『あなたはマスター』   作:アグネス・ゾンビ・デジタル

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「え? ゲームセンター?」

「はい。ミッション──『社会性の向上』のため、現在クラスで流行っているゲームセンターへ見学に行くべきだと判断しました。経験を得ることでクラスメイトと『世間話』、を実行できると考えます」

「なるほど……ん?」

 

 いや、行けば良い。

 今日は休日でトレーニングも休みなのだから、わざわざトレーナー寮まで許可を取りに来る必要なんて無い。

 真面目すぎるのも問題だよなぁと、小さくため息をこぼす。

 

「私は機械に触れると高い確率で、破壊してしまうのです。つまり、ご同行いただけたらと」

「あぁ、そういう……」

 

 いやどういうことだ?

 機械に触れると破壊してしまう? 機械同士では相性が悪いのだろうか?

 落ち着け、ブルボンは機械ではない。

 だとするならば尚更、生身のウマ娘が機械に触れるだけでそれを破壊してしまうなんて、そんなことはあり得ないはずだ。きっと今までも偶然が重なっただけで、別にブルボンのせいではないだろう。

 だってブルボンは機械ではなくウマ娘なのだから。……多分、恐らく、そうだと良いが。

 いや待て。機械でないならば、何故彼女はラップタイム走法をアドバイスしたとき、一切の道具を使わずに正確な距離とタイムを測れたんだ?

 やはりブルボンは──

 

「……うん。良いよ!」

 

 俺は考えることをやめた。

 

 

 

 

 

   ×  ×  ×

 

 

 

 

 

「私的な社会見学にご協力いただき、感謝します」

 

 特に予定も無かった俺は、かくしてブルボンと共に近くのショッピングモールに併設されているゲームセンターへとやって来た。

 機械に触れることのできないブルボンの代わりに、ゲーム機を操作するために。

 

「今日は楽しむことを覚えよう。それはきっと『会話』にも活かせるはずだよ」

「オーダーを受理しました。『今日は楽しむ』を開始します」

 

 というわけで唐突に始まったゲームセンターでの社会見学。

 まずはなにからプレイしようか。ここはやはり定番である『頭文字U』から始めるべきだろうか。

 もちろん俺の愛バは皇帝。久しぶりにずきゅんどきゅんとコーナーを攻めたい。

 しかし、どうせなら協力してできるゲームの方が良いだろう。触れなくても共にできるゲームとなると──

 

「…………」

 

 なにが良いだろうかと考えていると、目の前のブルボンはクレーンゲームを見つめたまま身動きひとつ取らない。

 どうやらそれが気になっているらしい。

 

「クレーンゲーム。俺が操作するからブルボンは横から指示を出してくれないかな?」

 

 問いかけると、ブルボンの耳がぴくりと反応して、尻尾がふわりと揺れた。

 

「オーダーを受理しました。正確な測定を行い、マスターをフォローします」

 

 真剣勝負、つまりガチだ。

 やるからには必ず目の前のあのうさぎ人形を取らなければならない。

 なんせ初めての共同作業。これはもうケーキ入刀に匹敵するレベルだと言っても過言ではないだろう。いやさすがに過言。

 

 俺は震える手で500円を投入し、3回プレイのコースを選択した。

 

「22センチ、そこでアームを停止してください。私の測定では、その位置でしたら98%人形が獲得できると──」

「…………」

 

 しかし、アームはブルボンの計算通り正確に人形を掴んだが、持ち上げた拍子にあっさりと落ちてしまう。

 

「……アームの脆弱性を確認。再計算します」

 

 ブルボンは悪くない。悪いのはアーム、ひいてはこのゲームセンターだ。

 

「プラン『押し出し』に変更します。これであれば、91%の可能性で人形は獲得──」

「…………」

 

 しかし、アームはブルボンの計算通り正確に人形を押し出したが、ほんの少し位置が動いただけだった。

 

「…………アームの押し出し能力を過信していました。再計算します」

 

 ブルボンは悪くない。悪いのはアーム、ひいてはこのゲームセンターだ。店長はいるか?

 

「これであれば75%の可能性で──」

「…………」

「……非常に困難なミッションであることを認識」

 

 あの手この手で奮闘したが、人形を手に入れることはできなかった。

 もう一度言うがブルボンは悪くない。悪いのはアーム、ひいてはこのゲームセンターだ。出てこい店長。二度と営業できねえようにしてやる。

 

「申し訳ありません、マスター。アームの強度を把握していなかったことが失敗原因です。……ただ、もう一度チャレンジすれば、70%の確率で成功するかと」

 

 店長を探して走り出そうとした瞬間、そんな言葉が聞こえてきたのですんでのところで思いとどまる。

 ブルボンがこうした風に自分から提案してくるのは珍しい。その無表情からは窺えないが、恐らくクレーンゲームにハマっているのだろう。

 ならば──

 

「やろう。俺は今さら退けない」

「命令を受理。人形獲得に最善を尽くします」

 

 再び硬貨を投入して、再チャレンジした。

 ブルボンの指示通りアームは人形を縁まで押し出し、縁に引っかかった人形は自重で徐々に落とし口へと傾き始める。

 隣にいるブルボンが息を詰めて見守っている。

 

「…………っ。……ファイト……!!」

 

 なにそれ可愛い。動画撮っておけばよかった。

 と、激しく後悔している間に人形は綺麗に落とし口へと滑り落ちていった。

 

 

 

 

 

   ×  ×  × 

 

 

 

 

 

「本日はありがとうございました。ゲームセンターを実際に体験したことで生じた感覚もあり、理解が深まりました。胸の奥がくすぐられているような、表情筋が自然と緩む感覚。経験にこれらの感覚も加え、『世間話』としてインプットします」

「楽しめたようでよかったよ」

「……『楽しめた』、ですか?」

 

 不思議そうに首を少し傾け、こちらをじっと見つめている。説明を要求されているのだろうか。

 

「その感覚は世間一般でいう『楽しい』って感情だよ」

 

 ……多分、恐らく、そうだと良いが。

 

「しかし、二人がかりで人形を取るという非生産的な行動に、なぜ『楽しい』という感情が生まれたのでしょう」

「それはつまり、なんというかまぁ、その非生産的な行動自体が『楽しむ』という目的の下に行われたからで……」

「……なるほど。ステータス『衝撃』を確認。新たな価値観をインプットしました。『一見無意味に思える交流にも、そうでない場合がある』」

 

 無意味と言われると、中学生男子並みに共同作業という事実にはしゃいでいた自分が少し恥ずかしくなったが、腕の中の人形を優しく撫でたブルボンを見て、「まぁ良いか」と、心の中でそんなことを呟いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『青空のもと、中京レース場、芝1000メイクデビュー。13人のウマ娘たちが挑みます』 

 

 ついに、ブルボンのデビュー戦の日がやってきた。

 堂々の1番人気に推され、この日のブルボンは絶好調と言えるほどに完璧な仕上がりだった。

 しかし、他のウマ娘がゲート入りを拒み、現在長時間ゲートの中で待たされている状態だ。

 集中力を切らさなければ良いが……。

 

『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました。……さぁ、ゲートが開いた。ミホノブルボン、少し出遅れたか』

 

 嫌な予感は的中し、ブルボンは良いスタートを切ることができなかった。

 それだけではなく、両隣から挟まれたりと、中々前に抜け出せずにいる。

 

「呑まれるなよ、ブルボン……」

 

 そのままレースは展開し、第3コーナーに差し掛かってもまだブルボンは10番手にいた。

 半ば祈るように観ていたが、直線コースに入った途端、ブルボンは自ら進路を外に変更し、凄まじい勢いで捲って上がっていく。

 大きな歓声が響いて、レース場が一気に湧き上がる。

 

 ──この熱量を俺は知っている。

 盤面が、ひっくり返ったのだ。

 

『ミホノブルボン! ミホノブルボン先頭!』

 

 残り50メートルで先頭に躍り出たブルボンは、そのまま後続に1バ身4分の1差をつけてゴール板を駆け抜けた。

 走破タイムは58.1秒。

 

「────ッ!」

 

 右の拳を強く握りしめ、声にならない声で叫ぶ。

 

 コースレコードを更新する勝利だった。

 

「マスター」

 

 そのまま走り抜け、客席の最前列にいた俺のもとまでブルボンが駆け寄ってくる。

 

「やりました」

「うん。ちゃんとみてたよ、ブルボン」

 

 クラシック三冠という大きな目標に向けて、最初の目標を達成した。

 ひとつずつブルボンの中に芽生えていく感情。

 それを表に出すのはやっぱりまだ難しいのか、相変わらず無表情のままだけれど、確かな経験と共にブルボンは一歩ずつ進んでいく。

 

「帰ったら盛大に祝勝会を開こう。肉と寿司で優勝だ。ケーキも買って帰るよ俺は」

「マスターの『お財布事情』をロード中。『盛大な祝勝会』、は困難を極めます」

「うっ……」

 

 確かに、最近ブルボンのトレーニングでタイムが縮むたび、ご褒美と称しては必要無いと断るブルボンにトレーニングシューズやダンベル、その他諸々を買い与えていたおかげで財布はすっからかん。

 全寮制とカフェテリアの食事が無料であることに心から感謝していたことをすっかり失念していた。

 

「カードで──」

「承認しかねます。そもそも、マスターはクレジットカードを所持していません」

 

 マスターの言うことは絶対、のブルボンですら許可を出してくれないということはつまりそういうことなのだろう。

 しかし教え子にお財布事情を心配されると情けなくて泣きたくなる。いっそのこと「ざぁ〜こ、ざぁ〜こ♡ マスターの財力よわよわ♡」とか言って罵ってくれた方がまだマシだ。是非罵ってもらいたいまである。

 そんなことを考えている間にも、ブルボンは「マスターのお財布事情から最適解を出力します」と、親身になってくれている。また泣きたくなった。

 

「りんごはどうでしょうか? りんごであれば値段もお手頃であり、そのままいただくのはもちろん、アップルパイを作れば十分ケーキの代替品になります」

「あぁ、りんごねぇ。実は俺梨派なんだけど──」

「マスター」

「へ……? は、はい……?」

 

 唐突に、ぐっと顔を近づけてくるブルボンに驚いて大きく後ろに仰け反る。

 

「りんごをおすすめします。酸味、甘味、そのフォルム。まさに『完璧』であるかと」

 

 圧がとても強い。どうやらミホノブルボンの好物はりんごらしい。

 そんなささやかな一面でも、こうしてひとつずつ知っていけることをたまらなく嬉しく思う。

 

「……わかった。ならりんごを買って帰って、早速反省会をしよう。それから次のレースについてのミーティングも」

「了解しました。『反省会、及び次走に向けてのミーティング』を目標に設定」

 

 ──このデビュー戦での勝利を皮切りに、ブルボンはGI含む4連勝を重ね、クラシック三冠最初の一戦……皐月賞に挑むことになる。

 

 

 

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