 

どうやら、バルバロッサ先生はあの大広間での集会の後、気分が悪くなったらしい。

最近、歳のせいか、そういうことがバルバロッサ先生には増えていた。

 

「では、先に失礼するかのう。ハインリヒ君ついてきてくれるかの。メディシー君とカール君もまたじゃな。」

 

ガイウスとハインリヒが廊下の先の角を曲がってその姿を消すまで、カールとメディシーはじっと二人を見つめていた。

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