俺は今、西住家の所有する滑走路脇のエプロンにいる。
先日のまほとの約束。それとしほさんからの脅迫紛いの呼び出しによって戦闘機で飛んできたのだ。
この滑走路もここ最近は全く使われていなかったらしいが、俺が生きている事を知ってからしほさんが急きょ改修を入れたらしい。
どんだけ金持ってんねん西住流。ほんとは財閥か何かなんじゃないのか?
というかあれ?なんか前にもこんな事あったような気が...
「兄さん」
そんなことを考えていると下から声をかけられた。呼び方から相手は分かっている。
「まほ、わざわざ迎えに来なくてもよかったのに」
「いいじゃないか、私がそうしたかっただけだ。それよりも早く行こう」
そう言ってまだ戦闘機に乗っている俺を急かしてくるのだが
「いやいや、梯子ないと降りれんから。それにまだ着替えてないから」
「ハシゴ?降りる時にそんなものがいるのか?」
「いるのよ。今ちょっと整備員さんが席外しちゃったから降りれないだけ」
「戦闘機から降りるときはな───
俺はまほの足元に置いてある梯子を指差してのんびり説明し始める。
どのみち整備員さん来ないと降りれんからな。時間は充分にあるし。
しかしそんな俺の気持ちとは裏腹に早く家に戻りたいのか、俺が目を離した瞬間まほが梯子を持ち上げていた。
「これを掛ければいいのか。おっ、意外と重いんだな、とととっ」
「え!?ちょ、待ってまほ!強く掛けると塗装が剥げるから!あっ!だめっ!優しく掛けてぇぇぇええ!!」
ガリガリガリッ!!
「...すまない兄さん。兄さんのを傷物にしてしまった」
「いやもうやっちゃったものは仕方ないけど言い方」
女の子がそんなこと言っちゃダメでしょ。
「この責任は必ず取るから」
「なんの責任取る気だよ!取らなくていいからな!ケストレル戻ったらすぐ直るからな!」
そんなやりとりは家に向かう道中でも行われたのだった。
◇
「遅い!」
「いやすぐ飛んできたんで結構早い方だったと思うのですが」
家に着いて早々しほさんからお叱りが飛んできました。理不尽すぎる。
ちなみにまほは一旦部屋に戻ってもらっている。
しほさんから俺に言いたいことがあるそうな。
「そういう意味ではありません。千代の家には大分前に挨拶に行ったと聞きました」
「えぇー、あの時は仕方なかったというか、脅迫されたというか」
「ならその後にでも連絡してくれればよかったではありませんか。大体先日の試合であなたを見るまで私がどれだけ心配したことか───
あぁ。既視感の正体はこれか。
千代さんに呼び出された時と状況が同じだ。
しほさんも千代さんと同じく俺のことを心配してくれていたからこそ今日の呼び出しに繋がったのだろう。
だから遅い。と
それが分かっただけでも嬉しいというかむず痒いというか...
「まほだってあなたが居なくなってからは───
「だからあなたもまた昔のように───
「ふふっ」
「何かおかしいことでも?」
「いえ、前に千代さんにも同じようなこと言われまして」
「千代が?」
「はい。しほさん、心配していただいてありがとうございます。名だたる名家のお二方からこうして気に掛けてもらえるなんて私は幸せ者です」
あの時は千代さんも本当に心配してくれていた。俺のことを家族のように思ってくれていた。
2人に頭上がらんのはこういうとこなんだよなぁ。
「それに」
「それに?」
「あなたと千代さんってやっぱり似た者同士ですね」
「は!?な、なにを言い出すかと思えば」
「私と話す時は娘さんのことばかりですし、流派よりも娘のことを考えあげてるとことか結構似てると思いますよ」
「そ、そんなことはありません。私は娘たちに西住流として正しく成長して───
「はいはい。そういうことにしておきましょうか」
まったく。この人も素直じゃないんだから。
「はぁー。この話はもういいです」
「それよりも、遠くから聞こえていましたが」
「え?なにが?」
「まほを傷物にしたと」
「いやいや!まほが傷物にしたんですよ!」
おい、地獄耳!大事な所聞き間違えてんじゃねぇか!
「責任も取ると」
「塗装のですよ!ケストレル戻ったらすぐ直りますから!とる必要無いですからね!」
やっぱりめっちゃ似てるな。親バカすぎるところが。
◇
「それで?今日は泊っていくのでしょう?」
「え?お気持ちは嬉しいのですが任務が」
「あなたのために部屋も用意してあります」
「いや。任務が...」
「まほの部屋です」
「いやそれまほの部屋」
というかさっき責任どうこう言ってた親バカが、娘と同じ部屋に泊めさそうとかどういう神経してんのよ。ダメでしょ普通に考えて。
まぁ成り行きとはいえミカと住んでる俺がいうのは説得力に欠けるけどな!!
「彼もこう言っておりますし、少し休憩してから考えては?これお飲み物でございます」
「あぁ、ありがとうございます」
俺としほさんの押し問答が繰り広げられようとしていた時、横から菊代さんの助け船が
よかった。これで一息つける。
何故こうまでして俺を泊めたがるのか分からないけど
なんだろう、嫌な予感しかしない。
一旦空に逃げた方がいいかもしれんな...
そう考えながらお茶に口を付けたのだが
「...図りましたね」
お茶じゃなくて酒だった。
「あらあら、間違ってお酒を出してしまいました。これで戦闘機に乗れば飲酒運転。もう泊まるしかありませんね」
そうだった。この人もガッチガチの西住流だったわ。
「はぁー。分かりましたよ、泊まらせていただきます」
「分かればいいのです」
「ただし、私は居間で寝ます。これは譲れない」
流石にまほの部屋に泊めさせてもらうわけにはいかない。
「はぁー。そういうところ変わらないわね。あなたは」
「当たり前でしょう。人というのは簡単には変わらないんですよ」
「いえ、変わるものよ。私の娘たちのように」
「あぁ。それはあの子たちだから出来たことですよ。簡単に出来るものじゃない。私は何の手助けもしてやれませんでした」
「そんな事はないわ。娘たちにとってあなたの存在があったからこそ折れることはなかった。それは紛れもない事実よ」
「ははっ。買い被りすぎですよ」
「そんな事ないわ。娘たちにとってあなたは───
いえ、これ以上は無粋ね」
「ともかく、今日はゆっくりしていきなさい。あなたの家だと思って」
「そうですね。お言葉に甘えさせていただきます」
そうして俺は部下に任務を丸投げして西住家に泊まることになったのだった。
俺のせいじゃないからね!しほさんと菊代さんのせいだからね!
◇
夜───
結局兄さんは私の部屋には泊まらず、居間で寝ることになった。
それは彼なりの配慮なんだろうけど、別に減るものじゃないんだから私の部屋で寝てくれてもよかったのに。
でもまぁそこが兄さんらしいんだけどな。
少しいじけながら私は彼を思い浮かべる。
彼はいつも私たちとの間に一線を引いていた。私たちが押せば引く絶妙な距離感というか、そんな感じの。
最近は彼の心境の変化か大分距離が縮まってると思うけど、私たち的にはもどかしかった。
だってそれが縮み切るまでの時間を待つほど、私たちは優しくないから。
だから私も、もっと積極的にいかないと...。
「〜〜♪」
人知れず私が決意を固めていると外から鼻歌が聞こえてきた。
懐かしい。あの歌だ。
そう感じた時、私の足は自然と彼のいる居間へと動いていた。
「兄さん。少しいいかな」
「おお、まほか。どうした?」
居間に入ると、ベランダでお酒を飲む彼がいた。
「懐かしい歌が聞こえたものだからつい」
「あら、聞こえてたか。すまんな」
「いや、いいんだ。別に寝ていたわけじゃないし」
「それよりも昼間はすまなかった。なんかお母様も巻き込んでしまったようで」
あの悪戯な発言がそこまで飛び火するとは正直思っていなかった。お母様、私たちのことになるといつも冷静じゃなくなるから。
「気にしてないよ。もう誤解は解けたしな」
まぁ、誤解も解けずにあのまま話が進んでくれても私的にはよかったのだが。
そういえば、と先程の彼の鼻歌で思い出した事がある。
「兄さんはあの歌の意味。もう見つけたのか?」
そう。それは彼が時折口ずさむ歌。曲のタイトルさえ知らないけど、私は覚えている。無線機から流れるあの歌を。
「ああ。まほには悪いが、もう見つけたよ」
そうか、もう見つけてしまったのか。本当は一緒に探したかったけど仕方ないのだろう。彼と会えなかった十数年はそれだけ長かったから。
だからせめて
「教えてくれないか?その答えを」
そう言った私の言葉に彼は悪戯な顔をしてみせた。
「それは、秘密だ」
「どうして?」
「見つけて気付いたんだ。この歌には人それぞれの答えがある。だから俺が見つけた答えだけじゃなくて、まほの見つける答えもあるはずだ」
「俺流に言えば今は、もっと挑戦し、もっと飛び続けろ。お前の求める答えはきっとその中にあるさ」
「だからその時にまた、2人で答え合わせをしよう」
そう彼は私に笑い掛けた。
──────
彼の見つけた答え。それを今知ることは結局出来なかった。
でも彼は言ってくれた。また2人で、と。
だからこれからも私は探し続ける。彼の隣で。
私は他の2人と比べて少し出遅れているのかもしれない。
けど負ける気なんてさらさらない。
西住流に逃げると言う道はないからな。
「そういや、お前にはCD渡してなかったな。今更だけどいるか?」
「いや、大丈夫。もう覚えたから」
「ん?なんで?ちゃんと聴いたことないはずたろ?」
「それは、秘密だ」
これは教えてくれなかった兄さんへの小さな悪戯心。彼もまさか自分たちが魔改造した無線機に混線してるなんて思いもしてないだろう。
「兄さん。今日は私もここに居ていいかな」
「...仕方ない。今日だけだぞ」
「あぁ。ありがとう」
「「〜〜♪」」
その日の夜は、2人の聞きなれない歌が遅くまで西住家に流れていたらしい。
◇
「まほ、うちの事はいいから当分は自由にやりなさい」
ケストレルへ戻るために俺が戦闘機で準備をしているとしほさんがまほに話をしていたのが聞こえた。
しほさん。知らないかもしれないけど既に自由にやってるよこいつ。勝手に印鑑押しちゃってるよこいつ。
「あの時私に無断で印鑑を使ったことはいただけませんが」
いや知ってるんかい。
「一言言ってくれていたら私が押してました」
なんでやねん。留学決まってるって言ったのあんただろ。
「どうせ彼に却下されるとは分かっていましたから」
めっちゃ俺の行動読まれてたわ。
「これからは私も隔たりのない流派を目指します。彼が来やすい西住流を作るから安心しなさい」
「ありがとうございます。お母様」
「え?なんかお前も一緒にケストレル戻る流れになってるけど」
「そうだが?」
そうだが?じゃないんだが。なんの準備もしとらんぞ。
「フライトスーツは?あれないと乗れんぞ?」
今回は1人旅の予定だったから全部ケストレルに置いてきてるし。
「大丈夫。昨日一式届いたから」
そう言うとまほはおもむろにコートを脱いだ。
いや、着てたんかい。通りで準備遅いと思ったわ
「分かったよ。じゃあ乗りな」
「うん!」
結局俺が見つけた答えは、まほには言わなかった。
何故かって?
それはその答えは俺が空を飛ぶ理由と同じだったからだ。
お前たちという希望の為、そしてそれを守る為。
その為に俺は空を飛んでいる。
それが俺の答え。
この想いを胸に、昼も夜も俺は飛び続ける。
そこに希望がある限り、な。
だが歌の詩と同じく、旅には時間があり、そして終わりがあるものだ。
俺の養った考えは三粒の種となり、時を経て育ち、いずれはこの大海原へと旅立っていくのだろう。
だからそれまでの間でいい。お前たちの側にいさせて欲しい。
まぁそんなこと、恥ずかしすぎて言えんがな。
「兄さん。準備出来たよ」
後部座席に入ったまほから、そう声が掛かった。
対して俺は、少しの照れ隠しも込めて昔と同じ言葉で答えてやった。
「それではお嬢様。本日はどのような旅をご所望で?」
「ふふっ、そうだな。あの頃から色褪せることのない、空の旅を」
反戦のスタジアムで流れたあの曲『The Journey Home』
その歌詞の一節にはこう綴られている。
“天国にほど近い高空より
眼下に広がる怒り狂う嵐
答えの中のどこかに
飛び続ける希望がある”
てか、The Journey Homeのオーケストラver最近聴いたんですけどめちゃくちゃ良かった(小並感)