機体は既に黒森峰と描かれたヘリポートの上。ローターは少しずつ回転数を落としている。
「午後からは予定なしだったよな?」
「うん。まぁ、予定なしってわけじゃなかったんだけど」
甲高い機械音がまだ止まぬ中私はそう返した。
実際観艦式の話がなければ、今日の午後からはまた戦車道の訓練だった。そりゃそうでしょ?ここは黒森峰...一に訓練、二に訓練よ。それに最近は新隊長としての引き継ぎもあるから。
「すまんな、色々と」
「別に、あんたが謝ることじゃないでしょ?」
今回の話が突然すぎただけだったわけだし、それに1週間戦車道から外れたぐらいで負けるようなやわな鍛え方はしてないから。
「ははっ、それもそうか。お前は優秀だからな」
「と、当然よ」
優秀...と言う言葉は私にはふさわしく無いのかもしれない。けど、彼に言われる分には悪くない。そう思ってしまう。だってその言葉に裏なんてないことは、私が1番分かってるから。
そんな私の意図を汲んだのか、彼は私の頭を優しく撫でてくれる。それが気持ちよくて、私は目を細めながら彼の手に身を委ねた。
「...ねぇ」
「ん?」
「その...ぎゅっとしてほしいんだけど」
「ん。...これでいいか?」
「うん...えへへ」
撫でる手はそのままに、私を包んでくれる彼。その距離はより一層縮まり、自然と視線は彼の唇へ。
「あの...ね?ミカさんが言ってた日課...私も...」
ドクンドクンと大きく脈打つ心臓とは対照に。か細い声で言ったその一言は、小さくても私の鼓動と共に彼まで届いていた。
「なら、ちょっと目を閉じときな」
言われるがままに目を瞑れば、暗闇の世界でも彼の吐息が段々と近付いてくるのが分かる。そして、それに釣られて私の鼓動も更に早く...。緊張から乾燥しかけていた唇を再度濡らしてその時を待った。
もう少し...
もう少し...
...
...
───むにゅぅ。
「...」
「...」
頬に感じた少し固い感覚に目を開ければ、目の前には悪戯な笑みを浮かべた彼の姿。
「...にゃにひてんのよ」
指で押された私の頬はそのままに彼の行為を咎めれば、なんとも恥ずかしい声が出てしまう。
「ははっ。面白そうだったからつい、な?」
「もう!こういう大事な時に揶揄わないでくれない!?」
「悪い悪い、じゃあ仕切り直すか」
「はぁー...。次はちゃんとしてよね」
「わかってるって」
そう言われて、私は再度目を瞑る。鼓動の早さもそのままに先程と同じように待っていれば、私の唇に触れる柔らかい感触。それが何なのか...確かめるまでもない。
彼の言い方からして次はちゃんとしてくれる...そう分かってたから。
重なり合う二つの影は少しの沈黙の後、ゆっくりと離れていく。
名残惜しく思いつつ瞼を上げると、目の前には微笑みを浮かべる彼。それを見ると私からも自然と笑みが溢れる。
「...ありがと」
「どういたしまして、お嬢様?」
「お嬢様は余計よ」
ほんと、調子いいんだから。
「さぁ、そろそろ時間だから。もう行くぞ?」
「うん...」
残念だけど、もう1限の時間が迫っている。この後は小梅が迎えに来てくれる予定だし、だから彼との初めてはここまで。
「忘れ物ないな?」
「うん...」
「昼飯終わったぐらいに迎えに来るからな?」
「うん...」
彼に抱きついたまま、私は返事を続ける。
もうちょっとだけこのままでいたい。そんな意図を察したのか彼は一つのため息の後、また私の頭を撫で始める。
「...もう一回やったら学校行けよ?」
「うん...えへへ」
そう言って彼は再度私を優しく抱きしめてくれた。
その時の顔は、きっとここの生徒が見たことのないほどに崩れた表情をしていたと思う。
私は黒森峰の新隊長。他の生徒たちの見本になるような規律正しい戦車道乙女で在らなければいけない。それが隊長から受け継ぐ西住流の教え。
...けど、彼の前では話は別。だって隊長も私も、戦車道乙女であると同時に恋する乙女でもあるんだから。
「行ってらっしゃい。エリカ」
「えへへ...行ってきます」
そして再度二つの影が重なる。その時間は、先程よりも少し長かった。