ご馳走様でしたと手を合わせ、皆が一様に食器をキッチンへと運んでいく。
口にしたボコのキャラ炒飯?は案の定普通のと味は変わらなかったけど、美味しいと言うだけで愛里寿は喜んでくれた。
───まぁ喜んでくれたのならそれでいいか。
あの笑顔を向けられて不満に思う人なんていないだろう。ギャップがすごかったというのもあるが、戦車道では見ることのなかった年相応の彼女を見て、ほぼ初対面だというのに私の心の扉は既にゆるゆるだ。
人を惹きつける能力というのは、まさにこういうのをいうのだと改めて実感させられた。
もっともそれは───こいつほどじゃないけどね。
視線の先には、私の食器もと一緒に持っていってくれた彼がいる。そしてその両隣には尻尾を振るように懐く義妹ズの2人が。
「はい!お兄様!」
少し身長の足らない愛里寿は、心の中はぴょんぴょんと飛び跳ねているであろう感じで彼へと食器を渡す。
「お兄ちゃん、これお願いね」
対してみほは身内にだけ見せるほんわかした表情で、距離感も近く彼に寄っている。
感情は違えど、結局のところこの2人も彼に惹かれた者たちであるのは間違いない。
「2人共ありがとな。洗い物は俺がやっとくから、先に風呂入っといてくれ」
しかし、そんな彼の申し出を2人は揃って首を振った。
「今日は私と愛里寿ちゃんがやるから。だからお兄ちゃん“たち”は先に入ってよ」
「お兄様。今日はゆっくりしててほしい」
「んー?そうか?」
申し訳なさそうにする彼ではあるが、2人が折れる気配がないのは事実。
...というかあれ?今“たち”って言ったような...。
「なら、お言葉に甘えて───」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!今“たち”って聞こえたような気がしたんだけど!?」
“なんであんたが知ってんのよ!”
そんな言葉を飲み込み私は焦燥感のまま強く問いかけるが、当のみほは意にも介さず何故か私に微笑ましそうに口を開く。
「エリカさん見てると、なんだかそんな気がしたから」
「エリカさん、ソワソワしすぎ」
「は、はぁ!?そんなことあるわけ───」
「はいはい。言い訳はいいから準備しろよー」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「ふふっ。エリカが来ないのなら、今日は久しぶりに2人きりで満喫出来るね」
「そ、そうじゃなくって!ううっ...も、もう!わかったわよ!!」
残念ながら、どうやら私も気持ちが前に出てしまっていたようである。
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“カポーン”...という表現はここでは正しくはないだろう。なんせここはごく一般的な家庭用の風呂場。温泉のように反響するだけの広さはない。
何が言いたいのかというと、この狭い空間の中に私たち3人。纏うものはバスタオル1枚で見るがまま、そして見られるままということ。
───そう。恥ずかしいのである。
いくら初日に裸を見られたからといっても恥ずかしいものは恥ずかしいのである。
それに、あの時はのぼせていて覚えてはいないが、今回はしっかりと意識もある。お風呂に浸かっていなくとも顔が赤くほてってしまうのは当然といえよう。
「先に私は体を洗うから。ふふっ、今はエリカに譲ってあげるよ?」
「と、言うことらしいから。ほれエリカ」
「う、うん」
既に湯船に浸かる彼の手をとり、私はようやく浴槽の縁をまたぐ。
「お、お邪魔...します...」
柄にもなく尻すぼみで場違いな挨拶の後、向かい合う彼の顔もよく見れぬままにゆっくりと腰を落としていく。が、すぐに彼の膝と私の膝が当たってしまった。
「ちゃんと肩まで浸かれよー」
「わ、わかってるわよ!」
ビクンとして止まりかけた私だったが、彼の一言に押され、考えることをやめて無理やり身体を収めていく。
狭い浴槽の中、足...膝と絡まりながらも、どんどんと近付く水面に映るのは赤面した私と、そして───もう一つ。
「...なにこれ」
「なにって、見りゃ分かるだろ。ボコだよ」
「いや、それは分かるけど。...なんで?」
「愛里寿に浮かべといてって言われたのよ」
それはぷかぷかと浮かぶアヒル...のようなボコ。そして、よく見ればそれは二つ。
そういえば入る前に“二つまでなー?”と愛里寿に何か話していたようだったが、どうやらこれのことだったようだ。
ほんと、どこまでも義妹大好きというか...。なんでも甘すぎというか...。
...というか浮かべた途端赤色になったわよねこのボコ。お風呂でのぼせた的なギミック付きなのこれ?
「ちなみに頭を後ろから押すと口から水が出ます」
「わっ!も、もう!やめなさいよ!」
「ははっ。すまんすまん」
はぁー...。なんだか緊張してた私がバカみたい。
小波に揺られるボコはどう見ても場違いでムカつく。けど、一連の出来事が私から緊張感を奪い去っていったのも事実。
その点に関しては愛里寿に感謝しないといけないのかもしれない。
肩の力が抜けた私は一つのため息の後、顔にかかった水滴を拭い、そのままざぶんと一気に湯船に浸かる。
絡んだ足を気にしながらも水面近くからようやく視線を上げれば、目の前にはいつもと変わらない彼の顔。
「...背中。今日は私が流してあげる」
「ん?そうか?なら、お願いしようかな」
ブクブクと気泡混じりの音で聞きづらくはあっただろうが、意外にも彼はあっさりと了承してくれた。
まぁどうせこの1週間、隊長にもノンナさんにもされたからなのだろう。
そう思うと正直ちょっと複雑だけど。
「珍しいじゃないか。向かいに座るなんて」
声に釣られて横を向くと、いつの間にか湯船の縁にミカさんが腰をかけていた。
しかもご丁寧に、縁に置いてあった彼の手を自身の膝へと置いて。
というか───
「珍しい...って?」
「ふふっ。そのままの意味さ。いつもなら同じ側に座るからね」
ということは、今の逆...彼側に座るということだろうか。
ちらりと戻す視線の先には水面から出た彼の胸板。
「じゃ、じゃあ...私も...」
そう言って、私はゆっくりと彼の方へと背中を向ける。
波も立たないくらいゆっくりと。開かれた彼の足を抜け、膝を抜け。それでも止まることなく、そしてピタリと背中に当たるのは彼の胸板。
「ねぇ...」
「ん?あぁ、ほらよ」
か細い声を絞り出せば、縁においていた彼の腕は湯船の中へ。浮きかける私を抱き寄せるように腰へと回してくれた。
「...えへへ」
どうやらこれがミカさんお気に入りのようだ。
耳にかかる吐息は湯気となり、私の頭の上から天井へと昇る。いつも以上に近く感じる彼に思わず笑みが溢れ、早かった私の心音は、いつの間にか背中越しに感じる心音と同じリズムに。
それは彼のおかげ?
それとも私のせい?
どちらが正しいのかは分からない。けど───
「───ふふっ。それじゃあ、私もそろそろ」
「おい待て。3人入ったらお湯無くなっちゃうでしょ!だからもうちょっと...って、ほらー」
“ざばぁー”っと流れ出るお湯も、上に重なるミカさんも今の私には気にもならない。
だって私は───
この幸せを噛み締めるのに精一杯だったから。