「ねぇちょっと...」
家から漏れる明かりを浴びながら、玄関に立つ私はチャイムを鳴らす前に彼の袖を掴む。
「隊長たちにもするんでしょうけど、その...私が先に...」
「ん」
そんな短い返事の後、彼は私の意図を汲んだように何も聞かず優しく抱きしめてくれる。
家の中にいるであろう2人に隠れてするそれは、何故か少しの背徳感と少しの優越感を感じた。
「───ただいま、エリカ」
「うん...えへへ。あんたも...おかえり」
間近に感じる彼のかおりと温もりに、訓練で疲れた私の心が満たされていく。
笑みを溢しながら見上げれば、彼はまた空いた手で私を撫でてくれた。
だから私も優しく彼を抱きしめ返す。彼にありがとう...と伝えるように。
...けど、その時間は長くは続かなかった。なぜなら家の奥からパタパタと2つの足音が聞こえてきたから。
残念だけど、独り占めの時間はここまでのようだ。
だから私は、最後にちょっとだけ強く彼を抱きしめ直す。
彼のかおりをたくさん感じるため、そして...私のかおりをこっそりと彼に残すように。
心残りに思いながらも彼から離れれば、ちょうどガチャリという音がして玄関の扉が開く。
中から出てくるのはエプロン姿の2人。隊長とミカさんだ。
「「おかえり」」
「ああ。ただいま、2人とも」
「ただいま、です」
先程のことがバレてないかと少し不安に口どもる私だったが、目の前の2人からはそんな雰囲気は感じられない。
その事実にまずはホッと胸を撫で下ろしつつ改めて2人をよく見れば、昨日と同じく制服の上からエプロンを着るミカさんとそして、それは隊長も...。
聞かなくても理由は分かるけど、2人揃って制服の上からエプロンって...。側から見るとなんかこう...何かの撮影みたいで、色物感がすごい。
しかしそもそも恥じらいという概念が無いこの2人。彼の前ではそんな事気にも留めておらず、そして2人のエプロン姿を見て案の定表情を固めていた彼には、昨日よりも強めに小突いておくことにした。
低いうめき声の後、目で抗議を訴えてくる彼を無視しているそんな時、家の奥から美味しそうなスパイスのかおりが私たちの鼻腔をくすぐる。
「...ぉ。今日はカレーか?」
「流石兄さん。よく分かったな」
「まぁな」
事実、ここまで漂ってきているスパイスのかおりと隊長の手作り料理。以上の情報から考えられる今日の夕飯は想像に難くはない。
自分の作った料理を当ててもらい、隊長は微笑みを浮かべて...
「ふむ。しっかりと蓋をしたつもりだったが、兄さんへの愛情が家の外まで漏れてしまっていたということか」
「いやなんかそれニュアンス違いません?」
「ふふっ、違くはないさエリカ。お弁当のお礼として、私の愛情をいっぱい込めたのは確かだからな」
そう言ってから隊長は彼へと半歩寄り、物欲しそうに視線を上げた。
「そうか。なら、ありがとな...まほ」
きっと彼に撫でて欲しかったのだろう、温かい手のひらの感触に隊長は嬉しそうに目を細めている。
「ふふっ。カレーという料理は、一つの愛情だけじゃ成り立たないものだよ?」
そんな光景をミカさんが指を咥えているわけもなく、ミカさんも半歩彼へと寄った。
「要するに、お前も作ってくれたと?」
「そういう事になるね」
「なるほど。ならミカも、いつもありがとう」
「...うん」
そうして結局、ミカさんも満足そうに目を細めることとなった。
ちなみに私はというと、ちょっと蚊帳の外状態である。
まぁ実際夕食作ったのは私じゃないし、さっき彼のかおりも十分堪能してるし、だからまぁ仕方ないかな...と思いはした。
けどね...?
───長すぎるのよ。
そう。目の前の光景...始まってから既に10分近くが経過している。
昨日ミカさんがやっていた時もそうだったけど、おそらくは私がツッコむまで永遠に終わらないのだろう。
...はぁー。
昨日はミカさんだけでも大変だったのに、今日は2人分のツッコミをしないといけない。そう思うと気のせいか眩暈がするわ...。
「お、オホン。隊長もミカさんも、そろそろいいのでは...」
「...むっ、そうか。なら、仕方ないか」
なんとも昨日見た流れではあるが、そう言って隊長とミカさんは名残惜しそうに彼の側から離れる。
だがすぐに2人は振り向くと、何故か手を大きく広げだした。
「何はともあれ、だ。兄さん」
「ん?」
「「まずはおかえりなさいのハグだ(ね)な」」
「いや、なんでそうなるんですか」
さっきほとんど同じことしてましたよね?隊長撫でられながらこっそり抱きついてましたよね?
「む?別にいいじゃないか、減るものでもないんだし。それに、それならエリカも一緒に───...いや、エリカはもう大丈夫だったか」
「え?」
「だって───」
「だって...?」
「「だって、さっきやってもらってた(よね)だろ」」
「なっ!?なななな何を根拠に!?」
どこでバレたのか。図星すぎる隊長たちからの指摘に、あからさまに狼狽えてしまう私。分かりやすすぎて自分でも悲しくなる。
「そもそもだ。チャイムを鳴らす前に、2人が帰ってきていたのは分かっていたんだぞ。だがエリカの邪魔をするのも悪いと思ったんだ」
「ふふっ。要するに、エリカを立てたってことだね」
「んななっ!?」
そして先程の動揺は関係なしに、ニュータイプな2人には何もかもお見通しだったのである。
それならそうと早く言ってくださいよ...
心の中で軽く不満を吐いても、2人に見られていたという事実は変わらない。そして当の2人はというと、私のことをそっちのけで既に彼と抱き合っている。
最初は隊長。こちらから表情は見えないが、きっと蕩けるような顔をしているのだろう。
少しの時間を空けて次はミカさん。ミカさんは言わずもがなで、しかも長い。
そして次に隊長。先程の時間よりも長く、そして顔をうずめるように。
そしてミカさん。ぎゅっと胸を押し当てて密着するように。
そして隊長...そしてミカさん...
「───いや、何周してるんですか。終わった途端後ろに並ばないでください」
「「?」」
「そんなキョトンとされましても...って、え?私が間違ってるんですか?間違って無いですよね!?というかあんたも!何回もやってたら終わんないでしょ!?」
「まぁ別にいいじゃねぇか。減るもんじゃないし」
「出たその言い訳!」
減る減らないの問題じゃないでしょ!少しは恥じらいとか持てって言いたいのに!
「ならエリカも混ざるか?」
「うっ...」
「ふふっ。さぁどうする?」
「うぐぐっ...」
「「今なら一人分空けて(あげよう)やろう」」
「混ざるッ!」
こうしてこの場からツッコミ役がいなくなった結果、家に入るまで更に時間がかかってしまった事は言うまでも無い。