Fate/Zero IF -もしもカミュ・ペリゴールがウェイバーを追って第四次聖杯戦争に参加したら-   作:己道丸

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Fate/Zero IF -もしもカミュ・ペリゴールがウェイバーを追って第四次聖杯戦争に参加したら- 前編

 そういう存在なのだ。カミュ・ペリゴールにとってウェイバー・ベルベットとは。

 ささやかであって、しかしまばゆいもの。

 伸ばした手を掴みかえしてほしいなにか(・・・)

 父が遺したフィルムカメラと使い古しの魔術書しか触れたことのない手で、それでも触れてしまいたいと思う尊いひと。

 けれど、彼と通じ合えたことはなかった。

 

(君はいつも前を見ていて、僕はいつも周りに怯えて手を下げてしまうから)

 

 恐ろしかったのだ。

 いかなる時であっても、がなりたてて自分にのしかかってくる時計塔という居場所が。

 血筋。

 歴史。

 才能。

 それらがすべてである。

 声高に唱える数千数万の魔術師たち。権威と選民思考に凝り固まった非人間ども。彼らはあまりにも冷酷で、大きな力を持っている。

 ほんの少し変わった魔術を伝えるだけの、凡庸な魔術師を数代重ねただけの家に生まれた自分は、そのすべてが軽んじられた。

 辛かった。

 悲しかった。

 傷ついていた。

 

(けれど君は抗っていたね)

 

 自分と同じ凡百の、それどころか特出した業もない家系に生まれた彼。誰もが彼を嘲った。

 それでも彼は折れなかった。

 罵倒され、暴力にさらされ、衆目の中で笑い者にされることだって一度や二度じゃない。

 でも彼は、押し潰そうとするものどもに叫ぶことをやめなかった。

 まばゆかった。その生き方と心が。

 たとえ虚勢や浅はかさがあったとしても、それさえ持ちえない自分にとって、声を上げ続ける彼はどこまでも羨ましかった。

 感情に満ちた彼。

 ぎらぎらと輝く君。

 

(お願いだからどこにもいかないで)

 

 だから君が消えた時、追いかけた。

 そうできることが、彼から輝きを少しでも得られたからだと、繋がるものはたしかにあったのだと、そう誇れるはずだから。

 そう思いたかったから。

 

 

 

 〇

 

 

 

 異境にあっても寒さは変わらない。

 空は青く、雲は白く、風は肌を切りつけ、あおられた街路樹はざわめいて囃したてる。

 何をしている、カミュ・ペリゴール。

 極東の果てで小娘が一匹、何するものぞ。

 帰れ、帰れ、消え失せろ。

 これまで叩きつけられてきたような罵声を木々にすら感じ、押し潰されそうな心が一層縮こまる。怯えは肩にのしかかり、うつむいた顔は舗装された歩道ばかりを見つめてしまう。

 だからこうして、すれ違う相手にもぶつかる。

 

Sorry(ごめんなさい)

 

 金髪のボブカットを揺らし、ふるえる碧眼は相手を見上げることもできず、かすれた声色で謝る。

 こちらへ振り向いた相手の目にカミュの姿が映る。

 冬用のコートを着込み、裾からは味気ないトラウザーズ(ズボン)に覆われた足が革靴へと伸びている。その上で首から古びたカメラを吊り下げた姿は、英国人のなりもあって旅行客に思えただろう。

 相手は、気にするな、という風に手を振って足早に去っていく。この国の言葉を話さなかったから、言葉が通じない可能性を感じて距離をとったのだろう。

 そのことが、自分は異邦人なのだと強く意識させる。

 

(大きい)

 

 少年のようですらある顔を上げて、カミュは辺りを見回した。

 少女の華奢と少年の朴訥さだけを併せ持った体は、道行く人々の誰よりも小さい。祖国の人々よりも小柄な傾向にあると聞いていたが、比べるのが自分ではその限りではないようだ。

 何より、所狭しと詰めかけるビルディングが威圧的だ。金属とコンクリートの構造体は決まりきった形を繰り返し、大小無数の隙間を道と言い張る風景は迷路のようですらある。

昔ながらの古びた建物ばかりを見てきたカミュには、まさしくカルチャーギャップであった。

 

(これが現代)

 

 多数派の世界だ。

 電気と科学によって回る社会。魔術師の家に生まれ、歴史と伝統に縛られた社会だけで生きてきたのだと、今更ながらに思い知らされる。

 これで国の中では地方都市だというから恐れ入る。

 

(冬木市)

 

聞いたこともない地名だ。

 日本といえば東京とか京都とか、そういうメジャーな場所しか知らないカミュである。空港から交通機関を乗り継いでようやくたどり着く場所など、耳にする機会もなかった。

 だというのにこの広さ、全く手に負えない。

 住人だけで数万人はいるだろうこの都市の中からたった一人を見つけ出すことなど、できるはずもない。

 

(どこにいるの、ウェイバー)

 

 彼に旅費を出資した同期生から行先を聞き出し、弾かれるように懇願して金を出させ、後を追いかけた。

 そうしないと、もう会えないような気がしたから。

 なのに、ここまで来たというのに。

 

(君に会いたい。そうじゃないと、僕はもう凍えてしまいそうだよ)

 

 着込んだコートでは温まらないものがある。

 胸のうちから全身を寒からしめるもの、堪えきれないものに打ち震えながら、それでも手がかりを探して歩き回る日々。

 指先はとうの昔に感覚がなくなり、手の甲まで真っ赤になってしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 この手を掴んでほしかった。

 君の輝きで温めてほしかった。

 君に向かって伸ばしていられるうちに。

 だから応えて。

 

(――ウェイバー)

 

 しかし願いは時を止められない。

 またたく間に日は沈み、夕焼けは地平線の向こうに沈み、空は黒いほどの青色に変わり果てた。

 夜になるのだ。

 

(寒いよ、ウェイバー)

 

 道を行く人も、私服の者からスーツを着た労働者のそれに変わりつつある。足早なのは帰り道だからだろうか。灯り始めた街灯や窓の明かりが街路を照らし出す。

 けれど、電光が闇を押し退けても、そこにあるどの顔も彼のものではない。

 彼がどこにもいない。

 

(今日も、駄目だった)

 

 朝に満たしたきりの腹が音を上げ、情けなさに涙がこぼれそうになった。

 彼がいなければ、そう思っていたはずなのに、たかが餓えただけで自分はここまで変節してしまう。

 

(どこかで食べないと)

 

 同期生から借りた旅費はまだ余裕があるが、消費を補う手立てが自分にはない。細くなる一方の命綱を率先して消耗させる度胸は持ち合わせていない。

 ひとまず腹を満たそう。

 そしてまた探しに行こう。

 

(夜は魔術師の時間)

 

 カミュがそうであるように、ウェイバーもまたそうだ。自分たち魔術師が本格的に動くとしたら、夜に沈んでからだ。

 どうやら彼がこの都市に来たのは魔術絡みのようだし、何かするとしたらこれからだろう。

 だから切り上げる訳にはいかない。

 少しでも見つかる可能性があるのなら。

 

「どこかテイクアウトで……」

 

 軽くでいい。食べ歩きでもいい。

 街中にちらほらとそういう店を見かけていたから、そのどれかに行けばいい。だからカミュは手近なところに向かおうと辺りを見回す。

 その時だ。

 

「!!?」

 

 気配。

 見せつけるような魔力がカミュを襲った。

 

(これは)

 

 いまだ経験したことのない圧倒的な威圧に酔い、足がもつれるまま路地裏に入り込んだ。背中を壁にあずけ、顔を拭って息を整える。

 まるで耳の穴に酒を注がれたような感覚だった。

 神秘の秘匿を旨とする現代魔術社会において、ここまで露骨な主張はおよそ考えられない。

 魔力だけは最上級の、しかし当人は魔術師の心得が無いとでもいうかのようだ。

 

(怖い)

 

 理解の外にある行いに、その一念が湧いた。

 明らかな挑発だ。この気配の主は、これを感じ取れる者がやってくるのを望んでいる。カミュの常識では考えられない好戦的な行動だ。

 向かえば襲われるかもしれない。

 しかし同時に、期待も抱いていた。

 

(この街ではじめて魔術の痕跡を見つけた)

 

 半人前以下の自分がようやく掴んだ手掛かりに、気持ちが浮足立っていた。こんな極東の外れで、しかも彼が意図して向かった土地で、何も関りがないとは到底思えなかった。

 だからカミュは駆けだした。

 

(何か分かるかもしれない)

 

 何故ウェイバーは姿を消したのか。

 何故ウェイバーはこの地に来たのか。

 この地で何が起きようとしているのか。

 それが分かるかもしれない。

 いつもなら怯えて遠ざけようとするものに、カミュは自ら進んで近づいていった。それだけの価値があると信じたから。

 その先に彼がいると思えば何でもできた。

 結果として何が降りかかるのか、それを知らぬまま。

 

 

 

 

 

 

 そこに行き着いた時、あたりは全くの夜だった。

 市街はすでにはるか背後、ここには人が出入りしそうなものなど、無骨な倉庫ぐらいしかない。

 労働の場所だからだ。

 海に面した港湾、それに付随する倉庫街がここだ。積み上げられたコンテナは列をなし、迷路のように入り組んだ道を作り出す。高さこそ及ばないものの、閉塞感では市街地に勝るとも劣らない。

 その小道を、カミュは魔力を頼りに進んでいく。

 

(何かがいる。強い魔力を持った何かが)

 

 市街で感じた魔力の他にもう一つ、同じかそれ以上の強さを持つ魔力の塊がいる。対峙するかのようなそれらの強さは、カミュの短い人生にあって体験したことのない存在感だった。

 これほどの魔力を持つ者が、どうしてこんな辺境の地に二人もいるのか。時計塔であっても、これほどの実力者は聞いたこともない。

 

(一体、誰なの)

 

 恐れに心胆を逆なでされるような思いがした。

 だがそれ以上に、ウェイバーがこれに関わっているのかもしれないと思うと、それ以上の恐怖が湧き出した。

 

(こんな危ないところに君はいるの?)

 

 どうして、と。

 そう思った時だ、カミュが積み上げられたコンテナの隙間、路地として空けられたところにさしかかったのは。

 あそこから、強烈な魔力を放つものの正体が覗けるはずだ。そう思ってカミュは、そっと顔を覗かせる。

 そこには、

 

「え?」

 

 地上に星が咲いていた、そう思った。

 輝く何かが路地の先、コンテナの向こう側にある大通りで光を放つ。直後、

 

「!!?」

 

 音圧。

 風圧。

 威圧。

 そういったものが一つながりになって押し寄せた。

 圧倒的な、およそ現代にあるまじき強さの波が波及し、それがカミュのか細い体を吹き飛ばす。

 

「な、何が」

 

 耳と目をかばい、二歩三歩と後ずさる。

 皮膚を叩き、肉を波打たせ、骨と臓腑を震わせるそれは幾度となく迫り、今にも倒れそうなこちらなど気にせず奔り抜ける。

 その中で双眸はそれらを見た。

 路地の先で星のごとき輝きを生み続ける、得物を振り抜く二つの人影を。

 

「おおおおおおお!!」

「はあぁッ!!!」

 

 裂帛の雄叫びが応酬される。

 戦士だ。そう言い表すしかないものどもがいた。

 かたや一対の槍をふるう美丈夫。肌に張りつく濃緑の戦装束はたくましい筋肉をつまびらかにし、俊敏な立ち回りで長柄の武器を振りかぶる。

 応じるのは金髪の少年、いいや、少女だ。優美で端麗なかんばせを鋭く引き締め、鋼の鎧をまとう身でありながら踊るように体をひるがえす。

 籠手に守られた手は無手に思われた。しかし、まるで棒を握るように揃えられたそれらは振り抜かれ、美丈夫の得物に立ち向かう。

そして、

 

「!」

 

 新たな星光が生まれた。

 鉄がかち合う檄音をたて、空気と魔力を破裂させて光が爆ぜる。

 美丈夫の槍が何かに弾かれたのだ。

 

(見えない何かを武器にしている?)

 

 そうとしか思えなかった。

 少女は両手でもって透明な武器を携えており、それでもって美丈夫と鍔迫り合いを演じているのだ。

 自分とそう変わらない年恰好の娘が鎧をまとい、屈強な男と接戦する。それも、魔力のせめぎ合いを伴って。

 目の前になければ信じられない光景だった。

 

「な、何なの一体……!」

 

 たまりかねてコンテナの影に引っ込んだカミュは、いまだ痺れの残る胸を押さえた。

 人の姿ではあった。

 だが人の所業ではない。

 魔術という人ならざる領域を知るカミュをして、信じられないほどの強い力の応酬だ。時計塔で講師を務める魔術師でもあれだけの力は出せまい。

 明らかに、人間をかたどる人外であった。

 

「僕は、何を見ているの?」

 

 そして何に居合わせているのか。

 自分は彼を追って、とんでもない場所に踏み込んでしまったのではないだろうか。けれどここに至ってなお、カミュの胸をよぎるのは彼のことだ。

 

「こんなところにいるの? ウェイバー」

 

 信じられない。

 彼は自分よりよほど強い心を持っているかもしれないが、しかし体や魔術師としての力量はそう変わらない。あんな怪物たちが潜む街で、彼が無事でいられるとはとても思えない。

 

(早く、連れて帰らないと)

 

 その言葉は少女に力を与えた。すくみあがる手足に力がこもり、戦地にあってたしかな意思を抱かせる。

 逃げまい、と。

 

(このまま隠れていよう。そうして、戦っているものたちが何なのかを探って)

 ウェイバーの元に辿り着こう、そう思った。

 そして気付く。

 眼前にいるそれ(・・)を。

 闇と見紛う黒いもの(・・・・)を。

 

「え」

 

 巨漢だ。

 影さえ浮かばないほどの黒装束をまとい、確かな筋肉でかためられた屈強な体躯がそこにいる。その背丈はカミュの倍近かったが、目の前にいることが疑わしいほど存在感がない。

 その中にあって一点だけ、黒とは真逆の色があった。

 顔だ。

 縫い付けられた白い髑髏の仮面が、こちらを睥睨している。

 

「ひっ」

 

 思わず息が漏れた。

 胸に添えた手を握り、退いた背中が背後のコンテナにぶつかる。心に刺さる恐怖は、深夜の冷気よりよほど的確に少女を寒からしめた。

 

(逃げないと)

 

 理屈ではない。直感が警鐘を鳴らした。

 これ(・・)から距離をとらなければならない。未熟な自分であっても、眼前のものが脅威であることぐらいは分かる。

 けれど、

 

「うあっ!」

 

 腕を掴み上げられ、ねじられる。

 足が地面から離れ、右腕一本で全身を宙づりにされることは、肩と腕全体に痛みを走らせる。

 

「あ、あぁっ」

「……マスター、やはり令呪です」

 

 嗚咽するこちらをよそに、巨漢は墓穴から響くような声をこぼした。

 

「はい、まだ確かにはなっていません。サーヴァントの気配もない。召喚前のようです」

 

 頷き、

 

「最後の空席、キャスターに対応するマスターです」

 

 どうやら魔術によって離れた何者かと会話しているらしい。けれど、その内容はまるで理解できない。自分がこのものどもにとって何だというのだ。

 

(令呪? マスター? 何を言って)

「――了解しました。腕を持ち帰ります」

 

 分かったのは、続けざまに放たれた一言だけだった。

 

「!?」

 思わず目を見開くと、眼前の巨漢は懐から一本の短刀を取り出していた。逆手に握られたそれが、こちらの二の腕に添えられる。

 

「や、やめて! いやぁっ!!」

 

 腕を断たれる。

 その核心だけがあった。

 顔を青くし、ひねりあげられた腕が痛むのも構わず、カミュは暴れる。しかし巨漢はまったく反応を示さない。

 やがて、鋭利な刃がコートの袖を切り裂いた。弱弱しいほどに白い二の腕が夜風に晒される。

 

「あ、ぁ」

 

 舌がもつれ、意味を紡げなくなっていた。

 

(どうしてこんなことに)

 

 頭にあるのはそれだけだった。

 

(僕はただ、ウェイバーにいてほしかっただけなのに)

 

 彼を追うことはそれほどまでの咎だというのか。

 ただ、心の支えになる人が傍にいてほしかっただけなのに。なのに、どうして世界はこうも牙を剥く。

 どうして世界はこんなにも辛いのか。

 

「やめて……っ」

 

 それでも言おうとした。傷つけないで、と。

 たとえ聞き届けるものがいなくても、願おうとした。

 その時だ。震える声を蹂躙する、轟音の群れが突然降り注いだのは。

 

「……!!?」

 

 カミュが、巨漢が空を仰く。

 何の前触れもなく雷鳴が轟いたからだ。

 それだけではない。まるで地を駆けるような車輪の音、憤然といななく猛牛の唸り声。荒々しく、辺りを顧みない怒涛の進撃が空から降る。

 太くたくましい、男の雄叫びに率いられて。

 

「ラララララララララララララァァァイ!!!!」

 

 偉丈夫だ。

 空から来るもの、天駆ける雄牛が牽くチャリオットに乗った筋骨隆々の大男が、雷やいななきにも負けない咆哮をあげる。

 

「ライダーか!」

 

 飛来するチャリオットを見据え、巨漢は苦々しく言った。どうやら彼にとって味方ならぬ何者かであるらしい。

 しかしカミュにはとってはどうでもいいことだ。

 今、見開かれた少女の目が見つめるものは、チャリオットに乗る偉丈夫のその隣だけ。

 

「あ」

 

 少年がいた。

 切り揃えられた短髪の、色白な肌をした細身の少年。眉尻を下げ、口を大きく開いて、悲鳴をあげているらしい。しかし偉丈夫の叫びとチャリオットの檄音に潰されてまるで聞こえてこない。

 しかしカミュにはその声を脳裏で再現できた。

 その顔、その振る舞いは、まさしく少女の記憶にある彼とまったく相違ないものであったからだ。

 

「ウェイバー」

 

 見つけた。ようやく。

 やはりこの街にいたのだ。ここで行われる、魔術を用いる何かに関わっていたのだ。

 あともう一歩だ。

 あと少しで、彼に辿り着ける。

 だというのに。

 

「あ」

 

 消える。

 彼の乗るチャリオットが、背にしたコンテナの向こうへと去ってしまう。自分の死角、戦い続ける美丈夫と少女の戦場に向かうのだ。

 ここにいる自分に気付かずに。

 

「あああああ」

 

 やめて。

 行かないで。

 やっとここまで来たの。

 やっとたどり着いたの。

 だというのに、彼に気付かれることもないまま終わるのか。このまま人外の何かに腕を切り落とされて、全身の血を噴き出して終わるのか。

 

(君と会えないままに)

 

 そんなのは嫌だ。

 なのに、今にも彼らは見えなくなってしまう。

 行ってしまう。

 

「……やめて」

 

 願う。

 

「いや」

 

 去らないで。

 

「行かないで」

 

 ここに、

 

「傍にいて!!! ウェイバー!!!!」

 

 

 

 〇

 

 

 

「双方剣を収めよ! 王の前であるぞ!!」

 

 突如として襲来した戦牛のチャリオット、それに乗る赤装束の偉丈夫が宣言する。

 直後、立ち並ぶコンテナの一角が吹き飛ぶ。

 

「何!?」

「おいおい、余は控えよと言ったのだがなぁ」

 

 頭を搔く偉丈夫をよそに、険しく振り向いたのは槍を携える美丈夫だ。一対の槍を構え、突然の異変に向き直る。

 対して少女は大きく飛び退き、控える女をその身で持って守る構えをとった。

 

「アイリスフィール!」

「大丈夫、私は無事よ、セイバー」

 

 女は銀色の長髪を蓄える、赤い瞳をした美女だった。まさしく貴人といった風の女は、その名を呼んだ少女の問いかけにすぐさま応える。

 しかしその瞳は、反対側の並びへ吹き飛んだコンテナを見ていた。

 積み上げられたコンテナは打ち崩され、あたりに残骸や貨物を飛び散らかしている。その惨状たるや、どれが飛んできたコンテナか分からないほどだ。

 もうもうと立ち込める粉塵であったが、やがて晴れ、その中にあるものを露にした。

 残骸でも貨物でもない、人の形を。

 

「……アサシン!?」

 

 ひしゃげたコンテナにめり込むように、髑髏の仮面をした黒装束がその全身をさらしていた。

 過日において滅ぼされたはずの、その姿を。

 

「どうして! アーチャーに敗れて消滅したはずなのに!」

「さぁなぁ。理屈は分からんが言えることは一つだ。――そう思っていたヤツは全員謀られていた、そういうことだなぁ」

 

 女、アイリスフィールの動揺に偉丈夫は答える。

 顎髭を撫でつける彼はそう言ってのけたが、しかしその目はアサシンなる黒装束を見ていない。

 見るのは反対側、コンテナが吹き飛んだ側だ。

 

「おぅい、いるんだろうキャスター! 出てきたらどうだ!」

「な、何言ってるんだよ、ライダー」

 

 銅鑼を鳴らすような偉丈夫の声に、傍らから一人の少年が顔を出した。いかにも及び腰といった体の彼は偉丈夫を見上げ、その名を呼んで行いを問うた。

 

「どうしてあそこにキャスターがいるなんて……」

「この場にいるサーヴァントの気配は余の他に四つ。セイバーとランサー、霊体化した何某が1騎。そこに気配を消していたアサシンが吹っ飛んできた」

 

 偉丈夫、ライダーは肩をすくめて、

 

「となれば姿を見せんヤツは3騎。しかしバーサーカーは気配を消すなんて芸当できんだろうから、残るはアーチャーかキャスター」

「じゃあどうしてアーチャーじゃないって分かるんだよ」

 

 言った瞬間、鞭を打つような音をたててライダーの指が少年の額を弾いた。

 

「ひひゃい!!?」

「馬鹿者、貴様は先日見ておったのだろう。アーチャーの宝具は無数の武器を放つ。であれば、攻撃の行き着く先には武器の一つや二つ残っておろうが」

 

 そう言ってからライダーは倉庫街を見渡す。

 空気を吸いこんで胸を膨らませ、溜め込んだそれをもって轟々と声を倉庫街に響き渡らせる。

 

「霊体化しとるヤツ! お前がアーチャーなんだろう!?」

「……痴れ者め。王を僭称し、あまつさえ我を呼び立てるか」

 

 新たな声だった。

 その主は、街灯の上で舞い上がった光の粒子より現れる。

 金髪を逆立てた黄金の鎧をまとう男だ。紅玉のような目で地上の全てを見下すその者こそ、過日においてアサシンを屠ったはずのサーヴァントだ。

 

「やっぱりな。そんなところで高みの見物か」

「愚か者。真の王がいちいち貴様ら雑種の相手などするものか。潰し合った末に最後の一騎を見定め、能うようならば我が宝物を賜ってもよい」

「はぁん、つまり漁夫の利か。どうやら貴様も、余と同じで王の視座を持つと見える」

「まだほざくか、雑種」

 

 距離を置いてなお射貫くようなアーチャーの視線。それを受け止め、しかしライダーは動じた様子もなく笑ってみせる。

 

「まぁ待て、貴様の顔見せはもう済んだだろう。今宵は新参に譲ろうではないか。なぁ、――今この瞬間に招かれたキャスターよ」

「!!」

 

 誰もが息をのんだ。

 ライダーの言わんとすることを理解したからだ。この舞台における役者は揃った、と。

 

「穴熊が常のキャスターが単身出張り、しかし今の今まで気配もさせなかった。十中八九、召喚されたてなんだろう、なぁ?」

「――ふふっ」

 

 ライダーの誰何に応えは成った。

 鈴を鳴らすような笑い声だ。誰もが見つめる中、コンテナの影から声は響いてくる。

 

「大した洞察だ、まさしく知将の見地だね。……あの男を思い出すよ、憎たらしい」

「ならば安心せよ。余は征服王イスカンダル! 将にとどまらぬ、王の器であるゆえに」

「なっ」

 

 額を抑えた少年は飛び起きた。

 ライダー、いいやこの場にいる人ならざるものども、サーヴァントは己の名前を隠すものだ。歴史に名を残す英雄の分身である彼が名を明かすということは、その経歴や能力、弱点をさらすことになるから。

 自ら明かすなど愚挙以外の何ものでもない。

 だがこの場において、名乗ることは相手の素性を引き出す手立てとして機能した。

 

「なるほど、嘘か真か大神ゼウスの血を引くという大英雄。君なら聖杯戦争に呼ばれてもおかしくない」

「おう、貴様もゼウス神を讃えるか」

「私が信奉するのは女神ヘカテさ。まぁ最高神を讃えるのも、やぶさかじゃないけどね」

 

 そして姿は明かされた。

 コンテナの影から、街灯の照らすところに声の主は進みでたのだ。

 その姿は、

 

「……小娘、だと?」

「侮ってくれるなよランサー、この鷹の魔女を。生まれついての魔顔、豚にしてやろうか」

 

 槍を携えた美丈夫の呟きに、苛立った声が放たれる。しかし、そうとしか言い表せない姿がそこにはあった。

 薄桃色の短髪、虹色の瞳、細く華奢な体を丈の短いナイトドレスのような衣装で包み込み、ヒールの高いサンダルでアスファルトを踏みしめる。肩には猛禽類の翼に似たローブをまとい、携えた長大な杖は、先端に満月を象った装飾を頂いていた。

 幼いほどに小柄な容姿だ。けれどその体は、見目など問題にはならない気配を放つ。神気にも似た高純度の魔力は、およそ現代の存在が持てるものではなかったからだ。

 その立ち姿、まさにキャスター。

 魔術師の英霊そのものだ。

 

「ギリシャの神性を信奉する、鷹の魔女? まさか、神代の魔術師の……!!」

 

 ライダーの傍らで、少年は息をのんだ。

 サーヴァントを従える魔術師として、眼前にしたものがどういうものであるか、理解したからだ。

 その様子にキャスターは満足そうに頷いた。

 

「ふふ、聡い子だね。この大魔女がいかなるものか、よく分かっている。あとでキュケオーンを馳走してあげよう」

 

 だが、とそこまで言ってキャスターは言葉を切った。そうしてから、傍らに向かって何事か促すような所作をする。

 それから少年にまた目を向けて、

 

「どうも私のマスターが君を探していたようなんだ。会ってやっておくれよ」

「は? 僕を? 一体誰が……」

 

 言って、しかし直後、少年は言葉を失った。

 キャスターの手招きによって現れた姿があまりにも予想外で、驚きを喉に詰まらせてしまったからだ。

 その姿を、皿のようにした目で凝視する。

 そして名を呼ぶ。

 彼女の名前を。

 

「カミュ・ペリゴール……?」

「――ウェイバー」

 

 

 

 〇

 

 

 

 かくして少女は再会した。

 魔術師同士が殺し合う、この聖杯戦争の場において。

 相争う敵同士として、二人は再びまみえたのである。

 彼とともに在りたいという少女の願いは、確かに形になった。いかなる形であったとしても。

 その果てに何があるのか。

 それを知る者など、どこにもいない。

 

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