ポケットモンスター虹 ~Bravely Blaze~ 作:裏腹
どこの誰だかわからない。ただ、知らぬ名が刻まれた人間の手紙が今日という日をつくり、交わりそうで交わらなかった少年と青年を、満を持して引き合わせた。
ジムリーダーとジムリーダー。炎と炎。リザードンとリザードン。進む者と、進む者。
お互いに、思う事は沢山あった。意識することも、また然り。
「この瞬間を、待っていた」
シンジョウは静かに、しかし、確かに響く声音で、向こう側のカエンに語り掛けた。
「おれもいっしょだよ、シンジョウにーちゃん」
一方で無邪気に、にっと笑い、拳を突き出すカエン。
彼の一際鋭い嗅覚を以てすれば、寡黙な青年の本心さえ簡単に理解が及ぶようで。
曰く“メラメラ、くろこげのにおい”。彼の心の火が燃え盛っている状態を、実に的確に言い表していた。
「これは公式戦じゃない。そもそも、ホームでさえない場所での試合だった。だから、少しばかりの懸念もあったが――……杞憂だったみたいだな」
「へへっ、だってシンジョウにーちゃん、ずっとおれと戦いたがってたろ?」
珍しく面くらって、ぴくりと動いた眉を見逃さない。
「同じほのおのジムリーダーとして、色んなことをしゃべったり、教えてくれたりしたけどさー、ずっとずーっと、くろこげのにおいがしてた。……ちょっとずつ、だけどね」
「でもな」と続ける。
「カイドウにーちゃんから呼ばれて、二人してこのはなしをされた時、一気にくろこげが強くなったんだ」
その表情は最後まで柔和で、白い歯が見えていて。それでもカエンの敏さは面構えと裏腹に、彼の“向こう側”を、彼以上に掴んで離さなかった。
「でもなー、おれもそうだった。いつか勝ちたい、追い越したい! って、ずっとメラメラしてた」
これもまた、英雄としての資質か。
「それでな、その『いつか』が、今さ」
シンジョウは思わず「フッ」と笑声を漏らす。
これがあるんだ。これがあるから、彼を見つめることを、いつまでもやめられなかった。
行き詰まりを感じていた自分とは全く反対の、若く強く、未来に咲く、何にでも成り得る虹色の光。火焔の夢という名の、末恐ろしさすら感じる無限の可能性。
竜の姫君とはまた異なる、うんとわかりやすい、太陽のように熱く燃える眩い力。
「えー! なんで笑うんだよー!」
「なんでもないさ。……ただ、挑戦状を持ってきたのは俺だけじゃないと知って、楽しくなってな」
「ああ、もちろん!」
こんなに面白い奴がいるのかと驚いた。
心の底から、先が見たいと思った。
「――――だから、本気でいくよ」
そしていずれ、その何もかもをぶつけ合うと腹に決めた。
カエンの手から離れたモンスターボールは、猛々しい四つ足の巨体を世界に呼び出す。
ふわり揺れる薄黄の鬣から覗く橙。煌めきを内包した火の粉を輪郭から滲ませ、『ウインディ』は逞しさを誇示するように降り立った。
「(俺もだ。俺の『いずれ』も……、やはり今らしい)」
密かな高揚、独白と共に投げ放ったボールから、文明の象徴たる
毛並みか、眼か、雰囲気か……互いが互いのポケモンを一見しただけで、言外でベストコンディションを察知。それぞれ「エキシビジョンだから」なんて生ぬるいことを言わせる気など、一切ない。
「ルールは3vs3のシングルバトル、トレーナーが介入しない道具使用をありとします」
「では両者、構えて!」一時的に静まる場内で審判の説明を聞けば、バトルはあっという間に目鼻の先。
走る緊張も、飲まれる固唾も、ひりつく空気も、乱れる呼吸、流れる汗も関係ない。
「――バトル、開始ーーーーーーッ!」
「かえんほうしゃ!」「フレアドライブ!」
なんだっていいんだ、俺が勝つ。
声と技とが競って、当たって、砕けて散って。
見開いた視線がかち合った瞬間、文字通りかつ約束通りに、火蓋は切って落とされた。
爆炎で開幕早々フィールド内が覆われた。彼らがこの場の誰よりも真剣な証明。
「……初動から、飛ばしますね。些かはしゃぎすぎな気もします」
「そらそうよ」
目の前の会話さえ消え入りそうな轟音と大歓声の中、手でなだれ込む熱気を防ぎながらランタナが言う。
「同じタイプのポケモン使ってて、同じポケモンが相棒で、同じ
「そういうもの、ですか」
「ああ、エキシビジョンなんざ関係ねぇ。ここで本気でこねぇのは、漢じゃねぇ。……俺でもそうする」
不敵に笑い、目を見開いて、深く息をして「ずっとこうしたかった」――ドローンロトムに映る双方の表情は、如実に心境を語る。
青年を追い越し、さらに英雄に近付きたい。
好敵手となった少年を、純然たる力で乗り越えたい。
ライバルの姿は、今も見えているか――。
「もえつきろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「!!」
『あーっとここでさらなる大技が重なる! ウインディの“もえつきる”が炸裂するゥゥゥッ!!』
はじめに生まれるのは、膨大な熱エネルギー。さしずめフレア。まるで火山のように、全身から凄まじい炎が噴き出し、初撃の倍量の閃光がマフォクシーを飲み込んだ。
騒然とする客席。たちまち出来上がる荒野。灰塵になった物質は風化して消えて。
それを尻目に、シンジョウは涼し気に黒煙の中から顔出した。
「……!」
「いい攻撃だった……お前の魂が見えた」
晴れた視界の先には、マフォクシーではなく、半ば炭化した瓦礫で作られたドームがあった。
「咄嗟の“サイコショック”で瓦礫をかき集めて、シェルターを積み上げたか。トップガンのヤツ、いい
「カエンのウインディは、火力を追求した純粋な攻撃型……最初の競り合いでそれを把握し、瞬時に立ち回りをパワーからテクニカルにシフトしたか」
力に力で立ち向かうのは、勝ち目がある時だけでいい。基本に忠実なシンジョウから、ジムリーダーという側面が窺える。
「生憎、火力勝負には付き合ってやれん。勝ちに来ているのでな」
「いいよ……やっぱり、こうでなくっちゃな!」
「ウインディ!」直後、瞬きさえ置き去りにする疾駆。
びゅん、という音が遅れて聞こえた。続けて瓦礫の防壁が、ひとりでに剥がれ落ちる。
『ウインディ、突如消えた! ゴーストタイプのように、影も形も見えなくなった! それと同時に、ぺりぺりと少しずつ崩れていく瓦礫のバリケード! 何が起こっているんだァ!?』
違う。そうじゃない。
この捉えられないほどの連打、熾烈極める猛虎の猛攻は、
「“しんそく”……!」
ウインディの次なる強み『速さ』に他ならない。
爆発的加速力からなる肉弾攻撃は、幾層にもなって即席の要塞を砕いていく。
縦横無尽に駆け巡り、四方、八方、十六方。ガトリングでも浴びせられているのかと錯覚するほど、手数が繋がる。
「あれじゃ、動けねぇな」
「一瞬でも瓦礫のバリアから体を出そうものなら、マフォクシーは倒れることになるでしょう」
「だからって、籠ってるだけじゃそのバリアもいずれ全壊する」
小さき大火の異名は、伊達ではない。
シンジョウがトレーナーとしての基本に忠実ならば、カエンはほのおタイプ使いとしてのセオリーに忠実だった。
「さて――どうする、黒のトレーナー」
火力で一点突破あるのみ。
攻めにおいて他の追随を許さぬパワーが出るのなら、攻撃こそが最大の防御となるのは明白。
轟々と燃え盛る猛火の、その純度を上げることに重きを置いているのだ。
加えて知ってか知らずか、マフォクシーは距離を取りつつ、特殊技を展開していく戦法を得意とする。ひたすら接近に持ち込んで防戦一方を強いるこのバトルスタイルは、無策に見えて最も冴えた選択と言っていい。
勝負強い嗅覚で削れ。磨かれたセンスで削れ。育て上げたパワーで削れ。
「崩、れろぉぉ!!」
全てを破壊しろ。
白銀の爪の切っ先が、空気もろともアスファルトを引き裂いた。
綺麗に描かれた爪痕から覗く、狐の姿。
確かな眼光。揺らぐ杖の火。灰の無機物の中で己を研ぎ澄ますかのように、この時を待ち望んでいたかのように、彼女はシンジョウと揃って、静謐を湛えて構えていた。
「“しんそく”!」
「“かえんほうしゃ”」
お互いの目が合う一瞬で、鮮やかな一撃が交差した。
突進が先か、火が先か。
『マフォクシー、瓦礫の隠れ家から弾き出された!!』
結果はウインディの勝ち。腕を出す抵抗もむなしく、マフォクシーは火をすり抜けてきた超速の巨体にふっ飛ばされる。
「……!」
「今だ!」
黄金の瞳は、狐が転げた刹那を見逃さない。ひときわ強く声を発すると、指示もなしにウインディが一目散に駆け出した。このまま一気に仕留める。図らずも独白が漏れ出た。
ぼうぼうと肉体を包む炎が、一歩進むごとに激しくなる。勝ちへの欲を咆哮に乗せる。
シンジョウは俯いて瞳を閉じた。ここで確信に変わる一本。あとは打ち倒すのみ。
「いっけええええええええ!!」
焼き切れそうなほどの一閃が、マフォクシーを薙いだ。
「……な」
――はずだった。
シンジョウの静かな開眼の直後、会場は騒然とする。スクリーンに移される二人の表情は、明暗がはっきり分かれた。片や平然としており、片や愕然としている。
『と、と、止めた!? マフォクシー、座った状態でウインディの全力のフレアドライブを杖一本で止めている!?』
実況の言葉で状況を再認識し、何が起こっている、とカエンは目を白黒させる。
「な、なんでだ!? マフォクシーにウインディのこうげきを防ぐ力なんて、あるわけ――!」
「ウインディの状態がベストならば、そうだったろうな」
シンジョウに遮られて、パートナーを見やる。そうしてカエンははじめて事を理解する。
「やけど……!?」
その身に刻まれた、
「いつのまに――、さっきの“かえんほうしゃ”……!」
「かすった『だけ』だが、俺にはそれだけでよかった」
「くっ……!」
「おいおい、ほのおタイプがなんだってやけどしてんだよ!? 普通させる側だろう!?」
「“もえつきる”です」
ランタナはコスモスの返しで、全て腑に落とす。
「この技は、同じほのおタイプ相手にも致命傷を与えられるほどの威力を持ちますが、使用の代償として、ほのおタイプという自らを示す属性の記号が、消えてなくなります」
それは火を扱う際の力強さ、火への耐性、火がもたらす利点、その悉くが失われるのと同義。
だから、火傷を負う。決定力が落ちる。熱を失う。簡単に防がれる。
「そして、やけど状態のポケモンは」
「物理攻撃の性能が著しく低下する、だろ。こいつはとんだ喰わせもんだぜ。防戦一方に見せかけて、ずっとこのタイミングを狙ってたってワケかい……!」
再び沸き上がる会場に合わせて、気だるげに放った“かえんほうしゃ”という反撃の狼煙。
姿勢もそのままに、向けた杖の先から放つだけの、簡単な仕事。
「――ッ!!」ウインディはギリギリのところで跳躍し回避、離れた位置に着地する。
「まださ、まだまだ! ぶつりがダメならとくしゅだよ!」
“もえつきる”ほどではないが、十分な大技“オーバーヒート”を撃ち放つ。
爆炎の津波が押し寄せると、マフォクシーもさすがに回避行動。瓦礫の壁を積み上げる暇はないらしい。
宙空に浮く動作を、咎めない手はないだろう。
撃つたびにとくこうが下がる技ではあるが、もう一発分の火力は、ステータスダウンをリセットする持ち物『しろいハーブ』で約束されている。
「次は、ぜってー決める!!」
間違わぬよう指をさし「オーバーヒート!」着地ポイントに狂いなく合わせた爆炎が、マフォクシーを喰らうが、それでもマフォクシーは眠らない。
「な、なんでいりょくが下がったままなんだ!? そんな、しろいハーブは……!」
「これのことか?」
「……――!」
それは、何故だかウインディではなく、マフォクシーの手の中にあった。
特性『マジシャン』――マフォクシーを魔術師たらしめる力だ。
攻撃した相手のもちものを、自分の手元に移動させる。至ってシンプルだが、根本から敵の戦術を狂わせる強力な特性。
カエンは目だけでなく、口までも大きく開けてしまった。あんぐり、という表現が最も似合うだろう。
『か、完封だーーーーーーッ!! あのジムリーダーカエンが、全てを読まれている! シンジョウという男は、一体何者なんだーーーーッ!!』
異国のジムリーダーの力を目の当たりにし、人々は戦慄する。
「これが、彼の本気――……」
「はっはっは! えげつねぇな……こりゃ、強えわけだ」
軋む声と、強者を前にした武者震い。ランタナを初めて蝕むものだった。
「“サイコショック”」
淡々とした視線が孕む冷たさは、死刑宣告そのもの。
大量の瓦礫が浮き上がると、それらは矢継ぎ早にウインディへと体当たりを仕掛けていく。次々増えていく擦傷と、ダメージ。しんそくで逃げようにも、PPを使い切ってしまいスタミナ切れ。
成す術ないままアスファルトに弄ばれ、固められた四肢。負けじと吼えようが、睨もうが、もう遅い。
「“オーバーヒート”」
丸裸の闘争心を、オーバーヒート返しが嘲った。
『絶対に勝つ』
倒れる瞬間にウインディが見た男の意志は、あまりに純粋すぎる、真っ直ぐな勝利への渇望であった。
「ウインディ、戦闘不能! 勝者マフォクシー!」
気を付けろ、と。
奴は危険だ、と。
残火に包まれ、ぷすぷすと黒煙を発して横たわるウインディは、焦燥を伴って駆け寄ってくるカエンへ、最後の力を振り絞って、そう伝えた。
「いつだって、そうだ。誰かを脅かすものは、いつも、いつでも、まじりけのない誰かの心なのさ」
別室で観戦を続ける第三者は、ひとり呟いた。
画面越しの純黒は、見てくれよりもずっと大きく感じられた。
「まずは、一本――」
ほどけて光の粒子と化した白いハーブは、天へと上りながらシンジョウとマフォクシーを照らし出す。
これまでの道程の上で、間違いなく最大級の脅威と云える存在を前に、カエンは不敵に笑っていた。