S級ヒーローは伊達じゃない!
二人のヒーローを戦闘不能にした怪人『昆布インフィニティ』と対峙するパチュリー、サイタマ、そしてタンクトップマスター。
三人は全く物怖じする様子も無いまま、怪人の前へと出る。
「パチュリー君。サイタマ君。こいつは俺に任せて、君達は彼らの事を頼む!」
「言われなくても!」
「任せといてくれ」
倒れた二人の元へと向かうパチュリー達を庇うようにして怪人と相対する。
ヒーロー達の事を詳しく知らないのか、昆布インフィニティは不敵な笑みを浮かべ続ける。
「一人でいいのか? アイツ等は二人掛かりでも俺には敵わなかったんだぞ?」
「だからなんだ? タンクトップの締め付けにより増幅された俺のパワーの前では、相手がどんな怪人であっても関係なく粉砕する」
「ふん…口だけならなんとでも言えるよ」
一見すると自信過剰なようにも見えるが、これは決して敵を侮っている訳ではない。
本当に倒せる自信があり、同時に己の肉体を信じているのだ。
だからこそ、この状況でも余裕の笑みを浮かべていられる。
タンクトップマスターが敵の注意を惹きつけている間に、パチュリーとサイタマは倒れている二人の所まで辿り着く。
近くで見ると、二人揃って派手にやられてしまっている事が伺えた。
「ちょっと。お髭のおじ様。大丈夫? まだ意識はある?」
「あ…あなた…は…?」
「良かった。まだギリギリの所で大丈夫みたいね。サイタマ、そっちはどう?」
「こっちも大丈夫みたいだ。ギリギリっぽいけどな」
パチュリーがバネヒゲの容体を確かめる為に顔を軽くポンポンと叩くと、ゆっくりとではあるが目を開いて返事をした。
それを確認してからサイタマの方を見ると、彼もまたズタボロとなっている黄金ボールの体をそっと持ち上げてから彼女に合流した。
「怪我人を運ぶなんて初めてだったから地味に緊張したぜ。大丈夫だったか?」
「おう…なんとか…な…。痛みで目が覚めた…」
「マジで? なんかゴメン」
「気にすんな…あのまま気絶してるよりはマシだ…」
ヒーローとしての意地なのか無意味に強がっているが、彼らが満身創痍なのは誰の目にも明らかだった。
「つーか…テメェらは一体…?」
「私達は、あなた達の応援に来たヒーローよ」
「なん…ですって…?」
「あなた達二人のうちのどっちかがヒーロー協会Z市支部に救援要請をしたでしょ? それを知らされて来たって訳」
「ふふ…どうやら…ワタクシの咄嗟の判断が…功を奏した…みたいですね…」
この様子から察するに、どうやら救援要請をしたのはバネヒゲの方のようだ。
だが、パチュリー達がやって来るまでの間に倒されたという事らしい。
「私はA級39位のパチュリー。こっちはC級のサイタマよ」
「その名前…そっか…お嬢ちゃんが噂に聞く魔法使いか…」
「私のこと…どこまで広まってるのよ…」
試験の時に変に魔法使いであることをアピールし過ぎたせいか?
これからは少し自重しようと決意したパチュリーであった。
「俺はA級29位の黄金ボール…んで、そっちのが…」
「A級33位のバネヒゲと申します…」
「黄金ボールさんにバネヒゲさんね。さて…お話はここまでにして、今から二人の応急処置をするからジッとしてて頂戴な」
「そ…その前に…あの怪人をどうにかしなくては…!」
「気を付けろ…! あの海藻野郎の見た目に騙されんな…!」
「奴の頭から生えている海藻は…鋼鉄以上の強度と、鞭のようなしなやかさを誇っています…!」
「怪人なら心配いらないわ。ここに来たのは私達だけじゃないから。ね?」
「そうだな。あいつなら楽勝だろ」
パチュリーとサイタマが揃って前方を見ると、そこには逞しい筋肉を持つ一人のタンクトッパーの背中があった。
「あ…あれは…まさか…!」
「S級…タンクトップマスター…! どうして彼がここに…!?」
「私が救援要請を受けた時、偶然にも一緒にいたのよ」
「おいおい…マジかよ…!」
こんな偶然があっていいのだろうか。
幾らなんでもご都合主義が過ぎやしないか。
思わずそう思ってしまうが、今はそのご都合主義に頼るしかない。
(本当なら高い回復力を持つ魔法を使った方が良いんでしょうけど…彼らの体は思っている以上にダメージを受けてる。強すぎる魔法を使ったら、却って彼らの体に負担を掛けてしまう。それなら…)
すぐにこの場で最も有効な魔法を導き出し、詠唱を開始する。
「命を照らす光よ…ここに来たれ!」
パチュリーを中心にして青く光る円陣が展開され、彼女の近くに寝かされていたバネヒゲと黄金ボールの二人を優しく包み込む。
「ハートレス・サークル!」
「おぉ…これは…!」
「ワタクシ達の体が…癒えていく…!?」
「すげぇ…これが魔法の力かよ…」
ハートレス・サークルは一度で全回復させるような魔法ではなく、段階を踏んで徐々に回復をさせる魔法。
今回のような重傷者に対する応急処置をするにはうってつけだった。
「タンクトップマスター! こっちは一先ずは大丈夫よ!」
「ふっ…流石だな。では…こちらも本腰を入れるか!」
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「本腰…ね。どれだけ粋がっても所詮は人間じゃん。俺に敵う筈がないんだ…よっ!」
「むっ!?」
昆布インフィニティが頭から生えている昆布の触手を伸ばしてタンクトップマスターを拘束しようとする!
彼の太い腕に昆布が巻き付き、激しく締め上げた!
「ほら。これでもう動けなくなって……あれ?」
「どうした?」
触手を動かしてタンクトップマスターを放り投げようと試みるも、全く以てビクともしない。
それどころか、逆に引っ張られているような気がしてくる。
「な…なんで…なんで動かないんだよッ!? このっ! このっ!」
「まさかとは思うが…この程度の力でこの俺を本気で倒そうとしているのではあるまいな?」
「う…うるさい! こうなったら!!」
腕だけでは足りないと判断し、今度は全ての触手を使ってタンクトップマスターの全身に巻き付き、完璧に身動きを取れなくする。
今度こそ終わりだ。そう思ったのもつかの間、すぐにその期待は絶望に変わる。
「ははははははははははっ! どうだ! これでもうお前は終わり…え?」
「はぁ…ふざけているのか? ふんっ!!」
裂帛の気合いと共に両腕を開くと、その勢いとパワーで全ての触手が引き千切られ粉々となり、辺り一面にボトボトと落ちてきた。
「そ…そんな馬鹿な…! ヒーロー如きが…俺の触手を…どうして…!」
「どうして? その答えは簡単だ。お前が怪人であり、俺がヒーローだから。そして……」
筋肉に包まれた腕を大きく振り上げ、全力で地面へと振り下ろす!!
その一撃は文字通り大地を揺るがして、巨大な亀裂を生みだした!
亀裂はそのまま昆布インフィニティの所にまで到達し、その足元を不安定にし身動きを封じた!
「お前がタンクトップを着ていないからだ!!!」
「地面を…砕いただとぉッ!?」
相手の動きが止まった一瞬の隙を突き、両腕を交差させながら凄まじい速度で突撃する!!
それはまさに、圧倒的質量の一撃!!
「タンクトップ・タックル!!!!!」
避ける事も防御する事も出来ないまま、昆布インフィニティは圧倒的な一撃をその身に受け、全身を粉々にされながら断末魔を上げる暇も無く空高く吹き飛ばされた!!
「ば…ばけ…もの…!」
首だけになりながら振り絞った一言が、S級ヒーローという存在の全てを物語っていた。
(この強さ…ヒーローじゃ……人間じゃ…ない…! 完全に
最後に思ったのは、ヒーローという存在に対する恐怖心であった。
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目の前で行われた圧倒的蹂躙劇。
自分達を倒した怪人でさえも、S級の前では赤子に等しいのか。
改めて、S級とA級という差の巨大すぎる隔たりを思い知らされてしまった。
「彼…想像以上に強かったわね」
「だな。S級って皆がああなのかな…」
タンクトップマスターの強さに呆然としている怪我人二人を余所に、パチュリーとサイタマは相変わらずの平常運転。
この二人が本気で驚く時はくるのだろうか?
「終わったぞ。彼らの容体はどうだ?」
「心配ないわ。ちゃんと応急処置はしたし、救急隊にも連絡をした。後は静かに到着を待つだけ……あら?」
「また何か来たぞ?」
パチュリー達の背後から、さっきの怪人と似たような姿の怪人が二体やって来た。
粉微塵になった仲間の姿を見て、かなり動揺しているようだ。
「こ…昆布インフィニティッ!? なんという姿に…許せんっ!!」
「お前の仇は兄ちゃんたちが取ってやるからなっ!」
「仇…だと?」
何やら気になるような事を言いだす怪人たち。
だが、向こうの事情なんて今は考えている暇はないし、それ以前に興味も無い。
「そうだ! 我が名は『海藻ブラザーズ』の長男『わかめインフィニティ』!」
「そして俺は二男の『海苔インフィニティ』! よくも我等の可愛い弟をやってくれたな!! 絶対に許さんぞ人間どもっ!!」
「海藻ブラザーズの真の力…今こそ思い知れーっ!!」
「来るかっ!!」
いつでも迎撃できるように構えるタンクトップマスターだったが、その前に二人の堪忍袋の緒が切れた。
「「うっさいっ!!!」」
「「ぶべらぁっ!?」」
「「「えっ!?」」」
わかめインフィニティは長話にイライラしたサイタマの怒りの鉄拳によってぶっ飛ばされ、海苔インフィニティはパチュリーの『メラゾーマ』によって消し炭と化した。
「ここには怪我人がいるのよッ!? 少しは空気を読みなさいよね!!」
「お前ら全員、名前が長いんだよっ!! もちっと短くしやがれっ!!」
大きな隔たりがあるのは、何もS級だけではないらしい。
自分達よりも下位にいても、圧倒的な実力を持つ者は実在する。
その最たる例が目の前にいた。
「なんだよ…今のパンチ…一撃だったじゃねぇか…」
「あの業火の柱…なんという威力…!」
驚愕するバネヒゲと黄金ボールの傍で、タンクトップマスターだけが腕組みをしながら冷静に考える。
(この二人…A級とC級にしておくには勿体無い逸材だな…。俺にどこまで発言力があるかは分からないが、試しに上に進言してみるか…?)
本人達が知らない所でまた一人、理解者が増えた。
その相手はまさかのS級。
これが切っ掛けとなって、パチュリーとサイタマの運命が大きく変わっていくことになる。
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【Z市 調査結果】
繁華街や居住区域に関しては特筆すべき事は何もない。ただし、市から危険区域指定を受けている無人街については引き続き、警戒し続ける必要があり。
今回、我々二人が遭遇をした怪人は非常に獰猛かつ凶暴な性質をしており、退治が出来ずに敗北を喫した。
我等が倒されたのちに駆けつけてくれたS級のタンクトップマスター、A級のパチュリー、C級のサイタマの手によって、後で増援として駆けつけた怪人共々、撃破することに成功する。
A級パチュリーとC級サイタマの実力は非常に高く、特にパチュリーがいなかったら我々の命も危なかったかもしれない。
また、タンクトップマスターが倒した怪人の話によると、当該地域にはまだ強大無比な怪人が何体も跋扈しているという噂が怪人たちの間で流れていたとの事。
その詳しい実態はまだ不明ではあるが、我々も無人街に侵入した際に何かが暴れたような跡を幾つも目撃している。故に、今後も更なる詳しい調査が求められる。
タンクトップマスターがカッコよく決めてくれましたが、結局最後はいつもの通りサイタマ&パチュリーが締めましたね。
次回は遂に原作超改善計画第一弾の『隕石騒動』の話に突入します。