惑星探索中に発見した、干上がった海の中央にあった海底神殿。
どこもかしこもが荒廃しきっているにも拘らず、その神殿の周囲だけは何故か荒廃の後が全く見られなかった。
「ボロス様…念の為に、この神殿の周囲を軽くスキャンしてみたのですが…」
「何かあったのか?」
「いえ。特に異常のようなものは見受けられませんでした。ただし…」
「なんだよ。勿体ぶるなよゲリュガンシュプ」
「う…うむ。メルザルガルド、ちょっと足元…神殿の下の方を見てみろ」
「下の方? それがどうしたって言うんだ……なっ!?」
急にメルザルガルドが大声を上げたので、俺も試しに神殿の下の方を見た。
すると、そこには『今のこの惑星』では有り得ない存在があった。
「周りはこんなにも干上がってるってのに…神殿に隣接している部分にだけ草花が生い茂ってやがるっ!? 一体どうなってんだっ!?」
「私もそれに驚いたんだ。まるで、ここだけ特別だと言わんばかりに、この場所の周囲にだけ生命力に溢れている」
「矢張り…ここはただの神殿ではない…と言うことなんだろうな」
俺達は石造りの階段を上って行き、巨大な石で製造された扉に手を掛ける。
すると、重々しい石の扉が、実に呆気なく開いた。
まるで俺達の事を迎え入れるように。
「これは…」
「どうしました? ボロス様」
「この石の扉…開く際に全く重みを感じなかった。いや…違うな。俺が手を触れた瞬間、勝手に開いた」
「勝手に? まさか、こんな古臭い建物に自動ドアが設置されてたとでも言うんですかい?」
「自動ドアと言うよりは…何者かの意志によって開かれたような感じがした。俺の気のせいかも知れんが…」
機械謎全く無いであろう建物の扉が勝手に開く。
これだけを聞けば、まるで恐怖体験の話の導入のようだが、実際にはそんな生易しいレベルでは済まされない出来事が俺達を待ち受けていた。
「…入るぞ」
「「はい」」
暗闇が支配する神殿内に、俺達は慎重に足を踏み入れた。
「…暗いな」
「ライトを付けます。少々お待ちを」
ゲリュガンシュプが手持ち式のライトをつけると、そこには床も柱も壁も全てが石で造られた空間があった。
別にそれ自体は何も珍しいことではない。
外観からも、この神殿が石造りなのは分かっていたから。
問題なのは、その壁や床に書かれていた謎の象形文字だった。
「なんだ…至る所に刻まれている、この文字は…?」
「全く見た事の無い象形文字ですね。翻訳はー…やっぱり駄目でした」
「だろうな。艦にある翻訳装置ならまだしも、持ってきた携帯式の翻訳装置じゃ性能不足で翻訳できねぇだろ」
「この文字の場合、艦の装置でも難しいだろうがな…」
謎の文字を横目に、俺達は神殿の中を進んで行った。
幸いなことに、神殿の構造自体はそこまで複雑ではなく、罠も無ければ、迷宮のように入り組んでもいない。
多少の部屋こそ有りはしたものの、それ以外には目新しい物は何も無し。
だが、神殿内をよく観察していくと、ある違和感に気が付いた。
「…妙だな」
「何がですか?」
「この神殿…ずっと海底に沈んでいた割には、神殿内に湿気が全く無い。俺達が開けるまで完全な密閉空間であったにも拘らず…だ」
「そう言えば確かに…。持ってきた分析装置でも、この神殿内の湿気は空気中の湿気は標準的となっています」
「そう言われてみりゃ、確かに変だな…。外から空気やら日の光やらが入り込んで乾燥した…って感じでもねぇし…」
この神殿は相当に丈夫で綺麗な作りになっているようで、外からの日光など全く入って来てはいなかった。
完璧とも言うべき密閉空間。
一体どんな奴が、この神殿を建造したのか…別の所に興味が湧きそうになった。
神殿内部の構造にも注視しつつ進んで行くと、十数分で最奥部と思われる場所へと到着した。
「細かな装飾が施された巨大な扉…。恐らく、ここがこの神殿の最奥…『祭壇』に違いない」
「ですが、これ程に大きな扉…そう簡単に開かないでしょうな。私の念動力を使いますか?」
「いや。お前の念動力は必要ないだろう、ゲリュガンシュプ。もしかしたらここも…」
神殿の入り口を開けた時と同じように、そっと扉に手を触れると、またもや扉の業から勝手に開いた。
「…矢張りな」
俺達を招き入れるかのように開かれた扉を潜り室内へと入る。
そこにあったのは、部屋の一番奥にある石で出来た祭壇。
周囲には燭台と思われる柱があったが、蝋燭などが立てられた形跡は全く無かった。
「金銀財宝の類は…どこにも無いようですね」
「そりゃそうだろ。海底にあるんじゃ、隠したくても隠せねぇよ。運ぶだけで一苦労だ。んな事をするくらいなら、普通にもっといい隠し場所を見つけるだろうよ」
「フッ…真理だな」
ここ場所に老婆の言っていた『星神』の手掛かりがあると思っていたが、見た限りでは見当外れだった…そう思って踵を返そうとした瞬間…『ソレ』を見た。
「なっ!? こ…これは…!?」
「ボロス様? いかがなされ…なぁっ!?」
「な…なんだこりゃ…!?」
『ソレ』は…恐ろしく巨大な『壁画』だった。
巨大すぎて、逆に全体像が全く見えず、少し離れてたことで初めて存在に気が付く事が出来た。
「下の方にある丸い絵は…この惑星を表しているのでしょうか…?」
「ってことは、その上で万歳してる連中は、この惑星の先住民ってことか…?」
「それは別に気にする事ではないだろう。問題は…その上に君臨している巨大な『人型のナニか』だ」
それは、どう表現すればいいのか分からない。
兎に角『人型のナニか』だった。
腕や足が妙に長く、頭はあっても顔が無い。
目も、鼻も、耳も、口も。
完全なまでのノーフェイス。
ただ、その全身はまるで木の蔦のように捩じれていて、明らかに普通の存在ではない事が伺えた。
「まさか…こいつがあの老婆の言っていた『星神』なのか…?」
形だけを見れば普通だが、姿を見れば明らかに異形。
少なくとも、俺はあんな姿をした種族を見たことは無かった。
「ボ…ボロス様! 壁画は一枚だけではありません! 側面の壁にも描かれております!」
「なんだとッ!?」
ゲリュガンシュプの向いている方には、また別の壁画があった。
そこにあったのは、巨大な何かが丸い物体…惑星を壊している様子を描いた絵。
「こっちにもありやがるぞ!?」
「三枚目だとっ!?」
「部屋自体が薄暗かったのも原因だが、それ以上に絵が巨大すぎて背景と同化していたのか…!」
三枚目の壁画は、人型のナニかが惑星を創造している様子が描かれている。
三つの絵画はまるで一つの物語のように並んでいた。
「この配置…まさか、この絵はループしているのか?」
「ループって事は…星神とやらは、星を生み出し、民たちに自分を崇めさせ、星を壊すと言うことを繰り返していると…?」
「なんでんなことを…」
三枚の絵を見て俺は考えた。
この絵を見る限り、星神とやらはその気になればいつでも簡単に惑星を滅ぼせるほどの力を有している。
にも拘らず、今のこの星は滅びの危機にこそ瀕してはいるが、完全には滅んではいない。
まるで、真綿で首を絞めるかのようにジワジワと追い詰めている節がある。
そんな事をする意味は?
星神に一体どんな利益がある?
「いや…まてよ…?」
ここで俺は重要な事を思い出した。
世の中には損得勘定などで動かない輩もいる事を。
そんな事よりも自分の感情や快楽、その時の気分や感情などで動く者がいる事を。
それを思い出した瞬間、俺の中の疑問に答えが出たような気がした。
「成る程な…だから『星神』…か。確かに『神』ではあるかもしれんな…」
もしも、自分自身の予想が当たっていたとしたら、それはある意味で最も恐ろしいことだった。
誰にも予測できない。予想も出来ない。
まるでサイコロの目のように、何が起こるのか誰にも分からない。
その時だった。
祭壇の一部が崩れ、その中から黒く正四面体な物体が現れた。
「…なんだこれ?」
「明らかに異質な物体…。これは一体…」
「それに触るな!!」
「「え?」」
ゲリュガンシュプが『ソレ』に触れそうになったので、俺は何故か急いでそれを止めた。
「ど…どうなされたのですか?」
「いや…自分でも分からないが、それに触れてはいけない気がする…」
「ボロス様がそう仰るなら…。でも、一応の為分析ぐらいは…え?」
分析機で謎の物体を調べるとゲリュガンシュプが間抜けな声を出した。
「解析不能…? 全くの未知の物質と言う事なのか…?」
「謎の神殿から出てきた謎の物質…確かに怪しいな…。こりゃ、ボロス様の言う通り、触らない方が正解だったな」
「全くだな。ボロス様、ありがとうございます」
「いや…」
部下に礼を言われる事よりも、俺はその物体が放つ異様な雰囲気が気になって仕方が無かった。
この世の物であって、この世の物ではない…そんな雰囲気が。
いや…雰囲気と言うよりは違和感。
「…もういいだろう。そろそろ行くぞ」
「そうですな。この神殿はあらかた調べ尽くしました。星神に関する情報…と言っていいのかは分かりませんが、壁画は見つけましたし」
「だな。いい暇潰しにはなったぜ。もう艦の修理も終わってるだろうし…」
そうして我等が帰ろうとした時だった。
事態が急変したのは。
「「「なっ!?」」」
それは、恐ろしく巨大な地震。
地の底から震えるような振動は、まるで全てを砕くようだった。
「急いで出るぞ!! 俺の予想が正しければ、もうこの惑星は持たない!!」
「「えっ!?」」
「ゲリュガンシュプ! 外に出たら即座に例の街にテレポートだ! いいな!」
「は…はい! 分かりました!」
俺達が全速力で神殿から出ると、その瞬間に神殿は我等の背後で音を立てて跡形もなく崩れ去った。
「あ…あぶねー…! もう少しで下敷きになる所だったぜ…! その程度じゃビクともしねぇけどよ…」
「全くだな。それにしても、どうしていきなり地震なんて…。もし余震などを検知すれば、即座に艦から報告が来そうなものだが…」
「そんな考察は後回しにしろ。ゲリュガンシュプ。急いでテレポートをしろ」
「そうだった! では、二人とも私の近くに寄って…行きます!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
俺達が最初に立ち寄った街に辿り着くと、なんと町は全く混乱などしておらず、いつもと同じように住人達が外を出歩き、普通に過ごしていた。
「これは…どういう事だ…!? おい!」
俺は急いで、星神について話してくれた老婆の元まで走った。
老婆もまた道端に座ったまま動こうとせず、そこでジッとしていた。
「何をやっている! 急いでこの星から脱出しろ! もうすぐ、この惑星は消滅するかもしれんのだぞ!?」
「矢張り…そうでしたか。こうして、この町に戻ってきたと言う事は、見つけたのですね…星神様の神殿を」
「あぁ…お蔭様でな。そこで面白い物を見れた」
「ほほぅ…?」
「奴は最初から、お前達の事なぞ全く見ていない。それどころか、気に掛けてすらいない。奴にとって貴様等は…」
「皆まで言わずとも分かっておりますとも。そして、それがこれまでずっと繰り返されてきた事も」
衝撃だった。
この老婆は全てを知った上で俺達を神殿まで行かせ、全ての運命を受け入れようとしている。
俺には…いや、普通の感性を持っている者には到底理解出来ないだろう。
「どのみち、この星にはもうまともに動く宇宙船など一台もございません。いつの日か、こうなるであろうことは誰もが分かっていました」
「…そこでどうして、俺達に助けを求めようとしない。ここから見えているだろう。あの黒く巨大な艦こそが、俺達の艦だ。この惑星の住人全ては無理でも、この町の住人ぐらいならば…」
「お気遣い感謝します。ですがもう…決めたのです」
「……そうか」
どうして、こいつ等を助けようと思ったのか…今でもよく分からない。
単なる気まぐれなのか、それとも…。
「我々の事は気になさらず、どうか貴方様方は急いで脱出してくださいませ。この星の住人ではない皆様まで、我等と運命を共にする必要はございませぬ」
「言われなくても、そうするつもりだ」
俺には、この老婆の…この星の者達の覚悟に対して言うべき言葉はもう無かった。
恐らく、こいつらは梃子でも絶対に動こうとしないだろう。
「最後の一つだけよろしいですかな?」
「なんだ」
「実は…私は昔、占い師の真似事のような事をしておりましてな。よく予言などをしておったのですよ。それで、久し振りに貴方様の事を占ってみたのですが…面白い結果が出ました」
「面白い結果だと?」
「はい。ここより遥か遠き星系…太陽系と呼ばれる星系にある第三惑星…青く輝く美しき惑星に、貴方様の探し求める人間がおります」
「なん…だと…?」
それは、俺がずっと渇望していた相手。
こんな形で所在を知ることになるとは思わなかった。
「…最後の最後に感謝する。そして…お前の事は永遠に忘れないだろう」
「有り難き幸せ…」
「では…さらばだ」
そうして、俺は急いで修理の完了した艦に乗り込み、その惑星から緊急脱出した。
艦が大気圏を越え、宇宙空間に出て、余波に巻き込まれないように適当な空域にまでワープをすると…。
「…消えたか」
先程まで俺達がいた惑星は、巨大な爆発と共に文字通り宇宙の藻屑と化した。
かなりの距離まで離れたにも拘らず、爆発の音と衝撃は余裕で艦にまで及んだ。
「…これから、どうするのですか? ボロス様」
「…あの老婆の最後の予言に従い、今から太陽系に向かう」
「太陽系…かなりの辺境にある場所のようですが…」
「そこに俺の探し人がいるらしい」
「それはつまり…!」
「俺を満足させてくれる相手…俺に匹敵する程の戦士だ。アイツの予言を無駄にはしたくない。飛んでくれ」
「…畏まりました。ボロス様」
そして、俺は太陽系の第三惑星…地球へと向かった。