開会式が終わり、少しの準備時間の後にトーナメントの第一回戦が始まる。
それに備えてか、観客たちは売店に飲食品を買いに行ったり、トイレに行ったり、タバコを吸いに行ったりするために席を離れている者たちが多い。
そんな中、パチュリー達はそのまま席に座ったまま話をしていた。
「開会式が終わってから、なんかサイタマが変な奴に絡まれてたわね。なんだったのかしら」
「おのれ…明らかに弱そうな名前の分際でサイタマ先生にちょっかいを出すとは…!」
「ジェ…ジェノスさん…気持ちは分かりますから落ち着いて…」
怒りに震えるジェノスをこあが抑えているのを横目に、パチュリーは会場内に設置してある巨大な電光掲示板に表示されているトーナメント表をじっと見つめる。
「ま…ほっとけばいいわよ」
「そうなのですか?」
「うん。これまでにも、あんな風に自分の実力も弁えずにサイタマに絡んできた奴は星の数ほどいたわ。けど、その全員が数秒後には悲しくも残酷な現実を身を以て体験してる。だから、ここは別にほっといていい。実際、サイタマ自身も気にしてないみたいだし。それに…」
「「それに?」」
「あの絡んできた奴…一回戦でサイタマとぶつかるわ。この時点で、彼の一回戦敗退は確定事項ね」
「「あぁ~…」」
なんという運命なのか。
何も知らないとはいえ、流石にこれには怒りが引っ込んで同情の気持ちすら生まれてくる。
「ルールの隙でも突かれない限りは、サイタマの優勝は絶対に揺らがないと思うし、私達は気楽に見てましょ」
「そうですね。今にして思えば、サイタマ先生が出場した時点で、この大会自体が殆ど出来レースに近い状態。となれば、他に気になるのはイナズマックスやスネックがどれだけ腕を上げているかになりますね」
「そうね。深海族の一件じゃ辛酸を舐められたけど、彼らだって立派なA級ヒーロー。特にイナズマックス君は、あれからかなり実力を上げて、今じゃあのアトミック侍の三弟子たちに匹敵するレベルになってるらしいわ」
「なんと…! あのA級上位を独占している三人と互角になっているとは…!」
「皆さん…頑張ってるんですね…」
なんて話していると、もう時間が来たのか、次々と観客たちが席に戻ってくる。
殆どの席が埋まるとほぼ同時に、会場内に再びアナウンスが聞こえてきた。
『皆さん、お待たせしました。準備が完了しましたので…これよりトーナメント第一回戦の第一試合を開始したいと思います!!』
試合開始の言葉を聞き、一気に会場内がヒートアップする。
物凄い歓声に、思わずパチュリーとこあは耳を塞いだが。
『第一試合の対戦カードは…マックス選手VSリンリン選手です!!』
・・・・・
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『一回戦終了! 勝者マックス選手!! 危なげない戦いでリンリン選手を見事にKOしてしまいました~!!』
リング上では、無傷の状態で特に呼吸も乱していないイナズマックスが高々と腕を上げていた。
「ま…こうなるわよね。当然ながら。あのリンリンって子には可哀そうだけど」
「そうですね。どれだけ腕に自信のある武闘家でも、ヒーローとして幾多の死線を潜り抜けていたイナズマックスに真っ向から勝てるとは思えません。ましてや、あれから更に腕を上げていると言うのなら猶更」
「A級ヒーローは伊達じゃない…ってことですね」
普通ならば、名のあるヒーローが勝ったのだから歓声が上がりそうなものだが、その中に交じってブーイングらしき声もかなり混ざっていた。
『開始前の下馬評では、現役のプロヒーローとはいえ格闘家としての実力が疑われていた模様で、逆シードの位置に落とされてしまっていた彼ですが…見事な完勝で二回戦に進出しました!! しかし、幾ら試合とはいえ女性の手を出してしまった事によって一部の観客からのブーイングが発生してしまったようです!!』
なんとも容赦の無いアナウンス。
それを聞いて一気に勝利の余韻が吹っ飛んだイナズマックスが小さく一言。
「なんか…別の意味で全然無傷じゃない気がする…主に心が」
実力はあるのに報われない。
何とも言えない結果となったイナズマックスだった。
それを傍から見ていた者達がそれぞれに試合を分析し始める。
「お得意の火薬仕込みの靴が無くても十二分に戦えたか。フッ…流石はA級ヒーロー上位ランカーと言った所か。ま…あの程度の奴ならば俺でも簡単に倒せるがな」
などと強がっているザッコス。
そこから少し離れた場所で、サイマタとニガムシも今の試合に関する話をしていた。
「なぁ…さっき言ってた『逆シード』ってなんだ? 初めて聞いたんだけど」
「簡単に言うと、今大会が初出場だったり、もしくは他の選手と比べて実力的に劣ると判断された選手がトーナメントの組み合わせの段階で意図的に不利な配置にされることだ」
「成る程な…つまり、他の連中よりも、あいつの方が弱そうって思われたわけか」
ちょっとだけ落ち込みながらリングを降りていくイナズマックスの背中を見ながら、サイタマは思わず呟いてしまう。
「でも…俺はあいつの本当の実力…知ってるけどな」
「そうなのか?」
「あぁ。流石にS級の連中ほどじゃないけど、それでも相当に強い部類にいる奴だとは思う。少なくとも、今回出てる奴らの半分近くには楽勝なんじゃねぇかって思うほどには」
「同じヒーローのお前が言うと説得力が違うな…」
「そうか?」
サイタマ的には思ったことを口にしただけなのだが、その事でまたニガムシからの評価が上がったようだ。
実はこの二人、意外といいコンビなのかもしれない。
「一般的に、武闘家からプロヒーローに転向する奴は『楽な業界に逃げた』…とみなされる風潮にあるからな…」
「マジかよ…。じゃあ、もしかしてバングのじいさんも?」
「最初はそうだったらしいと聞く。だが、すぐに表立った活躍を見せることで、逆に武闘界に恩恵をもたらし、旋風を巻き起こしたぐらいだ」
「そっか…」
やっぱり、あのじーさんは想像以上に色んな意味で物凄い奴だった。
この大会出て、改めてそれを実感するサイタマ。
今度会った時には肩ぐらい揉んでやろうと考えた。
「と言うか、お前も逆シード枠になってるぞ、サイタマ」
「え? あ…ホントだ」
「まぁ…お前の場合は、実力云々じゃなくて、単純に初出場で実力が分からないからってのが理由として大きいだろうな。ある意味、大会側がお前を試しているとも言える」
「成る程なー…。この隅っこの二人が強豪扱いになってるんじゃなくて、単純に俺が逆シードになってるだけって話だったんだな」
「そう言うことだ」
サイタマ、ニガムシと一緒にいることで地味に頭が良くなっている件。
本当にこの二人がいいコンビになりそうな予感。
「いや…逆シード云々を抜きにしても、あの二人は間違いなく強豪選手筆頭…。特に、この俺がお前の次に当たるであろうバクザンが、今大会の優勝候補の一人とされている」
「あ…いや…」
「なんで、お前いるの?」
なんかしれっと近くまで来て話に混ざっていたザッコス。
このコミュ力だけは見習ってもいいかもしれない。
「つーか、この組み合わせだとさ…お前も弱小扱いってことになってないか? 俺と違って、何回も出場してるんだろ?」
「あ…お前…俺がずっと空気を読んで黙ってたことをストレートにハッキリと…」
急に可哀そうな奴を見る目になったニガムシ。
彼だけでなく、他の選手たちや観客からも憐れみを込めた視線が向けられ始める。
それを感じ取ったザッコスは、静かにこう呟いた。
「…ぶっ殺す」
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一方その頃…ヒーロー協会本部では…。
「おい! たった今、W市でA級のヘビーコングが怪人にやられたと報告が来たぞ!」
次々と送られてくるヒーローの敗北や苦戦の情報に、完全な混沌状態と化していた。
「ムカデ長老と交戦していた金属バットとメタルナイトとも通信が途絶えたまま…!」
「D市には、まだ誰も向かっていないのか!? 電光ゲンジから救難信号が送られてきてから、かなりの時間が経っているぞ!!」
「無茶言うな!! どこもかしこも人手が足りなすぎるんだ!! 一応、警察とかにも応援要請を出してはいるが、民間人の保護と避難誘導で手一杯らしい!!」
ここでまた被害報告の通信がやって来た。
もうこの程度じゃ誰も驚かなくなってきている。
「今度はなんだ!?」
送られてきた映像を見ると、恐ろしく巨大なタコの姿をした怪人が高層ビルを丸々包み込むようにして破壊している様子が映し出される。
「I市に出現した巨大生物は幾多の建物を喰って巨大化と硬質化を繰り返している!! このまま野放しし続ければ、際限なしに強化されてって撃破のしようがなくなってしまう!! ヒーロー十数名が集合しているが、死角が全く無く接近が全く出来ない状態だ!!」
「わ…Y市に現れた怪人は神経毒の類を使用するようで、交戦をしたヒーロー達が次々と体の麻痺を訴え身動きが取れなくなり倒れていきます!!」
「付近にいるヒーロー達には既にY市からの一時撤退指示を出しておきました!!」
「毒などが通用しないサイボーグタイプのヒーローで、今すぐにでもY市に向かえそうな者を探しています!!」
ひっきりなしに送られてくる被害報告の数々。
現場は完全なる混乱状態となっていた。
「戦力が分散してしまっているせいでヒーロー達が次々と敗れていく…! 出現した怪人の数が余りにも多すぎる…! しかも数だけじゃない…個々のレベルも相当に高いのが厄介極まりない…!」
倒されていくヒーロー達。
破壊されていく都市。
勢いが全く止まる様子が無い怪人たちの進撃。
ヒーロー協会は、人類は、これまでに類を見ない危機に陥っていた。
(このままでは…このままでは本当に拙い…! ヒーロー達が…全滅してしまう…! もし…そうなったら…もう…我々に抗う術は…無い…!)
深海族の襲来の時よりも、宇宙からの来訪者が来た時も、ここまでの被害は出なかった。
力無き彼らに今出来ることはたった一つだけ。
祈るしかない…人類の希望たるヒーロー達が立ち上がり、勝利をすることを。
これはもう…治安維持の為の戦いではない。
人類と怪人…二つの種族の存続を賭けた生存戦争だった。