家まで押しかけて来てからの、いきなりの呼び出しに疑問を感じながら玄関の隙間から顔を出したサイタマ。
その態度に、早くもフブキ達の眉間に皺が寄る。
「…初めまして…新人のサイタマさん? 私の名は地獄のフブキ…と言えば分かって貰えるかしら?」
「うんにゃ? 全然全くちっともサッパリ分からん。つーか誰?」
「「「………」」」
会話終了。
廊下には気まずい空気が流れた。
「この人はB級ヒーローランキング1位のお方だ…!」
「へーそーなんだ。すげーな。で、何?」
「「「………」」」
この短い間で三人はサイタマの事について一つだけ理解をした。
それは…。
(あぁ…こいつ…)
(階級とか新人とか、それ以前に…)
(初対面の人間相手に普通に態度が大きい…と言うか…)
(((社会人としての礼儀がなってない…)))
最初こそは、仮にも新人相手なのだから少しはマイルドに接しようと思っていたが、それが完全に逆効果となっていた。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
「ヒーロー云々以前に社会人として色々と欠けてるようだから、もうハッキリと言ってやる」
「何を?」
「お前…最近少し調子に乗ってるようじゃあないか? 新人の分際でフブキさまに挨拶も無しか?」
「挨拶?」
「そうだ。B級昇格者はまず、フブキ様に挨拶に来るのが暗黙の了解になってるんだぞ?」
「えー? それ言ったら、こあだって挨拶してねーじゃねーか」
「こあちゃんは良いんだよ!!」
「そうだそうだ! こあちゃんは特別なんだよ!」
「なんでだよ…意味わかんねーし…」
御尤も。
やっぱり、ヒーロー業界も可愛いが正義なのかもしれない。
「はぁ…しゃーねーなぁー…」
面倒くさそうに露骨な溜息を吐きながら玄関を出て、これまた露骨に嫌そうな表情を浮かべながら挨拶をした。
「ドーモ、ハジメマシテ。B級新人のサイタマです。今後ともよろしく」
「「「………」」」
微塵も心が籠っていない挨拶だが、それでも挨拶をしたことは事実なので何も言えない。
「…………まぁ…いいわ」
((いいんだっ!?))
心の中で思わずツッコんでしまったマツゲと山猿だったが、ここらで妥協しないと話が進みそうにない上に、ここで下手に何か言ったら、また面倒くさいことになりそうな予感がしたし、何よりも今のフブキの気持ちはよく分かるので敢えて何も言わずに黙っていた。
「それよりも、私はアナタに話があってここまで来たの」
「話だぁ?」
「そうよ。アナタ…」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
一方その頃。
部屋の中で静かに読書をしていたパチュリーだったが、玄関先が妙に騒がしくなってきたことに気が付いていた。
「なんか玄関が五月蠅いわね…。何かあったの? サイタマを呼んでたけど」
「それがですねー…私にもよく分からないんですけどー…」
「無理して詳しく説明しようとしなくていいわ。分かる範囲で教えて頂戴」
「はい。実はー…」
先程、玄関に出たこあから事情を聞く。
聞き終わってから、パチュリーは大きく溜息を吐いた。
「はぁ…またぞろ面倒くさいことに巻き込まれちゃって。いや、この場合は面倒くさいことが向こうからやって来たと言うべきかしらね…」
「どうします?」
「出かけたっきり戻って来ないジェノス君の事も気になるし、私も少し様子を見てくるわ。こあはここで留守番をしてなさい」
「分かりましたー」
皿洗いを終えて、洗濯物を畳んでいるこあを置いて、パチュリーは玄関先まで行ってみることに。
「ドア越しになんか話してるけど、中からじゃ聞こえにくいわね」
仮に外で何が起きていても、パチュリーならば問題は無いので、躊躇いも無く玄関を開ける。
すると、彼女の視界に入って来たのは黒服の男達がサイタマに襲い掛かって来ようとする光景だった。
「…こんな所で一体何をやってんのよ?」
「あ。パチェも来たのか」
「「何ぃっ!?」」
全く想像もしてなかった人間の登場に、思わず黒服の男達…マツゲと山猿の動きが止まる。
「エ…S級ヒーローランキング13位のパチュリーっ!? どうしてここにっ!?」
「いや…冷静に考えろ! あのこあちゃんがいるんだ! その師匠であるパチュリーがここにいても不思議じゃない!」
流石の彼らも、S級ヒーロー相手に立ち向かおうとする気概は無いらしく、冷や汗を掻きながら立ち尽くしていた。
それとは別に、フブキは大きく目を見開きながらパチュリーの事を見つめていた。
(この少女が…A級からS級に昇格したと言うパチュリー…! つい先日の宇宙人騒動の時に、あの『お姉ちゃん』とコンビを組んで戦ったばかりか、S級を初めとするヒーロー全体の指揮すらもやってみせたと言う魔法使い…!)
魔法の存在自体は未だに半信半疑だが、パチュリーがS級であるのが紛れもない事実。
フブキとて分かっていた。
S級とB級とでは、天と地ほどの差があると言う事が。
「んで、さっきから何の話をしてたのよ?」
「んー…俺にもよく分からねーんだけどー…派閥がどーとか言ってたな」
「派閥ぅ? 何よそれ?」
「さぁ? ライバルがどーのとか、傘下に入れとか、意味わかんねーことを言ってた」
「あー…なんとなく分かった」
サイタマの適当な説明で大体の事を理解したパチュリーは、痛そうに頭を抱えながらジト目で三人の事を見上げた。
「心配しなくても、貴方達が危惧しているようなことにはならないわよ」
「…どういう意味かしら?」
「そのまんまの意味よ。今こそB級にいるけど、即座にA級に上がると思うから」
「…なんですって?」
聞き捨てならない言葉。
どうしてサイタマのA級昇格が確定されているような言い方をするのか。
「サイタマが下から地道に頑張ってるのは、単純に試験の時の筆記の結果が悪かったから。単純な実力ならとっくにS級レベルになってるわよ。というか、もう既に数多くのS級たちにも一目置かれてるし、その実力を知っているヒーロー協会の幹部たちもサイタマの将来的なS級昇格を願ってる節があるし」
「え? そうなのか?」
「そうよ。って言うか、昇格した時に色々と言われなかった?」
「うーん…言われたような気がするけどー…忘れた。俺、昔からあーゆーの苦手だから」
「…サイタマの就職活動が上手くいかなかった理由が今分かった気がする…」
「マジで?」
パチュリーから言われた言葉を上手く咀嚼できない。
サイタマにとってB級はあくまで通過点に過ぎず、最終的にはS級になることが確定している?
なんだそれは。
ふざけているのか。
そう思わざるを得なかった。
「何よ…それ…」
「こればかりは仕方がないとしか言えないわ。あんまし、こんな事は言いたくないけど…サイタマとアナタ達とじゃ、立っている場所が違い過ぎるのよ」
「…それは、S級の貴女とコンビを組んでいるから…かしら?」
「コンビね…確かに私はサイタマとコンビを組んでいるのかもね。でも、それとは関係なくサイタマは強いわ。疑うなら、私以外のS級やシッチさんとかにも同じ質問をしてごらんなさいな。恐らく似たような答えが返ってくるはずよ」
「くっ…!」
他のS級…それを聞いて真っ先に思い浮かんだのは、自分の姉の事だった。
サイタマは、あの気位の高い姉にすら認められていると言うのか?
それはどうかは分からないけど、少なくともパチュリーの事は間違いなく認めていた。
そうでなければ、あの姉が背中を預けるなんて事は有り得ないから。
「フ…フブキさま…どうしますか…?」
「S級ヒーローとコンビを組んでいるんじゃ…俺達じゃどうしようも…」
「分かってるわ…」
最初は、生意気な態度をするサイタマを自慢の超能力で痛めつけてから立場を分からせようと考えていたが、それもパチュリーの出現により即座に瓦解した。
なんせ相手はS級ヒーロー。
B級の自分じゃ、どう考えても太刀打ちできない相手だから。
「つーか、そもそもお前さ…根本から間違ってるだろ」
「あ」
久し振りにサイタマの饒舌タイムが来た。
この時のサイタマは容赦なく正論を言うから質が悪い。
だが、今回はそれを止めようとは思わなかった。
「今のままじゃ、お前は絶対に生き残れない。ヒーローって存在を何も分かってない」
「ヒーローを分かってない…?」
「そうだ。世の中には、お前が想像もつかないような強い奴も、悪い奴が山のようにいる。勝てるかどうかも分からないような強敵が。でも、そんな連中にも燦然と立ち向かうのがヒーローって存在だ。少なくとも、今まで俺が見てきた他のヒーロー達は皆がそうだった。本気で凄くて、俺がもしガキだったら絶対に憧れてたと思うヒーロー達だった」
そう…サイタマは見てきた。
例え勝てないと分かっていても、血を流しながらも立ち上がる者達を。
人々の声援を受け、拳を握り、平和を守る為に戦う者達を。
「そいつらは、たった一人でも決して諦めない。階級とかランキングとか関係なく、アイツ等は必死に戦ってた。それに比べて、お前は自分よりも弱い手下を集めて強くなった気でいる。そんなお前じゃ絶対に無理だ。頼れる『仲間』じゃなくて、自分を賛美する『手下』を求めてるお前にはな」
「…る…さい…!」
「今のままじゃいつか必ず誰かに倒される。自分よりも強い怪人が出現しても『手下』は誰も助けてくれねーぞ」
「うる…さい…!」
俯きながらフブキは必死に言葉を紡ぐが、それでもサイタマは言うのを止めない。
「派閥? 新人狩り? ランキングの保持? ふざけてんのか? そんなのヒーローやるのに全然関係ねーじゃねぇか! その考え自体が、今この瞬間も怪人たちと戦ったり、街の人たちを助けてるヒーロー達全員を馬鹿にしてる行為だって、なんで分からねーンだよ!」
「うるさい!! 色んな人達から期待されてるアンタなんかに、私の何が分かるってのよ!!!」
目尻に涙を浮かべながら、フブキの周囲に無数の小石や砂利が浮かび上がる。
それを見た山猿とマツゲは一瞬で顔を青くした。
「や…やばい! フブキさまの『地獄嵐』が来る!」
「え? 何よソレ?」
名前的にダメージとは別の意味でヤバそうな予感。
流石にこれ以上の建物への被害は御免被りたい。
その気になればヒーロー協会に修繕して貰えるけど、そんな事で頼りたくはない。
「ちょっと。サイタマが色々と言うから変なことになっちゃったじゃないのよ」
「んなこと言われてもよー」
「はぁ…仕方ないわね。同じ女の子相手に手荒な真似はしたくないし…えい」
パチュリーがフブキに対して指を指した瞬間、彼女の体がビクっとなってから、地面に座り込んだ。
「な…に…? 体…が…!?」
「ホールド。相手の体を一時的に麻痺させる魔法よ。威力は低くしてるから、10分もすれば元に戻るわ」
「こ…この私の体を…一瞬で…!?」
まさか、指先一つでダウンさせられるとは思わなかったのか、悔しそうに歯を食い縛るフブキ。
それと同時に、S級とB級との絶対的な差も思い知らさる形となった。
「フ…フブキ様が一瞬で無力化された…!?」
「これが…S級ヒーロー…なのか…!?」
パチュリー的には本当に最下級の魔法なのだが、それでもB級1位を一発で身動き取れなくする威力がある。
その事実だけで、彼らの動きを封じるには十分過ぎた。
「ヒーロー同士で乱暴な事は無しで。ちゃんと話し合いで解決しましょ? ね?」
「「は…はい」」
場を収める為に、ワザとニッコリ笑顔を浮かべるパチュリー。
それを見て、マツゲと山猿の沸騰しかけた頭も冷えていった。
と同時に、またある感情が芽生えつつあった。
(さ…流石はこあちゃんの師匠にしてS級ヒーロー…だけど…)
(そんなのとは関係なく…この子も…)
((可愛い…))
パチュリー、図らずも新たなファンを獲得する。
この後、二人はパチュリーのファンクラブにも入ることになるのだが、それはまた別のお話。
「ふぅ…これで一件落着か?」
「かもね。それじゃあ、彼女が動けるようになったら中で詳しい話でも聞いて…」
場が収まりそうになった…その時、サイタマとパチュリーは見た。
よーく知っているイケメンサイボーグとイケメン忍者が戦っている姿を。
「「あ」」
「「え?」」
二人の呟きに、思わずマツゲと山猿も背後を振り向いた…その瞬間。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!
目の前の道路が大爆発した。