果たして、パチュリーとはどんな風になるのでしょうか?
次の日。プロヒーロー資格除籍のタイムリミットの日。
サイタマは朝ご飯を食べてからすぐにヒーロースーツに着替え、街へと繰り出す為に家を後にする。
「行ってくる…」
「「「いってらっしゃい」」」
虚しく靡くマントが何とも言えない哀愁を漂わせているが、それに対して誰も何も言おうとはしない。
正確には、言えるような雰囲気ではない。
「サイタマ先生…大丈夫でしょうか」
「楽観的かもしれないけど、きっと大丈夫よ。何気に悪運だけは強いから」
「元気…無かったですね…」
いつも無表情で能天気なサイタマが、あんなにも落ち込んで焦っている姿はかなり珍しく、特に彼とは長い付き合いであるパチュリーには目新しく見えた。
「私達は私達で、やるべき事を……あ」
「どうしました?」
「すっかり忘れてた……」
立ち上がろうとした時、ふいにカレンダーを見たパチュリーは、ある事を思い出した。
それは彼女からしたら大事なことではあるが、他人からしたらどうでもいい事。
「行きつけの本屋に予約していた本が届くのが今日だったのよね。取りに行かなくちゃ」
「予約していた本とは?」
「魔導書よ。本物かどうかは分からないけど、あるだけでも構わないのよね」
「どうしてですか? 偽物の本に価値なんてないのでは…」
「それが、そうとも言えないのよ。そりゃ、本物であるに越したことはないけど、偽物の本からでも意外といいアイデアが手に入ったりするものなの。だから、決して無駄って事にはならないわ」
どんな物からでも貪欲に知識を吸収しようとする。
これがパチュリーの強さの秘密なのかもしれない。
「今から本屋に行ってくるわ。ついでに、サイタマの様子も見てこようかしら」
「私も一緒に行きましょうか?」
「一人でも大丈夫よ。そこまで重い本じゃないし、いつも行っている店だから行き帰りはルーラで一発。だから、こあとジェノス君は留守番をお願い」
「そう言う事なら…」
「了解しました。気を付けて行ってきてください」
「うん。じゃ、いってきます」
簡単に外出の準備をし、靴を履き説明をしながら玄関扉を開け、すぐに彼女の体が光って空の向こうへと消えて行った。
「…サイタマ先生もそうだが、パチュリーさんもお忙しい方なのだな…」
「そうですね。現代社会じゃ誰もしていない『魔法の研究』をしていらっしゃるのですから、忙しくなるのも仕方がないのかもしれません」
「近代化した社会で魔法なんて非科学的な物を信じている人間は殆どいないだろうしな…」
「実際、パチュリー様も最初は手探り状態でやっていたらしいですよ。自分の中にある無尽蔵とも言える魔力をどんな風に形にしていけばいいのか、本当に悩みに悩んだって」
前世の記憶で覚えている数多くの魔法を参考にしようとしたまでは良かったが、そう簡単に再現が出来れば苦労はしない。
それを文字通り、死に物狂いでやり遂げた結果、今の彼女が存在しているのだ。
「さて…と。お皿を洗って片付けてから、お洗濯でもしましょうかね」
「俺も手伝おう。二人でやれば早く終わる」
「うふふ…ありがとうございます」
若い二人の甘酸っぱい空間。
傍から見れば若夫婦のように見られるかもしれない。
二人は必死に否定するかもしれないが。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「思ったよりも安く買えたわね~。魔導書って割には妙に新品っぽさがあるけど」
左腋に茶色い表紙の本を抱えながら街中を歩き…もとい、超低空飛行をしていると、街中に奇妙な人だかりが出来ているのを見かけた。
「にしても、サイタマはどこまで行ったのかしら。まさか、Z市から出て隣の市まで行ったんじゃ……あれ? 何かしらあれは……」
魔法使いであるパチュリーにとって、好奇心こそが最も大事で彼女の頭脳を刺激する存在。
仮に大したことでなかったとしても、暇潰しぐらいにはなると考えてから近くまで行ってみる事に。
人だかりの正体を見てから、すぐにジト目に変わるが。
「……何? この光景…」
サイタマが謎の美男子と対面していて、そこに更に虎柄のタンクトップを着た男がやって来て何かを言っている。
何も知らない者が見れば、カオス以外のなにものでもない。
「ちょっとサイタマ。こんな街のど真ん中で何をやってんのよ」
「パチェッ!? どうしてここに…って、今はそんなことはどうでもいい! それよりも、この状況をどうにかしてくれ!」
「どうにかしろって言われてもね……」
そもそも、今がどんな状況なのかも知らないのに、どうにかしろとは無茶振りが過ぎる。
流石のパチュリーもどうするべきか困惑していると、さっきからずっとサイタマに向けて殺気を出し続けている男が話しかけてきた。
「おい…サイタマ。その女は誰だ?」
「あ? 俺の親友兼同居人だけど?」
「親友だと…?」
彼の視線が今度はパチュリーに向けられる。
完全に何かを企んでいる顔だ。
「サイタマ。あの男の娘は誰よ? 知り合い?」
「そこ、聞こえてるぞ! 誰が男の娘だ! 誰が!」
「アンタよ。…で、誰?」
「ほら、前にも話したろ? 無駄にすばしっこい忍者みたいな奴がいたって」
「あぁ~…そういや、そんな事を言ってたっけ。それが彼なの?」
「そうだ。名前は確か……関節のパニック?」
「違うわ!! ついさっき教えてやったのに、もう忘れたのかッ!?」
「凄い名前ね。骨でも折れてるの? 痛みぐらいなら和らげてあげられるけど?」
「しなくていい! 俺の名前は『音速のソニック』だ!! もう二度と忘れるなっ!!」
「「はーい」」
謎の男の娘ことソニックは、サイタマのみならずパチュリーにすら馬鹿にされたことで、完全に堪忍袋の緒が切れかけていた。
「女…この俺を馬鹿にしたことをあの世で後悔させてやる!! サイタマの親友だというのなら尚更だ!!」
「いや…止めとけって。後悔するのはお前の方だぞ?」
「え~? もしかして私、彼に狙われてる? ストーカーはゴメンなんだけど」
「おい貴様等! さっきから俺様の事を無視して話を進めるな!!」
「「「え?」」」
ここでやっと、パチュリーは虎柄の男の存在を思い出した。
体格自体は大きいが、存在感は不思議と薄く感じる。
「…アンタ誰?」
「俺はC級ヒーロー6位のタンクトップタイガーだ!」
「ふーん…虎柄のタンクトップを着ているから『タンクトップタイガー』ね。まんまじゃない」
「まんまって言うなっ! この男と親しげに話していたという事は…まさかお前も新人のヒーローか?」
「一応ね」
今後、会う可能性が限りなく低いと思う相手に自己紹介するのも面倒くさいので、敢えて名乗るのを止めた。
サイタマも自分の名を名乗っていないようなので問題は無いだろう。
だが、そんな彼女の考えをギャラリーの一人が簡単にぶち壊した。
「あっ! 思い出したっ!」
「何をだよ?」
「あの本を持ってる女の子…つい最近になってネット上で話題になってる新人の『A級ヒーロー』の子だ!!」
「マジでッ!? A級って滅多に会えないぞっ!?」
「しかも噂じゃ…魔法使いらしい」
「魔法って…んなの実際にあるのかよ?」
「そこまでは知らねぇよ。でも、ヒーロー協会初の『魔法少女ヒーロー』としてめっちゃ有名になってるんだよ!」
ここでパチュリーが初めて冷や汗を掻く。
まさか、自分の事がネット上だけとはいえ、そこまで広まっているとは想像もしなかったから。
現代社会におけるヒーローの影響力を完全に甘く見ていた結果である。
「え…えええええええええA級っ!? こんな小娘がA級ッ!?」
「小娘は余計よ。…で、どうするの? 確かにサイタマにも悪かった部分があったかもしれないけど、だからと言って大衆の面前で声高らかにワザとらしく糾弾する必要はないんじゃない?」
「うぐぐ…!」
何も知らない小娘かと思ったら、まさかのA級ヒーロー。
幾ら上位とはいえ、それはあくまでもC級内での話。
さっきまで強がっていたタンクトップタイガーが一気に借りてきた猫のように大人しくなった。
「ほら、サイタマも謝りなさい。元は言えばアンタが悪いんでしょう?」
「…そうだな。皆、済まなかった。幾ら慌てていたとはいえ、街中を全力疾走は流石に危なかった」
他の人間ならばいざ知らず、パチュリー相手となると途端に大人しくなる。
それだけ彼女の事を信頼し、同時に大切に想っているという証拠だった。
「まぁ…ちゃんと謝ってくれさえすれば…なぁ?」
「今度から気を付けてくれればいいわけだし…」
「こっちも、これといった怪我とかもしてないし…」
これもまたパチュリーの影響なのか。
もしサイタマ一人で謝っていたら、こうはならなかっただろう。
美少女は偉大なり。
「話は終わりか?」
「あ。まだいたんだ。骨折は大丈夫なの?」
「最初から、どこの骨も折れてはいない!! もういい…ここで死ね女っ!!」
その場で高くジャンプをしてから、普通とは明らかに違う手裏剣を何個も投げてきた。
そのスピードは凄まじく、常人は愚か、並のヒーローでは目で追う事も不可能だろう。
実際、タンクトップタイガーは何が投げられたのかも分からずに棒立ちになっている。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
手裏剣が直撃し、同時に派手な爆発が起きた。
どうやら、中に爆薬が仕込まれていたようだ。
「フフフ…残念だったなサイタマ。貴様の親友とやらは爆殺した」
「いや…それは無いだろ」
「そうよ。人を勝手に殺さないでくれる?」
「え?」
今度はソニックが呆ける番。
パチュリーの目の前には、絶対物理防御のテトラカーンの反射壁が展開され、彼女は全くの無傷だった。
「ば…馬鹿なッ!? 俺の爆裂手裏剣を防いだだとっ!?」
「これぐらいで驚かれても困るんだけど……ん?」
何か様子がおかしいと思って後ろを振り向くと、そこには黒焦げになったタンクトップタイガーの姿が。
どうやら、パチュリーの近くにいたせいで爆裂手裏剣の爆発の余波をモロにくらってしまったらしく、その場に倒れて完全に白目を剥いていた。
「タ…タンクトップタイガーが倒されたぁぁぁっ!?」
「きゅ…救急車! いや、ヒーローを呼べっ!」
「そんなに慌てなくても大丈夫よ」
慌てる民衆を一言で落ち着かせたパチュリーは、倒れたタンクトップタイガーの体にそっと手を添えた。
「彼は私が治癒するから」
「な…治せるんですか!?」
「まぁね。これでも魔法使いだし。それよりもサイタマ」
「おう。分かってる」
街中で堂々と武器を取り出した。
それだけで完全に危険人物認定だろう。
ここでソニックをどうにかすれば、自分のプロ資格除籍もどうにかなるだろうし、こいつも暫くは大人しくなる。
サイタマにとっては非常に都合がいい展開だった。
「まぁいい…邪魔な雑魚が一人倒れただけだ。それよりもサイタマ、そこの女! お前らもヒーローだというのなら俺と戦え!! 嫌だというのなら…お前らが戦わないといけないような状況にしてやるっ!!」
「やらせるわけねーだろーが。このバカが」
二人が完全に戦闘態勢に入ろうとしている中、パチュリーはタンクトップタイガーに回復系の魔法をかけた。
「ベホマ」
彼の体が淡い光に包まれ、見る見るうちに体の怪我が治っていく。
僅か数秒で、外傷は完全に消えてなくなっていた。
「う…ん…? お…俺は一体……そうだ! いきなり爆発が起きて、それで…ん? 怪我が無い? なんで?」
「恩着せがましいかもだけど…私が治したからよ」
「お…お前が?」
ほんの少しの間に重傷を負い、すぐに完全回復した。
本人からすれば何が何やらといった感じだろう。
「こっちは終わったわ。サイタマ、そっちは……」
余所見をしている間に決着はついたようで、ソニックは地面に大の字で倒れてめり込んでいた。
「大丈夫みたいね」
「あぁ。街が壊れる前に止められたわ。で、こいつはどうする? そいつみたいに魔法で治すのか?」
「いや…彼に関しては普通に病院に任せましょ。なんとなく、その方が良いような気がするから。そこの人、救急車を呼んでくれる?」
「は…はい! 分かりました!」
パチュリーに頼まれて、ギャラリーの一人である女性は急いで救急隊に電話を掛ける事に。
それを確認してから、二人はこの場を後にすることにした。
「なぁ…パチェ。これで仕事をしたことになるのかな?」
「なるんじゃないの? 目撃者は多いし、監視カメラも街中の色んな所に設置してあるみたいだし。念の為に報告はするべきだとは思うけど」
「なら、帰ってから電話するか」
帰宅する雰囲気全開の二人に、全く状況が飲み込めないタンクトップタイガーが叫んで止める。
「ちょ…ちょっと待ってくれ!」
「なに? 疲れたからもう帰りたいんだけど」
「一つだけ聞かせてくれ。どうして俺の事を助けたんだ? そいつに向かって色々と言っていた俺を…」
「どうしてと言われても……」
正直言って、彼を助けた事に具体的な理由は無い。
損得なんて考えるだけ無駄だし、最初から期待もしていない。
「…アンタが目の前で怪我をして倒れていたから。強いて言えば、それが理由よ」
「そ…それだけ?」
「それだけって…ヒーローが誰かを助けるのには十分過ぎる理由でしょうが。相手がヒーローだろうが、一般人だろうが関係ない。困っていたら誰だって助ける。ヒーローって、そんなもんじゃないの?」
「今回の事に関しては俺だって悪かったしな。もう気にしてねぇよ。でも、もうあんな嫌がらせみたいなやり方は止めた方が良いと思うぞ。誰も幸せにはならないからな」
そうして、二人の若きヒーローは去って行った。
見ていた人々の心に強烈なインパクトを残して。
そして、パチュリーに助けられたタンクトップタイガーは……。
「素敵だ……」
「「「「え?」」」」
ヒーロー初のパチュリーのファンとなっていた。
余談ではあるが、その後ソニックはちゃんとやって来た救急車に病院へと運ばれて行った。
地面に不気味なデスマスクを残して。
ソニックはパチュリーの名を知る事はありませんでしたが、すぐにバレるでしょうね。
普通にネットに載ってますから。
サイタマだけでなく、パチュリーもターゲットにされる羽目になりました。
因みに、タンクトップタイガーがファンになった事は、とあるS級と接点を持たせるためのフラグです。
言わなくてもすぐに分かると思いますが。