あの日の後。
兄さんがもう来れないとそれとなく伝えられたみほは、絶望の表情を浮かべそして大泣きした。
それを見て私もまた泣いた。
それだけ私たちの中で彼の存在は大きかったんだ。
みほも兄さんによく懐いてたし、私だって...。
兄さんとは流派が違かろうが、この想いにそんなのは関係なかった。
でも西住流の中には兄さんがいなくなって安堵した人達もいた。それは島田流一強の時代が終わったからだろう。
そんな人たちでさえ月日が経つにつれ、少しずつ彼の事を忘れ始めている。
その光景は文字通り、流派の垣根を超えて指導してくれた彼の意志が日に日に薄れていくようでとても悲しかった。
だから私は...私だけは忘れない。
彼に教えてもらったこと。彼の好きなこと。彼の温もり。彼の笑顔。
───そして彼の意志を。
こんな未練がましい私を、彼は望んでいないのかもしれない。
それでも私は、彼の教えてくれた戦車道がしたいんだ。
流派の違う私を優しく受け入れてくれた、そんな戦車道が。
◇
私はまた勉強漬けの日々に戻った。
苦でないといえば噓になる。けど、前とは違い自分の目指すべきものが出来たから。
でも...時間が空けば1人戦車に籠ることもある。
それは、彼の口づさんでいた鼻歌を唄うために。
時の流れは残酷で今ではもう思い出すのも難しくなってきていた。けど、それを忘れてしまうと私の中の何かが崩れ落ちそうになる。
だからこれだけは忘れちゃいけない。そう心に刻みながら。
「ザッザ...〜ザザザッ」
その時。戦車の無線機に何処かからかの電波が混線した。
兄さんの残してくれたあの無線機に。
それは彼自作のものだからか、たまに変な電波を拾うことがある。その多くはよく分からない単語や文字列の集合体で、私が聞いても全く理解出来ないものばかり。
今回もその類かなと思っていた。
───でも、その日は違った。
慣れた手つきで面白半分に周波数を合わせていくうちに、それは鮮明になっていく。
「The...ザザザッ...begins...ザッザ...from within Things...ザッザ...need to know~♪」
雑音で聞き取れない部分はあれど、それは間違いなく彼が鼻歌を口ずさんでいたあの歌。
空を見上げれば一筋の飛行機雲と、その先に飛ぶのは漆黒のジェット戦闘機。
おそらくそこから混線したものだろう。
「この歌と戦闘機か...。ふっ、珍しいこともあるものだ...」
その戦闘機に彼の姿を重ね、少しの期待を寄せたが、彼はもういないと自嘲気味に鼻を鳴らす。
けど、少し...。ほんの少しだけその光景に引っ掛かった私は、優雅に飛ぶ戦闘機に何気なく測量機を向けた。
そして...
「───ぁ」
───確かに見えた。
測量機越しに、その機体についているエンブレムを。
滲む視界を振り払い再度目を向ければ、頬に流れる涙と共にそれは確信へと変わる。
「───...なんだ。やっぱり生きてるじゃないか。兄さん...」
───彼は生きてる。
スッと入ってきたその言葉は、私がずっと望んでいたもの。
忘れかけていた歌と共に、2人の思い出がまたしても蘇る。
きっと何かしらの理由があるのだろう。もしかしたら秘密の艦隊にでも所属しているのかもしれない。
そう思った時、空の上で誰かがくしゃみをしたような気がした。
「...ふふっ。図星かな?兄さん」
溢れ出る涙を堪えて、笑顔を作り空を見上げる。
昔と方法は異なるけど、こうして彼は私を見守ってくれている。
なら...私も頑張らないとな。
彼がまた笑顔で遊びに来れる...そんな西住流を目指して。
◇
場所は黒森峰女学園。それが今私の在籍している学校。
まだ中等部ではあるが、この春休みが終われば高等部への進学が決まっている。
あの話はみほにもした。昔とは違い大人しくなったみほだが、その話を聞いた途端飛び跳ねていたな。それだけ、嬉しかったんだろう。
あぁ、それと。彼の無線機は私が今乗る戦車に移設した。
あのまま家の戦車に載せとくには勿体無いし、いつも入るわけではないけど、この学園艦でも時折無線機に混線するんだ...あの歌が。
私には、まだあの歌の意味は分からない。
それを探しても、そこに答えなんて無いのかもしれない。
でもそうしたかったんだ。
それが、彼まで繋がっているものだと信じているから。
混線した歌を聞きながら今日も空を見上げれば、彼の機体が見える。私たちを見守っているように飛ぶその機体が。
「兄さん...。これからも私は、私の戦車道を続けていくよ」
私の活躍を彼が聞けるように
そして私の今の姿が彼に届くように
この歌が私に届いているように───彼まで届け!
もう一度空を見上げると、そこには昔と同じ...綺麗な飛行機雲が伸びていた。
まほ過去編これにて