戦闘ルームの壁に魔法の一撃にて巨大な横穴を空けた事で、阿修羅カブトのテンションは最高潮に。
離れていても肌がビリつくような殺気を放っているにも拘らず、目の前にいるサイタマはいつもと同じ余裕の顔。
それはパチュリーも同様で、大きな欠伸をしながら目を擦っていた。
ジェノスは緊張した面持ちで二人の戦いを見つめ、こあに至っては涙目でブルブルと震えている。
「お…分かる。分かるぞ! お前…とんでもなく強いなぁッ!?」
「まぁな。それよりもガッカリさせんなよ? 話を聞いてる限りじゃ、お前がここの最終兵器的な存在なんだろ?」
「おう! 俺こそが最高にして最強の新人類だ! そこら辺の雑魚共と一緒にするなよ?」
「分かってるよ。お前ら明らかにあいつ等とは違う。自信に満ち溢れた表情をしてるからな」
「当然……だっ!!」
阿修羅カブトが一瞬にして姿を消した。
否。動きが素早過ぎて消えたように見えたのだ。
「は…速いっ!?」
「あの巨体であの速度は反則よねー」
「あわわわわ……」
三者三様の反応をしている中、ジーナスだけがゴクリと唾を飲む。
(背後を取られた…どうするっ!?)
完全に隙だらけ。
がら空きとなった背中に向けて攻撃をしかけようとした…が、その時…サイタマが阿修羅カブトの動きを完全に見切って振り向いた。
たったそれだけ。それだけの事なのに阿修羅カブトは何かを感じたのか、咄嗟に大きく後ろにジャンプをしてから距離を取った。
「な…なんだ…?」
「どうやら…本気で気付いたっぽいわね」
「え?」
意味深な事を言うパチュリーだったが、ジーナスはそれを聞き流しながら阿修羅カブトの不可解な行動に首を傾げた。
「に…逃げた…だと? あの阿修羅カブトが……?」
あの絶対的強者である阿修羅カブトが自ら逃げを選択する。
阿修羅カブトの事を誰よりも知っているジーナスには到底、信じられない光景だった。
「何やってんだ? いきなり逃げたりして」
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!」
「おい? 大丈夫か?」
まだ一回も攻撃をしていない。
高速移動の後に背後に回っただけ。
それなのに、阿修羅カブトはもう呼吸が激しくなっている。
(もし今…攻撃をしていたら…確実に倒されていた!! 間違いなく!!)
拳が震える。息が苦しくなる。
それは、生まれてから一度も感じたことのない感情。
絶対強者だった阿修羅カブトの中に初めて『恐怖』という感情が湧き始めた。
(なんなんだ一体…! どこからどう見ても隙だらけであるというのに…俺の直感が! 本能が! さっきからずっと大音量で危険信号を発し続けている!!)
恐怖が理性を上回ったのか、我慢できずに阿修羅カブトは大音量で己の本心を叫んだ。
「き…貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! それ程までの力…一体どうやって手に入れたんだっ!! 答えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「「「!!?」」」
(とうとう言っちゃうんだ……)
それは、ずっとジェノスも疑問に感じていた事。
遂にそれが聞けるというのか。
思わず前に乗り出してしまいそうになるジェノスの肩をパチュリーがポンポンと叩いてから落ち着かせた。
「ジェノス君。まずは落ち着いて」
「す…すみません。ですが…」
「うん。君の気持ちは私なりに理解をしているつもり。けど、その前に一つだけ私からの忠告」
「忠告…?」
珍しく真剣な顔のパチュリーからの言葉に、ジェノスは今度こそ本当に冷静になった。
「今から、アイツはとんでもない事を言うと思う。けど、それはサイタマの盛大な勘違いだから」
「勘違い…ですか?」
「そ。本人は全く自覚してないし、気が付いてもいない。だから、軽く流して構わないわ」
「その言い方だと、まるでパチュリーさんは先生の強さの秘密を知っているように聞こえますが…」
「知ってるってよりは、予想って感じかしら。私も、自分の考えが正しいという確証はどこにも無いし、証拠も無い。それでも知りたいって言うんなら、サイタマがいない時にでも教えてあげる。あいつがいると話がややこしくなるから」
「…お願いします」
ジェノスの返事に微笑を浮かべ、腕を組んでからサイタマの方を見た。
まずは彼の話を聞こうじゃないかと。
「お前も知りたいのか…いいぜ。特別に教えてやる。ジェノス、お前もよく聞いておけよ」
パチュリーにああ言われはしたが、それでもやっぱり気になってしまう。
一体何を教えてくれるのだろうか。
本当ならば、敵の前でそんな事を話すなんて論外だろうが、パチュリーはなんてことないような顔をしているので、今は彼女の事を信じることに。
「まず最初に、一番大切なのは…このハードなトレーニングを続けられるかどうかだ。よく言うだろ? 『継続は力なり』って。それだ」
言いたい事は分かる。
何事も続けることが非常に大切なのは、ここにいる誰もが理解しているから。
(トレーニング…だと? 人体改造手術でもなく、遺伝子操作技術でもなく、秘薬などによるドーピングでもなく…トレーニング?)
(一体…どんな特殊なトレーニングだってんだ…)
この場にいる全員がサイタマの話に注目している。
パチュリーだけは笑いたい衝動を必死に我慢して頑張って無表情を貫いているが。
「腕立て伏せ100回に上体起こし100回、スクワット100回! それからランニング10㎞! これを毎日欠かさずにやる!!」
「「「「……は?」」」」
阿修羅カブト、ジーナス、ジェノス、こあ。
四人揃って目が点になった。
「勿論だが一日三食ちゃんと食べろ。食欲が無い時はバナナとかでもいい。極め付けなのは精神を鍛える為に春夏秋冬問わずにエアコンなどを決してつけない事だ」
「「「「………」」」」
「ぷ…くくく……」
パチュリー以外は完全に肩透かしを食らった気分。
いや、こあとジェノスは予めパチュリーから忠告を受けていたからダメージは少ないが。
「やり始めた頃は死にそうになる程に辛い。思わず心の中から発せられる甘い言葉に負けて一日ぐらいは休みそうになる。だが、それでも俺は強いヒーローになる為に、どんなに苦しくて大変でも必死に己を鍛え続けた」
うん。それはアスリートと呼ばれる人種の殆どがやっている事だ。
決して特別な事じゃない。
「足が重くなり、動かなくなってもスクワットをやり続け、腕から変な音が出ても腕立て伏せを続行した。そうして己を鍛え続けた結果…ある変化に気が付いたのは、それから約一年と半年ぐらい経った後だった」
とうとう我慢が出来なくなってきたのか、パチュリーは自分の口を押さえて横を向いてから笑いを零し始める。
「俺の頭はハゲていて、それと同時に俺は強くなっていた」
もう誰も言葉を発さない。いや、言葉が出ないというべきか。
もしもパチュリーから忠告を受けていなければ、ジェノスは激昂していたかもしれない。
「要は、頭がハゲるぐらいに自分自身を追い込むぐらいに体を鍛える事だ。それこそが本当の意味で強くなる一番の方法だ。新人類とか進化とか言っているお前達では永遠にここまで辿り着く事は出来ない。自分で変われる事こそが人間の強さなんだ!」
すっごく良い事を言っているように聞こえるが、そんな答えなんてこの場にいる誰一人として望んではいない。
だからこそ、こんな感想が出るのも当然だった。
「な…なんだって……?」
「こいつ…本気か…?」
怒っているような。呆れているような。
少なくとも阿修羅カブトは怒っているだろう。
「パ…パチュリーさん…先生の今の話は…本当に…?」
「プッ…ククク…! うん…あいつが言ってたことは本当よ。確かに、三年間毎日に渡って同じトレーニングをし続けてるわ。それは間違いない。私も傍で見てきたから」
「しかし! あのトレーニングの内容は……」
「それも分かってる。サイタマは本気でそう思ってるみたいだけど、あれはあくまでアイツの『基礎』を作った内容に過ぎない。それでも、少なからず影響はあったとは思うけど」
「私も腕立てとかしてみようかな~…」
ジェノスが思わず叫びだすのも無理はないが、その反応も予想していたので動じない。
逆に、こあがサイタマ式のトレーニングに興味を持ったことが驚きだ。
「私の予想が正しければ、サイタマがあそこまでの強さを手に入れられたのには明らかに『別の理由』が存在している」
「別の理由…? それは一体っ!?」
「さっきも言ったでしょ? サイタマがいない時に話すって。それに、ここにはマックスもいるし」
「ジーナスだ! いい加減に正しく呼べ! というか…お前は知っているのか? あの男の強さの本当の秘密を?」
「予想だけどね。けど、あんたはそれを此処で知りたいと思うの?」
「それは……」
「腐っても科学者なら、人から答えを聞くんじゃなくて、自分の手で見つけてみなさいな。サイタマが言ってたトレーニングでもしながら。じゃないと、私みたいな喘息持ちになっちゃうわよ?」
正論だった。
これまでに一度として誰かから答えを教えて貰った事があるか?
最初から全てが手探りだった。
今回もそれと同じことをするだけだ。
「因みに、私にはアイツと同じ内容のトレーニングは無理。普通に貧弱だし。インドア派だし。多分、マックスにも難しいんじゃない?」
「舐めるな! あれぐらい私にだって!」
「じゃあやってみなさいよ! ジェノス君! カウント!」
「はい!」
「え? ここでやるのか?」
「出来るんでしょ? ほら早く!!」
「うぐぐ…!」
パチュリーの挑発に乗せられる形で、何故かこの場で腕立て伏せをやる羽目になったマックスことジーナス。
腕立て伏せなんて最後にやったのはいつだろうと思いながらも、床に寝転びながら腕だけで体を支える。
「では行くぞ。いーち!」
「い…いーち…!」
「にー!」
「にー…」
明らかに苦しそう。
でも、自分で言った手前、途中で止めるわけにはいかない。
「そーかよ」
なんだか和やかな空気になりかけた時、ずっと黙っていた阿修羅カブトが徐に言葉を出す。
怒りを振り絞るかのような声に、思わずジーナスは頭を上げる。
「あ…阿修羅カブト? まさか…よせ! また暴走するつもりかッ!?」
「暴走?」
なにやら聞き捨てならない単語が聞こえてきた。
暴走とは穏やかじゃない。
「お前が強さの秘密を教える気が無いなら、それはそれで構わねぇ…! どうせ、俺の方が強いに決まってるんだからな! ただし! お前には本気でムカついたから、この場で確実に嬲り殺す!!」
叫びと共に阿修羅カブトの体が膨張、肥大化した後に全身に血管のようなものが浮かび上がり体色も変化、紫に変わった。
「阿修羅モード…! これが俺の本気形態ってやつだ!」
ビキビキと筋肉が軋みを上げ、圧倒的なオーラを放ち、その足元にはクレーターが出来ている。
さっきまでとは次元が違う領域に至り、このままでは部屋ごと破壊されそうな勢いだ。
「はぁぁぁぁぁ…! 一度でもこの姿になったが最後…最低でも一週間は理性が吹き飛んで闘争本能が静まる事は無い! テメェをブチ殺した後は、町へと降りてから、そこでも暴れまくってやるぜぇぇぇっ!! 来週の土曜までは大量殺戮が止まらないと思いなっ!!」
「ん? 一週間…来週の土曜?」
「強いヒーローだってんなら、この俺様を止めてみせろ!! 出来るもんならなっ!! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
ふと頭の中に過った疑問。
それに気を取られ過ぎた結果、サイタマは一瞬で近づいてきた阿修羅カブトの拳を顔面からまともに受け、そのまま床に叩きつけられてしまう。
「先生っ!!」
「サイタマさんっ!!」
流石のサイタマでも、今の一撃は危ないのではないか。
ジェノスとこあが思わず叫び声を上げるが、サイタマは何事も無かったかのように瓦礫の中から這い上がって来た。
「おいパチェ!」
「どうしたの?」
「今こいつ…確かに『このまま丸一週間はこの状態で来週の土曜まで暴走し続ける』って言ったよなっ!?」
「言ったわね。それがどうし……あ」
ここでやっとパチュリーも、どうしてサイタマが珍しく本気で焦っているのかを理解した。
サイタマの言葉で彼女もまた勘違いをしていたのだ。
「ってことは、今日が土曜日だって事だよなっ!?」
「えぇ…間違いないわ。今、スマホでも確認したけど…今日は土曜日よ」
阿修羅カブトからの猛攻をガード、回避し続けながらサイタマは叫ぶ。
最も想像したくない現実を。最悪の予想を。
「はは…もう終わりだ。あの状態になった阿修羅カブトを止める術は…無い」
自棄になったのか、腕立て伏せの状態からパタリと床に寝そべり、乾いた笑いを浮かべるジーナス。
だが、次の瞬間にそれが杞憂だと知ることになる。
「つーことは…!」
「今日がスーパーの特売日って事になるじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「……え?」
「なっ…!?」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
サイタマの魂の叫びと共に、暴走状態になりつつあった阿修羅カブトは断末魔を上げる事も無く渾身のアッパーにて木端微塵に消し飛んだ。
まるで膨らんだ風船が弾けるような音を出しながら、そりゃもう跡形も無く。
周囲に阿修羅カブトだった物が飛び散り、グロテスクな光景を生み出しているが、今のサイタマはそんな事を気にしている暇はない。
「うわぁぁぁぁぁっ! 俺としたことが本気でしくじったぁぁぁぁっ!」
「先生! 大丈夫ですかッ!?」
「俺なら大丈夫だ…けど…特売日が……」
さっきまでの戦闘なんて完全に忘れ、意識はスーパーの特売にだけ向いていた。
彼にとっては、世界の危機と同じぐらいに大事な事だから。
「心配いらないわ、サイタマ」
「パチェ…?」
「今から魔法ですぐにここから出て、その後にルーラで直接スーパーに向かえばギリギリ間に合う筈よ」
「おぉっ! その手があったか!」
「流石はパチュリーさんです! 先生、俺もお供します!」
「それが良いわね。今日はトイレットペーパーが一人様一個限りだった筈だから。こあも加えれば最大で四つは買えるわ。という訳だから、こあも一緒に来なさい。今後の為にも場所を覚えておくといいわ。ジェノス君もね」
「「はい! 分かりました!」」
「そうと決まれば、とっとと行こうぜ!」
状況についていけないジーナスは、この信じられない光景を前にして頭が真っ白になっていた。
どう考えても絶望的な状況だったにも関わらず、それがたった一発のパンチにて覆ってしまった。
「そうだ…マックス!」
「…なんだ」
名前を間違われても訂正する気力すら湧かない。
それどころか、立ち上がる気すら起きない。
「元はと言えば、アンタが全て悪いんだから…ちゃんと弁償しなさいよね! 天井の修理費とか、その他諸々!」
「パチュリーさんの仰ることは尤もだ。もしも弁償しなかったら…分かってるな?」
「あぁ…ちゃんとしてやるさ…」
「ジェノス君」
「はい。ちゃんと録音してあります」
「よし。それじゃ改めて、皆で帰るわよ。私の近くに寄って」
パチュリーを囲むようにして全員が集まった。
それをジーナスは呆然と眺めている。
「準備は良いわね? いくわよ……テレポ!」
パチュリーが魔法を使った瞬間、全員が一瞬でこの場から姿を消した。
どんな理論を以てしても、その原理が分らない。
というか、今のジーナスには考えようとする気概すら湧いてこない。
今の彼の頭には、たった一つの思いだけがあった。
「もう止めよう…こんな研究は…。私が変わらなくちゃいけないんだ…」
その日、進化の家は完全に壊滅した。
進化の家編…終わり!
次回はちょっとしたオリジナルの話になると思います。