嗚呼、ハルウララが行く・・・・・・ 作:エナジーマックス
その者の名前は
そして、その死した筈の男は今…何故か学校の正門を見上げていた。
「―――ここがトレセン学園…か。よし、いくぞ…」
そう口にした森羅は、学園の中へと足を踏み入れていく。覚悟の表情に、僅かな戸惑いを浮かべながら…。
ウマ娘。人間と同じ姿形をしていながら、人の耳の代わりに馬の耳が頭から生えており、更に腰の付け根辺りからは馬の尻尾、そして身体能力も人間などとは比べ物にならない存在。ここ、トレセン学園はそんなウマ娘の養成所兼学園なのだ。
初めてこの存在を見たときは森羅は我が目を疑った。勿論馬はしっているし実際に見た事もあるが、本当にその馬の耳が頭から、そして腰のあたりから馬の尻尾が生えているのだ。
そして、情報通りの身体能力の高さ。特に走りに関しては本物の馬にも一切引けを取らない速さと迫力だ。こんな生物がこの世に存在するのかと森羅は驚愕したものだ。
しかし、何より森羅の意識を惹いたのは、彼女たちのレースをしている時のその目だ。この世界では、ウマ娘達によるレースが一大興行のように扱われているのだが、絶対に勝って見せる!! …という強い意志を宿したその目は、森羅を惹きつけるのには十分だったのだ。
かくして、なぜ自分は生きているのか? 果たしてここは何処なのか? そんな諸々の疑問を全て投げ出し、ウマ娘という存在を直に確かめるために、一番ウマ娘に近づける存在であるらしいトレーナーというものになるための勉強を積み、今この場に至る…という訳だ。
そうして新人トレーナーとして学園の中に入ったものの、なかなか担当のウマ娘が決まらない。それもそのはずで、ウマ娘にとってトレーナーとは自分の将来を左右する程の重要な存在らしいのだ。そんなものを新人に託そうと思う酔狂なウマ娘はまずいない。
一応、何人かには声を掛けてみたのだが、どれもあまり芳しい反応はない。ただ、トレーナーの道としてはこれが普通の様で、まずは数年先輩トレーナーの下で勉強し、改めてウマ娘の担当となるのが普通なのだそうだ。
郷に入っては郷に従え…という事で、ここは大人しく身を引こうとした森羅。…だったのだが、そんな森羅の瞳に一人のウマ娘の姿が映った。
ピンク色の髪に赤い鉢巻を巻き、懸命に走る少女。どうやら模擬レースをしている様だが、しかし順位は芳しくなく、残念ながら最下位で終わってしまった。
ウマ娘が経験のあるトレーナーの方がいいと思うように、トレーナーとしてもある程度の実力があるウマ娘の方が指導しやすいのは当然の事だ。必然、この実力不足を晒してしまったピンクの髪のウマ娘から他のトレーナーは離れていく。
しかし、このピンクの髪のウマ娘は諦めるつもりはない様だ。再び近くで別の模擬レースが始まるや否や、即座に参戦して周囲に自分をアピールしようとする。
その泥だらけの汚れた体を見るに、恐らくはもう何回も模擬レースに出場して担当してもらえるようにアピールをしていたのだろう。
その様子を見ていた森羅だったが、気づけば
「なあ、あんた…」
と、やはり最下位になっていたピンクの髪のウマ娘に声を掛けていた。
「え…? あ、もしかしてトレーナー!? ウララの担当をしてくれるの!?」
一瞬の硬直の後、一気にまくし立ててくるピンクの髪のウマ娘。気になって声を掛けたものの、流石にそこまでは考えていなかったので、
「あ、いや、そうじゃないんだが…」
と否定の言葉を口にしてしまう森羅。
「………違うの?」
しかし、途端に悲しげに見上げてくるピンクの髪のウマ娘を前に、ウッと言葉を詰まらせる。悲哀と期待の混じったその純粋な瞳の前にして、暫く逡巡してしまう森羅。ここまで懇願されてしまっては担当を受けたい気持ちも出てくるのだが、あれだけの必死さを見せていた以上、この子にもなにか事情がある可能性が高い。そんな子の担当を、自分の様な新人が受け持っても良いのだろうか?
とはいえ、このままではこの子にトレーナーが付く可能性は限りなく低いだろう。なにより、やる前から諦めるなど森羅の信念が許しはしないのだ。
「―――分かった。あんたの担当を受け持とう」
「ホントッ!!? やったーーーーっ!!!」
森羅が首を縦に振った瞬間、先ほどまでの悲しげな顔から一転、喜色満面で跳び上がるピンクの髪のウマ娘。尻尾も嬉しそうにブンブンと振り回されていた。
そうして諸々の手続きを終えた後、手配されたトレーナー室へと足を運ぶ森羅とピンクの髪のウマ娘。
「よし、じゃあまずは改めて自己紹介といこう。俺の名前は森羅だ」
「あ、えーっとね、私はハルウララだよ! これから宜しくね!!」
部屋の中にあった二つの椅子にそれぞれ座り、自己紹介を交わす森羅とピンクの髪のウマ娘…ハルウララ。だが、この直後に何故かハルウララは少し申し訳なさそうに俯いてしまった。
「………どうした?」
「…その、どうしてトレーナーは私の担当をしてくれたの? 私より凄いウマ娘の子たちはいっぱいいたのに…」
その態度に気になって聞いてみる森羅だったが、返ってきたのは少し意気消沈している様子に戸惑いの混じった言葉。
どうやら自分の実力が周りに比べて劣っている事、そして基本的にトレーナーに担当してもらえるのは実力のあるウマ娘である事も理解はしている様だ。
故に、今の様に冷静になってしまうとこういう疑問が浮かんでしまったのだろう。逆に言うと、初対面時はこんな疑問も思い浮かばない程必死だったという証左でもある。
そして、何故と問われれば答えは一つしかない。
「―――あんたの諦めない姿が昔の俺とかぶった。それだけだ」
「…昔のトレーナーと…?」
ボソッと…視線を外しながら独り言のように呟いた森羅に、ハルウララは首を傾げる。が、一瞬の間を置いてから森羅はハルウララに再び向き直った。
「我、生きずして死すこと無し。理想の器、満つらざるとも屈せず。これ、後悔とともに死すこと無し…」
「…………?」
「昔の俺が心に刻み込んでいた言葉だ。ハルウララも覚えていてくれると嬉しい」
「………うん! なんか良く分かんないけど分かった! えーと、わ、われ…い、いきずして……??」
唐突に放たれた森羅の言葉に眉を顰めるハルウララだったが、続く森羅のお願いにハルウララは一瞬の間を置いてから元気よく頷き、そしてその言葉を復唱………できなかった。