それは、本当に突然の事だった。
アパートの前にある道路がいきなりの大爆発を起こしたのだから。
別にヒーローじゃなくても普通に驚くと思う。
「なぁっ!? なななななんだぁぁぁっ!?」
「ば…爆発したぁぁぁぁっ!?」
「い…一体何が起き……え?」
目の前には大きな土煙。
そのせいで視界が遮られて何も見えない…が、この二人に限ってはそうじゃないらしい。
「あーらら。随分と派手にやったわねー」
「全くだな。一体何をやってんだアイツは?」
柵に乗り出しながら道路を見つめるサイタマとパチュリー。
徐々に煙が晴れ、視界が確保されていくと、そこにキョロキョロと周囲を見つめるジェノスの姿があった。
「今度こそちゃんと仕留めたか? ん? ここは…アパート? しまった…奴を追い駆けている間に、いつの間にか元の場所に戻って来てしまっていたのか…」
二人にとっては見慣れた光景だったが、フブキ達にとってはそうじゃない。
目の前に現れた更なるS級に驚きを隠せない。
「あ…あれは…S級のジェノス…!? どうしてここに…!?」
「この短時間で二人のS級に出会うだなんて…」
「俺達はツイてるんだか、そうじゃないのか…」
他のヒーロー達の中では、S級ヒーローというのは至高の存在であると同時に、畏怖の象徴でもある。
他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇る孤高の英雄。
それ故に、何の接点も無い者達がS級に会えると言うこと自体が非常に稀なケースになる。
「おーい! ジェノスー!」
「だーいじょーぶー?」
「サイタマ先生にパチュリーさん! はい! 俺なら大丈夫ですが…すみません。アパートの前で暴れてしまって」
ジェノスとサイタマ&パチュリーが仲良さげに話している。
同じS級であるパチュリーならば一応の納得が出来るが、B級であるサイタマを慕うような発言をしているのは謎だった。
「別に気にすんなよ。ここじゃいつもの事だしな」
「そーそー。私達とボロス以外には誰も住んでないんだし、気にする必要はないわよ」
「って言うか、なんか今一瞬だけだけどさ…ソニックの姿が見えなかったか?」
「あ…やっぱり? 目の錯覚とかじゃなかったんだ」
それとは別にサイタマとパチュリーの仲が普通以上に見えるのは何故だろう…と思ったが、そこは本当に気にしても仕方がないと思ったので考えるのを止めたマツゲと山猿だった。
だがそれでも、これだけは心の中で言いたかった。
((リア充爆発しろ))
ヒーロー稼業をやっているけど、未だに彼女の一人もいない。
同じB級なのに、この悲しい程の差は一体何なのだろうか。
「あ…貴方達…あのジェノスと繋がりがあるの…?」
「繋がりって言うか…そのー…」
「ジェノス君はサイタマの弟子だし」
「で…弟子ッ!? S級がB級の弟子ッ!?」
「うん」
信じられなかった。
常識的に考えて絶対に逆だろと言いたかったが、ここでそれを否定してもいたちごっこな気がしたのでフブキは言わない事にした。
「ん? お二人の傍にいるのは…もしや、B級1位の地獄のフブキか?」
「ジェノス君。この子の事を知ってるの?」
「一応は。良くも悪くも有名な奴ですから」
「ふーん…」
流石にB級でも1位となると有名になるのかと思ったが、よくよく考えたらC級1位の無免ライダーも割と有名人だった事を思い出す。
「そうか…成る程な。どうして貴様がこんな所にいるのか…分かったぞ。遂にサイタマ先生をも新人潰しのターゲットにしたのか。それで無様に返り討ちにあったか、もしくはパチュリーさんの威光に怯えて竦んでしまったのか」
「いや…なんか暴れそうだったから、パチェがこいつに微弱な麻痺魔法をぶつけただけだ」
「そうだったんですね。流石はパチュリーさんです」
ジェノスが納得して話が終わりそうな雰囲気になった…その時だった。
「爆裂手裏剣!!!」
いきなりジェノスが爆発した。
「きゃ…きゃぁっ!? か…怪人っ!?」
「気持ちは分かるけど違うから。つーか、なんかもう色々と面倒なことになってきたから、お前ら帰れ。もう麻痺も治ってるだろ?」
「え? あ…ホントだ…」
フブキが試しに手を動かすと、ちゃんと動くようになっている。
パチュリーが威力を抑えたお蔭で、少しの時間だけで治ったようだ。
因みに、もしパチュリーが本気のホールドを放った場合、相手は一緒に全身麻痺状態になる。
「ふん…非力なものだな。こんな攻撃、何百発喰らおうと、俺に致命傷を与える事は出来ん」
爆発したジェノスは、少し汚れただけで殆ど無傷だった。
そのジェノスを爆発させた張本人は、街灯の上に立ってからジェノスを見下ろしている。
「一発も俺に攻撃を当てられてない癖に粋がるな。このサイボーグ野郎が」
強気な笑みを浮かべているソニックを見つけ、サイタマは鬱陶しそうな顔をし、逆にパチュリーは仲良さげに手を振った。
「あ…ソニック君だ。やっほー。久し振りねー」
「フレンドリーに手を振るな! 俺とお前は敵同士だろうが!」
「えー? 私は君の事を敵とは思ってないけどなー」
「貴様…!」
パチュリー的には、友達ではないが、だからと言って敵でもない。
知り合い以上友人未満の間柄と思っている…が、そんな彼女の心情なんて知らないソニックは、単純に眼中にすら入ってないと思ってしまった。
「いいだろう…それならば!」
ソニックが勢いよく街灯から地面に降りてきて、不敵な笑みを浮かべる。
「サイタマ…それからパチュリー! よく見ておけ…この男をスクラップにしたら、次は貴様等の番だ!」
全身から溢れ出る圧倒的なオーラ。
それを見て思わずフブキは戦慄した。
(なんという濃密な殺気なの…! ああして立っているだけで伝わってくる、圧倒的なまでの戦闘技術の高さ…! この男は…危険すぎる…!)
そんな男に抹殺宣言されているのに、全く気にしていないサイタマとパチュリー。
単に感情が麻痺しているのか、もしくは本当に眼中にすらないのか。
「貴方達…あの男とも知り合いなの…?」
「そーねー…知り合いと言えば知り合いね。凄腕のフリーの暗殺者らしいけど…。前にちょっとしたことで知り合ってね。それ以来、何故かサイタマの事だけじゃなくて、私の事も付け狙ってるのよねー。なんでかしら?」
「フリーの暗殺者…!?」
確かに、ヒーローなんてやっていれば必然的に敵も多くなる。
だが、それでも暗殺者に狙われるなんて滅多にない筈だ。
良くて災害レベル虎や鬼の怪人とかだろう。
「サイタマ先生。パチュリーさん。こいつは厄介かつ執念深いストーカーです」
「ストーカー言うな!」
「なので、もう二度と二人の前に姿を現さないように、この場で完全に消滅させます」
ジェノスの天然発言に律儀にツッコむ辺り、何気にソニックにもツッコミ脊髄があるのかもしれない。
「ふん…上等だ。だが…お前のようなノロマな奴が、本気でこの俺を消せるとでも? 寝言は寝てから言うんだな」
「一体…いつ…俺が『本気を出した』と言った?」
「なに…?」
「貴様の負けだ」
そう言ったと同時に、ジェノスの姿が一瞬で掻き消えた。
「な……!」
流石のソニックも己が目を疑った。
スピード自慢の彼の目を以てしても、追う事が出来なかったから。
「ん…だと…!?」
気が付いた時にはもう、ジェノスはソニックの背後に回り、高速のパンチを連続で繰り出していた。
「ちぃっ!」
咄嗟に全身を捻って回避をし、同時に体勢を立て直すが、その時にはもうジェノスが懐に潜りこんで、まるで攻撃の隙なんて与えないと言わんばかりの追撃を仕掛けてきた。
「くっ…!」
高速のストレートをバク転をしながら回避し、更に距離を取る。
しかし、そこでジェノスは更にスピードを上げ、ソニックを追撃した。
「ん? 前に俺と模擬戦をした時よりもスピードが上がってる…気がする」
「気がするじゃなくて、実際にかなり上がってるわよ」
「全く…見えない…!」
最強バカップルコンビが目で追っている横で、フブキは目の前で起きている現実離れした戦闘に只々驚く事しか出来ないでいた。
因みに、一緒にいるマツゲと山猿はもう驚くのにも疲れたのか、さっきから口をポカーンと開けたままジッとしている。
「こいつ…!」
「逃がさん」
どれだけ高速で動いても、それ以上の速さで追ってくるジェノス。
凄まじい速度とパワーの攻防戦が繰り広げられるが、さっきまでとは違って今は完全にジェノスの流れとなり、ソニックは防戦一方の状態が続いていた。
(どうしてわざわざ背後に回るような真似をする…? 速さを主張している…? この野郎…まさか…!)
そこで思い至る。
ジェノスの思惑に。
(この俺よりも自分の方が速いと…そう言っているつもりか…!)
速度こそが最大にして最強の武器。
それなのに、それを上回るやもしれない相手が現れた。
その事実は、ソニックの存在意義に関わることだった。
頭に血が昇りかけた瞬間、不意に自分の頭…より正確には髪が軽くなったような感覚になり、同時に普段は後頭部に結んでいる筈の髪が視界に映った。
咄嗟に距離を取ろうとするソニックだったが、そんな彼が見たのは拳を握りしめた状態で立っているジェノスの姿だった。
「感謝しろ。お前の頭についていた『糸くず』を取ってやったぞ」
ジェノスが手を開くと、地面に黒い塊のような物が落ちる。
それがソニックの結んでいる髪だと分かるのに時間は掛からなかった。
「き…きさm…」
「油断したな…音速のソニック」
ソニックがキレている隙に、再び背後に回り込み拳を構えるジェノス。
その両腕に紫電が走り、今度の攻撃が今までとは違う事を視覚で分からせる。
「マシンガンブロー!!!」
無数の鋼鉄の拳がソニックに迫り、万事休すかと思われた…が…。
「完全に捉え……何ッ!? 避けられ…なん…だと…!?」
まるで空間に溶けるかのようにソニックの姿が掻き消えた。
それだけではなく、なんと彼の姿が二人に分裂したのだ。
「ククク…はははははは! 情けない奴だな!」
「どうだ! 驚いたか!」
「ご自慢の連撃が空を切った気分はどうだっ!?」
分身が三つに増え、それそれがジェノスを罵倒してくる。
有り得ない現象にジェノスは珍しく狼狽え、その場で立ち止まってしまう。
「特殊な歩行技術と超高速の身のこなしを組み合わせる事で無数の残像を生み出す! これこそ我が奥義! その名も『四影葬』!!」
気が付けば、分身の数は四つにまで増え、それぞれが刀を構えてから飛びかかろうとして来る。
「これでトドメだ! くらえ! 散閃斬!!」
四つの斬撃がジェノスに迫る。
流石の彼も、これを全て防ぎ切るのは不可能に近い。
しかも、相手の動きが上手く捉えきれない。
このままでは全ての攻撃を喰らってしまう。
(奴の動きが捉えきれないのであれば…全てを薙ぎ払う!! 最大出力の焼却砲で!!)
ジェノスの上半身から紫電と炎が迸る。
そこへソニックとその分身の攻撃が迫ってきた。
(これで…決まる…!?)
フブキが勝負の行く末を凝視していた…が、彼女はそれに夢中になって気が付いていなかった。
すぐ傍にいた筈のサイタマとパチュリーがいつの間にかいなくなっていた事に。
「はいストップ」
「もうその辺にしとけ」
なんと、二人がジェノスとソニックの間に挟まり、それぞれに攻撃を止めさせていた。
サイタマはジェノスの肩を抑えて、パチュリーはソニックに向かって停止魔法である『ストップ』をかけた。
「これ以上暴れると、アパートにも被害が出ちまうだろーが」
「ソニック君も、もういいでしょ? ね?」
「サ…サイタマ先生…」
「パチュリー…貴様ぁ…!」
師匠に諭されてジェノスは頭が冷え、逆にソニックは悔しそうに歯軋りをした。
それを見て大丈夫と安心したパチュリーは、ソニックに掛けたストップを解除することに。
「おいジェノス。お前は一体何の為にパワーアップしたんだ? 下らない喧嘩をする為か? 違うだろ」
「…すみません。完全に頭に血が昇っていました…」
「分かればいいんだよ。誰にだって失敗はあるからな」
説教をされて地味に落ち込むジェノスに笑みを浮かべ、慰めるように頭に手を置くサイタマ。
その姿は少しだけ本当の師匠っぽく見えた。
「つーか、ソニックの本来の狙いは俺なんだろ? なんでジェノスと戦ってんだよ。意味わかんねーぞ」
「ふん…まずは弟子を自称するソイツから始末しようと考えただけだ」
「あっそ。だったら、もういいよな。俺が出てきたんだから」
サイタマは前に出て、無表情でソニックを見つめる。
心なしか、少し怒っているようにも感じた。
「お前さ…いい加減にしつこいから、偶にはマジで相手をしてやるよ。ほれ。とっとと掛かって来い」
「いいだろう…この時を…その言葉をずっと待っていた! 貴様を倒す為だけに編み出した俺の究極奥義…とくと味わわせてやる!」
遂にサイタマ出陣。
一気に場の雰囲気は一触即発状態へとなるが、ここでフブキがある素朴な疑問を口にした。
「何かしら…完全完璧に蚊帳の外状態になってるけど…今だけは絶対に邪魔をしない方が良いわね…嫌な予感しかしないから」
その予感は概ね正しい。
触らぬ神に祟り無し。