後から分かったことだけど、あの日のことは彼が手を回してくれていたらしい。
まぁそうじゃないとお母様の目を盗むことだって、滑走に降りることだって難しかったのだから当然といえば当然だ。
でもあの一件以来、お母様も私が遊ぶことを容認してくれるようになった。
彼も約束通りよく遊びに来てくれるようになったし、きっと彼がお母様を説得してくれたんだろうなぁ。
ほんと、ありがとう...兄さん。
ちなみに今日は彼とみほ、そして私の3人での外出。II号戦車に乗って向かう行き先は近場の川。
ん?何をしにいくのかって?それは、みほきってのお願いである生物を取りに行っているのだ...ザリガニを。
彼を巻き込むのはちょっと気が引けたけど、彼はいつものように笑顔で引き受けてくれた。
「兄さん。運転代ろうか?」
「いや、大丈夫だよ。みほちゃんと上で楽しんでていいよ。ここはこのわたくしめにお任せあれってね」
「私、お兄ちゃんの膝がいい!」
「ほら、みほ。兄さんの邪魔になるから」
しかし私が言うのも遅く、みほは足早に兄さんの膝に納まってしまう。
...正直羨ましい。
「お姉ちゃんだって座りたそうにしてるじゃん」
うぐっ...鋭い。流石みほ。
「まほも、後から...ね」
「え?じゃ、じゃあ。お願い...します」
どうやら兄さんにも気付かれていたようだ。
「でも、戦車も運転できるなんて意外でした。てっきり戦車は専門外なのかと」
「まぁ普通はそう思うよね。実は知り合いの子に運転の仕方を教えてもらってね。だから一応は運転できるんだ。一応だけど」
「な、なら私も兄さんに教えてもいいかな?ドイツ戦車なら西住流である私の方が詳しいと思うし、きっと為になると思うんだ」
「なるほど、それは嬉しいね。ぜひお願いするよ」
「あ。お姉ちゃんだけずるい!私も教える!」
「ははっ。じゃあ、みほちゃんにもお願いしようかな」
「やったー!」
どちらかと言うとみほはまだ教えられる側じゃないのかと思ったけど、まぁ細かいことはいっか。
みほも一緒に居てくれた方が楽しいしね。
「それじゃあ、そろそろ着くから準備しよっか」
「「はーい!」」
◇
「お兄ちゃん見て見てー!」
「おー。たくさん取れたな」
「えへへ!」
私と彼が一緒に休んでいる中、目の前には泥だらけになったみほがザリガニを両手に得意げな表情を浮かべている。
「帰ったらきちんとお風呂入らないと」
「入る!お兄ちゃんと一緒に!」
「はいはい。しほさんが許してくれたらなー」
「わーい!」
喜ぶみほを横目に棒読みでそう言った彼は、絶対お母様が許してくれないと思っているのだろう。
だからこその生返事。
でも甘いな兄さん。あのお母様もみほに泣きつかれたら、ころっとおちてしまうのだ。だから...ふふっ、帰ったら覚悟を決めてもらおう。
「ちなみにそれどうするの?」
「えーとね。帰ってお母さんに見せるの!」
「お、おう。そうかぁ。───...まほ、しほさんに持っていくのはやめた方がいいと思う」
「うん...。けど、あの状態のみほは止められなくて...」
「だよなぁ」
嬉しそうにザリガニを持つみほは、きっとお母様を驚かせようとしてるんだと思うんだけど、おそらく違う意味で驚くことになると思う。
でもそれを止める事はできない。だってみほが浮かべる笑顔の前では私だって無力だから。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか。まほ、しほさんに無線で伝えてくれるかい?」
「うん───...あれ?」
「どうかした?」
「兄さん。なんか動かなくて」
「おうち帰れないの...?」
流石に無線機が壊れたぐらいで帰れなくはならないけど、なんだろう...みほにそんな不安な顔をされると凄い罪悪感が芽生えてくる。
「大丈夫だよみほちゃん。ちょっと無線機が壊れただけだからね」
「まほ、ちょっと工具箱取って」
「修理できるんですか?」
「どうだろう。航空無線なら弄ってるから応急修理ぐらいはできるんじゃないかな」
そう言って私と場所を入れ替わった彼は、工具箱片手に無線機をいじり始める。
「んー。ここが原因か?あーやっぱりそうだ。ならここに咬まして...」
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―――――――――
「お、繋がったか。...あー、しほさん?すみませんちょっと無線機が故障したみたいで...そうですね、応急修理しましたんで...ええ、大丈夫です。今から帰ります」
彼が無線機を直し始めて数分。どうやら直ったみたいだ。
「ほら。終わったよ」
「わぁ!すごーい!」
「兄さん。どこでそんな技術を?」
「ふっ、昔ハワイでおやじに...というのは嘘で。僕らの部隊は少人数だから、整備とかは自分達でしなくちゃいけないんだ。だから自然と...ね。あ、そうだ。今度うちで使ってる無線機を持ってきてあげるよ。それを代わり付ければいい」
「いいんですか?」
「いいんだよ。うちの余り物だからね。でも性能は保証するよ。なんせ僕たちの自信作だからね」
そう言って彼はまた操縦席へと戻っていく。
みほはというと、無線機が直ったのに安心したのか少し眠たそう。
「みほ。風邪ひくからもうちょっと起きてような」
「んんぅ...」
半分夢の中にいるのかフラフラしながらそのまま、また兄さんの膝の上に納まった。
...来る時も思ったけど、ずるい。
「ほら、まほもおいで」
「え?いいんですか?」
「来る時も言ったでしょ」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
納まった彼の膝の上は、みほもいるからすごい狭い。
...けど少し姿勢を倒せば、背中越しに彼を感じられる。
向きあう形じゃないのが少し残念だけど、それでも優しく私を包んでくれている。
「...えへへ」
彼の温もりからくる安心感は、恥ずかしさからくる緊張感よりも強く、私からは思わず笑みが溢れた。
そしてその安心感は次第に眠気へと変わり、うつらうつらと私も夢の中に入ってしまうのだった。
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―――――――――
「〜♪〜♪〜♪」
帰り道。戦車に揺られ目を覚ますと、彼は鼻歌を口ずさんでいた。
「上機嫌ですね。兄さん」
「あれ起こしちゃった?」
「兄さんのそれが原因じゃないから大丈夫」
そもそも、うたた寝だったからすぐに目が覚めるのは当然。
...まぁ隣でまだ寝息を立ているみほは本気寝だと思うけど。
「そういえば、たまに歌ってるけど...その歌は?」
「ん?ああ、これはね僕の知り合いから教えてもらった歌なんだ。確か“故郷への旅”...だったかな」
「へぇ...。なんか難しそうな歌」
「そうだね。知り合いからはこの歌の意味を探してみろーって言われたけど、残念ながら僕もまだその意味を探してる途中なんだ」
そう言って彼はまた鼻歌を続ける。
それは昔の歌でも、流行りの歌でもないメロディ。
戦闘機乗りにしか分からないものなのかもしれない。
けど、彼といれば知れる気がする。歌の意味も、そして...彼のことも。
だからこれからもずっと、私は彼の隣にいるつもりだ。
歌も、彼も知れるように。
これはみほには内緒の話。
だって...ふふっ。起きてないみほが悪いんだから。
───ちなみに帰った後、みほのザリガニ騒動はあったが私たちは特に言われることなく、彼だけがしっかり怒られてた。
◇
電話片手にお母様が怒鳴ってるのが聞こえた。相手は島田流の家元のようだ。
どうせまたいつものじゃれあい...そう思っていた。
「は!?ちょっとちよきち!どういうことよ!彼が死んだなんてこと、あの子たちにどうやって伝えたらいいのよ」
...え?
「お母様?今...」
「あっ...まほ」
振り向いたお母様は私の声に困惑し、浮かべた表情は苦々しい。
私は全てを察してしまった。
電話の話は本当なんだと。
「待ちなさいまほ!」
私は走った。お母様の制止なんて聞こえないぐらいがむしゃらに。
たどり着いた先は、誰もいない滑走路。
いつも彼が来る日は私がここまで迎えに来ていた。彼を思うが故に、無意識のうちにここまで走ってしまったのだろう。
でも...彼がここに来ることはもう無い。
あの綺麗な飛行をもう見ることは出来なくなった。
見上げても、空は曇天。
そしてついに私の心情を表すかのように雨も降り出した。
でも唯一幸いな事は、その雨のおかげで私の泣き声が消えていたことだった。
出前がすいすいすいーと書きやす