これもひとえに皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
『スタートしました。横一線、揃ったスタートになりました』
『皆集中していましたね。好レースが期待できそうです』
『まずは先行争い。1番バイトアルヒクマ、12番アテーメが前へ出ました。8番アクアオーシャン、10番スピーチレスハック追走。ここまでが先頭集団。その後ろ凡そ1バ身離れて9番ジュエルアズライト、内に4番デュオタリカー。さらに1バ身離れて6番インサイトキャッチ、その外並んで7番キュラキュラ、5番メジロドーベルと続きます。そこから1バ身後ろ11番ダイアンサスブトン、3番フライフィールド、2番デュークダムポピーは最後方からのレースとなりました』
出だしは上々、前回のような出遅れはなし。そのままゆっくりとペースを落として、中団後方へと位置取る。
『先頭は12番アテーメに変わります。2番手に8番アクアオーシャン。1番バイトアルヒクマ、10番スピーチレスハックも眈々と前を狙っています。4番デュオタリカーがジリジリと距離を詰める。その後ろに9番ジュエルアズライトが続きます』
今回出走しているのは12人。その内逃げウマ娘が4人と人数が多く、400mを過ぎてもポジション争いが続いているのか、序盤からハイペースなレースになっている。
『中団内から6番インサイトキャッチ、外7番キュラキュラが並んできます。少し離れて5番メジロドーベル。すぐ後ろに最後方から上がってきました2番のデュークダムポピー。11番ダイアンサスブトンと3番フライフィールドという展開です』
正直なところ、完全に普段のトレーニング通りの走りが出来ている訳ではない。人前は、やっぱり嫌いだ。視線だって、別に克服できてはいない。それでも、今までと比べれば十分に走れている。今は、それだけで良い。
『先頭は変わらず12番アテーメのまま、第3コーナーへと差し掛かります』
『後続の娘たちも、そろそろ動き始める頃合いですね』
先頭までは5、6バ身程だろうか。そろそろ距離を詰めておかないと、追いつけなくなるかもしれない。外側へとコースを取りつつ、スピードを上げる。そして、そう思ったのはアタシだけではなかったようだ。
『5番メジロドーベルが動きました。それに合わせるように後方のウマ娘達が一斉に位置取りを上げていきます。第3コーナー中間、各ウマ娘達の動きが激しくなってまいりました』
前に居た2人が競り合って速度を上げ、その結果少し外へと膨らんでくる。既に外へとコースを取っていたアタシは、前を塞がれ、仕方なくさらに大きく外へとコースを変更する。
その間に後ろにいた3人が、空いた内側へと飛び込んでくる。先頭集団後方にいた先行策の娘がそれに気づき、それとなく位置を変えて牽制する。
先頭の4人は序盤のハイペースと、長く続いたポジション争いが祟ったのか、既にペースが落ちてきている。おそらく最終直線までは持たないだろう。しかし後ろもかなりごちゃついていて、簡単には抜け出せそうにない。
第4コーナー中間で、とうとう逃げの4人が捕まった。内に入った追い込み勢は、垂れてきた4人に引っかかって速度を落とした。少し早いが、ここからスパートをかけて一気に距離を詰めてしまおうと、脚に力を込める。
『さあ、第4コーナーを抜けて最初に立ち上がったのは9番ジュエルアズライト。そのすぐ後から4番デュオタリカー。6番インサイトキャッチ、7番キュラキュラも続いている。外から上がって来るのは5番メジロドーベル』
先頭が最終コーナーから直線へと差し掛かる。その瞬間に、歓声が一際大きくなる。そうすると、嫌でも観客の存在を意識させられる。大勢の視線が向けられている事実を、思い出さされる。
———弱いクセに。
そんな、聞こえるはずのない言葉が聞こえて来る。
誰かの発した言葉ではない。アタシの中から出てきた、ただの思い込みだ。それをわかっているのに、アタシはどうしようもなく動揺した。
(———しまっ……!)
『あっと、5番メジロドーベル、体勢を崩しました。これは厳しいか』
その所為か、コーナーで勢いを殺しきれずに体勢を崩してしまう。なんとか踏み留まって、体勢を立て直す。しかし、今の一瞬で先頭からは離されてしまった。
普段のトレーニングでの走りならば、まだ充分に追いつける筈の距離。しかし、万全でない今の走りでは余りに遠い。負けたくない、なのに……。
そんな時だった。
「ドーベル!」
声が聞こえる。ここ最近ですっかり馴染み深くなった、アタシをいつも励まし、支えてくれた。そんな声が、アタシを呼んでいる。
「しっかりしろ、メジロドーベル! 君は、強いウマ娘だろ!」
思わず声の方へと視線を向ける。柵に両手をついて、身を乗り出して必死な顔をして声を張り上げるサブトレーナーの姿が見える。その隣で腕を組んで、険しい表情でこちらを見つめるエアグルーヴ先輩。ライアンも、ブライトも心配そうに見ている。
そして、その隣。胸の前で祈るように手を組んで、不安そうな顔でアタシを見ている。
極限まで引き伸ばされた感覚の中、確かにその人と目があった。口元が動いて、一つの言葉を紡ぎ出す。
———ベルちゃん、と。
その瞬間、アタシの中で何かが弾けた。
「ぁぁあああっ!」
吠える。挫けそうになっていた心に喝を入れ、地面を強く蹴る。アタシの正面、進行方向には誰もいない。まだレースは終わっていない。こんな所で諦めていられない。
『残り400を切りまして、先頭は依然9番ジュエルアズライト。4番デュオタリカー懸命に追い縋る。おぉっと! 大外から先程体勢を崩しました5番メジロドーベルがすごい脚で上がっていきます! 一気に前方2人を追い越して3番手につけました!』
いつだってそうだった。視線が、声が、気配が——全部が弱いアタシを笑っているようにしか思えなくて、勝てなくて、その度に悔しい思いをしてきた。いっそのこと、諦めてしまった方が楽だっただろう。それでも、ここまで諦めずにやってきたのだ。今更諦めてなんかやるものか。
『残り200でメジロドーベルが2番手に浮上! 先頭との差は凡そ1馬身! 最早2人の一騎討ち! メジロドーベルこのまま差しきれるか! ジュエルアズライトが逃げ切るか!』
それに、確かに居るのだ。こんなアタシの事を強いと、勝てると言ってくれた人が、信じてくれた人が居るのだ。それに応えるのだ、今度こそ。
「アタシは、強い……。アタシは強い。……アタシはっ!」
『並んだ! 並びました! そのまま前に出ましたメジロドーベル! コレは決まったか!』
「強い、ウマ娘なんだぁぁああああっ!」
『メジロドーベル先頭で今ゴールイン! 勝ったのは5番メジロドーベル! 後方からの直線一気! 見事に差し切りました!』
◆
「久下トレーナー! ドーベルが!」
ドーベルが一着でゴール板を駆け抜けた瞬間、俺はスタートの直前に合流した久下トレーナーの肩を掴んで、ドーベルの方を指差しながら興奮気味に叫ぶ。ライアンとブライトは抱き合って喜び、エアグルーヴも安心したように息を吐いている。久下トレーナーも目に涙を浮かべながら、コース上のドーベルを見つめている。
「一着……! ベルちゃん……素晴らしい走りだったわ……! よかった。コレでもう、貴女は……」
「久下トレーナー、ドーベルを迎えに行きましょう。アイツも、きっと待ってます」
久下トレーナーの手を取ると、そのままコースへと引いて行く。ライアン達もその後に続いてくる。ドーベルはコースの隅でトレーナー達に囲まれて、身動きが取れなくなっていた。
それを見た俺は咄嗟に久下トレーナーの手を離すと、トレーナーの波をかき分けてドーベルの前に立ち、背中に庇う。
「なんだね、君は」
ドーベルの正面に立って勧誘していた男性トレーナーが、訝しげな視線を向けてくる。その視線を正面から受け止めて、その場にいるトレーナー全員へ聞こえるように声を張り上げる。
「私はチーム"アルナイル"でサブトレーナーをしている関原といいます。彼女はまだ当チームに所属しております。過度な勧誘はご遠慮願います」
そしてライアン達と一緒にやって来た久下トレーナーへとドーベルを引き渡し、そのまま退散させる。それでも尚も引き下がろうとするトレーナーの前に立ち塞がり、睨みつける。
「これからミーティングがありますので、失礼します。彼女にとって、久下トレーナーとの最後のミーティングになります。どうかご理解頂けますよう、お願い申し上げます」
そのまま踵を返し、エアグルーヴが開いてくれた退路を通って人混みを抜け、その場を離れる。背中に突き刺さる視線が痛いが、知った事ではない。
「すまん、助かる」
「構わん」
とりあえず、あの場を離れる手助けをしてくれたエアグルーヴに礼を言う。エアグルーヴはこちらを振り返る事なく、一言だけ返してくる。俺が隣に並んだ所で、小さく呟くようにエアグルーヴが言う。
「……ドーベルの事、よろしく頼む」
「言われなくても」
そうして久下トレーナー達と合流し、エアグルーヴ達3人とはトレーナー棟の前で別れる。別れ際、エアグルーヴと目が合ったので、小さく頷いておく。エアグルーヴも微かに笑みを浮かべて、頷きを返してくれた。
それを見届けてから、2人に続いてトレーナールームへと向かう。二週間ぶりのトレーナールームを、久下トレーナーは懐かしそうに、そしてどこか名残惜しそうに見回していた。
「トレーナー。今日は……本当に、来てくれてありがとうございました」
ドーベルが改めて久下トレーナーに一礼する。久下トレーナーはにこりと微笑むと、ドーベルを一度軽く抱擁し、体を離すと、両肩に手を置いて視線を合わせた。
「お礼を言うのはこっちよ。貴女の勝つ所が見られて、嬉しかったわ。おかげでもうなーんにも、心残りはありません」
それを聞いたドーベルの表情が、一瞬曇る。これで最後だという事を、改めて意識させられたからだろう。そんなドーベルの表情を見た久下トレーナーは、少し慌てたように両手を顔の横でぱたぱたと振って付け足す。
「あぁ、ウソウソ、一つだけ。ベルちゃん、貴女これからどうするのかしら?」
久下トレーナーのその一言で、俺は重大な事を思い出していた。ある意味では、久下トレーナーのその言葉は死刑宣告にも等しい物だったのかもしれない。
(ドーベルに謝るの忘れてた……!)
そうなのだ。ドーベルは今、俺に対して距離を取っているのだ。恐らくは、俺の馴れ馴れしさに嫌気が差したのだろう。それに対する謝罪をする暇もないまま、ここまで来てしまったのだ。久下トレーナーだけでなく、エアグルーヴにまで見栄を切ってしまったというのに、コレはマズイ。このままでは、久下トレーナーの目の前でチーム解散の瞬間を迎えてしまう。それだけはなんとしても避けたい。
「アタシは、———」
俺がどうしようかと必死に考えていると、ドーベルがチラリとこちらを見た。その瞳はどこまでも澄んでいて、ただ真っ直ぐに俺を見ていた。
(———っ)
その瞳に、思わず見惚れていた。その瞬間、俺は確かに、久下トレーナーの存在も、自身の置かれている状況も、何もかもを忘れてその瞳に魅せられていた。時間にしてみれば、ほんの一瞬。しかし俺には、もっとずっと永く感じられた。
そんな中、ドーベルが視線を俺から久下トレーナーへと戻して、口を開く。
「この人と一緒に、やっていきます」
そして再度俺へと向き直ると、頬を軽く朱に染めながら、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
「……今更『イヤ』だなんて、言わないでよね? ……"トレーナー"」
腕を組んで、横目でこちらを見やりながら、どこか素っ気ない口調でドーベルが言う。しかしその口元には、僅かながら笑みが浮かんでいた。
その言葉の意味を数瞬遅れて理解した時、俺は思わずドーベルの両手を取って、固く握りしめていた。
「ちょ、ちょっと! 何、急に?」
「ああ、すまん。つい……」
突然の事にドーベルが驚いて声を上げたのを聞いて、俺は慌てて手を離す。いきなりこういう事をするから嫌われるというのに、まるで反省の色が見えない。今回に関しては、どうやら許して貰えたらしいから良かったものの、この調子ではその内愛想を尽かされるかもしれない。気を付けなければ。
そんな俺達の様子を見て、久下トレーナーは楽しそうに笑っている。なんだか気恥ずかしくなった俺は、誤魔化すように担当契約の書類を取り出すと、ドーベルへと手渡す。受け取ったドーベルはサラリと書類にサインをして、俺へと返してくる。返されたそれに判を押せば、それで書類は完成だ。後はこれを駿川さんに提出すれば、晴れて担当契約の成立である。
俺はもう一度ドーベルへと向き直ると、右手を差し出す。ドーベルも今度は戸惑う事なく、その手を握り返す。
「改めて、これからよろしく。ドーベル」
「うん、よろしくね。トレーナー」
こうして西陽の射し込むトレーナールームの中、久下トレーナーに見守られながら、俺とドーベルは担当契約を交わしたのだった。
これでアプリのキャラストーリー4話までは終了しました。今後はアプリの育成ストーリーをなぞりつつ、史実でのレース結果をなぞったり、なぞらなかったりします。