「ふむふむ。これがあの噂のお方ですか」
「そうよ。体の隅々まで見なさい?」
「確かにカチューシャ様と同志ノンナが気に入りそうなお方ですね」
「いや、誰?」
こっそりと部屋に入ってきていたのは同志クラーラ。前から私たちが彼の話をするたびに一度会ってみたいと言っていたから、今回の話を聞いて見に来たのでしょう。
「紹介するわ。クラーラよ」
「クラーラです。お噂はかねがねうかがっています」
「え?あ、あぁ、よろしく」
珍しく歯切れの悪い彼の返事。おかしいところは何もなかったと思うのですが。
「...ノンナ、ノンナ」
「なんでしょう」
「噂って何よ」
...あぁ。そこですか。
小声で話しかけられた私は、彼の疑問に1人納得した。
「それでしたら、初対面であなたが私を押し倒したという話だと思いますよ」
「いや、間違って無いけどちゃんとその時の状況も説明してあげて!?」
「それでしたらちゃんと説明してますのでご安心ください」
「なら先に言って!?」
「え!?ノンナが押し倒されたの!?」
「お前はその時隣にいただろ!というかお前が迷子じゃなかったら誤解も生まれんかったわ」
「迷子になんてなってないわよ!ちょっと1人で歩いてたら人混みでわからなくなっただけよ」
「それを迷子っていうんだよ」
「まあまあ。2人とも落ち着いて下さい。そもそもカチューシャ様が迷子になってなければ3人は知り合ってなかったんですから」
「ふふんっ!クラーラのいう通りよ。私に感謝しなさい?迷子じゃないけど!」
「へいへい。ありがとなー」
そう言ってカチューシャの頭を撫でる彼。返事が棒読みだった事については、今のカチューシャには届いていないでしょうね。
「ノンナもありがとなー」
「!?」
結局私も撫でられた。クラーラもいる手前、やはり少し恥ずかしい...。
「ふふっ。噂通りのお方。同志ノンナが好きになるのもわかりますね」
クラーラがポツリとこぼしたその言葉は、私にしか聞こえていなかったと思う。
◇
その後、場所を移して現在は演習場。
一応形として今回は、“視察”ですから。
「どうでしょうか?」
「すまん。当て感良すぎて何も言えねぇわ」
折角だからと彼から射撃を見せてほしいと言われたのだが、やはり専門外である彼には難しそう。
「なんかすまんな。折角来たのにアドバイスも出来なくて」
「い、いえ。交流会の時から専門外であることは分かってましたし...」
今日は視察なのだから、彼が謝る事なんてないのに。
「んー。まぁお詫びと言うわけではないんだがこの後予定空いてるか?」
「へ?」
「いや、うちの艦隊には10式もあるからな。それに乗ってみれば何か見えてくるものもあるんじゃないかなと思ってな。今日はちょうど後部座席も空いてるし」
「え...えぇ。大丈夫ですよ」
なんだ、戦車のことか。てっきり私は...って何を期待しているんだ。
「まぁ今日はミカたちもいるし、いい意見交換になるだろ。それに新型装備に触れれるなんて滅多にないからな」
「“たち”も?」
「ん?あぁ、まほとエリカだよ。あいつら休みだからってうちの艦隊入り浸って。ちゃんと戦車道の訓練してんのか?」
「あの黒森峰の2人が...。少し意外です」
...まぁ、ミカさんに関しては予想はついていましたが。
「そういえば同志とミカさんはどういう関係なんですか?」
私の素朴な疑問。今回の視察の件もそうでしたが、気にはなっていたのです。彼と親しげに話すミカさんとの関係が。
「ん?んー、まぁ...あれだ」
そんな私の問いに、少し歯切れの悪い彼。そしてその言葉の続きを私は聞いてしまった。
「...婚約者」
「...え?」
「だから婚約者だよ」
「あ、あぁ。そう...ですか」
2人の間には継続の学園艦に滞在しているからという理由以上の何かがありそうな気はしていた。
でも、そこまでの関係だとは思っていなかった。
...聞くんじゃなかった。
これで彼と私の関係が終わるわけではない。でも、何か胸が締め付けられるような、そんな気持ち。
まほさんやエリカさんも私と同じような思いをしたのでしょうか...。
...?でも、あのお2人からそんな雰囲気は感じられなかった気がする。少なくとも彼女たちも彼に対して何かしらの感情を持っているように見えていたのに。
「まほさんやエリカさんからは何も言われなかってのですか?」
「ん?まぁ言われなかったな。だってあいつらも婚約者だから」
「へ?」
少しバツが悪そうに頬をかく彼。
...なるほど。
「とんだ女垂らし、ということですか」
「いや、これには深いわけが...」
「ふふっ、大丈夫。分かっていますよ」
何故そうなったのか、その理由を私は知らない。
けど、彼はそんな人ではない。
口では軽く言ってますが、私は信頼してるから。彼の事を。
...でも、そう。もし許されるのなら
「
「ん?どうした?」
「い、いえ。何でもありません」
無意識に出たその言葉はロシア語となり発せられた。
何故そんな言葉が出たのか分からない。
けどこれがもし、日本語で言ってしまっていたら...。
そう想像すると顔が熱くなる。
“ブリザードのノンナ”と異名を持つ私が、朝から冷静でいられない。
ダメだ。いつもらしくしっかりとしなくては。
そう思いながらもう一度彼の顔を見ると、また顔を赤くしてしまう自分がいた。