(生産者の顔)
「ほら、早く座んなさいよ」
「はいはい」
重なっていたミカさんを押し退け、湯船から出た私はスポンジ片手に、プラスチック製のよくあるバス椅子の前で彼を呼んだ。
はやる私に彼は若干の優しい苦笑いをしつつも、この数秒間で器用に抱きついていたミカさんを何とか引き離し、ゆっくりと湯船から出てきた。
そして湯船に残されたのは、膝下くらいの少ないお湯にちょこーんと座るミカさん。バスタオルもなしに堂々とその身体を見せつけていたミカさんではあるが、その状況は自らが招いた結果とはいえなんともシュールな光景である。
「ん。じゃあ頼むわ」
「ふん。任せない」
それよりもと気持ちを切り替えて、背中を向けて座った彼に私は得意げに返事をする。
膝を折り見るのは、筋肉の引き締まったそれほど大きくはない背中。だけどそれは、目に写るよりも大きく感じる。後部座席から見た時と同じ感じだ。
───ほんと...いつもありがと。
改めて言うと恥ずかしいその言葉を心の中でそう呟いて、私はいざと彼の背中にスポンジを添えた。
...のだが。
───あれ?
その手はピタリと止まってしまう。
そもそもこういうのなんて、小っちゃい頃に数えるぐらいしかやった事ない。だからどうすればいいのかが分からないのだ。その時の相手だってお父さんと...まぁこいつなんだけど。けど、あの頃とは色々と...歳も気持ちも違うし...。
思い出す日の記憶の中では、元気に彼とお風呂に入り目一杯の強さで背中を洗っていた。ただ、それは昔の話。高校生にもなって男性の背中など洗ったことなどない。
───ど、どうすれば...
電池の切れたおもちゃのように止まった私は、風呂場の熱さに紛れて顔を赤くし、内心ではあたふたと。
「ふふっ」
そんな中で聞こえた笑い声にギギギと横へ首を回せば、湯船の縁で組んだ両腕に顔を乗せ、ミカさんがニヤニヤとコチラを見ていた。
ぐ、ぐぬぬぬぬ。
「...リカ?おーいエリカ?」
「...へ?な、なによ?」
「いや、全然始まらんかったから。...大丈夫か?」
「ばっ!だ、大丈夫に決まってんでしょ!?」
売り言葉に買い言葉...とは少し違うのだが、彼の一言で私の思考は完全に浮き上がることに。そして、ニヤニヤするミカさんに負けじ?と、力加減も分かぬままに思いっきり力を入れて彼の背中を擦ってしまった。
そう。“思いっきり”。
「エリカ...」
時間が経つにつれてじわじわと腫れていく彼の背中。それは私の顔にも勝る赤さ。
「...めっちゃヒリヒリする」
「えぇ!?あっ、ご、ごめん!」
原因は明白ではあったが、どうやら強すぎたようである。
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「...ふぅ。はい、終わったわよ」
「ん。ありがとな。じゃあ、次は俺が洗ってやるから。交代な?」
「そ、そうね。お願いするわ」
どこか大手術が無事成功した後のような大粒の汗を拭い達成感に溢れる私は、そうして彼と場所を入れ替わる。
あの後優しく...ゆっくりと彼の背中に向き合った結果、出番を伺っていたミカさんが残念そうに湯船の中へと戻るぐらいには上手くいった。
正直どうなることかと思ったけど───ま、まぁ?コツさえ掴めば私にだってこの通りよ。こいつも時折気持ちよさそうに身体を捩っていたし?大成功なんじゃないかしら?
最初にやった部分はまだ腫れて赤いままだけど...。
「痛くないか?」
「ん...。丁度いいわ」
そんな私と違って、慣れた手つきの彼は丁度いいくらいに強く気持ちいい。
いつもの如くミカさん相手にやり慣れているからなんだろうが、今だけはこの気持ちよさに免じて許すことにしよう。
決して指を咥えているだけのミカさんを見て、ちょっと悦に浸ったからという理由だけではない。
心地よさから、時折声が出てそうになるのを抑えながら、私はこっそりと笑みを零しながらそう思った。
ぴたりと背中についたスポンジは強く、優しく、上下に、そして左右に動く。こそばゆく、私の擦ってほしいと思ったところは重点的に。
手の届かない範囲は粗方終わったかのように思ったが、まだ洗い残しがあるのか彼の手は止まらない。
背中から首筋へ、肩、二の腕を回りそして───
「ははっ。流石に前は自分で洗いな?」
「んなっ!わ、わかってるわよ!」
ぽんぽんと背中を叩かれてから、またゆっくりと洗い始める彼。どうやら揶揄われてしまったようだ。
「ふふっ。ちなみに、ごねれば洗ってくれるけどね?」
「えぇ!?」
「ほら、髪も洗うぞー」
「ちょ、ちょっとぉ!?そんなんで誤魔化されないわよ!?実際のところは...って、わっぷ...」
それはミカさんの冗談かもしれない。けど実際言えばやってくれそうでもある。
しかし、流れ落ちてくる水に目と口を噤まれ、結局真相は暗闇の中となってしまった。
というか...
まだ前洗ってないんだけど