魔女と弟子の世界周遊記   作:アンドララベリャ

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第六話 前半

古場は丘を駆け上がり、何やら作業をしているヘンリたちに向かって駆け寄った。

 

「ヘンリさん!」

 

ヘンリは滴る汗をぬぐいながらこちらに向き直った。

 

「ああ、フィルバーか。あの後体調は大丈夫だったか?」

 

「はい、お陰様で。」

 

ヘンリは安心したようにうんうんと頷いた。

 

「あの時は慌てたからな。何しろ急に倒れるものだから。

…………丁度いいか。お~い! お前たち、そろそろ昼飯にするぞ!」

 

ヘンリは未だ馬と共に切り株と格闘していた他の男たちに呼びかけた。

男たちは疲れ果てたかのようにめいめいどっと倒れこんだ。

そして、懐から固そうなパンと革袋に入った搾りかすのようなビールを取り出した。

 

「フィルバー、お前も食べるか?」

 

「いいえ、おいて頂いていたパンを食べたばかりなので。」

 

古場は手持ち無沙汰にヘンリがモソモソと固そうなパンを頬張るのを脇で眺めていた。

しばらくの間沈黙があたりを包んだ。

チャポンと音をさせながらビールを飲んだヘンリが口火を切った。

 

「それで、どうしてお前は森の中にいたんだ。」

 

古場は洗いざらい話すことにした。

もともとこことはかけ離れたところに住んでいたこと。

いつの間にか森の中にいたこと。

煙の後を辿って村にたどり着いたこと。

ただ、姿かたちが変わり、女になってしまったことや、魔法を使えることは黙っておいた。

この世界でそういった摩訶不思議なことがどう扱われているかわからなかったからだ。

異端審問にかけられて火あぶりにされるなど、古場は嫌だった。

 

 

「それで、どうすればいいのか今途方に暮れていまして………………。」

 

そうだ。古場はこれから何をどうしたらいいのかすら決めていなかった。

そんな古場の様子を見て、ヘンリはしばらくの間黙り込んだ。

そして、ぼそりと言った。

 

「そうか。………………よかったらしばらくこの村に留まるか? 勿論、ただ飯ぐらいを置いておく余裕なんぞないから、働いてもらうことになるが。」

 

古場は願ってもない申し出に申し訳なくなった。

 

「はい………………。よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、古場は毎日、ほかの村の女たちと一緒に家事や内職をして過ごした。

古場は何も知らなかったので、ここ数日は学ぶことばかりであった。

毛織物の折り方。

洗濯物の川洗いの仕方。

忙しく、せわしない日々を古場は送っていた。

上等な旅装束はとっておき、ソフィから服を借りた古場は、どこからどう見ても立派な村の田舎娘だった。

 

 

洗濯物を川で洗っている最中のことだった。

古場はふと自分の手を眺めた。

 

(うわぁ~~~…………。完全にこれ、肌荒れしてるな…………。)

 

むろん、魔法で治すことはできるのかもしれない。

しかし、そんな怪しまれるようなことをするわけにはいかないし、また肌が辛い労働に慣れるまで痛い思いをするのは嫌だったので試すのはやめにした。

 

「どうしたの、フィルバーさん?」

 

脇から、ソフィがにゅっと顔を出してきた。

古場がこの村で暮らし始めてからここ最近は、年齢が近いからか、ソフィと一緒に過ごすことが多くなった。

 

「いや何でもないですよ、ソフィさん。」

 

ソフィがニュ~ッと顔を近づけてきた。

古場はたまらず顔をそらした。

 

「あっ! 顔背けた! やっぱり、何か考えてたんでしょ~!」

 

ソフィがむくれながら言った。

古場としては、まだ女の子の顔が近くにあるのに慣れていなかっただけだったのだが。

 

「なにかな、何かなぁ~~? ………………あっ! ヘンリのことが気になってしょうがないとか~~?」

 

ソフィが大好物の色恋沙汰の匂いを嗅ぎつけたのか、目をキラキラさせ始めた。

古場は苦笑した。

ソフィのこういった元気さは古場にとっても心地よいものだった。

が、こうやって変な誤解をし始めるのは少し困ったことだった。

 

「ま、そりゃそうだね~!

森で一人途方に暮れていたところ、ようやくたどり着いた村で一晩泊めてくれるばかりか、当面の生活の面倒見てくれるなんてね。

それに、身長も高くて、顔も悪くなく、領主様から任じられた村長ときたら、フィルバーさんほどの美人さんでもコロッといっちゃったか~~。」

 

一人盛り上がるソフィの誤解をそろそろ解いたほうがいいのかもしれない。

古場はそっと静かに訂正することにした。

 

「違いますよ、ソフィさん。」

 

ソフィは不満そうに頬を膨らませた。

 

「え~~~っ。いい線行ったと思ったのに~~。………………もしかして兄貴とか?」

 

ソフィはうげぇ、といった顔をした。

 

「あいつだけはダメよ。誰よりも近くで見てきたからわかるの。

あいつ、外面はいいけど、家の中ではほんとにだらしないのよ。

………………フィルバーさん、どこか気が小さいところあるから、なんだか無理やり押し切られそうで怖いのよ。」

 

相変わらず、ラルフは散々な言い草だった。

 

「あっ!」

 

古場はふと思い立ったことがあった。

 

「どうしたの、フィルバーさん。」

 

「ソフィさん。今思い出したんだけど、ヘンリさん今日昼御飯持っていくの忘れてる。

もう洗濯も終わったし、先に村に戻って取ってくるよ。」

 

古場は籠にぎゅっと絞った洗濯物を詰め込んで、立ち上がった。

 

「はいはい~。私は洗濯物色々まだまだ残ってるし、ついていけないね。気をつけてね~~。」

 

古場は、村の女達がせっせと洗濯しているのを横目に川を離れた。

そして、手を振るソフィに答えながら、古場は村への道をとてとてと走っていった。

 

 

村の門を潜り抜け、ヘンリの家に向かう古場。

勢いよく扉を開けると、奥の戸棚からパンを取り出し、布で包んだ。

 

 

村の周りの畑では、男たち総出でライ麦の収穫に励んでいた。

ヘンリもその中に混ざってあくせくと働いている。

 

「ヘンリさん! 忘れ物ですよ。」

 

古場はヘンリに声をかけた。

布を少しはだけて中に包まれたパンが見えるようにしてみる。

ヘンリは古場の呼び声に顔をあげた。

 

「ああ、すまない。ちょうどついさっき気づいたところだ。」

 

ヘンリは古場が何を指しているかすぐわかったようだった。

 

「おっ! フィルバーちゃんじゃん。」

 

その時、隣りで同じく農作業に励んでいた青年も顔を上げた。

ラルフだった。

古場は自分の顔が引きつるのをこらえられなかった。

 

あの夜、古場が村にやってきてからというもの、古場はラルフにつきまとわれていた。

どこに行くにもラルフがいきなり現れるのだ。

 

最初のほうは古場もうれしかった。

何しろ古場はこの村の生活の仕方を何も知らなかったからだ。

ヘンリは村長として収穫の繁忙期の村を指揮しなければいけず、手を煩わせるのはためらわれた。

そういう時、隣りにいつでも質問できる相手がいるのはいいことだった。

 

しかし、古場がもう大体のことは理解したとき。

古場がラルフに遠回しにもう案内はいらないと伝えてからも、ラルフは常に古場の視界に入り込んできた。

そして、古場は悟った。

ラルフの行動の動機は親切心もあったかもしれないが、ほとんどは下心だったのだ、と。

 

さりとて、ラルフが古場に色々と尽くしてくれたことは変わらず。

居候の身で文句を言うのはどうかとも思い。

古場は現状を打破できていなかった。

 

今回だって、古場が何らかの理由でヘンリのもとを訪れるのを待ってあえてヘンリの近くで農作業をしていたに違いない。

 

「なぁ、ヘンリ。先に昼休憩に入っとくぜ。それと、フィルバーちゃん借りていくわ。」

 

そうラルフはヘンリに告げると、返事も待たず古場の手を引っ張って畑を離れていった。

どうやら、ラルフは少し離れたところにあるリンゴの木の木陰を目指しているようだった。

 

リンゴの木の下にたどり着くと、ラルフはどかっと木の根元に腰を下ろし、無言でその脇をたたいた。

どうやら、古場にそこに座るよう促しているようだった。

古場はおずおずと腰を下ろした。

それを見てラルフは満足そうに頷き、懐から例の固そうな黒パンを取り出すと、半分に渡して片方をこちらによこしてきた。

 

「食べな、フィルバーちゃん。お腹すいてるでしょ。」

 

古場がラルフの顔を見ると、どこか得意げであった。

 

(多分、ラルフさんはかっこつけてるつもりなんだろうな………………。)

 

内心、古場はそう思った。

実際のところ、ラルフのそのきざったらしい態度はどこか滑稽なものであった。

かといって古場は受け取らないわけにもいかない。

古場は、パンを受け取った。

 

「いつもいつも、ありがとうございます。」

 

それから、ラルフはこちらをいつものように質問攻めにしてきた。

どんな食べ物が好きなのか。

ヘンリのことをどう思っているのか。

村の生活は楽しいか。

いつかは村の誰かと結婚するつもりなのか。

いつも、ラルフとの会話を古場はまるで面接を受けているかのように感じていた。

そして、だんだん質問が際どいところに向かうのもいつものことだった。

 

話が好きな男性のタイプといったところに至ると、もう古場は曖昧に答えるのが限界になっていた。

素早く残りのパンを口の中に押し込むと、古場は立ち上がって強引に会話を打ち切った。

 

「すいません、ラルフさん。まだまだいろいろとしなければいけないことが残っていまして………………。」

 

そう告げると、古場は足早にその場を立ち去った。

後ろでラルフが少し傷ついたようにしているのを見て、古場は罪悪感と後悔の念を抱いた。

しかし、心が男であり恋愛対象も異性であった古場にとって、男性との恋愛は、自分がするとなると話は別だった。

 

(次からはもう少し上手に話を打ち切らないと………………。)

 

古場は畑にめぐらされた水路の土手に腰を落ち着かせて、頭を冷やした。

 

(もう少しで、ミランダさんとソフィさんたちが川から洗濯を終えて戻ってくるはず…。

それについていって村まで戻ろう………………。)

 

古場は少しばかり一人になって気持ちを整理することが必要だった。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、古場が水面に映る憂鬱そうな自分の顔をぼんやりと眺めていた時だった。

 

「~~~~~ッ! ~~~~~~~~~~~~!」

 

古場は男たちがいたほうの畑が何か騒がしいことに気が付いた。

どうやら何か大事が起きたらしかった。

古場は少しばかり様子が気になって見てくることにした。

 

古場が畑に向かって歩いていると、少し離れたところを誰かが全力で走って行っているのが見えた。

 

(誰だろう? あんなに慌てて………………。)

 

古場は目を凝らしてそれが誰か知ろうとした。

 

(ラルフさん? いったいどうしたんだろう、なんだか普段と様子が違うような………………。)

 

いつも飄々としているラルフには似つかわしくなく、必死の様子だった。

 

 

疑問に思いながらも古場はようやく見えてきたヘンリたちのもとへ歩いた。

近づくにつれて、古場は何か男たちが殺気立っていることに気が付いた。

そればかりか、あたりには川で洗濯していたはずの村の女達が、崩れた服装で泣き崩れたりしているようだった。

古場は胸騒ぎがした。

 

すると、少し離れたところにミランダが茫然自失として座り込んでいるのが見えた。

古場は恐る恐るこの状況を尋ねてみることにした。

 

「その、ミランダさん………。いったい何が…?」

 

ミランダは話しかけてきた古場のほうへ顔を向けた。

その次の瞬間、古場は息を呑んだ。

ミランダの眼にはいつもの活発さがなく、正気というものがまるで失われていた。

ミランダは力のない様子である方向を指さした。

 

(いったい何が………………。)

 

ミランダの指の先を視線でなぞった先を見た古場は。

視界が真っ赤になった。

 

 

それは、地獄絵図だった。

生きたままの村の女達が巨大な狼たちに咥えられ引きずられて森に運ばれているのだ。

あたりには凄惨に血が飛び散り、人のうめき声が共鳴していた。

 

「えっ………………。」

 

古場は状況が掴めなかった。

 

ミランダがうつろな声で告げた。

 

「狼たちが来て…………。あたしらはなすすべもなかった…………。てんでバラバラに逃げて…………。」

 

「な、なんで狼なんかが…………。」

 

そこでミランダの声に嗚咽が混じり始めた。

 

「あいつらは…………。人の肉を食うのさ! こっちが何もできないのをいいことに、森の自分の住処までもって帰って、ゆっくりと!」

 

ミランダは遂に決壊したかのように泣き始め、最早意味を成す単語が口から出てくることはなかった。

 

 

 

「ああぁぁぁぁぁぁっぁぁああ!」

 

怒りと恐怖で引き攣れたような声が響き渡った。

 

古場がそちらを見ると、ラルフがちょうど鍬を持って一匹のひときわ大きな狼になぐりかかっているところだった。

その狼は面倒くさそうにかぶりを振った。

 

その次の瞬間、ラルフは何かで殴り飛ばされたかのように吹き飛ばされた。

ラルフはその場にうずくまった。

 

それを見て狼は詰まらなそうに踵を森に向けて返した。

 

「返せや、おい………………。チキショウッ………………。」

 

ラルフはうわ言のように呟いた。

古場がその狼の咥える人を見ると………………。

 

 

 

 

     ソフィだった。

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、古場はたまらず狼に向けて駆け出した。

 

「おいっ! 死にに行く気かッ!」

 

が、ヘンリに腕を掴まれて止められた。

 

「自殺するような真似だッ! やめろ!」

 

(そんなこと聞けるはずがないッ! 目の前で、目の前で! ソフィがッ………………。)

 

ふと、古場は自分の手が何かでぬれていることに気が付いた。

ヘンリに掴まれた手を見ると………。

 

それはヘンリの血だった。

恐らくは手を固く握りしめすぎたのだろう、古場を掴む手のひらから血が滴っていた。

 

それを見て、古場は落ち着きを取り戻した。

 

「あきらめろ、もうあいつらは助からん。」

 

深い、悲しみの声だった。

 

(そうだ、もう遅いんだ………………。)

 

「ラルフに加え、お前まで死なすわけにはいかん。」

 

(そうだ、僕まで死んだら元も子もない………………。)

 

「いいか、お前にも、俺にも、あいつらを助ける力はない。」

 

(そうだ、僕に何ができる? 単なる小娘に過ぎない僕に………………。)

 

本当にそうなのか。何もできないのか。僕はここで指をくわえてただ見ているだけなのか。

 

………………その次の瞬間、古場に電撃が走った。

 

「ヘンリさん。僕は一つあなたに伝え忘れていたことがありました。」

 

「何?」

 

 

 

 

 

「僕、少しばかり不思議なことが出来るんです。」

 

古場はヘンリの手を振り払い、地獄の渦中に駆け出した。

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