道着の洗濯と乾燥を終え、パチュリー達は一路、武術大会の会場へと向かうことに。
チャランコに貰ったチケットに小さな地図が書いてあり、それのお陰で迷わず会場に行くことが出来た。
「…というわけで、こいつが怪我で入院しているチャランコ君の代わりに出場するわ」
「はい。お話は既に伺っております。ようこそ、いらっしゃいました」
会場入り口の受付にて事情を話すと、どうやらもう話は通っているようで、スムーズに事が進んだ。
「では、まず選手登録時のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「えーっと…これって普通に本名でいいのか?」
「構いません。過去の大会参加者の中には、自身の通り名などでエントリーする方もいらっしゃいましたが、別にそういうのに拘る必要はございません。実際、今大会に出場しておられる方は全員、本名で登録してありますので」
「そっか。んじゃ、サイタマで」
「はい。サイタマさんですね。代理出場ということは初参加と言うことでよろしいですか?」
「うん。ちょっと武術ってのに興味があってな。出てみたくなったんだ」
「成る程。ではー…ここは空白でもいいのかな?」
「ん?」
受付の女性が差し出したエントリーシートには、名前の他に流派を書く場所もあった。
勿論、武術のぶの字もしらないサイタマに流派なんてある筈もなく、ここに書くべきものを持ち合わせてはいない。
「あー…マジかー…こんなのもあるのか―…。パチェー…どうする?」
「んー? 流派ねぇ…あ」
恐らく、試合前の選手紹介などで流派の事も発表されるのだろう。
その時に『素人の我流喧嘩殺法』的なことを言われたら、流石に悪目立ちするに違いない。
ならばどうするか。
少しだけ考えたパチュリーの脳裏に、あるアイデアが思い浮かんだ。
「良いこと考えた」
「え? 何?」
「この流派の所なんだけど…これ『極限流空手』ってのはどうかしら?」
「きょ…極限流? なにそれ?」
いきなり無駄にカッコいい名前を出され、流石に困惑を隠せないサイタマ。
そんな事情なんて知らないジェノスとこあは、二人の後ろで顔を見合わせていた。
「はぁ…あんたの、あの『正拳突き』の元々の流派の名前よ」
「え!? そうだったの!? し…知らなかった…」
「あのねぇ…ま、いいけど」
別に無理して知る必要はない。
今この時だけ、名前を使わせて貰えばいいのだ。
どうせ、この世界では存在すらしない架空の流派なのだ。
特に問題は無いだろう。
「とにかく、流派の欄は『極限流空手』でよろしく。サイタマもそれでいいでしょ?」
「パチェがそう言うなら…」
「ハイ、決まり。ってなわけで…さらさらさら~っと。これでOK」
横から割り込んだパチュリーが、そのまま流派の所に『極限流空手』と記入した。
当然、油性のボールペンで。
「はい。これでエントリー完了です。では、サイタマさんはこれから控室にご案内します。お連れの方は…」
「私たちは観客席で観戦させて貰うわ。貴方達もそれでいいでしょ?」
「はい。サイタマ先生の雄姿をこの目で見られるとあらば」
「私も大丈夫です。こんなこともあろうかと、溜まってる洗濯ものとかは全部済ませてきましたから」
ジェノスは鼻息荒く興奮している様子で、こあも初めての所に来て若干のワクワクと緊張をしている様子。
「では、観客席への行き方は係の者に聞いてください。では、サイタマさん。こちらです」
「おう。んじゃ…ちょっと行ってくるわ」
「ん。いってらっしゃい」
「御武運をお祈りしています! サイタマ先生!」
「頑張ってくださいね!」
会場内へと入っていくサイタマの背中を見送ってから、パチュリー達も観戦をする為に別の入り口を探すことに。
「あ…あそこに案内係の人がいますよ? あの人に聞けばいいんじゃあないんですか?」
「みたいね。その前に、何か売店で買っていきましょうか。どうせサイタマが優勝するんでしょうし、それまでの過程をお菓子でも食べながら、のんびりと見学しましょう」
「そうですね。幾ら拳法の達人たちが相手とは言え、サイタマ先生に勝てるとは到底思えませんから。こういう時はやはり、ポップコーンが定番でしょうか…?」
ジェノス、意外と観戦の時のお約束を分かっている様子。
ということで、三人は売店でポップコーンを始めとしたお菓子とジュースなどを購入してから案内係の元まで向かい、観客席へと入っていったのだった。
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控室へと入ったサイタマは、机の上に置いてあったトーナメント表の書かれた紙を手にチャランコの事を思い出していた。
(そういや…チャランコの奴は『ノリと勢いで申し込んだ』って言ってたよな…。バングのじいさんの弟子になれたから調子に乗ってって…。多分、特に考えも無しに出場しようって考えたんだろうな…。だとしたら、あいつは相当な馬鹿だろ…)
パイプ椅子の背もたれに体を預けながら、手に持つトーナメント表の書かれた紙をペラペラと揺らす。
「想像以上に会場は広いし、すんごい数の観客が入ってるし。幾ら何でも大規模過ぎるだろ。この中になら、マジで強い奴が混じってても不思議じゃないな」
世界は自分が思っている以上に広い。
実際、ボロスのような規格外の強者が存在していたのだ。
それと同じような者が他にいてもおかしくはない。
サイタマは本気でそう考えていた。
「もし仮にチャランコが怪我をしないで普通に出場しても、肝心の試合でガッチガチに緊張した挙句、呆気なくやられるのが目に見えてるな。ある意味、怪我して良かったのかもな」
呆れた笑いを浮かべながら、改めてトーナメント表に目をやる。
「当然だけど、この中に知ってる名前は無い…ん? この『スネック』って、どこかで聞いたことがあるような…誰だっけ?」
もう既に3度も会っている人物なのだが、サイタマの中では相当に影が薄い存在になっているようだ。
本人がここにいたら泣いていたかもしれない。
「この中だと…この『バクザン』ってのと『スイリュー』ってのがシード枠になってる。ってことは、少なくともコイツらは他の連中よりも確実に強いってことになるのか」
まだ見ぬ相手の事を考え、思わずほくそ笑むサイタマ。
だが悲しいかな。
お世辞にもそれは『ニヒル』とは言い難く、普通に笑っているだけにしか見えない。
そんな時、いきなり控室のドアが開いた。
「よぉ…お前か? あのチャランコの代理出場を認められた奴ってのは」
「えっと…誰だ?」
角刈りに物凄いケツ顎。
更には極太眉毛と見た目だけはインパクト絶大な男が絡んできた。
「なに? あいつ…俺の事を教えてないのか? まぁ…無理もないか。あいつは俺の事を苦手にしてたもんなぁ…」
「…そか」
確かに、チャランコなら苦手そうな奴だな。
思わず心の中でそう呟いたサイタマだった。
「俺の名前は『ニガムシ』。ちょっと前まではチャランコと同じ『流水岩砕拳』を学んでいたバング先生の弟子の一人だ」
「へぇー…お前も、あの爺さんの弟子なのか…」
「ほぉ…? 流石に先生の事は知っていたか。当然だな。全武道家の頂点に君臨し、S級ヒーロー3位に名を連ねている超有名人だからな」
「…まぁな」
実際には、過去に何度も背中を預け合って死闘を乗り越えてきた『戦友』とも言うべき仲なのだが、ここでそれを言えばまた面倒なことになりそうなので、サイタマは敢えて言葉を飲み込んだ。
「そんな俺がどうして、この大会に出場したかは分かるか?」
「いや…全然」
「理由は主に二つある。まず一つは…」
(いや…別に聞いてねぇし…)
話が長くなりそうだなぁ…と思いつつも、大会が始まるまでは暇だったのも事実なので、暇潰しとして流し聞くぐらいはしてもいいかもしれないと思った。
「このスーパーファイトは過去にバング先生も道場の宣伝の為に出場をし、圧倒的な強さで優勝している」
「え…? あの爺さんも過去に出てたのか…」
「そうだ。つまり、この大会での優勝は武道家としての名声を上げるには最高の舞台ってわけだ」
別に名声には興味が無いので、ここは普通に聞き流した。
だが、どうやら自分の知らない情報を持っていることも事実みたいなので、後でパチュリー達に教えるためにも、ここからはしっかりと話を聞いて、頑張って覚えようと少し気合を入れた。
「そして…今から半年前に行われた前大会で『とある事件』が起きた」
「事件…?」
「あぁ。当時、『ウルフマン』と名乗る狼のマスクを着用した選手が優勝をしたのだが…」
「なんかあったのか?」
「大会後に、そのウルフマン本人が控室のロッカーの中から意識不明の重症の状態で発見された」
「それってつまり…大会で優勝した奴は偽物だったってことか?」
「そうなる。そのウルフマンに成りすましていた犯人は未だに捜査中だと言う話だ」
一見すると関係のない話のように思えるが、今のサイタマには何となく分かる。
これはあくまで『前置き』であると。
重要なのはここからなのだと。
「その事件が切っ掛けとなり、以後の大会では本名以外の登録と試合の時のマスク着用が完全禁止事項になった。もし、お前もチャランコの名を騙ったりした形で出場とかしてたら、かなりヤバかったかもな」
「そ…そっか…」
ニガムシの話を聞き、サイタマの顔に冷や汗が流れる。
あの時…病室でチャランコの話を聞いた時、一瞬だけその方法を考えてしまったから。
今になって、ちゃんとした案を出してくれたパチュリーに本気で感謝した。
大会が終わったら、絶対に礼として何か欲しがっている物をプレゼントしようと心に誓う。
「そ…それで? その偽物騒ぎがどうかしたのか?」
「おっと…そうだったな。でだ。俺は当時の映像を見て犯人の見当がついたんだ。技の特徴などを見て一発で分かった」
「マジで? 誰なんだよ?」
少しだけドキドキしながらニガムシの言葉を待つ。
そうして彼の口から出てきた言葉に、サイタマは思わず目を見開いた。
「偽ウルフマン…その正体は間違いなく『ガロウ』だ」
「ガロウ…」
もう何度聞いたか分からない名前。
まさか、ここでも聞くことになるとは思わなかった。
「事件の発生した時期も奴が道場を破門になってすぐの頃の出来事だ。まず間違いないだろうな」
「そりゃ…可能性はめちゃくちゃ高いな…」
「お前もそう思うか…。当然だな。なんせ、この俺の推理だからな」
なんで、そこまで自信があるのやら。
半ば呆れながらも、心の奥底では久し振り真剣なサイタマが顔を覗かせていた。
(ガロウが過去に事件を起こした大会…か。それにチャランコは出場しようとしてたのか…。それ自体は単なる偶然だろうけど…だとしても運命的すぎるだろ…)
ヒーローとしての衣を脱ぎ捨て、一人の戦士として大会に出場するサイタマであったが、それでも彼の最強ヒーローとしての宿命からは逃れられそうになかった。