「そろそろいいんじゃないかな?」
「ふぇ!?...あっ...そう、ですね...」
数分経った頃。時間を忘れていた私は、ミカさんの一言でようやく我に返った。
彼の温もりから離れるのは、その...少し...残念。けど、ミカさんのおかげで美味しい思いができたのは事実。
抜け駆けばかりのミカさんだけど、今回は感謝しないといけないわね。───...と思っていたんだけど。
「...いや、お前はさっきやっただろ」
目の前には何故か両手を広げて、物欲しげな表情をしているミカさんの姿が。
なるほど...交代したかったのね...。
「むぅ...。なら今日の夜ご飯は無しにしようかな」
いや、あざとすぎる。絶対そんな気ないでしょ。
「はいはい、分かったよ」
しかし、彼は仕方なさそうに頷く。
ミカさん...やはり策士。
「むふーっ」
彼の腕の中から見えたミカさんの表情は、また少しのドヤ顔を挟めてから満足そうに包まり直す。
まぁ、結局ミカさんはミカさんだったということね。───というか、私もああいう顔してたって考えるとやっぱり...恥ずかしい。
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―――――――――
「あの...ミカさん?そろそろ...」
ミカさんが彼に抱きついてまた数分。なかなか離れないミカさんに今度は私が痺れを切らす。
「んぅ。仕方ないね」
不服そうではあるが、そう言ってミカさんはようやく彼から離れた。
気持ちはわかる。気持ちはわかるけど、ミカさんはいつもやってもらってるでしょ全く...。
「それじゃあ改めて、ようこそ“我が家”へ。歓迎するよエリカ」
「あ、ありがとうございます」
“我が家”というところを強調しているのはちょっと納得いかないけど、一応客人側なのでお礼?はしておく。非常に納得いかないけど。
「ちなみに今日の夜ご飯はハンバーグにしてみたよ。エリカが来るって連絡もらってたからね」
訂正、ちょっとは許すことにしよう。まぁ許すと言ってもハンバーグ一欠片分ぐらいだけど。女性だって自分の好物には弱いのだ。
「取り敢えず上がりな。諸々は俺らがやるから」
「ふふっ。ほら、はやく」
「じゃ...じゃあ。お言葉に甘えて」
そうしてついに...これから1週間の共同生活が始まった。
◇
「はい。どうぞ?」
「...わぁ!?」
食卓についた私の前に出てきたのは家庭料理のはずなのに、何故か鉄板に乗っているハンバーグ。
美味しそうなデミグラスソースが軽くかかっており、鉄板からはじゅうじゅうと肉汁が弾ける音が聞こえる。
これには某ココスもびっくりドンキーするレベルの...というかあれ?この鉄板...普通にココスのやつじゃ...。
「ふふっ。それはね、風と共に流れてきたのさ。私に使ってほしい...ってね」
「...!!?」
ま、まさかとは思うけど。あれだけココスで広報とかしてたのに、ミカさん...もしかして盗んで───「いや、そこは本当に好意で貰った物らしいから安心してくれ」
「そ、そうなの?」
「まぁ、私も変わった。ということかな」
「変わってなかったらやってたって裏返しだろそれ」
「さぁ?どうだろうね」
澄ました顔で言ってるけどミカさん。その言い方だと、やりますと暗に言っているようにしか聞こえないんですけど。
というか昔の悪評を考えると本当にやりそうだからなぁ。事実、黒森峰もレーションとかの在庫が合わないって報告が昔はよくあったのに最近は全くない。やっぱりあれ全部ミカさんだったのでは...。
「───ん?どうしたエリカ?何か言いたげだな」
まだ澄まし顔をしているミカさんをぼんやりと見ていると、私を見て疑問を浮かべていた彼と視線が重なっていた。
「あー...実は少し前までね?黒森峰のレーションの在庫がn「エリカ。そろそろ食べないと冷めちゃうよ?」───へ?あ、あぁ。そうですね」
しかし、そんな彼への説明はミカさんの一言で遮られてしまった。軽く視線を向けると、そのことに関しては言うなよ?...という圧力を感じる。
だからミカさん。それ暗に自分が犯人ですって言ってるのと同じなんですよ!
「まぁ、冷めたハンバーグより熱々の方が美味しいしな。そろそろ食べるか」
「うん...そうね」
...彼は気付いてないようだから、この事は心の奥にしまっておくことにしよう...。
じゃあ取り敢えず───
「「「いただきます」」」
各々がそう言ってからようやくハンバーグにナイフを入れると、中からは肉汁と共に湯気が上がった。
よかった。まだ冷めてないようね。
フォークを刺して少し上げれば、この後起こる事を想像するだけで涎が溢れてくる。
───はむっ!
───...!!?
かかっているデミグラスソースをつけて口に入れると、彼好みなのだろう少し濃いめの味が広がる。
...これ、すごい美味しい。
口にいれると溢れてくる肉汁と幸福感。デミグラスソースの味もさることながら、ハンバーグ自体もちゃんと空気抜きされてる。
これが噂に聞くミカさんの手料理...。鉄板使ってるのは予想の斜め上だったけど、見た目倒しじゃない味付け。
「ふふっ。満足してくれたようだね」
「はい。その...なんて表現したらいいのかわからないんですけど、すごい美味しいです」
「それはよかった」
私の言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべるミカさん。
でもこれだけの料理スキル、何が秘訣になってるのか正直気になるわね。
「知りたいかい?」
「え?教えてくれるんですか?」
「今回だけは特別だよ?」
何故今持っているのか。用意良すぎでは?という話は置いといて、ミカさんが取り出してきたのは一冊の本。
何かの料理本かと思えば違う。よく見れば───...漫画?
タイトルは───ラーメン発見伝...?
「いや、あの...ミカさん。色々とツッコミたいのですが」
秘訣って漫画本だったの?正直リアルで誰かに教わっていたもんだと思ってた。
というか私の見間違いじゃなければ、その本、ラーメンって書いてあるわよね。それがどうしてハンバーグの作り方に関係あるの?
「エリカ。この本にはね?料理の大切な全ての事が詰まっているのさ。でも、ほとんどの人がそれに気付かないだけなんだ」
「な、なるほど...深いんですね」
そう相槌は打ったが正直よく分かっていない。けど、ミカさんがこの本で料理を学んだという事は間違いないのだろう。だから私もこの本で料理の勉強をすれば───「エリカ。真に受けるなよ?それ全部嘘だからな?」
「えぇ!?」
「当たり前だろ。まぁ料理の心得として参考にはなるかもしれんが、あくまでもラーメンの漫画だからなそれ」
「た、確かに」
あ、危ない。ミカさんのそれっぽい言葉に騙されるところだった。彼のいう通りラーメン漫画だものねこれ。
「ふふっ。気付かれたんじゃ仕方ないね」
「本気にしちゃいましたよ...」
お茶目に舌を出すミカさんに、私は少しの苦言をのせる。
「ごめんごめん。でも、真面目な話をするとね?秘訣も心得もきみは既に持っていると思うよ?」
「え?」
「だって料理に1番大切なのは“愛情”、だろう?」
「...!!」
「だからあとは、きみがそれをどう表現するかだけさ」
「ミカさん...」
漫画の話で流されたと思っていたけど、ミカさんはちゃんと教えてくれた。1番大切な事を。そして、それを既に持っている事も。
...あとは私次第ってことか。
そう思うと自然と手に力が入る。
「でも、芹沢さんの話は勉強になるから知っておくべきだと思うんだ」
「───え?誰ですかそれ」
芹沢さん?え...誰?知り合いにそんな人居たっけな?もしかして継続高校の人とか?だったら分からなくても仕方ないけど、うーん...。
「...エリカ。お前ラーメンハゲを知らないのか」
しかし、困惑する私とは裏腹に知らない事に驚愕の表情を浮かべる2人。
え!?そんな有名な人?というかさっきと名前変わってるけど!?誰よラーメンハゲって!?
「漫画は読まなくてもいい。だがラーメンハゲだけは知っておけ」
漫画の話だった!さっきの話まだ続いてたんだ!
「エリカ。芹沢さんはね?ラーメンに髪の毛が入らないようにわざわざ髪を剃ってるんだ。だからラーメンハゲと言われているだけで、本当のハゲではないんだ」
「奴はな?お世辞にも人格者とは言えないけど、ラーメンに対する熱量だけは誰にも負けてないんだ」
いや、この2人どんだけラーメンハゲって人好きなのよ!料理の秘訣を聞いていたはずなのに、気が付けば何故かラーメンハゲって人の話になってるじゃん!
「「エリカ。ちゃんと聞いてるのか?」」
「き、聞いてるって!」
いやほんと、なんでこんなことになったんだろうか...。思い返しても何が発端になったのかわからない。
でも2人から出る熱量を感じればもうそれでいいやと思ってしまう。
まぁ、折角だから私も読んでみようかな...ラーメン発見伝。
「───あぁ、それとミカ」
「うん?」
「逃げ切ったつもりかもしれんが、黒森峰にレーション返しとけよ」
「え!?い、いやあれは昔の話だから...ね」
「なら1週間弁当なし」
「ガーン」
結局ミカさんだけは締まらないのだった。