武術大会控室にいきなり入って来た、バングの弟子を自称する男『ニガムシ』からガロウに関する話を聞いているサイタマ。
中々に有用な話が聞けたので、後で暇を見つけてパチュリー達と情報共有することを決める。
「俺は今日、ガロウを仮想敵として大会に臨み、その上で優勝する必要があるのだ!!」
「優勝…なんで?」
「決まっている。自分がバング先生やガロウにも決して引けを取らないと言う自信をつけるためだ」
「ふーん…」
自信をつけるために大会に出る。
言動に反して、意外と真面目な理由だったので普通に感心した。
少なくとも、単なる興味本位で出場した自分よりはずっとマシだとサイタマは思った。
「ところで、お前はどうしてチャランコの代理を名乗り出てまで出場しようと思ったんだ?」
「あー…俺はー…」
ここで『武術に興味が出て』なんて言ったら、またどんな事を言われるか分かったもんじゃない。
なので、サイタマは前にヒーロー協会側が勘違いした時の話を利用することにした。
「…実は俺、こう見えてもヒーロー協会所属のヒーローなんだよ」
「なに!? そうだったのか!?」
「まぁ…まだ成り立てなんだけどな。で、当然のように俺達にもガロウの話が届いててさ、あいつ…超凄腕の拳法使いだって言うじゃねぇか。だから…」
「対ガロウに備えて、少しでも拳法の知識や経験を得る為に出場した…というわけか」
「まぁ…そんな所」
どうやら納得はしてくれたようでホッと安心。
決して嘘とも言い切れないので、罪悪感は少なくて済んだ。
「成る程な…バング先生が直々に捜索に名乗り出たこともそうだが、どうやらヒーロー協会は今回のガロウの一件を相当重く受け止めているみたいだな。お前以外にも何人か協会所属のヒーローが実名で出場していると聞いていたが、それが理由だったのか」
他のヒーロー達に関しては全く知らないが、勝手に納得してくれたのならば、サイタマとしてはこれ以上言うことは何もない。
「それならば…お前には話しておくべきかもしれないな」
「何を?」
「あのガロウが道場を離反した…その当時の事をだ」
「え? お前…知ってるのか?」
「当然だ。当時、俺もその場にいたからな。そう…あれは丁度、バング先生がヒーロー協会からの呼び出しで道場を留守にしている時だった…」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
師範代が留守にしているからと言っても、門下生である俺達が修行をサボっていい理由にはならん。
俺達は道場の中で一緒に型の練習をしていたのだが、その時…。
「…飽きた」
「は?」
ガロウの奴がいきなり動きを止め、そう言い出したんだ。
最初は何を言ってるのかサッパリ分からず、俺も他の皆も困惑していた。
「もう…この道場で学べることは何もない。こんだけ頭数揃ってんだ。実戦形式でやってみようぜ」
「き…貴様! いきなり何を言い出し…」
弟子の一人がガロウの事を止めようと奴に近づいた瞬間…。
「オラァ!!!」
「ぐぼぁっ!?」
ガロウは、そいつの顔面に拳を叩きつけてぶっ飛ばした。
それを見て、ようやく俺達は理解した。
こいつは本気で言っていると。
決して冗談なんかじゃないのだと。
そこからはもうガロウの大暴れだ。
奴の本来の実力と才能が恐怖を覚えるレベルで見事に今まで学んだ流水岩砕拳とマッチし、俺達全員を蹂躙し、血祭りにあげた。
あいつはずっと、その心の奥底に本性を…牙を隠し続けて研ぎ澄ませていた。
それが、何かの拍子に表面化し、俺達に降り注いだ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ガロウの暴走事件を切っ掛けにし、多くの門下生が道場を辞めていった。最後に残ったのは、事件発生時に修行をサボっていたチャランコと、入院していた俺だけだった」
先程までの挑戦者の顔をしていたのとは一変し、ニガムシは悔しそうに歯を食いしばり、拳を握り締めていた。
「確かにあの時、俺も恐怖を感じていたさ。だがな、ここで辞めたらガロウの恐怖から一生逃げ続けるような気がしてな…意地でも辞めないと心に決めていた。だが…」
「だが?」
「…入院中の俺の所にバング先生がやって来てな…俺に『破門状』を渡していったんだ。『本当に済まなかった』…その言葉と共にな」
「そうか…」
どうやら、バングはとことんまでガロウの暴走は自分のせいだと思い込んでいるようだ。
だからこそ、全ての責任を自分一人で背負い込もうとしている。
それが本当に正しいのかどうかは別として。
「…チャランコの時と同じか」
「何? どういうことだ?」
「今回の大会…あいつが棄権した理由は、一人でガロウに挑んで返り討ちに遭ったからなんだ」
「あ…あいつが!? なんて無謀な真似を…!」
「俺もそう思うよ。でもさ…あいつ言ってたんだ。『ジッとしてはいられなかった』ってさ」
「そうか…あの、道場内で一番弱かったあいつが…一丁前のセリフを吐くようになりやがって…」
陰口を叩いているようにも聞こえるが、ニガムシの口元は笑っていた。
まるで、問題児の成長を喜んでいる教師のように。
「ガロウは俺が…俺達が必ず倒す。あいつがこれからもヒーロー狩りってのを続けていれば、嫌でもいつかは遭遇するはずだ」
「ヒーローとしての矜持…ってやつか」
「まぁな。このままやられっぱなしじゃ、ヒーローの名が廃っちまうだろ」
「ふっ…お前も言うじゃないか。なら、そのヒーローの実力…リングの上で確かめさせて貰うぞ」
「あぁ…望むところだ」
この大会は基本的にワンデートーナメントとなっている。
つまり、互いに勝ち上がっていればいつか必ず戦うことになるのだ。
「では、俺はそろそろ自分の控室に戻る。試合…楽しみにしているぞ」
「おう。また後でな」
ニガムシが部屋から去ると、サイタマは大きく息を吐きながら天井を見上げる。
「ヒーローとしての矜持…か」
果たして、自分の中にそんなたいそうな物が存在しているのか。
それはまだ分からない。
だが、これだけは分かる。
ガロウをこのままにはしておけない。
必ず誰かが止めなくてはいけない。
その事だけはハッキリと理解しているサイタマだった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
同時刻 ヒーロー協会本部 指令室
「現在のS市の状況は混迷を極め、既に都市としての機能は完全に停止しています」
協会幹部が揃った指令室内では、突如として出現した超巨大怪人と、それと戦っているヒーロー達の様子をモニタリングしていた。
残念なことに、この中の誰一人としてガロウの事を口にしていない。
「大怪蟲『百足長老』。災害レベル『竜』…」
「約二年前に出現した時よりも遥かに巨大になっています。現在交戦中と思われる金属バットとは通信不可能…。既にA級以上のヒーロー達には応援要請済みです」
「矢張り…他の怪人共とは色んな意味でスケールが違うな…」
「あぁ…全くだ。ここまで巨大だと、もう殆ど天災と言っても差し支えなくなってくる」
「幾らヒーローの数が揃っても、果たして退治出来るかどうか…」
「せめてキングやタツマキ、あるいはパチュリーがいてくれれば…」
「そのキングは今も単独で何かと戦闘中だと聞いている」
「パチュリーの方も、今は鬼サイボーグたちと一緒に例の人間怪人の対策に追われているとのことだ」
「それもあったか…!」
「確かに彼女たちがいないことは痛いが、逆を言うとパチュリーたちがガロウ対策を練ってくれていれば、その分だけこっちは今の事態に対処しやすい」
「そうだな。こんな時に他のS級たちは一体どこで何をしているんだ…?」
話し合いは熱を帯び、ほんの少しだけガロウの話題が出たが、それもすぐに引っ込んだ。
その時だった。
一人の幹部の元に連絡が入る。
「むっ!? なんだ…? 各ヒーロー協会支部からの緊急要請…!?」
明らかに普通じゃない事態に、急いで状況の確認を行う。
すると、一瞬で幹部の顔色が青く染まった。
「な…馬鹿な…!? こ…これは…!!!」
「どうした!?」
明らかに普通じゃない様子に、他の幹部たちも一斉に彼の元に集まる。
そこで彼らは己が目を疑うような情報を目にすることとなった。
「D市に…W市…他の街々も…!?」
「な…何ということだ…!!」
全ての都市にある協会支部から本部に向けての一斉緊急要請。
モニターに映し出されている地図の殆どが真っ赤に染まっていた。
「各市で同時多発的に…確実に災害レベル『鬼』以上の怪人が一斉に出現するなどと…!」
「これでは…対応が追い付かない!!」
各都市の様子を映し出す定点カメラから送られてくる映像には、様々な怪人たちが群れを成し人々を、街々を襲撃し、破壊し、蹂躙している様子が送られてくる。
それはまさに地獄絵図。
この世の終わりと思われても不思議じゃない光景だった。
「い…一体…この世界で何が起きようとしているんだ…!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「おい! 何を呑気に寛いでるんだ!? とっとと行くぞサイタマ!!」
いきなり控室のドアが叩かれる。
相手は、さっきまでここにいたニガムシだ。
「え? 行くって…どこに?」
「選手入場だよ!! 開会式だよ!!」
「あー…そーゆーのあるんだ」
「当たり前だ!! もう他の選手は入場待機してるんだ! 後はお前だけなんだよ!! 早くしろ!!」
「悪い悪い。ちょっとボーっとしてたわ。すぐ行くよ」
と言ってはいるが、実は控室に備え付けの漫画に夢中になってただけだったりする。
そんなことを言えば、確実にニガムシの雷が落ちるだろうから黙ってるが。
「よっし…じゃあ、行くか!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
一方その頃、観客席にいるパチュリー達はと言うと…?
「へぇ~…意外とお客さん、入ってるのね。凄い賑わいじゃない」
「そうですね。これだけの観衆の中で優勝すれば、サイタマ先生も相当な有名人になるかと」
「今でも割と名は知れ渡ってますけどね~。けど、こんな大きい所で試合をするなんて…サイタマさんは凄いですねぇ~。私じゃ絶対に緊張しちゃいますよぉ~」
会場の外で起きていることなど全く知らず、完全に大会を楽しむモードになっていた。
「あ…そこのお姉さん。オレンジジュース頂戴な」
「はーい。200円になりまーす」
パチュリーに至っては、ジュースのお替りまでしていた。
こんな場所に来ること自体が初めてなせいか、彼女にしては珍しく、割と純粋に楽しんでいる。
「あれ? あそこにいるのって…もしかしてS級ヒーローのパチュリーちゃんと鬼サイボーグじゃね!?」
「ホントだ! A級ヒーローの小悪魔ちゃんもいるぞ!」
だが、そこは流石S級&A級ヒーロー。
すぐに身バレして軽い騒ぎになった。
本人たちはたいして気にしていなかったが。
そんな中、遂に武術大会スーパーファイトの開会式が幕を開けた。