また一週間が始まると思うと気が重いです。
パチュリー達がプロヒーローになってから五日が経過した。
プロデビューしたからと言っても、劇的に生活が変化したなんてことは無く、これまでと全く同じような日常を過ごしていた。
ニュースを見ていても、これと言った大事件などは発生しておらず、サイタマはテーブルに足を乗せてから漫画を読み、パチュリーはクッキーを食べながら紅茶を飲み、こあはキッチンにて洗い物に勤しんでいる。
だが、今日はいつもと少しだけ状況が違っていた。
「あの~…ジェノス?」
「はい。何でしょうか?」
「…その背中にある大荷物はなんなのかな?」
ジェノスがこの家にいること自体は割ともう日常風景と化してきているのだが、問題は彼が背負っているパンパンに荷物が入っていると思われる巨大なリュックだった。
「先生。パチュリーさん。折り入ってお願いしたい事があるのですが…」
「「何?」」
「ここで一緒に住んでもいいですか?」
「うん。絶対にダメ」
「別にいいわよ?」
全く逆の意見炸裂。
ある意味、この二人が家主のようなものなので、どっちの意見の方が優先される的なことは無い。
「ちょ…パチェ!?」
「いいじゃない。前にも言ったけど、私とこあは隣の部屋で寝てるんだし、もう一人ぐらいいても問題は無いでしょ?」
「そ…それはそうかもだけど…」
「こあも、ジェノス君が一緒の方が嬉しいわよね?」
「え? わ…私ですかっ!?」
ここでいきなり話を振られ、顔を真っ赤にして慌てるこあ。
サイタマは、こあが自分に賛同してくれれば一発逆転出来るかもしれないと考えたが、彼女の様子を見てすぐに諦めた。
「え…えっと…その……はい」
「これで2対1ね。どうする?」
「うぐぐ…!」
急激に旗色が悪くなった。
このままでは民主主義に負けてしまう。
サイタマが必死に何か方法が無いかと模索をしていると、ジェノスがトドメを刺しにきた。
「大丈夫です。流石にタダとは言いませんから」
「へ?」
リュックの中からいきなり札束を取り出して、ドンとテーブルの上に置いた。
「ちゃんと家賃は払います」
「歯ブラシは持ってきたか?」
最強ヒーロー・サイタマ。金の前に完全敗北する。
やっぱり、お金こそが最強の存在なのかもしれない。
「良かったわね、ジェノス君。これからよろしくね」
「よ…よろしくお願いします」
「はい。今日からお世話になります」
女性陣は最初から歓迎ムード。
サイタマだけなんだか疎外感があった。
「ところで、この札束はどうしたの? 凄い額だけど」
「ヒーローになる前から俺が倒してきた賞金首などで稼いだ金です。けど、俺はそんなに散財するような性格でもないので、正直言って持て余していたんです。この金がサイタマ先生やパチュリーさん、こあの生活に少しでも役に立てられれば、それが一番です」
「偉いわね~。本当に真面目一筋。眩しいぐらいね」
まるでジェノスから光が放たれているかのように、自分の手で顔を隠す仕草をするパチュリー。
自分の事を不真面目だと思っている彼女には眩しく見えているのだろう。
サイタマも、ここまで真っ直ぐに自分の役に立とうとしてくれていると却って気まずくなってしまう。
(はぁ…後悔先に立たず…か。昔の人はいい事を言ったもんだよ…全く…)
今になって、少し前の自分の言動を本気で後悔しているサイタマだった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
荷物整理が終わった途端、いきなりジェノスはテーブルの上にノートを広げて何かを書き始めた。
突然の事に、サイタマだけでなくパチュリーやこあも何事だと思った。
「さっきからノートに何を書いてるんだ?」
「これは日記です。先生から教わった事や修行の内容などを事細かに書き記しておこうと思いまして」
「マジかよ…」
高校を卒業してからこっち、ノートなんて開いたことなんて一度も無い。
パチュリーは普段から魔法の研究や勉強をしているので、隣りの部屋である寝室兼研究室に大量のノートが置いてある。
「勉強熱心なのね。なんだったら、私からも色々と教えてあげようか?」
「いいんですかっ!?」
「勿論。サイボーグであるジェノス君に魔法を教えても意味は無いでしょうけど、その過程で私が学んだ事を教えてあげるわ。きっと、君のこれからのヒーロー活動にも役立つ筈よ」
「是非とも、お願いします!」
なんだか、まるで勉強好きの男子生徒にものを教える女性教師のようになってきた。
パチュリーがああいっている以上、自分からも何かを教えないと立つ瀬がない。
無いのだが……どれだけ考えても、良い教えが思い浮かばない。
(ど…どうする…! 何も教えないままの状態で師匠面だけしているのは流石に物凄く気が引けるんですけどっ!? でも、俺が教えてやれる事なんてマジで筋トレぐらいしかないし…。何か…何か無いのか俺! 考えろMy脳! 高校時代とかに先生に教えて貰った事とかでもいい! 思い出せ!…って、んな昔の事なんて全く覚えてねーよ!!)
サイタマ。別の意味で万事休す。
「そう言えば、今思い出したんですが…」
「な…なんだ?」
「C級ヒーローの場合、一週間全く活動をしなかった場合はヒーロー名簿から強制除籍をされると、あの時のセミナーで言っていましたが…先生は大丈夫なんですか?」
「…………え?」
セミナーの内容を全く聞いていなかったサイタマは、冷や汗を掻きつつ変顔をしながら思わず聞き返してしまった。
「そ…そんなこと言ってたっけ…?」
「ちゃんと言ってたわよ。私も聞いてたし、こあに至ってはセミナーの内容をノートに纏めてたぐらいだし。ね?」
「はい。ここにちゃんと書いてますよ?」
そう言って、こあが自分のノートを開きながら、書かれているページをサイタマに見せた。
急いでそれを取って、目を血走らせながら読んでいく。
「ホントだ……」
「でしょ?」
ノートをこあに返しながら、サイタマは尻餅をつく。
今度から、ちゃんと人の話は聞いておこうと本気で思った。
「確か、C級は数が多い上に基本水準が低いから、ヒーロー協会が『使えない』と判断したものから順に除外をしていくんだとか」
「で…でも…テレビのニュースとか見てても、これといった事件とか事故って起きてなかったし…」
「最近のニュースで報道をされるのは、基本的に避難が必要な場合の大災害や巨大なテログループなどの活動、危険な怪人や怪物なんかが出現した場合の大事件だけよ? 知らなかったの?」
「ぜ…全然……」
これまでずっと、ニュースはニュースとしてしか見ていなかったので、まさかそんな基準があるなんて全く知らなかった。
「サイタマ先生はこれまでにずっと強大な怪人や、他のヒーローたちが太刀打ち出来ないような悪の軍団ばかりを倒してきたから知らないかもしれませんが、C級は基本的にひったくりや強盗、通り魔などと言った小規模な事件を解決して過ごしているようです」
「そうだったのか……」
「C級って確か、自主的に動き続けないと業界内で生き残っていくのが割と難しくて、途中で挫折をして転職をする人たちが多いとも言ってたわね」
「サラリーマンの飛び込み営業みたいに、自分の足を使って成果を出していかないと、協会側だけじゃなくて世間の人達も評価をしてくれないって言ってましたよね」
ここまで説明されて、ようやくサイタマは自分が早くも崖っぷちに立たされている事を思い知る。
「やっばっ! 呑気に漫画なんて読んでる場合じゃなかった!! こあ! 俺のヒーロースーツってどこにあるっ!?」
「そこの棚に仕舞ってありますけど……」
「ありがとな!」
慌てて棚からヒーロースーツを出して着替えはじめる。
今日も含めて、残された時間は二日だけ。
いや、正確には一日と半日と言った方が正しいかもしれない。
「一緒に行きますか?」
「いやいやいや! お前は別に来なくてもいい! S級のお前と一緒だった場合、仮に俺が何かの手柄を立てても俺の活躍だと認めて貰えない可能性が出てくる!」
「ですが、弟子として師と一緒に行動しない訳には…」
一体何をどういえば納得してくれる?
必死に頭を回転させていると、突如としてどこかで聞いたことがあるような事を言いだし始めた。
「あー…ジェノス。俺だって本来は『幼い頃に憧れたヒーローになりたい』という一心から必死に体を鍛えて、ここまで強くなった。だから、お前も俺のようにヒーローとしての『高み』を目指して生活するように心掛ければ何か変化するんじゃないのか?」
「高みを目指して…?」
「そうだ。ぶっちゃけた話、お前はサイボーグだから体を鍛えるとかあんまり関係ないし、気持ちの切り替え…別の言い方をすれば気の持ちようで強くなるかもしれない」
もう完全に脳を解せずに口から言葉を発している。
言っているサイタマ自身も、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
「つまり…だ。力や技術面の向上も大切ではあるが、その前にまずは精神…心の方を鍛えてみたらどうだ? その為にはまず、この厳しいヒーロー業界で勝ち抜いて見せろ。というわけで、今からお前はS級ランキングで10位以内を目指すんだ。それが当面の目標だ」
この男、場の雰囲気に任せて誤魔化す気満々である。
ここで意外な助け舟が彼を救った。
「サイタマにして【は】珍しく良い事を言うじゃないの」
「だ…だろっ!?」
「えぇ。精神面を鍛えるっていうのは案外、悪くは無いわ。世間で『強者』と呼ばれている連中の中には、精神が肉体を越えた…なんて奴もいるぐらいだし」
「精神が肉体を越える…そんな事があり得るのですかっ!?」
「私も実際に見たわけじゃないから何とも言えないけど、噂程度になら聞いたことがあるわ。それに、心を鍛えるってのには別の意味もあるしね」
「別の意味…ですか?」
「そ。こーゆー言葉を知ってる? 『タイマンの最後は気合と根性だ』って。どれだけ体が傷ついて疲弊しきっていても、心さえ折れなきゃ何度でも立ち向かえる。真の勝者ってのは力が強い者じゃない。最後まで立っている者の事を指す言葉なのよ。サイタマもそれが言いたかったんでしょ?」
「そ…そう! その通りだ! 流石はパチェだな! 俺の考えを良く分かってる!」
た…助かった…。
一緒に生活をし始めてから三年。
初めてパチュリーに対して心の底から感謝をした。
(サイタマ。貸し1…だからね)
(わーってるよ…)
これでサイタマは増々、パチュリーに頭が上がらなくなった。
それ以前に、こういった説明でパチュリーには絶対に敵わないと知っているので、無駄な足掻きはしない。
「流石はサイタマ先生…そんなにも深い考えがあったとは! 感服しました!」
「そ…そっか」
「パチュリーさんも、サイタマ先生の考えをすぐに見抜いてしまうとは…お見逸れしました!」
「あいつとは長い付き合いだし、これぐらいは…ね」
やっと話が終わった。
これでようやく外に行くことが出来る。
「それじゃ、お前はお前で頑張ってくれ。俺は今から出かけてくるから」
「はい! やってみます! いってらっしゃいませ!」
「い…行ってくる」
後にサイタマはこう語っている。
『こんなにも気まずい外出は、後にも先にもこれが最初で最後だった』…と。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
サイタマが事件を捜して街中を全力疾走している頃。
パチュリーは背中を伸ばしながら立ち上がり、若い二人に気を利かせようとした。
「こあ。私は今から研究室に籠るから。御昼時になったら呼んで頂戴」
「分かりました」
「それから、ジェノス君」
「なんでしょうか?」
「出来ればでいいんだけど、こあの家事とかを手伝ってくれると助かるわ。買い出しとかも二人で一緒なら大丈夫でしょ?」
「了解です。今日から御厄介になる以上、喜んで手伝います」
「ありがと。それじゃ、後は二人に任せるわね~。ごゆっくり~」
後ろに向かって手を振りながら、パチュリーは部屋を後にして隣りへと向かった。
残されたのは、こあとジェノスの二人だけ。
「そ…それじゃあ、今から洗濯物を干すので、ジェノスさんはサイタマさんの服をお願いできますか? 私はパチュリー様や自分の分を干しますんで」
「分かった。任せてくれ」
図らずも、初めての共同作業となった洗濯物干し。
不思議な緊張と共に服を掛けていくこあだったが、その顔は真っ赤に染まっていた。
その後、夕方になった頃にサイタマは戻ってきたが、完全に意気消沈していてジェノスが激しく動揺してひと騒動になりかけた。
サイタマ曰く『今日も町は平和だった』とのこと。
残り時間、あと一日。
次回、関節のパニックが登場。
もしかしたら、パチュリーとも出会うかも?