しっかりと
髪に香りが残っているのを確認したら、まだ湯船に浸かるミカさんと同じく、ヘアゴムで肩にかかる後ろ髪を纏めて高い位置へ。
「ほれ、もう一回湯船入るぞー」
「あっ。う、うん」
にへらと笑みを浮かべていた私は慌てて表情筋に力を入れ直し、彼の声に続くようにと立ち上がる。
だが湯船の方を向くと、そこでは新たな問題が。
「おい、ミカー?」
お湯はいつの間にか足されていて、完全リラックスモードのミカさん。
「ふふっ。ちょっと力が抜けてしまってね?けど、気にする必要はないよ?」
そのまま入れということなのだろうか、片目をつむるその仕草になんらかの思惑があるのは明白だが、全く動く気のないミカさんに彼は早々に諦めて、仕方なさそうにその上へと重なる。
私もどうすればいいのか迷ったが、結局湯船に招く彼の手を取り2人のへ。
またしてもサバァっと溢れ出るお湯。そして、ミカさんと私に挟まれてサンドイッチ状態の彼。さらに、後ろではモゾモゾとミカさんが彼の腰に手を回し、身体を密着させ始めた。
「おいやめろ、煩悩がやばい」
「...あんたにも煩悩って、まだあったのね」
「俺をなんだと思ってるんだ...。歳食っても男ってのは変わらないんだよ」
何をやっても反応が無さすぎて、彼の煩悩はもうなくなっているんじゃ?と思っていたが、どうやらまだ健在していたようである。
それに関しては正直安心した。だって、毎度これだけ私が緊張してるのに何も思われてなかったら、それはそれでなんか不公平だし。
「というかミカ。本気でホールドするんじゃねぇ。力抜けてるって話どこいった」
「湯船で溺れてしまうといけないからね。きみにしがみついているだけさ?」
「それだと俺も溺れるだろ...」
そんな彼にお構いなしのミカさんは相変わらずの平常運転。けどその実、あまり見ない彼の反応を楽しんでいるのかもしれない。
「な、なら。あんたも...私に掴まればいいじゃない?」
「溺れる人数増えるだけやん」
「そういう意味じゃなくて!」
「はいよ」
ふふん。最初からこうしてくれたら、私はそれでいいのだ。
ご満悦に上げる視線と同時に、私の重心は後ろへと傾く。
「これはなかなか...ふふっ。きみも強引だね?」
「俺がやってるわけじゃないからな?...おいエリカー?体重かかってるから。後ろの意識しちゃうから」
「“かけてる”のよ。それに、“前”を意識すればいいでしょ。それなら問題ないし」
「両方意識しちゃってるわぃ」
「ふん。ならいいわ」
先ほどよりも狭くなったこの空間。
軽口を叩き合う3人の口数は次第に減っていき、ゆっくりと時間だけが過ぎていく。
ただ確実なのは───天井へと昇る湯気は“三つ”だった、ということだ。
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思った以上に長風呂となってしまった私たちだったが、なんとかのぼせることなく、今はリビングでくつろぎタイムの最中。
他愛のないテレビ番組を横目に、スッと片耳を出すように乾いた髪を浮かせれば、目論見通りする彼のかおりに時折私の表情は緩んでしまう。
かたや隣に座るミカさんは、何を読んでいるのか本を片手に真剣な表情。
あのミカさんが、珍しい...と思ったが、本の表紙に“ゼク◯ィ”と書かれているのが見えて、相変わらずだなぁと逆に安心してしまった。
...まぁ、折角だから私もあとで見せてもらうけど。
ちなみに、今ここにいるのは私とミカさんだけ。
え?じゃあ、あいつはどこにいるのかって?
それは───
「ふぃー」
あっ、どうやらタイミングよく出てきたようだ。
「いやー。流石に長風呂過ぎてお肌ふにゃふにゃよ」
「当たり前じゃない。どれだけ入ってたと思ってるのよ」
「んー。まぁ単純にお前らの倍だわな」
「ならそうなるのも当然でしょ」
話の通りこの男、愛里寿にお願いされてそのまま一緒に入っていたのだ。
───『お兄様も一緒がいい』
───『いや、入りたいのは山々なんだけどな?家元になんて言われるか...』
───『...ダメ?』
───『』
なんてやり取りの末、最後はダメ出しの上目遣いである。流石にこれに勝てないのは仕方がない。
みほはというと、愛里寿と違い羞恥心も配慮もあったのか、最初はどうしようとあたふたとしていたが、別に気にしないわよと私が視線を送れば、覚悟を決めたのか脱衣所へと消えていった。
まぁ実際思うところが無い...訳ではないけど、あいつが押しに弱いのは今更だし、別にややこしい事にはならないという確信もある。
なんだかんだで、私はあいつのこと信頼してるし。
だからたまにはいいんじゃない?と、柄にもなくミカさんのように余裕の態度をとってみた。
「ほら、髪乾かしてやるから2人とも先に着替えようなー」
「「はーい」」
彼に続いて出てきた2人は、やはり何も無かったのだろう元気に返事を返している。
みほに関しては完全に義妹モードで吹っ切れている様子。切り替えの速さは流石と言ったところね。
「エリカさん。これ、持っててもらっていいかな?」
「ぅん?」
そう渡されるのは先程私も見たアヒル...のようなボコ。
「...なんか、色変わってない?」
「ふふっ。お風呂に浮かべている間、いろんな色に変わるんだ」
「いや、ボコのくせに無駄に技術使い過ぎでしょ」
私たちの時は赤色だったボコは、今見るとオレンジ色に。
お風呂にのぼせたボコが赤色になる...というギミックだと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「けど、それなら折角だし他の色とかも見たいわね。...青色とか?」
「あはは...。よく分からないけど、エリカさんたちが入る時は赤色にしかならないと思うな」
「なんでよ」
「勘...かな?」
「勘...ね。まぁ、そうは思いたくないけど、私もそんな気がするわ」