ヒーロー協会本部 司令室
オペレーターの女性が目を丸くしながら状況の報告をしていた。
「パ…パチュリーさんが破壊した宇宙船の瓦礫の除去…たった今…全て完了しました…」
「ど…どうなったんだ…?」
体を震わせながら、恐る恐る振り向くオペレーター。
彼女の言葉に、司令室にいる全員が固唾を飲んだ。
「…数件の建物に少し被害があるだけで、建物自体は全く倒壊などはしていません…。人的被害に至っては皆無です! 市民は無事に隣りのB市に避難を完了し、ヒーロー達も全員健在です!!」
報告を聞き、司令は口を大きく開けたまま腰を抜かした。
「き…奇跡だ…!」
実際、彼がそう言ってしまうのも無理は無い。
宇宙の彼方から突如として未知の宇宙人が襲来し、奴らが乗ってきたのは超巨大な宇宙戦艦。
もしも最初の一斉砲撃を防げていなければ、街の被害も人的被害も甚大な事になっていただろうは想像に難くない。
しかし、それらは全てヒーロー達の尽力によって未然に防がれた。
そのヒーロー達も誰一人として欠けることなく、敵のボスを初めとした多くの捕虜を確保し、今後の事に対する貴重な情報源をも同時に手に入れた。
前代未聞の絶対的危機を無事に脱したばかりか、これから訪れるであろう大きな危機に対する盤石の構えを取れる。
こんな結果になるだなんて、宇宙船を最初に見た時は誰一人として想像もしていなかっただろう。
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一方その頃。
会議室にて全体の指揮を取っていたシッチは、サイタマが壁に開けた巨大な横穴から空を見上げ、静かに涙を流しながら膝をついた。
「お…終わった…のか…?」
不意に下を見ると、そこには大勢のヒーロー達が集まって各々の無事と戦いの勝利を喜び合っている様子が見えた。
「サイタマくんとパチュリー君の奮闘のお蔭で敵のボスを倒し、更には捕えることにも成功したばかりか、あの超巨大な宇宙船すらも街に殆ど被害を出す事無く処理できた…。これを奇跡と呼ばずしてなんと呼ぶと言うのだ…」
これこそがシッチの理想としていた光景。
正義の心を持つヒーロー達が力を合わせ危機へと立ち向かっていく。
この時、この瞬間の為にヒーロー協会は存在し、ヒーロー達は集結したと言っても過言じゃない。
「これなら…ここにいる彼らならば…『地球がヤバい』の予言にも立ち向かえるかもしれない…!」
会議にてパチュリーと童帝が言っていた事。
地球と言う惑星の意志が自分達に牙を剥く可能性。
普通に考えれば到底無謀なことではあるが、シッチの中には僅かながらも確かな希望が生まれつつあった。
一人一人の力は小さくとも、力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられる。
それが今日、ヒーロー達の身をもって証明された。
「こんな所で安易に喜びに耽る訳にはいかない…! 今回の宇宙人襲撃は予言にすらなかった完全なイレギュラー…! 寧ろ、本当に大変なのはここからなのだ…!」
勝って兜の緒を締めよ。
その精神でシッチは気を引き締め直しながら立ち上がる。
「…だが、せめて労いの言葉ぐらいは言った方が良いかもしれんな…」
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サイタマに抱きかかえられた状態のパチュリーが地上に戻ってくると、途端にS級を初めとする大勢のヒーロー達が二人の周りに集まって来た。
「はい着地…っと。お?」
「え? ちょ…なになになに?」
いきなりの事に目が丸くなる二人。
そんな事などお構いなしに、ヒーロー達は二人に労いの言葉を投げかけた。
「お疲れさん! お二人さん!」
「やっぱりパチュリーちゃんはスゲェな! あんなデケェ宇宙船を一撃でぶっ壊しちまうなんてさ!」
「マジで凄かったぜ! 本当にお疲れ様!」
「伊達にA級からS級に昇格したわけじゃないって事だな」
「君達二人がいてくれなかったら、今頃はどうなっていたか分からないな…」
どうやら、A市の各地区に散らばっていたヒーロー達が一斉に本部前に集まってきたようで、この時だけはまるでヒーローの見本市のような状況になっていた。
「サイタマ君。パチュリー君」
「アマイマスク…貴方も一緒だったんだ」
割と本気で、アマイマスクは戦いが終わったらすぐに仕事に戻りそうなイメージがあったので、皆と一緒にいたのは意外だった。
「まずは一言言わせてくれ。本当に良く頑張ってくれた」
「礼を言われるような事じゃねぇよ。ヒーローとして当然のことをしただけだろ?」
「全く以て、その通りね」
「フッ…そんな言葉を素面で言えることが、既に君達が素晴らしいヒーローであるという何よりの証みたいなものだよ」
歯の浮くような台詞を言えるのはアマイマスクも全く同じだろ。
サイタマとパチュリーは揃ってそんな顔をした。
「やったな…サイタマ君。パチュリー君」
「君達と一緒なら、これまで以上に平和の守りが盤石になるに違いない」
「アンタ等もお疲れさん」
「ありがと…タンクトップマスター。ぷりぷりプリズナー」
大袈裟なことは言わずに、短くも心の籠った言葉を投げかける。
強者同士であるが故のコミュニケーションがそこにはあった。
言葉の後に、サイタマはタンクトップマスターと、パチュリーはぷりぷりプリズナーと軽くコツンと拳をぶつけ合った。
「やーっと帰ってきたのね、パチュリー」
「ただいま、タツマキ。もしかして、私の事を心配してくれてたのかしら?」
「バ…バッカじゃないのっ!? だ…誰がアンタの心配なんてするもんですか! わ…私は只、いち大人として当然の労いって奴をね…!」
「はいはい。ツンデレツンデレ。でも…ありがと」
「ふ…ふん………おかえり……」
顔を真っ赤にしながらそっぽを向きつつも、ちゃんと言うべき事は言ってくれるタツマキ。
それは、彼女がパチュリーの実力を認めたと同時に、S級入りを認めたと言う証拠でもあった。
そんなタツマキの様子を遠巻きに見ている女性が一人。
「あのお姉ちゃんが…デレてる…!? 信じられない…! あのパチュリーって子…一体何者なの…?」
B級1位『地獄のフブキ』。
彼女もパチュリーやサイタマを初めとした新進気鋭の新人の存在は知ってはいたが、詳しい能力などについてはまだ知らない。
だが、今回の一件で少なくともパチュリーに関してだけは、その能力を把握する切っ掛けになった。
「魔法使いだって噂…正直、眉唾物だと思っていたけど…あの空に浮かんでたデカブツを一瞬で転移させた上に、一撃で木端微塵にするなんて…もしかして本当に…?」
超能力とは違う、異質な能力。
どちらにしても、パチュリーの実力が、あのタツマキすらも認めさせるほどだと言うのは間違いなかった。
「よく頑張ったの…サイタマ君。パチュリーちゃん。君達がおったお蔭で、あらゆる被害が最小限で済んだ。これは本当に凄いことじゃ」
「全くだ。これは…俺もうかうかしてられねぇな。どこかで暇を作って修行のやり直しでもしねぇといけねぇかもな。お前達もそう思うだろ?」
「「「はい!」」」
シルバーファングことバングと、アトミック侍。
その弟子である三剣士。
今回の闘いでサイタマ達に勝るとも劣らない活躍をした彼らもまた、二人の労いにやって来ていた。
「何言ってんのよ。私達だけじゃない。ここにいる誰か一人でも欠けてたら、この結果にはならなかったわよ」
「…そうじゃな。そうかもしれんな」
「あぁ…これは、俺達ヒーローの…地球人類の勝利ってやつなのかもな」
人類の勝利。
アトミック侍が不意に言った台詞が、パチュリーの胸に不思議と染み渡った。
そして、人込みを掻き分けてジェノスとこあが駆け寄ってきた。
「サイタマ先生!」
「パチュリーさまぁ~!」
ジェノスは嬉しそうにし、こあは心配そうにパチュリーに抱き着いた。
「お二人とも、本当に御無事で何よりです!」
「そっちもな」
「うわぁ~ん! パチュリーさまぁ~!」
「はいはい。心配させて悪かったわね。こあもお疲れ様。良く頑張ったわね」
お互いの無事を確かめあう師匠と弟子。
その気持ちがよく分かるアトミック侍とバングは微笑みながらウンウンと何度も頷いていた。
「…ところで、こいつはどうしますか?」
「あー…ボロスの事ね」
さっきからずっとジェノスに抱えられたままのボロスは、周囲にいるヒーロー達を興味深そうに観察していた。
「これが、この星の戦士たち『ヒーロー』…か。成る程な…我等が敗れるのも道理と言う事か」
「な…なんだぁ…こいつ…」
「妙に大人しい奴だな…」
ついさっきまでパチュリー達と壮絶な死闘を演じていたとは思えない程に落ち着き払っている。
まるで憑き物が取れたかのようにボロスの表情はスッキリとしていた。
「取り敢えず、ボロスに関してはウチに持って帰ってから治療をして、それが完了し次第、皆を交えて色々と話を聞きたいと思ってるわ」
「他の連中はどうする気だ?」
「それはシッチさん辺りに任せるわ。あの人ならちゃんとしてくれるだろうし」
この短い間でパチュリーはシッチの事を『ヒーロー協会内部で数少ない非常に常識的で信用できる人物』であると認識していた。
S級ヒーローとなった事でパチュリー個人の権限も相当なレベルに達しているのだが、それでもまだ出来る事と出来ない事はある。
その『出来ない事』をシッチに任せようと考えていた。
「俺はそれで構わん。我々は負けた。サイタマとパチュリーにではなく、お前達『地球人』に負けた。しかも、負けた上で生かされてもいる。ならばもう俺からは何も言う事は無い。『敗者は勝者に従うもの』…これが宇宙の真理だからな」
「…どうやら、見た目に反して武人気質のようじゃな…」
「分かり易くていいじゃねぇか。俺は好感が持てるぜ」
似た者同士であるが故に共感しやすいのか。
アトミック侍はニヒルな笑みを浮かべていた。
「そこのお前達…そうか。あのメルザルガルドを圧倒していた二人か」
「ワシらがどうかしたかの?」
「いやなに…純粋に凄いと思っただけだ。これまでに幾多の惑星に降り立ち、幾多の戦士たちと戦ってきたが…未だ嘗て、お前達ほど強い剣士と格闘家には出逢った事が無い。俺から見ても、お前達の実力は常軌を逸している。もし船に乗り込んできたのがサイタマとパチュリーではなくお前達だったならば…その時はまた極上の闘いが出来たやもしれんな…」
「褒め言葉…と受け取っても良いのかの…?」
「俺の剣は宇宙クラスってか? お褒めに預かり光栄だが…この程度で満足できる程、俺はガキじゃねぇンでな。もっと高みを目指さして貰うぜ」
「今以上の極致を目指すか…面白い…」
ついさっきまでの殺伐とした雰囲気はどこへやら。
似た者同士な者達とは普通に仲良くなりそうだった。
「今はとにかく疲れたわ…家に帰ってゆっくりと休みたい…」
「それには同感だぜ。布団の上で爆睡したいわー…」
二人揃って大きな欠伸をしたところに、ヒーロー本部のスピーカーからシッチの声が聞こえてきた。
『あー…ヒーロー諸君。敵性宇宙人は無事に制圧され、宇宙船もまた君達の尽力で撤去出来た。ヒーロー協会幹部として、一人の一市民として…人々を代表してお礼を言いたい』
途中までは堂々とした感じだったが、緊張の糸が切れたのか、それとも感極まったのか。
急にシッチの声が泣き声に変わった。
『ありがとう…本当に…本当に…ありがとう…! 君達がいてくれて…君達のような勇気ある者達がヒーローで…本当に良かった…! 私には…これ以上の言葉は思いつかない…!』
「シッチさん…」
心の底からヒーロー達に感謝しているが故の言葉。
シンプルだからこそ、シッチの気持ちはヒーロー達の心に確かに届いた。
「一件落着…かしらね」
青く澄みきった空を見上げながら、パチュリーがポツリと呟いた。
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「チッ…んだよ。もう終わりかよ…」
ポケットに手を突っ込みながら、ガロウは誰もいない道路を一人歩いていく。
服に多少の汚れはあったが、特にこれといった傷は無く、その代わりに彼の周囲には無数の瓦礫が細かく砕かれた形跡があった。
「少しだけ苦労しちまったが…それでも今回の事で確実に俺は強くなった…! これでまた俺の『目的』に一歩前進だな…!」
握り拳を見つめながら強い笑みを浮かべる。
そんなガロウの全身から、凄まじいオーラが溢れ出た。
常人ならば見ただけで気絶しそうな程のオーラが。
「…ジジイの様子も見れたしな。悔しいが…まだ俺はジジイの領域には微塵も届いてねぇ…。俺が『俺の目的』を成す為には、間違いなくジジイの存在が最大の障壁になる。これを超えられねぇと…俺は前には進めねぇ…!」
師の元から離反しても、師が超えるべき壁であることには違いない。
その強大さを誰よりも理解しているからこそ、ガロウは彼を目標とする。
いつの日か…自分の『目的』を果たす時の為に。
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因みに、その頃サイタマを追っていたソニックはと言うと…。
「ん? どうして俺はいつの間にかD市に来ているんだ? ん?」
普通に迷子になっていた。