To Nobles Welcome to the Sky
私の頭上ではまだ空戦が繰り広げられている。
敵機の数は15機ほど。最初の奇襲攻撃で1/4の数を減らしたとはいえ、それでもまだこれだけ残っている。
だからこそ、ここからが正念場。爆撃に晒されながら、私たちは戦うしかない...そう思っていた。
───けど、そんなことにはならなかった。
空を見上げればポツポツと黒煙が湧いている。それら全ては敵の爆撃機や戦闘機。
味方は5機という少数にも関わらず敵機を圧倒しているのだ。
ほんと、継続の隊長はとんでもない秘密兵器を隠し持ってたようね。こんなに強いなら、最初から空なんて気にする必要なんて無かったじゃない。
ホッとするというよりも、どちらかというと不満げに鼻を鳴らした私の感情は継続の隊長への個人的な不満から。
だって、彼女には色々とはぐらかされてるし当然よ。
けど、そんなことよりも...何故かしら。目の前で起こっている光景が昔、戦車道の大会でいつも見ていたあの人たちに重なってしまう。そして、いつも私を見守ってくれている...あの人に。
見上げた空には漆黒の戦闘機。その機体が軽くブレるように見えると、私の頭上にいた爆撃機からまたしても黒煙が上がる。
やっぱり...。この光景...私は知っているはずだ。
既視感に突き動かされ目を凝らせば、黒い点のように小さなものがこちらへと近付いてきているのがわかる。
それはどんどんと大きくなって...───ッ!!
「総員!対ショック姿勢!!」
急いで閉めたハッチの音と私の怒声に、乗員たちが一斉に身を屈める。
あのシルエット...間違いなく航空爆弾だった。おそらく敵機が撃墜される寸前に手放したもの。
敵機は既に黒煙を上げているというのに、その爆弾はティガーIIへの直撃コースを辿っている。
あの子を助けるため...。大洗を救うため...。今回の試合は不器用ながら、あの子たちへの罪滅ぼしも含んでいる。
だから私は、こんなところで終わるわけにはいかない。
...なのに、なんで...なんで...
「───なんでこんな時、私はついてないのよ」
強い思いはあれど、意思のない爆弾は無慈悲にこちらへと落ちてきている。
そんな最中私は、身を屈め自分の運の悪さを呪うしか出来なかった。
でもその時───
『───FOX3』
雑音が混じる無線機の中から確かにそう聞こえた。
ズガァァン!!
直後、頭上で大きな爆発音。私達の車輌は衝撃に揺られ、ガンガンガンと何かの破片が降り注ぐ。
その正体はきっと、爆発した爆弾の破片。
...よかった。ここぞという時に発揮した私の悪運も捨てたものでは無かったようだ。
“───でも、どうして?”
空中で信管が誤作動するなんてありえないし、誤作動じゃないなら空中で何かが爆弾に当たったってことになる。
車外の光景を必死で思い出すが、周囲にはその原因になるようなものは見当たらない。
それに、さっきの声は一体...。
私は危険を承知でキューボラから体を出した。その理由を確かめるために。
外はやはりというか金属片が散らばっており、私たちの戦車も所々が黒く焦げている。
音を頼りに首を振れば、すぐ横を重低音が私の髪を靡かせた。
───...ぁ。
瞬間。確かに見えた。
風防の中で海軍式の敬礼をしながら、不敵な笑みを浮かべる彼の姿を。
「───...なによ。来るならもっと早く言いなさいよ」
ああ、そうだ。今になって思い出した。私には幸運の“悪魔”がついているという事を。
きっと、その悪魔が爆弾を撃ち抜いたのだ。そんな神?技はあの人だからこそ出来たこと。
───でもまぁ、それぐらいはしてもらわないと。
私は彼らをずっと応援してきた。ここにいるのは彼らの復活を心待ちにしていた最古参のファンなのだ。
そんな私の前で醜態を晒すなんて事、絶対に許さないんだから。
ふふっ...でも、これから忙しくなるわね。
だって私は、ようやく見つけたこの機会を逃す気なんて更々ないんだから。
だから...。だからそれまで...
「せいぜいそこで見ておくことね。私の戦車道を」
強く振り上げた私の拳は彼に届いたのか、その機体はバンクして飛び去っていった。
◇
大洗の廃校を賭けた戦いは終わった。
カール自走臼砲や20機もの敵機に、当初はどうなることかと思ったけど、最後はみほらしい...奇想天外な戦術でなんとか私たちが勝利した。
空を見上げても、そこにはもう一機の戦闘機もいない。彼らはもう帰ってしまったのだろうか。
「...ほんと、罪深いな」
ポツリと呟いたその言葉は、ようやくの挨拶もなしに帰ってしまった彼へ向けたもの。感動の再会もせず、そして成長した私の姿も見ないまま帰ってしまった彼に。
理由があるのはわかってる。
でも、それぐらいは許されてもいいじゃないか。
ようやく掴んだ彼が、また手をすり抜けそうな気がして、熱くなっていた心に少し影がかかる。
しかし挫けず空へと視線を向けていると、遠くから一機だけ戦闘機がこちらに向かっているのが見えた。
───彼の機体だ。
その機体は急激に高度を下げたと思うと、会場に設営された運営テントの付近を飛んでから再度高度を上げて、私たちの頭上に位置取った。
『戦場にいる諸君。私から言うのもおかしいが...おめでとう。きみたちが手にした勝利だ』
無線機越しでも分かる。懐かしい...彼の声。
『それと...今日空の上で起こった事は公言しないでほしい。我々は、ただの亡霊だからね』
兄さん...。
そんな事ないよ。兄さんは...亡霊なんかじゃない。
隣を見ればみほもまた、同じ気持ちを胸にして空を見上げている。
思えば彼は私にとっては太陽のように現れて、風の如く去っていった。
出会いは眩しくて、別れは突然だった。
今回もそうなのかもしれない。
それでも、私たちのピンチに駆けつけてくれた。それはきっとこれからも...。
光る翼をはためかせて飛び去る彼を見て私は思う。
「───兄さんは、私たちにとって英雄だよ」
“しばしの眠りのあと、ラーズグリーズは再び現れる。英雄として現れる”
偶然にもそれは彼の愛読書である“姫君の青い鳩”のフレーズ。
全てを取り戻した私たちの頭上には、亡霊では決して付けられないであろうあの時と同じ...きれいな飛行機雲が伸びていた。
◇
それは、彼が飛び去る少し前のこと───
「くそ!聞いてないぞ!奴らが本物のラーズグリーズだなんて」
外で誰かが地団駄を踏んでいる声に紛れて、遠くのほうから微かにレシプロの音が聞こえてきた。
そして、その音はどんどんとこちらへ近付いてきている。
「うわ!」
そう声を上げたのは局長殿だった。
近付いてきた機体が我々のテントの上、十数メートルを掠めて飛び去ったのだ。
「くそ!耳が!一体なんなんだあの機体は!」
...ん?
局長殿は知らんのか?あのラーズグリーズ隊隊長の事を。
「先ほどの機体から電文です」
「内容は!?」
「『To Nobles Welcome to the Sky』と」
「『高貴なる者達へ。空へようこそ』だと?どういう意味だ!私を馬鹿にしているのか!」
「局長殿...。あなは彼ら本物のラーズグリーズの事をご存知ないのですかな?」
「奴らは過去の亡霊だろ?何故今更亡霊のことを知らなければいけない」
...あぁ、なるほど、本当に知らないのか。
「はぁー...。ならば、少しだけお教えしましょう...彼らの事を」
私は日本戦車道連盟理事長 児玉七郎。
彼らとは切っても切れない腐れ縁の仲。
「彼らの示す空とは、戦闘機乗りにとって畏怖の象徴であり、彼らの庭、そして彼らこそが絶対なのです。局長殿は、その庭に招かれた...。要するに『我々の住まう地獄へようこそ』という意味ですよ、局長殿」
知らず知らずのうちに、きみは虎の尾を踏んだ。ここから先、どうなるのかは私にも分からん。
「そうだ。防衛大臣に連絡してみては?もしかしたら彼らの事を教えてくれるかもしれませんよ」
「ぼ、防衛大臣!?い、一役人の私がそんな所になんて...と、というか児玉理事長!知っていたのならあなたも同罪では!?」
テントを後にしようと立ち上がった私の腕を局長殿は涙目に掴んだが、私はそれを無慈悲に払い除ける。
「此度の一件。私には関係のない話です。それに私は、あなたが雇ったラーズグリーズが本物...とは言っていなかったでしょう?」
柄にもなくニヒルな笑みを浮かべ、今度こそ私はテントを後にした。
学園艦を運用する立場のはずが、実は学園艦を護るための艦隊が存在し、しかもその飛行隊長を敵に回した。
その事実を知れば、局長殿は今よりもっと青い顔を浮かべるだろうな。
それを見てみたい気持ちもあるが、今回はやめておこう。
私も下手に巻き込まれたくはないからな。
「しかしまぁ、昔と変わらず派手にやってくれたのぅ」
結局、彼らが私の前に残していったのは膨大な事務作業のみ。
正直、私の仕事を増やすぐらいなら亡霊のままでいてくれた方がよかったわぃ。
そう思い肩を落とすそぶりをしつつも、私の心はいつも以上に澄んでいた。
今回の一件で、彼らのことを英雄視する人達も出てくるだろう。大洗を救った英雄達として...。
───だが。
やはり、私にとって君たちは悪魔だ。
私の事務作業を増やすだけに飽き足らず、中立を保たねばならない立場にあるこの私を、こんなに晴れやかな気持ちにさせてしまうのだから。
◇
「負けたのにずいぶんと満足そうな顔をしているわね、千代」
「そう見えるかしら?まぁこの試合、勝っても負けても私にはメリットしかありませんでしたからね」
「その心は?」
「勝てば言わずもがな私たち島田流の強さが証明される」
それは西住流よりも強い流派として。
「負けてもあの子が表舞台に出てくるきっかけにはなる。大洗を勝利に導いた亡霊として」
だって私は...あの子に戻ってきてほしかったんですもの。
───私たちの、この空に。
「でもあの局長さんも自業自得ね。カールだけでなく、彼らの偽物まで連れてきたんですもの」
彼らの名前を使うその危うさ。お役人さんなら知っていると思ってたけど、見当違いだったようだわ。
「けどこれではっきりした。ちよきち...あなた、あの子が来ること知ってたわよね。私、今日この目で見るまで知らなかったんだけど」
「あらぁ?しぽりんもしかして知らなかったのぉ?てっきりそっちの家にも挨拶ぐらいは行ってるもんだと思ってたけど?あ、うちにはもう来たわよ?やっぱり流派が違うから仕方ないのかしらねぇ」
「あの子は島田流でもないでしょ」
「ふふふっ。今回あの子が来ることだって、うちの長女から連絡が入ったから知ってたのよ?あ、ちなみにうちの長女あの子と同じとこに住んでるんですって!しぽりんいまどんな気持ち?ねぇどんな気持ち?」
「はぁ...。そんなに取り繕わなくてもあなたの気持ちは分かっているわ。長い付き合いだし」
「あら?流石にバレバレだったかしら?」
少なくとも今は、あの子が再びこの空を飛んでくれたことが嬉しかった。
久しぶりに見るその機体は懐かしい...という気持ちを通り越して何よりも眩しくて、少し泣いちゃったわ。...まぁしぽりんも泣いてたけどね。
これがあの子にとって、少しでもいい転機となってくれたらいいのだけれど...。
見上げた空に彼の機体の姿はもうなく、あるのは一本の飛行機雲のみ。
それでもそれは彼の居た証であり、戦っていた彼女たちの心に強く残ることになるだろう。彼女たちを救った英雄として。
「それはそうと同棲しているという話はいただけません。即刻別居させるなり、彼だけ黒森峰に移住させるなりしなさい」
「あ、やっぱり悔しかったんだ」