あの後も理不尽な隊長命令によって飛行訓練を続けていた私たちだったが、日が傾いてきたこともありケストレルへと戻った。
私も黒森峰の学園艦まで帰らないといけないし、訓練の時間が短くなるのは仕方ない。
ただまぁ、あと1週間と考えると少しの時間も無駄にはしたくないのよね。
うーん...と頭を捻るがいい考えが浮かび上がるわけでもない。
「ならうち泊まるか?」
「───...へ?」
いきなりすぎる彼の提案に、私の返事が一歩遅れてしまう。
「黒森峰帰るよりはうちの方が近いし、時間無駄にしたくないならそっちの方が合理的だろ?」
「まぁ...そうだけど...」
滅多にない機会なんだから行きたいのは山々。けど1週間もいきなり押しかける形になるし...迷惑じゃないかしら。
「取り敢えず着替えとかの荷物は明日寮に取りに戻るとして、今日はそのままうち直行で大丈夫か?」
「...ほんとにいいの?」
「ははっ。よくなかったら言ってないだろ」
戯けた表情をしながらも、確かに彼はそう言ってポケットから携帯を取り出す。
「んじゃあ、ミカには俺から連絡しとくから。ちょっと待っててくれ」
「うん」
そして執務室に残されたのは私1人。
全く。これじゃ素直に喜んでいいのかわからないわね...。
静寂に包まれた空間で、頭の中では観艦式までの不安と今まさに手に入れた1週間の宿泊券のことが混ざり合っている。
こんな時、ほわわんとしたあの子なら“取り敢えず先の事は置いといて、今を楽しみましょう”───なんて発想になるんでしょうけど...。
はぁー...。1人で考えても仕方ないわね。どうせだし、久しぶりにあの子に電話でも掛けてみようかしら。
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「───ということなのよ」
久しぶりの電話。少し気まずい感じではあったが、みほは快く相談に乗ってくれた。色々あって疎遠になりかけていた(主に私のせいで)私たちではあったけど、お人好しって所はほんと変わらないわよね...。
『...』
「...ちょっと。何か言いなさいよ」
粗方の経緯を話し終えたのだが、快く乗ってくれた最初とは違いみほからの反応が無かったことに少し不安を覚える。
『あっ...いや...その。言っちゃっていいのかな...?』
「なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
『いや...ね?逸見さんから...その...恋愛相談なんて受けるとは思ってなかったから...あはは...』
「───...は?」
え?何?何て言ったこの子。恋愛相談?...恋愛相談...恋愛相談!?
「は、話聞いてた!?あいつの家に泊まるだけよ!!れ、恋愛とかそういうのじゃ、そういうのじゃ...」
無いわけではないけど...。
「ふふっ。隠さなくても大丈夫だよ逸見さん。もうお兄ちゃんの婚約者なんでしょ?」
「ふぇ!?」
だめだ。急に思わぬ事実を突きつけられてに変な声が出てしまった。
「そ、そうだけど何であんたが知ってんのよ!」
私まだ言ってないんだけど!?
「だって、お姉ちゃんがね?いつも嬉しそうに連絡してくるの。今日は皆でこんなことしたんだーって。あ、この前ココスの服も着たんでしょ?いいなー。あれ可愛かったもんね」
隊長...。いくら可愛い妹とはいえ情報漏らしすぎでは...。
「あ、そうそう。愛里寿ちゃんからも聞いてるよ?ミカさんからよく連絡来るんだってお兄ちゃん関係の話」
いや、情報漏れすぎでは!あいつのプライバシーゼロなのでは!
「ふふっ。逸見さん」
「な、なによ」
「今更になるかもしれないけど、おめでとう!」
「───っ!...あ、ありが...と」
...って。なんで私がお礼してるのよ!そういう相談じゃ無かったでしょ!?
人の良さそうな笑みを浮かべているのだろう、みほの表情が電話越しにいやでも分かる。
「はぁー...。もう切るわね」
「うん...」
何故私が祝福される流れになったのか分からないけど、久しぶりにみほの声を聞いて少し安心した自分がいる。
ちょっと癪ではあるけど、大洗で元気にやってるんだなーって再認識したから。
もう昔のような関係に戻るのは不可能なのかもしれない。けど私もまた友人として再スタート出来たら───...いや、これ以上は望みすぎね。
あの子にはもう頼れる仲間がいる。それも私なんかよりも、よっぽどいい仲間たちが。
改めて考えてみれば、“今の”あの子にとって、“過去”である私は邪魔なだけなのかもしれない。
呼び方だって、昔と違って苗字呼びだし。
けど、これは自分で蒔いた種。あの子にも、そしてあの子の仲間たちにも私は酷いことをした。だから...だから、これでいいの。これ以上は何も───
「逸見さんっ!!」
「え!?な、なに?」
耳を外していた携帯から怒鳴るような大きな声が聴こえ、通話終了ボタンへと伸ばしていた指を慌てて引っ込めた。
「あ、あの...今日は連絡くれて、ありがと...ね」
「なんであんたがお礼してんのよ」
「えへへ...じゃあまた。“エリカさん”」
「うん。じゃあ...また」
少しの沈黙の後、今度こそ通話終了ボタンを押す。
はぁー...。あの子の温かい日差しに当てられて、なんか毒気抜かれた気分。
あれだけのことをした私にも、ぎこちなくはあるが変わらずに接してくれる。
「───全く。お人好しにも程があるっての」
その言葉を口にした時の私は、自分では気付いていなかったが嬉しそうに微笑んでいたんだと思う。
というかあれ?最後にエリカさんって言われたような...いや、気のせいよね。気のせい。
...あ、というか隊長にも一応連絡しておかなくちゃ。
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―――――――――
「───と、いうことになりましたので」
みほの時と同じく観艦式のこと、そして彼の家に泊まることを伝える。隊長ならきっと的確なアドバイスがもらえると信じて。
「そうか...いや、ここはおめでとうと言った方が正しいな。エリカ、観艦式楽しみにしている。頑張ってくれ」
「はい...。で、ですが観艦式は1週間後です。私の技量で間に合うかどうか...。今になって、飛ぶなら隊長の方が良かったんじゃないかな...と」
「ふむ...」
そうして、隊長は少しの間考えるように言葉を止める。
「───エリカ!!」
「は、はい!!」
「この艦隊においてお前の役割はなんだ!」
「え、い...いや。その...」
「お前はラーズグリーズ隊の6番機だろう!」
「は、はい!」
隊長の言葉に思わず背筋がぴんと伸びる。
「今回の観艦式。ラーズグリーズ隊が飛ぶのにお前はどうするんだ」
「わ、私も一緒に飛びます!」
「そうだ。それはお前がラーズグリーズ隊の6番機だからだ。それに、そもそも私もミカも戦闘機なんて飛ばせん。それはお前にしか出来ないんだ」
「で、ですが...」
私なんて、いつも人の足を引っ張ってばかり。私より優秀な人材ならいくらでも───...。
「そんな卑下になるなエリカ。お前は戦車道でも優秀だし、既に私でも出来ないことを成しているじゃないか」
「隊長...」
「兄さんも言ってたぞ?エリカの才能はアグレッサー部隊でも通用する、とな」
「あいつが...そんな事を?」
「あぁ。部隊員も皆そう思っている、ともな。だから自信を持て」
「...っ!はいっ!!」
隊長...。やっぱり頼りになる。ほんと、相談してよかった...。
「...だがなエリカ」
「───え?」
あれ?気のせいか声のトーンが少し低くなったような───
「それとこれは話が別だ!」
「ふぇ!?」
予想外の言葉にまたしても変な声が出てしまう。
え?何?それとこれってどれのこと言ってるの!?というかもしかして隊長怒ってる!?わ、私。何かしたっけ!?
「エリカ!」
「ひゃ、ひゃい!」
「兄さんの家に泊まりに行くと言ったな」
「そ、そうですが...」
「ずるいぞ!!」
ハウリング寸前だったその隊長の声は、私の鼓膜を破壊...する前に、耳を離したことで事なきを得る。
「大体なんだ?1泊程度かと思ったら1週間だと?私だって兄さんとそんなお泊まりした事ないのに!...うううっ!私も行きたい!」
「え?いや...その───」
「行きたい!行きたい!行きたい!!」
ま、まずい。あの隊長が駄々っ子に。
彼のことになると隊長も年相応になる?というか...でもこれはこれで...ってそうじゃない。このままだと隊長も来ちゃう。
平時であればめちゃくちゃ嬉しい...けど、今回は状況が違うのよ。
相談を持ち掛けたのが私という手前断りづらいし...というかそもそも断りづらいし...。
うむむむむ!かくなる上は...!
「あ、...あー!すみません隊長!電波が!」
ごめんなさい!隊長!
「待てエリカ!話はまだ終わって───プツッ...
───ふぅ...。
プツりと切れた携帯を置いて一息。
みほに連絡入れて隊長止めてもらうしかなさそうね...。