ポケットモンスター虹 ‎~Bravely Blaze~   作:裏腹

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俺が一番知っている

『緊迫。スタジアムの雰囲気を一言で表すならば、これが最も適しているでしょう』

 

 トレーナーにとってのバトルのインターバルは、今なお暇を持て余してあくびを漏らす観客が想像する以上に、考えることが多くある。

 次の戦法にはじまり、選出するポケモン、試合全体を見渡した際のゲームプランニング、自身のメンタルコントロール、など……。

 会話で間を繋ぐ実況と解説は、湯水のように言葉が出てくるので、放置してどれだけ続くか試してみたくもあるが……観客は当然それを許さないので、別の機会に譲る。

 スクリーンに表示されたカエンのアイコンの下にあるウインディのアイコンがモノクロに消えてから、ゆうに数分は経っていた。

 

「カエンのやつ、悩んでやがるな」

「無理もありません。相性は五分――だからこそ、どちらがより高位な戦術を練られるか、にかかっています」

 

 コスモスの慧眼は誤っていない。カエンは今、選ぶポケモンではなく、戦術の組み立てに時間を要している。

 定位置であぐらをかいて、腕を組んで、気難しい顔のままひたすら地面とにらめっこ。時折モンスターボールを見つめてみたり、笑いかけてみたり。

 観衆が痺れをきらす中でも、シンジョウだけはただ、黙して少年の再動を待つ。

 

「まぁ、何にせよ……この二番手が大事になるだろうな。最後は結局切り札(リザードン)を出すんだろうしな」

「この実験においても、不可欠ですからね」

 

 よし。小さな独り言のあとに、カエンはモンスターボールを構える。

 ようやく動き出したかと、会場は今一度注目した。

「ではカエン選手、二体目を前に」審判の指示に従って、ボールを投げ込んだ。

 その中から現れたポケモンに、会場は騒然とすることとなる。

 

「……!」

「な……!?」

『な、なんと!?』

 

 誰もが一斉に同じ表情をした。少なくとも彼を知るならば、ここではありえないと思える選択だったからだ。

 

「へへ、たのむぞー、相棒!!」

『――ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

「リザードン、だと!?」

 

 想像の何倍も早く登場した“リザードン”は、呆気に取られる人々などお構いなしに、天へと火を吹き自らを鼓舞した。

 

『おお、リザードン! リザードンだぞ、カイドウ! カイドウ、見ているか! ここでリザードンが出てきたぞ!』

「やかましい! こちらでも確認済みだ、子供のように喚くな!」

 

 あまりのイレギュラーに、別室の主催もインカムで騒ぎ出す。

 

「早すぎる……何のつもりだ」

 

 状況は、それほどまでに想定外ということでもある。

 焦っているのか、それとも何かの間違いか――考慮したが、当人の顔を見るに、そうではないことが悟れる。

 さしものシンジョウも、口にせずともその意図が気になった。が、聞くまでもなくカエンは簡潔に、わかりやすく語った。

 

「せんじゅつとか、さくせんとか、いろいろ考えたけどなー、よくわかんなかった」

「そうか」

「みんなもさ、言ってくれんだ。『お前は、そんなこと考えない方が強い』って」

「……そうだな。俺も、そう思う」

「へへっ! だからさ、今はこいつが! こいつが一番つよくて、すげーっておもう!」

 

 シンプルな思考は、シンジョウとしてもある意味で安心した。

 下手にリズムを乱して、弱くなられても困るから。それではやりがいが無い。戦いがつまらない。

 

「――そうだろう、カエン!」

 

 審判の再開の合図と同時に、サイコショックの瓦礫が飛んでいく。

「リザードン!」名前だけで全てが伝わる。吼えて広げた翼はその証拠。

 羽がひとたび空気を叩けば、起こる風は“エアスラッシュ”という刃となって瓦礫を破壊する。

 巻き上げられた粉塵は、またもフィールドの視界を悪くする。

 

「(やらせん、今度はこちらが先に仕掛ける!)」

 

「“サイコショック”だ!」シンジョウは先程の冷徹さが嘘のように声を荒らげ、巨大な瓦礫を大砲のように正面へ放った。

 ぶおん、という虚空の悲鳴が、邪魔な土煙を追い払う。晴れた景色に、敵は無し。

 見回す。どこだ。どこにいる。どこへ逃げた。

 

「ほのおの――――!!」

「上……――ッ!」

「パンチッ!!!!」

 

 既のところで回避。

 砕け散る大地に、めり込む拳。耳をちぎってしまいそうな轟音と、皮膚を傷めつける熱気。

 これこそが、カエンのリザードンの代名詞“ほのおのパンチ”だ。

 体内で燃える灼熱の炎を拳一点に集中して叩きつける、ヒーローの必殺技を髣髴させる物理技。

 やはりありのまま、飾らない、小細工なしのシンプルなものが一番強い。シンジョウはカエンの強さを再認識する。

 

「まだだ! 最後の最後まで削り取れ!」

 

 先程が静とすれば、今は動だろう。マフォクシーも主の心情に呼応、激しく乱舞した。下半身を覆う袴状の赤毛を振り乱して杖を振り上げると、もう一度、団子状の巨大な瓦礫の塊が飛んでいく。

 今度はかわせない。

 

「どうする!」

「打ち返すッ!」

 

 そんなものは百も承知と言わんばかりの、ほのおのパンチが炸裂した。

 筋力が直に乗ったげんこつは、味気のない砲弾を打ち砕くのみならず、礫となったそれらに火を与え、真っ向からマフォクシーに打ち返す。氷の礫ならぬ炎の礫が誕生した瞬間だ。

 無数の弾丸に晒された狐は小さく呻きながら、ただ腕で急所を庇う事しかできなかった。

 

「――――ッ!!」

 

 どさくさ紛れに飛び掛かる、飛竜が一体。

 わしり、という、掴まれた肉の生々しい音。たった一瞬の意識の逸れが、マフォクシーの命運を決定づけた。

 気持ちの悪い浮遊感を覚えたと思えば、自分の躰は遥か上空にあって。めりめりと骨が軋むほどの力で脇腹を握る手は、オレンジ色でどうしようもないほどに熱かった。

 気絶しそうな加速度の中で、世界が暴れている。恐ろしいGだ。気絶も大いにあり得る。

 何が起こっているのか――どうしてこうも急激に地球が回転するのか。

 

「――マフォクシー!」

 

 脳みそをかき混ぜられたような混濁の中から我に返ると、眼前でリザードンが雄叫びを上げていた。

 ぶつ切りで遠いシンジョウの声が聞こえたところで、すべては手遅れだった。

 何故なら、回っているのは地球ではなく、彼女なのだから。

 厳密には、彼女を連れたリザードンなのだから。

 

「リザードン、“ちきゅうなげ”だあーーーーーーッ!!」

 

 マフォクシーが最後にその視界で捉えたものは、度重なる攻撃で抉られて凹んだ、スタジアムの足場であった。

 

「マフォクシー、戦闘不能! 勝者、リザードン!」

 

 上空へ連れ去り、回転を繰り返し、発生する重力でダメージを稼ぎ、仕上げに大地へ勢いよく叩きつける――星という物理の神秘を用いた大技“ちきゅうなげ”は、順当にマフォクシーをノックアウトした。

「よっしゃーー!」そんなカエンの叫びに重なるリザードンの勝鬨は、会場のボルテージをさらに引き上げていく。

 

「これで、イーブン……さすがってところだな」

「申し分のないスピードとパワーに、磨き上げられた格闘センス。一筋縄ではいかないでしょう」

 

 一番長く一緒にいて、一番手をかけられて育ってきた。相棒には相棒のプライドがあると、コスモスはよく知っている。彼女の竜騎士(カイリュー)がそうであるように、カエンのリザードンにも、この身が焼け朽ちようと譲れない局面がある。

 目をぎらつかせながら、シンジョウへ「さっさとエースを出せ」と焚きつけるリザードン。

 

「任せたぞ、“ゴウカザル”」

 

 しかし次に出てきたのは、それを一切無視する選択であった。

 大地を舐めるほどに長い腕と、頭頂部から吹き出す炎がトレードマーク。シンジョウが二番手に選んだポケモン“ゴウカザル”は、低い姿勢のまま地に片手を付け、リザードンをじっと睥睨した。

 

『シンジョウ選手、あくまでもエースは出さない、冷静な選択! むしろ先に切り札が出てきたのを、これ幸いと消耗させるつもりか!?』

 

「……大方、そんなところだ」

 

 エース対決に乗る気はさらさらない。極めて合理的な、勝つことだけを訴求する判断に、カエンは肯定を見せ、リザードンは「なめられたもんだ」と重く唸る。

 

「そう怒った顔をするな。退屈はさせないさ」

 

「はじめ!」審判の声が木霊した次の瞬間、リザードンの目の前に、巨大な「大」の字があった。

 ドゴン。爆ぜ散る業火は、かえんほうしゃよりもさらに高火力の“だいもんじ”によるもの。

 

「リザードン!」

 

 叫ぶカエンだが、トレーナーを凌駕する反応と自己判断で、間一髪を切り抜ける。

 黒煙を振りほどき、飛翔で逃げ込んだ空から望めるは、人差し指と親指で作った輪を口元に添え、こちらを向くゴウカザルであった。

 

「つづきだ、来る!」

「“だいもんじ”」

 

 深々と吸った息が、吐かれて爆炎へと変質する。

 火吹きの要領でもって、湯水のようなペースで連打。

 リザードンはさらに高度を上げ、高速で旋回を始めた。これこそが現状で取れる最適な防御行動である。

 火力もさることながら、速度もかなりのものを持っている。さしずめ遠距離砲火。見てから対応など、とても叶いそうにない。

 上空で続々と橙の大の字が描かれる。ぼ、ぼ、ぼ、と花開く烈火の乱打。

 

「っぶねぇなおい!」

 

 飛び交う攻撃が、客席の屋根裏に直撃するのは必然で。耐久が保証されているため、焦げが付く程度ではあるが――肝は冷える。

 

「いつまでも……!」

 

 注意深い観察、及びリズムの把握で、ようやく掴めた攻撃の切れ間。

 予備動作の一瞬をぬう急制動と急加速。地上からでは豆粒に見えるくらい遠ざかっていたリザードンが、一息にゴウカザルへと突っ込んでくる。

 風が唸る。空が焦げる。眼光が軌跡描いて敵を貫かんと駆け抜けた。

 しかし、これもまたシンジョウの掌の上だった。

 ゴウカザルは彼のフィンガースナップを合図に、さらに大きい“だいもんじ”を直線状の相手に解き放つ。息の量を最大限増やした、超大出力の一発であった。

 猛スピードの突撃に合わさる、最大火力の一撃だ――回避などさせやしない。

 初手は回避に徹底させ、相手視点での攻撃機会を、より貴重なものとする。そして痺れを切らすであろう頃に、故意に隙を見せるのだ。焦りという本物の隙を作る、フェイクの“穴”を。

 攻撃一つにしても、確実に当たる状況作り(ゲームメイク)から。シンジョウはやはり堅実に攻めてきた。

 

「ッ!」

 

 辛抱たまらず、溜めていたほのおのパンチで相殺するリザードン。双方の熱エネルギーが合わさって、巨大な爆発が生じた。

 悲鳴じみた歓声に包まれる会場の中で、ただ一人、静かな男の独白。

 

「(相殺を続けても構わない。遠距離で火力を出せるのはこちらだけ……向こうはどうやっても、体一つで繰り出す攻撃ばかり。従って負傷リスクは雲泥の差が)」

「――バギュアァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 それを許すような相手ならば、彼はそもそもここに立っていないだろう。

 黄昏色の焔を切り裂いて肉迫したリザードンは、再び燃える握り拳を作っていた。

「かわせ」なんて、言うなよ。どうせできないんだから。

 待ちに待った反撃のストレートが、とうとうゴウカザルの顔面を鈍く打ち鳴らす。

 

 きゅうしょに あたった!

 

 振り抜き、ごしゃん。ゴウカザルは壮絶な音を連れて吹っ飛び、シンジョウの横をすり抜け、アリーナ席のフェンスに激突した。

「……!」思わず後退るシンジョウと、

「まだだ、全部ぶっこめえーーーーーー!!」一歩踏み込むカエン。

「オレを、なめるんじゃねえ!!」リザードンの眼光はそう物語る。

 

「ッ、“くさむすび”!」

 

 ゴウカザルは失いかけた意識を意地で取り返し、地面に触れる。

 するとしなやかな草が地中から複数伸びて、低空飛行で襲い来る竜の手足に鎖のように絡まった。

 額の前で止まった拳を払いのけ、余裕も忘れた状態で放つは。

 

「――“インファイト”!」

 

 意趣返しと言わんばかりの、渾身の右ストレート。

 今度はリザードンが大地を転げ、フィールド中央に押し戻される。

 

「ゥウッキャアアアァァァァァァ!!!!」

 

 だけではない。一転して声と気性を荒らげたゴウカザルは、目にも止まらぬ速さで疾駆し、起き上がる前のリザードンを蹴り上げた。

 ドォン、と上空に投げ放たれ、さらなる追撃。ゴウカザルのすばやさは、リザードンを超えている。

 一度主導権を握ろうものなら空だろうが逃がさないし、陸であろうものなら地の果てまで追いかけ殴り続ける。

 打たれ、飛ばされ、また打たれ――飛ばされた先に敵がいる。その繰り返し。

 まさしくお手玉だ。目が回る。

 自由落下に任せるしかないほどに無防備な肉体に、止まらないインファイトがダイナミックにダメージを刻んでいく。

 

「ウオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 打つべき敵の面を捉えた瞬間、歯を食い縛って、痛みを振り切った。

 互いが逆さまに見える状態のまま、パンチが交差した。

 双方、クリーンヒット。二体の不時着で、大地が鳴る。

 仕切り直すか――。

 

「つまんないこと、考えちゃだめだぜ」

 

 そんなシンジョウの匂いを嗅ぎ取って、カエンは煽る。

 だがそれは、作戦でも何でもない。

 ただ、知っているだけ。

 ここぞで全てを懸けて送り出した相棒(リザードン)に、一朝一夕の小手先など通用しないということを。

 どんな手を使い、どんな策を弄しても、最後には殴り合いで決着をつけるしかないということを。

 

「――“火焔の拳(こいつ)”は、そのためのものだから」

 

 自分のリザードンが、世界で一番強いのだということを。

 瞳の奥で揺らめく、火の光を見た。

 引き出す者(シンジョウ)はそれを脳裏に閉じ込め、しかと焼き付ける。

 

「ああ……、そうだな」

 

 これが、カエンの総て。

 めらめらと静かに、だが強く、熱く、逞しく――雨が降ろうと、風が吹こうと、踏みにじられようと。

 焔が燃えている。

 迷った時は道しるべ。戦う時は剣と盾。繋がる時は優しさに。

 目障りとさえ罵られるかもしれない、それほどまでに純粋な熱。彼を、及び彼の心臓というエンジンを動かし続ける、決して途絶えぬ永久機関。

 一度進めば、二度と止まることはない。

 

 ――――強いわけだ。

 

 もはや、何も言うまい。短い独白を唱えるとシンジョウは険しく、同時に穏やかに、カエンとリザードンのコンビを見据えた。

 そしてゴウカザルの背中に真っ直ぐ、己の全てを委ねた。

 

『両者再びぶつかり合う、完全なる接近戦だ、守りを捨てたーーーーッ!!!!』

 

 実況などに、捲し立てられるまでもない。遅かれ早かれこうなった。

 シンジョウとカエンは当然、観客、審判、放送視聴者、全部を巻き込んで、ステージの中心は燃え上がる。

 昂りが剥き出しの咆哮と、轢き潰されそうな肉弾の重低音。呈する様相は文字通りのインファイト。

 ゴウカザルもリザードンも悉くをかなぐり捨て、息を乱し、闘争本能という極めてプリミティブな欲求が赴くままに、泥と血の臭気にまみれて、死に物狂いで殴り合う。

 

「やはり、カエンくんには策などなかったようです。――要らなかった、というのが正しいのかもしれませんが」

 

 コスモスは察した。カエンは端から三体目など待っていない。ここで全抜きし、当初のプラン通り短期決戦を押し通さんとしている。

 

「トップガンもそれを確信したから、この打ち合いを買って出た、と」

「今、リザードンは、勢いづいています。もし仮にゴウカザルが、ここで彼を止められないようならば――」

 

 打って、打たれて。打ち返しては、打ち直して。

 リザードンの“ほのおのパンチ”が、ゴウカザルを打ち転がす。

 

「“じしん”だ!!」

 

 手は緩めない。ボロボロの細身を追いかけ、強烈なストンピング。

 巨大な足が無を踏んだ。フィールドが激震し、瓦礫が重力に逆らって飛散した。

 だが踏んだのは、無、だ。ゴウカザルは咄嗟の気転で跳躍――上に回避したのだ。

 カエンとしても初めて見せる技だったというのに、本能が最適解を察知したか、見事な危機回避を披露する。

 

「リザードン、キャッチ!」

「――――……!」

 

 カエンの不穏な笑みを目視したシンジョウだが、もう遅い。

 待ってましたともう一発。寧ろこれだ、これこそが本命であった。

 爪先が爪痕を置き去れば、

 

「――“ちきゅうなげ”!!」

 

 仕込みは完了だ。

 加速したリザードンが飛翔、浮き上がったゴウカザルに組み付き、遥か天空へと浚っていく。

 カメラでも追い付けない、果てしないフレーム外――彼方で、音にも迫る最高速度で大旋回。

 脳の入った意識のカップがシェイク、シェイク、シェイク。

 見上げる人々は祈ったり、騒いだり、携帯端末を触ったりと、多種多様ではあるが、彼らは、シンジョウとカエンだけは、ひたすらに空を仰いでいて。

 叫びと共に、下りてくる。猿を抱えた竜が、降りてくる。

 この光景で、観衆は結果を確信。それでもカエンは。シンジョウは。胸中を秘め、未だ目を離さないでいる。

 

「ったく……さっき何が起こったか、もう忘れてやがる。めでたい客だぜ」

 

 それはランタナも、コスモスも、カイドウも同じことであった。

 まだ勝負はついていない。あくまでも技が『極まりそう』というだけで、『極まった』わけではない。

 拳銃を向けただけで勝ち誇るというのは、素人のやること。

 バトルは最後の最後まで、何が起こるか分からない。強者同士の試合は、特にだ。残り時間がコンマを切るその瞬間であっても。

 

「――――自転しろ(ターン)

「……まさか!」

 

 故に、見届けねばならないのだ。

 こういうことが、あるから。

 瞬きの間は、盤面をひっくり返すのに十分すぎるから。

 

 くるり。

 

 真っ逆さまで近付いた地上目掛けて、ゴウカザルを投げ落とそうとした時のことだった。

 リザードンの振り抜く腕の勢いに合わせ、ゴウカザルはしがみついたその巨体ごと、身体を捻った。

 すると忽ちに生まれるのは陸を背負うリザードン。空に近付くゴウカザル。

 ――あとは簡単だ。

 

「“ストーンエッジ”」

 

 最後の景色に、手を加えてやるだけ。

 ゴウカザルが落下するはずだった地点から、鈍角の岩の柱がせり上がる。

 身代わりになれ――――彼はそう言って、そこへ飛竜を叩きつけた。

 

 こうかは ばつぐんだ!

 

 リザードンは倒れた。

 実況はその事実に、混迷とどよめきを隠せない。

 しかし無理もない。たった今、勝つはずだった者が、ほんの数秒という時間で床を舐めているのだから。

 ざわ、ざわ。会場が嫌な盛り上がり方をする。

 審判の声だけが無情に木霊すると、リザードンを戻すカエン。微笑みながら、ただ一言「ありがとう」と。

 四の五の言わないのは、あの局面に納得がいった証明で。

 

「ちきゅうなげ返し、だな」

「公転への回答……あの技の弱点は、俺が一番知っている」

 

 シンジョウが、同じリザードン使いと対面した時さえ想定していた。ただ、それだけだ。

 

『投げられる瞬間に身を捻って、かかる力を利用し、そのまま投げ返す――柔術の理屈だ。かくとうタイプの強みが出たな』

「簡単な理屈だが、実地で行うならば、並大抵の修練では叶わん。何百、何千……といったところか」

『体がうずうずしてきた。本当におもしろいバトルだぜ』

「結構なことだ。土産話にでもすればいい」

 

『ああ――、本当におもしろい』

 

 潰えた切り札。ふらりと立ち上がるゴウカザルの火は、未だ健在。

 カエンは立ち塞がる壁の向こうに、何を見る――――。

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