「やっぱり風呂上がりのコーヒーは最&高。流石ミカ」
「ふふっ。だろう?」
彼の賞賛に満足そうな笑みを浮かべるミカさん。その視線の先にはコーヒーを飲む彼の姿。
ちなみにだけど、彼はちゃんと服も着てる。...まぁ、着替え直させたのは私の責任なんだけど。
私のはだかを見たり、彼の着替えを取っちゃったりと色々あったにも関わらず彼に変わった感じは見受けられない。
まぁミカさんで慣れてるからなんだろうけど、なんかこう...もうちょっと何かあってもいいと思う。
だって見られた側の私がこんなに狼狽えてたってのに、見た側の彼が平常運転ってちょっとおかしくない?
ちゃんと女性として見られてるのか不安になるんだけど。
「ん?エリカも飲みたいのか?」
「え?」
私の視線に気付いたのか、彼からそう声を掛けられた。
「ほら、エリカも分もちゃんと淹れてあるよ?」
「あ、ありがとうございます」
全くもう...。そういう意味でジト目してたわけじゃないんだけどなぁ...。
コトリと置かれたマグカップの水面には、複雑な表情を浮かべている私の姿が。
けどミカさんはきっと、私が考えている事にも気付いてる気がする。何故か昔のことを懐かしむような目でコーヒー淹れてたし。私も昔通った道だなーって...。
―――...いやちょっと待って。それ軽くマウント取ってるわよね!?私は既に経験済みだよ?エリカよりも大分前にね?的な意味含まれてるわよね!
「察しがいいねエリカは」
「やっぱり!」
油断してたらすぐこれなんだから!というか私だって同棲してたらもっとはやくに―――...。
と、ともかく!これはきっと彼の前なら全員が通る道なんだと思います!最初がミカさんだっただけだと話だと思います!
心の中でミカさんにそう叫びつつも視線は再度彼の方へ。
「ねぇ!」
「ん?」
「私のはだか!...み、見たんでしょ?」
「ん。見たな」
ぐぬぬ...。
簡素に、それでいてあまり気にしていないかのような彼の言い方に少し苛立ってしまう。
「なんか言う事とかないわけ?」
「いいだろ。別に減るもんでもないし」
いや思考がミカさんとおんなじ!女性のはだか見たってのに感想薄すぎでしょ!私だってあなたの婚約者よ!こ・ん・や・く・しゃ!
「大丈夫だよ、エリカ。ほら、彼の耳を見て?」
そう促されて視線を移せば、表情は変えども彼の耳は少しだけ赤くなっている。
「彼はね?恥ずかしがるときは、いつもああなんだ」
「な、なるほど?」
それが図星だったのか、今は視線を逸らして頬をかき始めた。
そういうとこだけは分かりやすいわよね...。嘘はつけないというか何というか。
「ふふっ。そういえば、私と初めて入った時もそんな感じだったよね」
「おいやめろ。めっちゃ恥ずかしいわ」
はぁー...。要するに、彼もちゃんと思ってるという事よね。
「なら...許す」
「何を許すんだよ...」
思わせぶりな仕草を“しない”あんたの事よ。あんまり私たちを不安にさせないでよね。まったく...。
...あれ?でも自分の身体は見られても何とも思ってなさそうよね?ということはやっぱり半裸―――「いや、その理論なら海水浴行った男全員恥ずかしがってるだろ...」
「た、たしかに?」
海にいる男性全員が恥ずかしがってるなんて光景、色んな意味でやばい。というか想像したくない。
うん。このことに関しては、彼のことを全面的に信じることにしよう...。
「あ、それなら最近はどうなんですか?」
何だかんだいっても、いつも恥ずかしがってるわけないとは思うし...ちょっと気になるところ。
「んー...最近はあまり恥ずかしがってる様子はないよ?彼の中でも、既に私と一緒に入ることは当たり前になった...ということだね」
いや...それフィジカルで押し切っただけですよね。
フフンと鼻を鳴らしてるミカさんの隣で、あいつ肩すくめてるだけだし。
立ち回りとかじゃなくてAIMゴリ押しですよそれ。AIMゴリ押し。
島田流らしくないというか、彼とやり方が似ているというか...。継続高校が母校になると皆こんな感じになっちゃうのかしら...。まぁ戦車道においてはちゃんとしてるんだろうけど。
―――...ん?戦車道?砲手交流会?1対40?AIMゴリ押し?うっ...頭が...。
「けど...たまーに、ね?あぁいう状態になるときがあるんだ。だから、エリカもやってみるといい」
「一体それはどんな?」
「ふふっ。それはね?彼の背中を洗う時に「待て待て待て。それ以上は言うな」―――ん?いいじゃないか。別に減る物じゃないし」
「いや俺の尊厳が減りそう!」
あんたの尊厳なんて私たち高校生と婚約してる時点で今更でしょ...。
「まだ守るもんがあるの!」
「はいはい」
何をやったのか、その続きを聞くことは出来なかった。けど、珍しく狼狽える彼を見るのはなかなか新鮮だった。
俺の意志じゃ無いからなと私に釘を刺す彼ではあるが、それとこれとは話が別。あとでミカさんにこっそり教えてもらおう。
――――――――――――
―――――――――
話がひと段落したところで、彼に遅れること数分。冷める前にと口を付けたミカさんのコーヒーは格段に美味しかった。
豆自体は隊長が黒森峰から送ってるらしいから(最近知った)、きっと私も何処かで目にしてる物だと思う。けど、味に関しては“あ、これ再現出来ないな”と思わせられるような味。
苦味が強く、酸味が弱い。コクが深いのはもちろんだけど、それでいて雑味もない。
きっとこれも彼好みに合わせたんだろうなぁ。
そう思って聞いたらミカさんは―――
「ふふっ、当然さ。彼の好みは知り尽くしてるからね。...でも大切なのはこの時間を共有すること、だろう?」
―――なんて言ってたけど、砂糖とミルク増し増しで入れてるミカさんは全然かっこよくなかった。
「ほれ、座るだろ?」
「う、うん」
そう促されて私は、ソファーに座る彼の膝の上へと腰を下ろす。
腰に左手を回して抱き寄せてくれるこの感じは、私がバランスを崩さないためのサポートなんだろうけど、なんだろう...すごいダメになりそう。
ちなみにここを譲ってくれた本人はというと、隣で羨ましそうにこちらに視線を向けている。
いや、特等席譲るって言ってくれたのミカさんですよね...そんな目をされても困るんですけど...。
「しかし、エリカもブラック飲めたんだな」
「まぁ、黒森峰だし。当たり前でしょ」
「んー。それもそうか」
聖グロが紅茶を嗜むように、黒森峰も生徒のほとんどがコーヒーを飲んでいる。伝統...というかドイツの影響を色濃く受けているというか。
まぁ私はそれだけじゃなくて、昔から背伸びして飲んでたってのもあるんだけど。
「でも、ミカのコーヒーの秘訣は分かってないって感じだな」
「あんたの好みに合わせてるってとこだけは分かったけど」
私の淹れるコーヒーとは遠からず近からずってところ。前にノンナさんと淹れた時のは結構力作だったんだけどなぁ。
「いや、あれも美味かったぞ?苦味もコクも好きな味だったし」
「でもこれと比べると...ね」
「比べる先のレベルが高すぎるだけだろそれは...。そもそも俺にとっては、お前たちが作ってくれる物はなんだって嬉しいよ。一つ一つにお前たちの気持ちが感じられるからな」
そう言って彼の右手が私の頭を撫でる。
「それに、ミカも言ってただろ?大切なのは、この時間を共有することだって」
「うん...。えへへ」
その手に身を委ねれば優しく包まれている感覚と、特等席というのも相まって自然と笑みが溢れる。
隣では早く変われとミカさんが肘でつついてくるけど、今日はここ...私に譲ってくれるって言いましたもんね?
だからもうちょっとだけ...ふふっ。独占させてもらいますよ?
明日はミカの誕生日です。
おめでとうミカ!(1日早い)