目の前に置かれたぱんぱんに膨れたハンバーグ。期待を込めてナイフを入れると溢れ出た肉汁に思わず涎が出てしまう。
焦る気持ちを抑えつつ刺したフォークで口へ運び、ひと噛み。すると、ほろっと肉が溶けるようにして懐かしいお義母さんの味付けが口の中いっぱいに広がる。
記憶に残っている、あの頃食べたのとなんの遜色もない。なんなら寧ろ、あの頃のよりも美味しい。
「もしかして味付け変えた?」
「あら、よく分かったわね?てっきり、気が付くのはミカちゃんかエリちゃんだと思ったのに」
「いや俺息子よ?こいつらよりも食べてんだから当たり前だろ。というかあんまり食べてない2人がなんで分かるって思った」
「それは、ねぇ?」
「「分かる(わ)よ?」」
「えぇ...」
お義母さんからの目配せに、当然のようにそう返す私たち。困惑の声を漏らす彼の反応は尤もではあるが、それは口の中に残ったデミグラスソースの味とは対照的に私たちを甘く見過ぎである。
「ふふっ。さながら大人の味になった...ってとこかな?」
「要するに、成長した私たちに合わせてくれたってことですよね?」
「うふふ。2人とも流石ね。今のあなた達には、小さい子の食べる味付けじゃ物足りないでしょ?」
コーヒーと同じくして彼の趣向と似てきている私たちには、少し濃くなったこの味付けはぴったりで、どうやらそれをお義母さんは見越していたみたい。
「え?じゃあなんで俺の違うん?」
「んー。それはきっと、ミカちゃんとエリちゃんの愛情が入ってるからじゃないかしら」
「お、お義母さん!」
「うふふ」
「あー、どおりで」
けど、彼のハンバーグだけはちょっと違う。お義母さんに手伝ってもらって実家の味付けに挑戦しつつ、実は私とミカさんが作っていたのだ。
味の違いにしっかりと気が付いてくれたことに嬉しくも少し恥ずかしいと思っている中、ミカさんはいつもの得意げな表情を崩すことはない。
「別に隠し味ってつもりでも無いからね」
「うっ...。そ、そうよ。悪かったわね」
「いや悪くはないだろ。寧ろいつも食べてるのよりも倍美味しい」
そしてそれは彼も同じ。恥ずかしがる...なんてことはなく、いつものごとく、当たり前のように嬉しい言葉を返してくれる。
だから私も2人に習うようにしてこう返すのだ。
「そ、そう。ありがと」───と。
素っ気なく返したつもりの私だったが口元はにへらと緩んでおり、隣からは失礼にも一つ吹き笑いが上がる。
それを咎めるように肘で小突いてやるけど、彼は悪びれる様子もなく笑い、食べかけのハンバーグにフォークを立ててこちらへと向き直った。
「ほれ。あーん」
「え?いや、そういうのって普通逆じゃないの?」
「いらんのなら俺が食べるが」
「い、いる!いるから!」
断るなんて思ってもいないくせに。
乗せるそのにやけ顔にむっとしつつもハンバーグと、彼のあーんには勝てず、開いた私の口はゆっくりと誘惑を受け入れた。
「ん...。美味しい」
自分たちで作っておいてなんだが、いつものよりも倍美味しい。
「少し勝手が過ぎるんじゃないかな?」
「はいはい。ミカもな」
そしてそんな“美味しい話”にミカさんが黙っているはずはない。目の前に置かれていた彼の手はくいっと逆側に寄せられて、私の食べる予定だった二切れ目はミカさんの口へ。
「ふふっ。確かに“美味しい”ね」
「だろ?」
「ちょ、ちょっと!私の分!」
けど、私だって負けていられない。そもそも始めたのは私なのだから。
「「あのー。私たちは...」」
「今いいとこらなんだから黙ってなさい」
「「アッ、ハイ」」
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夕食後の玄関。
なぜか急に静かになっていた家元の2人は、お義母さんに引っ張られて帰宅の準備中。
「千代ちゃんとしほちゃんも。愛里寿ちゃんとみほちゃんにしっかり向き合うこと」
「「はい...」」
「特にしほちゃん。...分かってるわよねぇ?」
「ひぇ」
細く瞼を開けて口角を上げたお義母さんの怖い念押しに、西住家元の口からは思わず悲鳴に近い声が漏れている。これにはみほの復縁も近そうで安心である。
「それじゃ。あとのことは若い3人に任せるわ」
「いや、俺はもう若くないんだけど...」
「エリちゃんとミカちゃんも。何かあったらすぐ連絡頂戴ね」
「え俺無視!?」
「あはは...。ありがとうございます。お気持ちは嬉しいんですけど、けど大丈夫です」
「?」
「だって、私はこいつを信じてますから」
「...!あらあら。ミカちゃんと同じような事言うのね」
「ふふっ」
お義母さんを前に格好良く決めた一言は、どうやらミカさんに先を越されていたよう。
その事実にちょっぴり悔しく思うも、私が1番最初とばかりに、視界に入れたミカさんがドヤ顔をしているのは、なんだか癪に障った。
だからと私も、とっておきのを取り出す。
それはちょうど偶然、手元に持ってきてしまっていた私の略帽。エプロン姿には似合わないかなと思いつつも、手を伸ばして彼の頭に乗せてみる。
すると彼は少し恥ずかしそうにしながらも、それを自身の手でしっかりと付け直す。
困り顔ながらもエプロンに目を瞑れば中々に似合っているその姿は、今度隊長とも協力して彼にちゃんとした黒森峰のパンツァージャケットを着せてやろう思うほどで、しかもミカさんには効果抜群のようだった。
いつもは余裕綽々なのに、今はぐぬぬとして略帽を外し、自身のサウナハットを彼に被せ始めたのがいい証拠だ。
「ほらあんたも、2人だけじゃないのよ?まほちゃんにもノンナちゃんにも、迷惑かけないようにしなさい?」
「いやわかってるけどこの状況でそれ言う?どっちかというと迷惑...じゃないけど、かけられてるの俺じゃね?」
略帽とサウナハット。交互に、被らされては脱がされて、また被らされて。私とミカさんで繰り広げられるそのコンテストに、彼は軽く苦言の一言を。
ただ、そんな彼の反論を聞く人がこの場にいるわけもなく、私たちが飽きるのを頬をかきながら恥ずかしそうに待つしかないのである。
ちなみにお義母さんはそれを微笑ましそうに見つめ、家元の2人はまたお義母さんの圧に静観に徹していたのだった。